第一話 便所と契約と帰還
森林の中にいるとハイキングしている気分になる。
それに加えて、周囲が全員見知った顔で、その共通点から小学校の時の林間学校を思い出した。
「突然だが聞いてほしい。どうやら俺たちは異世界に来てしまったみたいだ」
深刻な面持ちで、このメンバーを代表する男が言い切った。
彼は白鷺祐斗。僕が知る限り、一番のイケメンで女子人気高い優良物件である。
つまりなにが言いたいのか、なろうを知り尽くした者たちなら分かるだろう。
「(あ、これクラス召喚モノだ)」
しかも、勇者が似合いすぎる委員長が存在している。
テンプレなら召喚者が出て来てその後、一人だけ頭が飛び抜けた「ステータス(ゲームによくある能力値)」が開示されるのがお約束だが、少し変則型であるようだ。召喚者らしき人影が全く見えなかった
だが、たいていこの展開の将来には何故か同郷の人間たちによる殺し合いが始まってしまうのがテンプレ。
さて、勇者ユウトよ。
貴様はサブカルに精通している系主人公みたいなポジについたみたいだが、どうやって切り抜けるのか見ものだな。
僕はもう疲れたので、プロローグによくある主人公の長々としたモノローグを諦めて今度は「モブに扮して実況する系主人公」にシフトした。
つまりこれまでの経緯は割愛する。
「は、はぁ!? 異世界ってなんだよ、そんなアニメみたいなことあり得るわけないだろ!」
混乱して勇者ユウトに対立したのはクラスでも女子人気が低いお調子者の僕の友達、秋山一彦だ。
こういう役割を持つ人間は2種類のルートを辿る運命にある。
所謂、「俺たちは勝手にやらせてもらう!」という死亡フラグルート。もうひとつは、「身近なヘイトキャラとしていつかザマァされることになる小物臭ルートである。
勇者ユウトも被害者の一人だということを忘れているただの八つ当たりは、見るに耐えないものだが、お約束といえばお約束。
さて、勇者ユウトはどんな反応を見せるのか。
「カズヒコ、いったん落ち着いてくれ。昂るのも仕方ないけど、冷静さを欠くのは君らしくない」
「あ、あぁ……すまん。お前に突っかかったってどうしようもなかったのに……」
「いいさ。さっきも言った通り仕方ないんだ。俺だって不安だ。異世界とかそういうのはサブカルだからこそで、リアルになったら鬼畜仕様のRPGでしかないからな」
うまく立ち回った勇者ユウトはカズヒコを即オチさせるという芸当を見せつけた。
盲目な踏み台ざまぁされる風潮のある勇者業界でも、若干の明るい未来を示してくれる光景だ。
願わくば、何らかの拍子に闇落ちしないことを祈りながら、僕は木陰で座りながらクラスメイトたちを改めて見た。
このクラスは、言っては何だが異様の一言だ。
最もたる例が完璧超人、勇者ユウトだが、実はカズヒコだって負けず劣らずの優秀な成績の持ち主だ。
他にも個性豊かな人が、何の因果か集まってしまったのがこのクラスである。
いつだったか。そうた、クラス分けの時だ。
あまりにも濃すぎるメンツだったので、僕は内心でこの未来を予言していた。こいつら異世界に行きそうだなあ、と。
結局、僕も「こいつら」の一員として呼ばれてしまったが、本質的にはただの人数合わせという認識だ。
つまり僕には元最弱成り上がり系主人公としての資格があるのかもしれない。
何故そうなるのか、サブカル知識がなければわからないだろうが、そういうものなのだ。
ただし、追放系はNGだ。団体行動がどれだけ難しいのか理解してるつもりだが、それでも支え合える仲間がいないというのは悲しいし辛い。
それに、僕が復讐するために強くなるとかまずありえない。数多のなろうの悪役すら幸せにしたいと思うハッピーエンド主義者として、僕が求めているのはそれじゃないと断言する。
閑話休題。
「ねぇ、これからどうなるのかしら?」
話しかけられたので一時思考停止。
