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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第三章 二人の王子と極悪令嬢

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行方不明のジルとルイーズ

 案の定、ロゼッタは私の所へ駆けつけてきてくれた。その後で、その形の綺麗な眉毛の片方をピクリと動かす。


 泥だらけな上に所々煤で汚れた服。ええ、わかってますよ、言いたいことは。


「ロゼッタすごいじゃない! あの動き回るフライヤー三匹を撃ち落とすなんて。弓矢の才能もあったなんて、やっぱり天才は違うわね」


「褒めても誤魔化されませんよ」


 魂胆はあっさり見透かされバッサリ切られる。まあ、最初からそうなることはわかっていたからべつにいいんだけど。


「はじめからわかってたことでしょ、私が無茶することくらい。だったらいちいち怒んないでよ。そんなんじゃ、極悪令嬢の侍女としてやっていけないわよ」


「べつに怒ってはいません。ただ呆れているだけです。人の気も知らないで、と」


「はい、じゃあこの話はもう終わり。私は消火班だけど、ロゼッタはどっちにするの?」


「もちろん、あなた様と同じ班です。別行動をとったが故に主人が死んでしまっては、私のいる意味がありませんから」


「それもそうね」


 なんて、他人事のようにさらりと返す。ロゼッタはまだ何か言いたそうだったけど、たぶんきっと嫌味だと思うので、私はバケツを持ってそそくさと噴水を目指した。


 消火班のメンバーは、相変わらずバケツに水を汲んでは燃えている家に水をかけ続けている。すると、そこに一人の兵士が来て右手を掲げた。直後、そこから水が噴き出して炎を鎮めていく。


「俺達も手伝うぞ」


「ありがとう。助かります!」


 よく見れば、討伐班にも兵士の姿がちらほらと見える。漏れ聞こえる話を整理すると、ラインハルト殿下が戦っているのに自分達がじっとしているわけにはいかない、ということだった。


「殿下は、人望だけはあるのよね」


「まあ、何もないよりかはマシかと」


「それもそうね」


 バケツの水をかけながらそう納得する。フライヤーの魔法攻撃が少なく済んだことと、水魔法を使う兵士の手伝いもあって、火事の進行スピードは緩くなっている。これで雨が降れば被害は最小限で済みそうだ。


「この炎さ、あんたの魔法で吹き飛ばせないの?」


「できないことはありませんが、家が何棟か吹き飛んでもよろしいのでしたら」


「やめましょう、責任取れないから」


 噴水の水を汲む。撃ち落としたフライヤーの元には、十人程度の人だかりができていた。


 クレマン様は、街の中心にあるこの噴水へと現れ、それぞれ指示を飛ばしている。年齢を感じさせないその凛々しいお姿に、思わずほうっと見惚れてしまった。


「クレマン様は、歳をとってもカッコイイわね。他の花嫁候補に渡すのが惜しい」


「はいはい、バカ言ってないで手を動かしてください」


「わかってるわよ」


 ぶーっと唇を尖らせる。すると、ラインハルト殿下と複数人の兵士と自警団員達がクレマン様の所へ駆けつけてきた。


「クレマン、あっちのフライヤーは倒したぞ」


「ありがとうございます、殿下。みなもよくやった」


 そうクレマン様に褒められ、みんなは嬉しそうな表情になる。この飴と鞭の使い方は、ロゼッタにも見習ってほしい。


 さて、とバケツを持って移動しようとしたまさにその時。お屋敷方面の道から、エミリアとニール様とレインハルト殿下がクレマン様に向かって走ってくる姿が見えた。その顔は緊迫している。


「どうしたんだろう。何かあったのかな」


「行ってみますか」


 ロゼッタに「うん」と頷いて、バケツを持ったまま近付いていく。エミリアがクレマン様の側に到着するのと私達が来るのはほぼ同時だった。


「どうした、何があった?」


「あの、ジルとルイーズを見ませんでしたか? まだお屋敷に来てなくて」


「いや、見ていないが」


「そう、ですか」


 クレマン様が首を横に振ったのを見た後で、エミリアは私を見つけると慌てて同じ質問をする。


「アンジェリーク様、孤児院でジルとルイーズを見ませんでしたか?」


「いや、見てないよ。ジゼルさんの話だと、朝早くにお屋敷に行くと言って出て行ったって聞いたけど」


「私も先ほどジゼルさんにそのお話をお聞きしたんですけど、お屋敷にジルとルイーズの姿が見当たらなくて」


「ウソでしょ!?」


 ジルとルイーズがいない? 山火事で城壁の外は魔物がウジャウジャいるのに?


