死んじゃダメだからね
お屋敷までの道のりは、ゴールの見えないマラソンのように果てしなく感じた。
一歩歩けば激痛が走り、血液が流出していく。その証拠に、私が歩いた跡には血の混じった水溜りができていた。
ロゼッタは、もうずいぶん前から大人しくなっている。それでも、私は彼女に話しかけていた。
「……ほら、ロゼッタ。お屋敷が、見えて、来たわよ……はあ、はあ……っ。私の、根性、見た? もう二度と、甘やかされて、育った、ご令嬢なんて、言わせない、んだから、ね……」
そうぶつぶつ呟きながら、激しい痛みを歯を食いしばって耐える。すると、やっとお屋敷の敷地内へと辿り着いた。
「救護所……どっち? ナッツ先生は……?」
ダメだ、視界がボヤける。あともうちょっとなのに。
「アンジェリーク様!」
「それにロゼッタさんまで!」
「二人とも大丈夫かいっ?」
そう声をかけてきてくれたのは、ミネさんとヨネさんとココットさんだった。三人は土砂降りの雨の中、傘も差さず私達に駆け寄ってくる。開いたままの玄関から中を覗くと、遠目にもたくさんの人達がひしめき合っていた。たぶん、あれが避難してきた領民達だ。
ひどい有様の私達の近くまで来ると、三人は一様に息を呑んだ。
「ジルと、ルイーズは、連れ帰りました…。ただ、ジルが重傷で、今、エミリアが、魔法で、治療しています……。あの……ナッツ先生は、どこに、いらっしゃいますか?」
「せ、先生なら、まだ向こうのテントにいらっしゃいますわ」
「ひどい怪我……ロゼッタさんまで。早く手当てしないとっ」
「私がロゼッタさんを代わりに担ぐよ」
「ダメです!」
ロゼッタに伸びていたココットさんの手を、私は振り切るように避けた。
「ダメです、これ以上、私達に関わってしまったら……。みなさんには、本当に、感謝してるんです。だから、これ以上、迷惑は、かけたくないんです……っ」
「アンジェリーク様……」
深々と頭を下げた後、ナッツ先生を探しに教えてもらったテントを目指す。
「ロゼッタ、ナッツ先生、いるって……はあ、はあ……。これで、やっと、治療して、もらえ……」
すべてを言い終わる前に、足がもたれて私は倒れた。ロゼッタが投げ出され地面に落下する。立ち上がろうにも、力がまったく入らずもう身体が動かなかった。
「ロゼッタ……」
すぐ隣に横たわる彼女に、私は必死に手を伸ばす。
絶対、死んじゃダメだからね。あなたが死んだら、悲しむ私がいるんだからね。だから絶対、生きなきゃダメだよ。
そう心の中で叫びながら、私は静かに目を閉じた。