僕は声をかけて来た少女の方に顔を向けて、首が疲れるのでもう一度勇者ユウトの方に向いた。
「灯里はどう思ってるの?」
「あたし? 分かんないからアンタに聞いてるのよ」
「それは思考放棄だよ。何でもいいって。ほら、自分の意見を述べることこそ重要なんだから」
僕は適当に会話を繋いだ。
彼女、七瀬灯里はそれが許される人間だった。
まず、この友達は可愛い。美少女だ。
というかうちのクラスはほぼ美男美少女で構成されているので、それも異様の一員だろう。
それはともかく、その容姿。
色が抜けた両サイドにつけた尻尾のような髪束。
笑った時にちらりと覗く並びが綺麗な中に紛れるかわいい八重歯。
そして、クラスでも比較的発育のよろしいほにゃらら。
もはや彼女を構成するのは萌えという属性だ。
通称ツンデレである。
いや、実際は面倒見のいい女の子だが、いつかはツンデレにしたいと思って現在、七瀬灯里ツンデレ化計画を進めている真っ只中だったのだ。
そもそもツンデレとはなんぞやとふと思うこともあるが、とりあえず名前呼びされていたのを「アンタ」に修正させたのは大きな進歩に違いなかった。
「自分の意見って言っても……」
「ほら、例えば僕が役立たずなのが発覚してこの森において行かれて数年後最強になって帰って来たとか」
「やけに具体的だし現実味なさすぎて反応に困るわよ。だいたいなにを想定して役立たずなのよ。それに最強ってなに? 森においていくなんてうちのクラスのみんなそんなことするわけないじゃない」
「マジレスおつかれさま。とにかくそういう感じの意見でいいんだよ」
僕のサクセス?ストーリーが否定されたが、たしかに、このクラスは強い結束力を持っているから一人だけ置いて行かれるなんてことないだろう。
よくあるクラス召喚モノでのギスギスした空気を、彼らとは全く想像できないのがうちのクラスの長所でもある。
「じゃ、じゃあ、その……うちのクラスで何人かカップルが出来る、とか?」
頭お花畑かい、って思った。
「まぁ、ありえなくはないけど……灯里って割と能天気だよね」
「あ、アンタが何でもいいって言ったんでしょ!?」
声を大きく反論した灯里に、クラスからの注目が集まった。
僕もそんな空気に従って見上げてみると、顔を真っ赤にした灯里がそっぽを向いていた。耳まで真っ赤なのはご愛嬌だろう。
「お二人さん、こんな状況でもいつも通りとか肝座ってんナァ?」
「うげっ、……こんな時まで絡んでこないでよね」
「悪りぃ悪りぃ。二人っきりの時間邪魔したのは謝るからそう邪険にするなよナ」
僕の頭上で会話がされる。
灯里と僕の小さなコミュニティに参加したのは、僕の友達の火澄リョウである。
こいついっつも灯里を揶揄って嫌われてるなぁ。
しかも嫌われるのを面白がってる節があるのが闇を感じさせる変人だ。いったいなにをどうなればこんなに歪んだ感性になるのか興味はあるけど深く関わるつもりはない。
だって今のリョウが心底楽しそうなんだから、わざわざ掘り返してバッドエンド行きなんてなる必要なんか無い。
「ちなみにリョウはこれからどうなると思う?」
「オレか? オレは、そうだなァ。まずはチーム分けされるに一票だナ」
「へえ、その心は?」
「いや、単純に大人数でまとまって行動するなんて効率悪すぎるからな。ここに留まるにせよ、帰り道を探すにせよ、果ては委員長のいう異世界だったにせよ、オレならまずはそうするからナ」
そう言い切った直後だった。
「みんな、とにかく、この森から出ることを目標に話し合いをしたいと思う。まずいくつかのチームに分けたいと考えているから集まってもらえないか?」
僕たちは勇者ユウトの言葉を聞いてから、リョウの方に視線を向けた。
「ほらナ?」
リョウはフッと口角を上げて、さして自慢げな様子もなく先に勇者ユウトの元へと歩み寄って行った。
「あれが正解だよ」
「いや、アンタには言われたくないから」
