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ただのモブキャラだった私が、自作小説の完結を目指していたら、気付けば極悪令嬢と呼ばれるようになっていました  作者: 渡辺純々
第三章 二人の王子と極悪令嬢

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火事と間一髪

「クレマン様、私があのフライヤーを撃ち落として動きを封じます。その後はお任せしてもよろしいでしょうか? 飛べないのであれば、倒すのはそこまで難しくはないと思われるので」


「ああ、それで十分だ」


「撃ち落とすだけでいいの?」


「私の本業は、無茶ばかりするアンジェリーク様の護衛ですから。どうせ今から避難誘導の手伝いに向かわれるおつもりなのでしょう?」


「うっ……」


 行動が読まれてる。


「ですので、なるべく早めに終わらせてアンジェリーク様のおそばにいたいと思います」


「ロゼッタも大変だな」


「クレマン様だけです、そんな風に理解し労ってくださるのは。本当なら、気絶させてでもお屋敷に連れ帰りたいところなのですが」


「ダメよ! そんなことしたら、ロゼッタの恥ずかしいこと全部喋っちゃうからねっ」


「はあ?」


 氷のように冷たい眼差しが私を射抜き、まとうオーラが場の空気を凍らせていく。ダメだ、冗談が通じない。


 そんな私達の空気を無視して、ギャレット様がこちらへ駆けてきた。


「殿下、私もお供します」


「しかし、子ども達はどうした?」


「近くにいた領民と交代してきました。是非私もお供させてください」


「ああ。お前がいれば心強い」


 殿下にそう言われ、ギャレット様の顔が誇らしげに輝く。主人に褒められた犬のようだ。


 クレマン様が自警団員に指示を出し、集団を魔物討伐班と消火作業班の二つに分ける。私はちゃっかり消火作業班に紛れ込んでバケツを手に走り出した。


「消防車とかポンプとかが無いのが痛いわね」


 街の中央にある噴水で水を汲みながらぼやく。燃えている家はいくつもあり、何人もの人が入れ替わりで水を掛けてもなかなか鎮火しない。


「早く雨が降ればいいのに」


 天を仰ぐ。変わらず曇天は広がっているのに、未だに雨が降る気配はない。


 その時、女性の助けを求める声が聞こえた。


「誰か、誰か娘を助けて!」


 それはケイトさんだった。とある家の前で一生懸命助けを呼んでいる。


「ケイトさん!」


「アンジェリーク様っ」


 彼女は私を見つけて、少し戸惑う。それでも、この非常事態でそれどころではないらしい。


「どうしたんですか?」


「娘が、娘がまだ家の中にいるんです!」


「娘さんが?」


 指さされた方を見ると、燃え盛る家の隣家の、二階の窓から一人の女の子が泣きながら「お母さーん!」と叫んでいた。


 マズイ、このままじゃあ女の子がいる家が燃え落ちるのも時間の問題だ。


「私が行きます! ケイトさんは身を隠せる場所で待ってて!」


「でも……っ」


 有無を言わせず、私はバケツをケイトさんに渡して家目指して走り出した。炎はまるで楽しむかのように、女の子のいる家を飲み込み始めている。


 玄関の扉を開けて中に入る。そこはもう煙が充満していた。咄嗟にポケットから汗拭き用のタオルを口に当てる。


「急がないと……」


 階段を駆け上がり二階の部屋の扉を開ける。すると、ぬいぐるみを抱えた女の子が泣きながら母親を呼んでいた。もう中はかなり熱い。


「助けに来たよ」


「あ、アンジェリーク様……っ」


 女の子の涙でぐちょぐちょの瞳が私を捉える。その身体は恐怖に震えていた。


「大丈夫、絶対助けるから。ここから逃げるわよ」


 答えも聞かず、彼女の手を引いて部屋を出ようとする。しかし、部屋の外はもう火の海だった。


「マジか……っ」


 私一人だけならまだしも、女の子も一緒に突っ切るのはかなり難しい。そう判断して窓の外を覗く。二階とはいえ、訓練もしていないど素人が飛び降りるにはなかなかハードルが高く、たぶん無傷ではいられないだろう。それに、高所恐怖症が襲ってきて、正直この子がいなければ立っているのもやっとだ。


 それでも。私はともかく、この子だけはなんとしても無事に助けたい。


 周囲を見渡す。すると、たくさんの布切れを載せた荷車を見つけた。針子の仕事上、要らなくなった物を一箇所に溜めていたのかもしれない。あれをクッション代わりにすれば。


「おい、大丈夫か……って、アンジェリーク様!?」


 声のした方へ視線を向ける。それはヘルマンさんの声だった。ナイスタイミング!


「ヘルマンさん、あの布がいっぱい積まれた荷車を、この窓の下に置いてもらえませんか?」


「え、そこに?」


「いいから早く! 炎がもうすぐそこまできてるんですっ」


「お、おう、わかった!」


 さすが自警団団長のヘルマンさん。火の手の回り様にすぐに危機感を持ってくれたらしい。すぐさま私の言った通り、荷車を真下にセッティングしてくれた。


「アンジェリーク様、置いたぞ」


「ありがとうございます」


 ヘルマンさんにお礼を言った後、私はルイーズよりも小さい女の子の両肩に手を置き、目線を合わせて語りかけた。


「いい? ここから飛び降りるわよ。もうこの方法しかないの」


「でも……」


「大丈夫。私も一緒に飛び降りてあなたを守ってあげるから。それに、この子も助けてあげたいでしょ?」


 そう言って、彼女が手にしているウサギのぬいぐるみを撫でる。すると、しばらくして彼女は意を決したように力強く頷いた。


「よし、良い子ね」


 二人揃って窓のサンへと足をかける。炎はもう部屋の半分を飲み込んでいて、ジリジリと私の肌を焼いていた。


「一、ニ、三で飛ぶわよ。一、ニの三!」


 女の子を抱えつつ同時に飛び込む。なるべく私が下になるように向きを調整して。それは上手くいったようで、私は女の子を庇うように荷車の中へと落ちた。


「いっつー……」


「大丈夫ですか?」


 起き上がると、前から痛めていた右肩に激痛が走った。それでも、女の子が心配しないように笑いながら「大丈夫」と答える。女の子の方は無傷そうだった。


 それまで外で様子を見ていたケイトさんが女の子に駆け寄ってくる。


「コリン!」


「お母さん!」


 二人はお互い強く抱きしめ合う。ケイトさんの頬にも涙が伝っていた。


 家の方を振り返る。今さっき飛び降りた窓から炎が噴き出していた。間一髪とはまさにこのこと。間に合って本当に良かった。


 そう思ったのもつかの間。フライヤーの鳴き声が周囲に響き渡る。


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