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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第三章 二人の王子と極悪令嬢

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火の海を抜けて

「結構。ではまず、あなたの中にある魔力を感じなさい」


「魔力を?」


「目を閉じ、呼吸を整えて。自分の内側へ神経を集中させるのです」


 ルイーズは、ロゼッタに言われた通りにする。すると、すぐさま反応があった。


「身体の中に、熱い何かを感じます」


「熱い、ですか。たぶんそれがあなたの魔力です」


「これが?」


「ええ。では次に、その熱いものを大地に注ぎ込んで、隆起している地面を平らに戻しなさい。あなたの場合、ほんの少しで構いません。多すぎると大地が裂けてしまうでしょうから」


「でも、どうやって?」


「そうなるように魔力を操るのです。難しいのならイメージしてもいいでしょう。想像力を働かせて、粘土をこねて平らに伸ばすように魔力を使って大地を操ってみてください」


「……わ、わかりました」


 戸惑いながらも、ルイーズが地面に向かって手をかざす。


「粘土でこねるように……」


 呟いた直後、隆起した土の氷柱の数々が、まるで意思を持っているかのように地面へと戻っていく。中には何かに潰されたかのように崩れるものもあった。そうこうしているうちに、それまで無数に蔓延っていた土の氷柱はすべて消えて、辺りは一面平らな地面だけになった。


「すご……っ。あんだけ隆起してた地面をあっという間に元に戻しちゃった」


「本当に魔力をちょっとだけ注いだだけなんですけど、これで大丈夫でしたか?」


「ええ。問題ないでしょう。正直、初めてでここまでできるとは思ってもみませんでした。上出来です」


「あ、ありがとうございますっ」


 ロゼッタに褒められて、ルイーズが頬を赤く染める。上出来と言われて嬉しかったのだろう。その顔に、もう不安の色は見えない。


 焦げ臭い匂いが立ち込め、灰色の煙が辺りを漂い始める。火の手はもう目前まで迫ってきていた。


「マズイ、もう火の手が回ってる」


「ええ、わかっています」


 ロゼッタが剣に向けて手をかざす。しばらくすると、剣の上半分が真っ赤に染まった。これはそう、鉄を炎の中に突っ込んで取り出した時のようなオレンジがかった赤。


 真っ赤に染まったその灼熱の剣を、ロゼッタはゆっくりと怪我をした左脇腹に近付ける。


 これはまさか! 私は慌ててルイーズを抱きしめた。ロゼッタが静かに言う。


「ルイーズ、あなたは目をつむりなさい」


 ルイーズが「え?」と呟いた直後、ロゼッタは灼熱の剣を傷口に押し当てた。肉の焼ける匂いと、ジュッという生々しい音が五感を刺激して不快感を呼び起こす。衝撃的なシーンに、ルイーズとエミリアは「キャアッ」と叫び声をあげた。