僕もよっこらと立ち上がって、灯里と一緒にみんなが集まる勇者の元へと近寄っていく。
「とりあえず、みんなで円みたいに囲おうか。これで聞き逃しとかもないはずだし」
「はいはい円ねー、了解ー! ほら、みんな円になってだって!」
「ショウタ、聞こえてるから騒ぐな」
「ご、ごめんタイガくん」
勇者ユウトの声を広めようと伝言を進んで買って出たのは僕の友達、小森翔太。
そして、それを煩いとばかりに控えさせたのは僕の友達の米崎大河だ。
二人の関係は舎弟のようなカンジで、タイガのように強い人間になりたいというショウタが近づいたのが始まりだ。
ちなみにタイガのなにを強いと思ったのか聞いてみたら、見るからに周囲を気圧するような空気感らしい。
たしかにタイガは授業をサボったり、協調性が無かったりするがそういう、所謂悪っぽいところに憧れたんだとしたらショウタは方向性を間違っていると思う。
だってどれだけ悪ぶろうとかわいいとしか思えないだろうから。まぁ、憧れとかの否定は良くないので何も言うまいと放置中である。
兎にも角にも、割とすぐに円陣になった僕たちは第一回、二年A組円卓会議(27名)を始めることになった。
「進行は私が引き受けるわ」
そう言って手を挙げたのは僕の友達の、三条皐月だった。
彼女の俗称「風紀委員長」は僕が付けたもので、全くの根も葉もない嘘である。実際は勇者ユウトと同じく学級委員を務める子で、みんなの頼れるしっかり者だ。
そんな彼女の名乗りを否定するものはいなかった。
こんな異常事態でも学級会をするような秩序を保てている光景はなろうでも全く見かけない……わけでもなく、むしろこのクラスメイトたちを見ていれば、そういう適応力の高すぎる展開も割と良くあることなんだなぁと僕はまた一つ賢くなった。
「なら、まずは白鷺くんの提案からね」
白鷺。勇者ユウトのことである。
「うん、集まってもらう時に言ったように今からチームに別れようと思う。理由は、大勢で固まるのは効率が悪いと思ったからだ。集団でいると安心感はあるのかもしれないが、作業効率が高いのは分担作業だということはみんなわかっていると思う。だから、これから大まかに三つのチームに分かれようと思う。ちょうど27人だから9人ずつ。そのチームでも、もう一つ小さいチームを作っての作業をしようと思っているんだけど……実はその前に話しておかないといけないことがあるんだ」
おや? 勇者ユウトのチーム分けの説明が入ったが、何やら話したいことがあるらしい。
さて何の話かと興味を持って勇者ユウトを見ていると、徐に隣に視線を向けて頷いた。
その視線の先には、見た目清楚な少女がいた。
彼女、永倉叶はこくりと頷くと、右手を胸に当てて、深刻そうに口を開いた。
「……白鷺くんにはついさっき相談して、その、信じられないと思うけど、それでもみんなに聞いてもらったほうがいいかもしれないってことになったから話します」
すぅ、はぁ、と息を整えてから本題へ。
「私、能力が使えるようになりました」
その言葉で何人かがざわめき始めた。明らかな異常な現状、そして、異常に馴染むかのような同級生の変質が突きつけられて、勇者ユウトの「異世界」という途方もない言葉に真実味が帯び始めた。
だが、まだ真実と決めつけられるわけではない。
その証明も、今すぐするみたいだが。
「あの、実は私もこの能力のことなんで分かるようになったのか理解出来ないんですけど、さっき使って証明できるようになったから話すことにしました。
実は私の能力は一人じゃ使えなくて……とにかく彼の力を見てもらったほうが早いと思うので……」
そう言って視線を流した先にいた男に視線が集まる。
彼、僕の友達の田中浩二は気まずそうに、そして落ち込んでいるのかとぼとぼとみんなの前に出る。
「えっ、コウジ?」
お調子者仲間のガズヒコが驚いているが、そういえばさっきは見かけなかった。その能力とやらが関係しているのだろうか?
