諦めたい人は諦めればいい
手にしたバケツを持ち上げる。そして、私は中の水を被った。冷たい水が火照った身体に染み渡る。
「ロゼッタ、行くわよ」
濡れたまま、城門目指して歩き出す。ロゼッタはというと、すぐには答えなかったけれど、私が本気だと悟ると「はい」と短く答えてついてきてくれた。
そんな私達をニール様が食い止める。
「おい、どこへ行く。まさか、ジルとルイーズを探しに行く気じゃないだろうな?」
「そのまさかです。今からロゼッタと一緒に二人を助けに行きます」
「お前はバカか! 今の話を聞いていなかったのか? 今ここを出て探しに行くのは自殺行為だ。せめて、もう少し場が落ち着いてからにしろ」
「それはいつの話ですか? 一時間後? 半日後? それとも一日経ってから?」
「それは……っ」
「そんな悠長なことを言っていては、二人を助けることはできません。生存率の高い今のうちに探しに行くべきです」
「冷静になれ! これ以上犠牲者を増やすのは得策じゃない。お前が死んだらクレマン様が悲しむ」
「だから、二人を見殺しにしろっていうんですか?」
冷めた声でニール様だけでなく、ここにいる全員に問いかける。当然、誰も何も答えられなかった。
「ジルとルイーズがこうなったのは、私のせいなんです。私が殿下達に対して感情的にならず、もっと上手く立ち振る舞えていれば、彼らは国王陛下に直訴しようなんて考えなかった。だから、これはすべて私の責任なんです。その責任はきちんと果たします」
浅はかだった。感情だけで動いて、そのせいで周りがどう動くかなんて考えもしないで。
もっと注意深く二人を見ておけばよかった。今回みたいな無茶をする片鱗は見えていたはずなのに。それを私が見落とした。この罪は重い。
「諦めたい人は諦めればいい。それを責めるつもりはありません。ですが、それを私に押し付けるのだけはやめていただきたい。私はもう嫌なんです、自分なんかにできっこないって言い訳して諦めるの。その結果がどれだけ悲惨だったか知ってしまったから」
だからこそ、今までずっと自分の好きなように生きてきた。無茶だとロゼッタに怒られても、周りからどう思われようとも、自分のしたいように自由に動いてきた。
だから、今回もそうさせてもらう。誰も私を止めさせたりはしない。
「おい」
ラインハルト殿下が呼びかける。そしてそのままこう続けた。
「死ぬぞ」
低く重い声と険しい目つき。彼の真剣さが伝わってくる。だからこそ、私は不敵に笑ってやった。
「私は死にませんよ。だって、私には人類最強の護衛がついてますから。そうよね、ロゼッタ」
「アンジェリーク様……」
「何があっても、私を守ってくれるんでしょう?」
優しく微笑みかける。すると、ロゼッタの顔が一段と引き締まった。
「もちろんです。あなた様はこの命に代えても必ずやお守りいたします」
「ありがとう」
そう微笑んだ直後、大地が大きく揺れた。
「これは地震かっ」
「結構大きいぞ!」
立っているのがやっとというくらいの大きな地震。アンジェリークの記憶では、地震大国の日本とは違い、この世界で地震が起きるのは珍しい。ということは。
「ロゼッタ、これってまさか……っ」
「ええ、たぶんルイーズの魔法でしょう。しかも、ここまで大きいとなると暴走している可能性が高い」
「何にしても、生きてるってことよね。急ぎましょう!」
地震が収まったのを見計らって、私とロゼッタは走り出す。もう背後から呼び止める声は聞こえてこなかった。
「ロゼッタごめんね、また無茶に巻き込んじゃった」
「今さらですね。あなた様が無茶をなさるのは承知の上です。それに、前にも申し上げましたが、ここまできたらとことん頼ってください。遠慮されたら逆に腹が立ちます」
「どうしよう、ロゼッタが優しい」
「いつも通りです。それに、二人を助けたいという気持ちはあなた様と一緒ですから」
「そっか」
なんというか、同じ気持ちだったのが嬉しい。二人を助けに行きたいって。ロゼッタも諦めていなかったんだ。
「あのね、私がいつも無茶できるのは、ロゼッタのおかげなんだよ」
「私の?」
「うん。たとえ何があってもロゼッタは私を守ってくれるって、そう信じてるから私は自分のしたいように動けるの。今回みたいにね。だから、いつもそばにいてくれてありがとう。そして、これからもよろしくね」
「……いきなりやめてください。まるでお別れの言葉みたいじゃないですか」
「今言いたくなったから言っただけよ。照れるな、照れるな」
「照れてなどおりません」
ロゼッタがふいと視線を逸らす。今回は走っているからか照れ隠しはしてこなかった。
二人で門の前まで走る。そして、門番に事情を説明すると「無茶だ!」と声を揃えて止められてしまった。
「無茶は承知です。別に門を全開にしろなんて言いません。人一人通れるくらいでいいんです。私達が出た後はすぐに閉めてもらって構いませんから」
「しかし……っ」
「なんなら、このロゼッタが門周辺の魔物を一掃しますから。それに、クレマン様には止められませんでしたよ?」
切り札のクレマン様を発動させる。すると、門番二人は困惑しながらも頷いてくれた。
門がゆっくり開き、ロゼッタと私が順番に外に出る。確かに、数えるのが億劫になるくらいのダークウルフが私達を待ち構えていた。
「さて、行きますか」
「ええ」
いざまさに走ろうとした、その時。
「お、おい! ちょっと待て!」
背後で門番の慌てた声が聞こえた。その後で門の閉まる音が続く。
何かあったんだろうか。そう思い振り返る。
すると、その視線の先には、門の外に出ているエミリアの姿があった。




