影無神社の怪
「んで、ホントなのかよ、そんな眉唾もんのうわさ」
ヤスがため息まじりに聞いた。タバコを持つ手を窓の外に出して、軽く灰を落とす。
「ホントだよ、今度はマジモンだって!」
助手席のツバサが、スマホをいじくりながらにやにやしている。こういうときは基本的にハズレなことが多い。うしろで眠そうに大あくびするヒロが、ぼりぼりと頭をかいて缶ビールに手を伸ばした。
「おい、ヒロ、お前帰り運転してくれるんじゃなかったのかよ?」
「はぁ? どうせまたハズレだってんのに、どうしてそんなかったるいことしなきゃいけねぇんだよ。帰りもお前か、ツバサが運転しろよ」
ヒロはすでに缶ビールをぐびぐびとやって、それから「ぷはぁっ!」とうめいた。ツバサがちらりとヒロをふりかえる。
「おい、お前は飲むなよ。帰り運転してもらうからな」
ヤスがツバサにくぎを刺した。「ちぇっ」と舌打ちしてから、ツバサは再びスマホに視線を落とす。
「でも、マジで今回のは面白そうだぜ。体験談が載ってるけどよ、かくれんぼしたあとマジで影がなくなったやつとか、次の日トラックにひかれたやつとか、家が火事になったやつとか……」
「おいおい、そんなやべぇとこにおれたちを案内しようってのか?」
ヒロが大げさに肩をすくめた。もちろんそんなことは信じていないのだろう。ヒロは早くも二本目の缶ビールに手を伸ばす。ツバサも手を伸ばそうとして、ヤスがじろっとにらみつけた。
「へぃへぃ、わかってますよ。帰りはおれが運転だろ」
「まぁ、万が一影がマジでなくなったら、そんときはまたおれが運転してやるから、とりあえず我慢しろ」
「あいよ」
ツバサは名残惜しそうに缶ビールから目をそらし、それからスマホに書かれた、今から肝試しに行く神社の情報を読みあげていった。
「影無神社。ずいぶん古い神社らしいが、その由来や祀っている神様に関してはよく分かっていないだってよ。んじゃなんでそんなもん管理してるんだよって話だよな」
アハハと一人で笑うが、ほろ酔いになって眠そうなヒロも、山道の運転に集中しているヤスも笑わない。しかし、ツバサはおかまいなしに説明を続ける。
「んでよ、五年くらい前からか? この神社でかくれんぼすると、影が映らなくなって、そのとたんいろいろ不幸な現象が起こるようになったって情報が、ネットの書きこみによく見られるようになったんだよ。他にも、何人もの人影がかくれんぼしてたのを見たやつとか、かくれんぼしてて帰ってこれなくなったやつとかの体験談が載ってるぜ」
「かくれんぼしてて帰ってこれなくなったんなら、どうしてそいつはネットに書きこめたんだよ」
ヤスがあきれたようにツッコミを入れる。しかし、ツバサはもちろんおかしそうに笑うだけだ。
「ま、そこはあれだよ、スマホで書きこんだりしたんじゃねぇの? ほら、ひと昔前に流行ったじゃねぇか、どっかの駅にまぎれこんで、スマホで実況する怪談とかさ」
そんなこといわれても、ヤスもヒロも当然知らない。三人の中でオカルトマニアなのはツバサだけなのだ。ヤスは車を持ってるから。ヒロは格闘技をしていたため、万が一肝試し先でヤンキーやらに出くわしたときの、ボディーガードのような役割で呼ばれていた。とはいっても、二人とも大学の単位もほとんど取り終わり、暇人ではあったので、別段いやな顔せず、毎回ツバサについていっていた。
「ま、なんでもいいぜ。とにかくこの山道を登っていった先に、そのなんとか神社があるんだろ?」
ヤスの質問に、ツバサが答えようとして、「おっ」と声をあげた。運転していたヤスも、無造作にタバコを窓の外に投げ捨てる。
「どうやら、お目当ての神社に着いたみたいだな」
消えかかっているようで、ときおり点滅する街灯が見えてきたのだ。ヤスの言葉に、ヒロも三本目のビールを一気にあおって、それから盛大にげっぷする。
「ようやくか。んじゃ、とっとと鬼ごっこでもして帰ろうぜ」
「鬼ごっこじゃなくてかくれんぼだろ。まったく」