「なんだ、どうした?」


 にわかに騒つく現場に気付いたのか、ラインハルト殿下とギャレット様、そしてヘルマンさんも加わる。近くにいた兵士や自警団員までもが集まりだした。


「孤児院の子どもが二人いないんです。その子達は、毎日クレマン様のお屋敷に出入りしていたので、今日もお屋敷に来ているはずなんですけど……」


「その姿が見当たらないんだな?」


 エミリアがコクンと頷く。彼女は他の人にも尋ねたが、答えは一緒だった。


 どうしてジルとルイーズがいないんだろう。ニール様に朝一番で来いと言われたあの子達が、仕事をサボるとは思えないけど。


 そこまで言って、昨日のニール様との会話をふと思い出す。そして、とある可能性に気が付いた。


『まさか!』


 そう叫んだのは、私とニール様だった。目を合わすと頷いてくる。どうやら彼も同じ答えに行き着いたらしい。


 クレマン様が「どうした?」とニール様に問いかける。


「昨夜、ジルとルイーズを孤児院に送った際、二人がこう言っていたんです。アンジェリークへの悪い噂は全部誤解だと、国王陛下に直訴したいと」


「なんだと? それは本当か!」


「はい。一応その時は諌めましたが、彼らはまだ幼い。本当に国王陛下の元へ向かったのかもしれません」


「バカな。王都へは馬車でさえ丸三日かかるんだぞ。子どもの足だと何日かかることか」


「それに、仮に王都に着いたとしても、父に会えるとは思えない」


 ラインハルト殿下とレインハルト殿下がそれぞれニール様の考えを否定する。


「ええ、確かにそうです。私も昨日そう言って強く牽制しました。それでも、頭ではわかっていても、感情が勝ってしまうことだってある。子どもならなおさらです」


「それは……」


「落ち着け。まだそうと決まったわけではない。決めつけるのは早計だ」


 クレマン様の判断に、ニール様が頷く。しかし、その顔は不安が拭えないと言いたげだ。


 そのうち、エミリアがふらりとよろけた。しかし、倒れる前にレインハルト殿下がキャッチする。


「大丈夫?」


「はい……ありがとう、ございます」


 エミリアはレインハルト殿下から離れようとするが、足元がおぼつかずにまた身体が揺らめく。よく見れば顔色も悪そうだ。


「エミリア大丈夫?」


「たぶん、昨日魔法を限界以上使い続けたため、身体への負荷がまだ残っているのでしょう」


「それでも魔力は戻ってるのよね?」


「多少は戻っているでしょうが、この様子だとそこまで多くはないかと」


「そんな……」


「仕方ありません。あんなに魔法を使ったのは今回が初めてだったのですから、まだ身体が慣れていないのでしょう。繰り返し使い続ければ、そのうち身体が慣れて負荷も減るはずです」


「そう、ですか」


 エミリアは一つ息を吐くとレインハルト殿下から離れた。そんな彼女に殿下は心配そうに声をかける。


「まだ本調子でないのなら、少し休んだ方がいい」


「いえ、そういうわけには。怪我をしている人も多いですし、ジルやルイーズの無事を確認するまでは休んでなんかいられません」


 エミリアの返答に場がしんと静まり返る。その沈黙を破ったのは、全速力で駆けてくるマティアスの声だった。


「エミリア!」


「マティアス! どうだった?」


「孤児院のさらに奥の道から来たっていう人が見つかった。その人の話では、十二、三歳くらいの男女が王都までの道のりを聞いてきたらしい」


「それってまさかっ」


「ああ。その人はつい最近クレマン様のお屋敷に余った野菜を届けに行ったらしくて。女の子の方は、その時に見た小さなメイドさんと同じ顔だったって」


「ルイーズだ!」


 思わず声が出た。クレマン様のお屋敷で小さなメイドさんはルイーズしかいない。


「まさか、本気で王都へ向かったというのか」


「クレマン様! お願いします、二人を探してください。山火事のせいで魔物も多くなっている今、子ども二人だけでは危険です!」


「しかし……」


 クレマン様が言い淀む。その続きはヘルマンさんが引き継いだ。


「いくらなんでも無茶だ。今はまだ街の中にも魔物がいるし、火事も全部鎮火できていない。それに、山火事のせいで城壁の外は魔物で溢れている。今探しに行くのは自殺行為だ」


「では、国王軍の方にお願いしてみてはいかがですか?」


「……悪いがそれはできない」


「どうしてっ?」


「本来であれば、彼らは俺達の護衛が任務なんだ。だから、俺達を置いて子どもを助けに行くことはできない」


「それに、これは大変危険な任務だ。さすがに見ず知らずの子どものために死んでくれとは言えない」


「そんな……っ」


 レインハルト殿下もラインハルト殿下も、バツが悪そうにエミリアから顔を逸らす。彼女の顔から血の気が引いた。


「……じゃあ、あの子達を見殺しにしろっていうんですか?」


 エミリアの残酷な言葉に、誰も何も答えない。ただ俯いて、時が過ぎるのを待っているかのよう。


 自警団員の人達も、殿下達も国王軍の兵士達も、たぶん誰も悪くない。


 確かに、今の状態で助けに行くのは自殺行為。みんなにだって大切な人や家族がいるだろうし、死にたくないと思っている。ただ闇雲に犠牲者を増やすことは決して良くないことを、戦争経験者であるクレマン様は重々承知なのだろう。だから何も答えられない。


 そう、誰も悪くない。


 それでも。もし誰が悪いかと聞かれれば、それはたぶん私だ。


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