魔物襲撃と作者特権
「アンジェリーク……俺は……」
「うわぁっ!」
突然、男性の悲鳴がレオ様の言葉を遮った。彼が慌てて御者に声をかける。
「おい、どうした!」
「魔物です! 魔物が……うわぁっ!」
「魔物?」
そう呟いた瞬間、馬車が大きく揺れ、私とレオ様は外に投げ出された。
「大丈夫か、アンジェリーク」
「……はい、私はなんとか」
レオ様が私に駆け寄ってきて、肩を貸して立ち上がらせる。その二人の目の前にいたのは、翼の生えた漆黒の魔物だった。
「あ……っ」
これが魔物。馬車を覆うような大きい体躯に、無数の小刀が並んでいるような鋭い歯、そして獲物を探す獰猛な目。
あまりの恐怖に、私は金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。
「くそっ」
レオ様はというと、馬車から落ちた剣を拾い、動かない私の腕を掴んで走り出す。
そこは森だった。いつの間にか街外れまで来ていたらしい。
明かりのない森は薄暗いが、月明かりがそこかしこの枝の間から差し込んでくれているお陰で、なんとか足元は見えていた。
魔物は狩りを楽しむかのように、木々の間をすり抜けながら私達の後を追っている。
素人の私でもわかる。明らかにこちらが不利だ。きっと、レオ様もそう感じたのだろう。
「アンジェリークはそこへ隠れていろ」
足を止めて、私を背にして魔物に向けて剣を構える。
「安心しろ。君は何があっても俺が守る」
「レオ様……」
そう言って、レオ様は勇敢にも魔物へと向かっていった。
「はあぁぁ!」
振り下ろした剣は、しかし魔物の爪に当たり弾かれる。
何度も剣を振り回すが、空を切るか弾かれるだけ。はたから見たらまるで遊ばれているようにしか見えない。
「うあっ」
そのうち、魔物の尻尾がレオ様を襲う。なんとか剣で防いだけれど、受け止めてきれず、彼は後方に吹き飛ばされてしまった。
「レオ様!」
駆け寄って声をかけるが、返事はない。どうやら気を失ってしまったらしい。
振り返れば、目の前まで魔物が来ていた。
これはさすがにマズイな……。
過去のアンジェリークに、剣の心得はない。絶対絶命の大ピンチ。
こんなことなら、魔物なんか物語に出すんじゃなかった。
少年漫画みたいな熱いバトルも嫌いじゃないから、という軽いノリで魔物を登場させてしまったけれど。物語の登場人物からしたらいい迷惑なんだということが、今身にしみてわかった。
私なら絶対文句言う。「おい、作者! ふざけんな!」って。
魔物が口を開ける。すると、そこにいくつもの火が集結。それは炎となり、わたしに向かって飛び出してきた。
魔法だ!
私は咄嗟にレオ様を庇うように覆い被さる。
せっかく自作小説の中に転生して、小説を完結させようと思っていたのに。こんなところで死んでしまうなんて。そんなの絶対やだ!
衝撃に備え目をつむる。
………………。
「……あれ?」
衝撃がこない。確かに炎の玉がこっちにきていたのに。
何が起こったのかわからない。
それは魔物も思ったようで、もう一度口を開けて魔法を紡ぐ。そして私に向けて炎を放った。
今度はちゃんと目を開けていたので見えた。
炎が私に当たる直前、見えない何かに当たったかのように魔法が砕け散ったのだ。
「何、今の」
魔法が消えた? 私に当たる前に?
「もしかして、魔法が効かない……?」
魔物が悔しそうに鳴き声を上げる。そして、今度は複数の炎の玉を出して私めがけて放つ。しかし、やはりそれらは私に当たる直前で消えてしまった。
「やっぱり、私には魔法が効かないんだ」
これはまさか、いわゆるチート能力というやつか。つまり、作者特権!
「神様ありがとう!」
いや、この小説の中の神は私か。
さすが、私。ただのモブキャラにもこんな能力を付与させているなんて。もしかしたら、魔法も使えたりして。しかも、とんでもなく強い魔法。
そう思ったら、目の前の魔物が怖くなくなった。
「よくも追い回してくれたわね。覚悟しなさい」
私は右手を出し、そして自信満々に言い放つ。
「いでよ、炎!」
これでものすごい勢いの炎が出てきて、魔物を一瞬でやっつけられるはず。
そう思っていたんだけれど。
「………………あれ?」
何も出てこない。すごい炎どころか、マッチレベルの火ですら現れない。魔物の羽ばたく音だけが妙に響いている。
「もしかして、魔法は使えないの?」
思わず魔物に聞いてみる。すると、一際大きな声で鳴かれた。
「ちょっと、ウソでしょぉぉ!」
なんで魔法は効かないのに、魔法は使えないのよ!
チート能力って、もっと無敵なものなんじゃないの? しょせん、モブキャラってこんなもん? 作者特権どこいった!
心の中で精一杯叫んでみる。その間に、魔物はその鉤爪を私に向けてきた。どうやら、魔法は諦めて物理攻撃にシフトしたらしい。
これはもうほんとにダメだ。やられる!
そう覚悟した時だった。