ヤスがツッコみ、それから神社のふもとに車を止める。ツバサが待ってましたとばかりに車から降り、タバコに火をつける。ヤスも一本強奪し、それから長い階段を見てげんなりした顔をする。
「これ、登るのかよ……」
「ま、百段くらいらしいから、そこまで大変じゃないさ」
「十分大変だろ。あ、そうだ、ビール持ってっていいか?」
ヒロの言葉に、ヤスとツバサは肩をすくめる。了解の合図と勝手に解釈し、ヒロはコンビニで大量に買った缶ビールの入ったレジ袋を担いで、階段を見あげる。
「ま、たまには運動してから飲むのもいいだろ。よし、行こうぜ」
ヒロの合図にツバサが続く。そしてヤスも、やれやれといった様子で階段をのぼっていった。
「まったく、足ががくがくだぜ。おまけにツバサ、お前飲むなっていってんのに飲みやがって! また帰りもおれが運転することになっちまったじゃねぇか」
ヤスがツバサに悪態をつく。ツバサもブスッとした顔で、「へいへい」と生返事した。
「まぁ、いつものことじゃねぇか。とりあえず帰ったら飲みなおそうぜ。もちろんツバサのおごりでな」
ヒロがガッハッハと豪快に笑う。赤ら顔になって、もう何本目かわからないビールに口をつけている。まだ飲むつもりらしい。
「チッ、つまんねぇの。またガセかよ」
ツバサはまだ納得いかないのか、ペッとつばをはいてくぐってきた鳥居をにらみつける。結局三人は影無神社の境内で、三十分近くかくれんぼをしてみたのだが、何人もの人影が出てくるわけでも、神社から出られなくなるわけでもなく、まったくの期待外れで降りてきたのだった。おまけにやぶ蚊がわんさかいて、ツバサはあちこち刺されていたのだ。
「やっぱネットの情報はダメだな。信憑性がねぇよ」
「んじゃ、なんの情報なら信憑性があるんだよ?」
「それは……。ま、ネットで調べるしかないよな」
悪態をついていたはずなのに、ツバサは「へへっ」とにやけて、ヒロから缶ビールを受けとる。酒を飲んでいても飲んでいなくても、都合の悪いことはケロッと忘れるのがツバサだった。
「んじゃ、帰るとするか。ツバサ、ちゃんとあとでおごれよな。つまみもだぞ」
「へぃへぃ、わかってますよ」
助手席に乗りこみ、ツバサが生返事する。ヤスは「たくっ……」とつぶやいて、エンジンをかける。うしろの席では、すでにヒロがいびきをかいて寝ていた。三人を乗せた車は、そのまま走り去っていったが、点滅している街灯は、いつまでもその影を映したままだった。
ヤス、ツバサ、ヒロの三人が行方不明になったのは、それから数日のちのことだった。大学はちょうど長い夏休みに入っていたため、三人が行方不明になったことに他の者たちが気づいたのは、それから約二か月後のことである。友人たちもはじめは心配していたが、それも卒業旅行や研修など、あわただしい行事に埋もれて、みんな忘れていくのだった。
「そういやさ、最近肝試しサークルってのが流行ってるらしいな」
「肝試しサークル? んなサークル、うちの大学にあったっけ?」
「ああ。四年生の三人組がこないだ部員を募集してたぜ。新歓コンパは、神社で肝試しだっていってたけど、飲み放題らしいんだよ。先輩たちが酒もつまみもおごってくれるってよ」
「へぇ、良いじゃんか。お前ちょっと試しに参加してみろよ」
「いやいや、おれ別にオカルト興味ねぇもん。……それによ、その三人組、なんかおかしいんだよな。肝試しサークルだからか知らねぇけど、妙に元気がなくってよ、新入部員探してるくせに、ぼそぼそしゃべっててさ。しかも、なんか影が薄いっていうか、影がないみたいな感じがしてさ。ちょっと不気味だからおれはパスしたぜ」
「お前がパスするなんて珍しいな。ちなみにさ、その神社ってどこなんだよ?」
「ああ、なんかかくれんぼするとヤバい神社らしいぜ。影無神社とかいうところだっていってたけど」
お読みくださいましてありがとうございます。
ご意見、ご感想などお待ちしております。