 ロゼッタはというと、服を噛んで激しい痛みに耐えている。その苦痛に歪んだ顔でさえ、不謹慎にも美しいと感じてしまった。


「はあ、はあ……っ」


 ロゼッタが剣を離し、その場にうずくまる。その肩は激しく上下していて、どれだけ走っても息が切れなかった彼女の呼吸が激しく乱れていた。


 それだけでわかる。これは相当ヤバイ。


「ロゼッタ大丈夫っ?」


「大丈夫、です……。応急処置ですが、止血はできましたから……」


「でもっ」


 続きを言おうとしたら、ロゼッタがキツく睨んで牽制した。


 その目が訴えている。冷静になって現状を分析しろと。


 確かに、今私がロゼッタを過剰に心配したら、それがエミリアやルイーズに伝染してしまうだろう。そうしたらパニックになったルイーズが再び魔法を暴走しかねない。


 ということは。


「大丈夫なんなら早く立ちなさいよ。珍しく怪我して苦戦してるみたいだけど、人類最強も大したことないのね」


「……お言葉ですが、あなた様がもっと上手く避けてくだされば、こんなことにはならなかったのですが」


「はいはい、私が悪うございましたよーっと」


 なるべくいつものように軽口を叩く。ロゼッタも私の意図に気付いてフッと笑ってくれた。それを見て、彼女にこそっと耳打ちする。


「ぶっちゃけ、どれくらいヤバイの?」


「相当です。いつもの力の半分も出ないでしょう」


「マジか……」


「しかし、やるしかありません」


 そう言うと、ロゼッタはなんとか立ち上がった。私のいつもの軽口が効いたのか、エミリアとルイーズは特段パニックになることはなかった。


 火の手がついに私達に追いついた。煙が充満し、立っているだけで肌が焼けるほど熱い。燃えていないのは、私達のいる壊れた小さな要塞だけとなった。


「エミリア、ジルはどこまで回復していますか?」


「とりあえず、止血は終わりました。傷口はまだ塞がってません」


「呼吸は?」


「しています。顔色も先ほどよりは良くなりました」


「そうですか。では、一旦治療をやめてください。このままここにいたら焼け死んでしまいますので、城門まで戻ることを優先します」


「わかりました」


「ルイーズ、このタオルを口と鼻に当てて。煙吸い過ぎたら倒れちゃうから」


「わかりました」


 ルイーズは言われた通りにする。エミリアはジルを背負っていた。


「エミリア一人でジルを背負いながら走るのは辛いだろうから、交代交代でいきましょう。無理はよくないわ」


「アンジェリーク様、ありがとうございます」


 ロゼッタを見る。彼女の顔は険しかった。


「んで、これどうやって逃げんの? 前も後ろも燃えててどう見ても行けそうな場所がないんだけど」


「私が道を作ります」


 ロゼッタはそういうと、右手を掲げて魔法を紡ぎだす。しかし、今回はその手から炎が現れることはなかった。その代わりに、目の前の炎の海が割れて二人分程度の炭の道ができる。


「なにこれ!?」


「魔法には二通りの使い方があるんです。一つは、何もないところから物質を発現させる力」


「あの、手から炎を出す、みたいな?」


「そうです。もう一つは、既存の物質を操作する力」


「操作する力?」


「このように、炎を操り道を作り出したりすることです。あなた様もご経験がおありでしょう? 盗賊達に襲われた際、木の魔法使いによって周囲の草や蔦で身体を拘束された。あれも魔法による操作の一つです」


「あれが……」


 思い出したくもない記憶が蘇る。それを振り切るように私は頭を振った。ロゼッタは、そんな私をめざとく見つける。


「不用意な発言でした。ご気分を害されたのでしたら謝ります」


「いいえ、大丈夫よ。それより、今は先に進みましょう」


 炎は割れたとはいえ、その中はサウナが子供騙しに思えるくらいの熱さだった。今なら、オーブンで焼かれる肉の気持ちがわかる気がする。


「行きます」


 ロゼッタの号令の元、全員で熱さに耐えながらダッシュで炎の海を突っ切っていく。


 エミリアもルイーズも、この熱さに顔を歪めながらもなんとか耐えて走っていた。


 頑張ろう、と声をかけたいけれど、呼吸するだけで熱くて喉が焼けてしまいそう。後ろを振り返れば、魔法の切れた場所から炎が私達を追いかけているように見えた。


 お願い、なんとか無事にこの火の海を抜けて。


「出ます!」


 ロゼッタが短くそう告げる。少しして、私達は燃え盛る森を抜け、孤児院へと続く道に出ることができた。


「やった! すごいロゼッタ。みんなは無事?」


「はい!」


「大丈夫ですっ」


 ルイーズもエミリアも、その顔には安堵の表情が浮かぶ。しかし、ロゼッタだけが未だ険しい顔をしていた。


「安心するのはまだです。一番の問題は、城門前に溢れるダークウルフの群れですから。あれを突破しないことには意味がありません」


「そうね、ロゼッタの言う通りだわ。ルイーズ、まだ走れそう?」


「……はいっ」


 息は乱れているが、その顔はまだ余裕がありそうだ。私の方が心配かもしれない。


「では、先を急ぎましょう。悠長にしていると灰になってしまいますから」


 ロゼッタの言葉に全員が頷く。そして再び走り出した。


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