「それじゃ、オレの異能を見せるんで……はぁ……ちょっと下がってもらってもいいっすか? ……はぁ」
何度もため息をついているが、疲れているわけではない。
落胆の色を隠そうともせず、そのまま手を前に出す。
思わず正面にいた人たちは○○○○波みたいなのが飛んでくると思ったのか円卓が崩壊したが、それすら気にかけずコウジは一言、呟いた。
「えっと……出ろ」
そうして、変化が起きた。
それは誰の目から見ても異質で、そして、能力の存在を決定づけた出来事。
いや、僕自身びっくりで言葉を出せず、5秒モノローグを止めてしまうぐらい、うん、びっくりした。
彼の言葉通り、出てきたのは、縦3メートルはありそうな直方体の物体だった。
いや、もう変に言葉を濁すまでもなくそれは便所だった。
「みんなにも見てもらった通りです」
カナエは肩を落として若干目に涙を浴びさせるコウジを紹介するように手を向けて、話を続けた。
「私が使えるようになったのは、異能を授ける異能です。トイレに行きたがっていた彼の願いを叶えるために、私が異能を授けると、田中くんはトイレを召喚する異能を発現させました」
あっ、コウジがものの見事に膝から崩れ落ちた。
「ちくしょう……ちくしょうっ!!」
地面に伏せて顔は見えないが、すっごい悔しそうにしているのはみんな分かっただろう。
なんというか気の毒で仕方がない。たしか前に異世界ものの話をした時、自分ならあれやこれやなチート能力が欲しいとか結構語っていたはずだ。
それがこういう結果になって、もうほんと居た堪れなかった。
しかし、カナエはそんな様子も気にすることなく、また、崩れ落ちたコウジよりも異能に興味があった人の質問に答えはじめた。
その質問者とはいったい誰なのか。
「カナエはどんな異能でも渡すことができるの?」
もちろん、僕である。
すまないコウジ。君の気持ちはよく分かる。僕だって欲しい異能のアレやこれや語った仲なんだから当然だろう。
だが、だがすまないコウジ。それよりも、異能が使えるようになることの方が重要なことだった。
「違うよ。私の能力は、正しくは「異能の種を与える力」。つまり、異能が芽生える種子は渡すけど、どんな異能になるのかは種子を持った人次第。でも、まぁコウジくんが使えるようになった異能を考えれば、その人が逼迫するくらい望んでいることを叶える力かな?」
「その種ってのは上限とかあるの?」
「ないよ。でも一人ひとつみたい。コウジくんにはもうあげられないみたいだから」
「うぇえええええええええ!!!!」
コウジの壊れたような鳴き声が一層強まった。
現実を受け止めきれないだろうが、強く生きて欲しいと思いました。
「ちなみにデメリットとかは? 種を上げると疲れるとか、そういうのはまったくない感じだった?」
「うん、そういうのはないよ。心配してくれてありがと」
「どういたしまして」
デメリットがないとなると、これはもう貰うしかないだろう。いやでも、もし能力が発現する条件がトイレに急いでいる時のように逼迫するくらいの強い願いだとしたら、何になるかわからない。最悪の場合、僕もトイレ召喚になってしまうかも知れないんだ。
幸いにも、僕が質問をしたからか他のみんなも気になることがあるようで次々と質問しようと手を上げ始めた。
進行役のサツキが上手く一人ずつ当てて、カナエがそれに応えるようだ。これはしばらく時間がかかるだろう。
「コウジ、このトイレ借りるね」
僕は少し考えをまとめるためにコウジに断ってからトイレへ入った。みんな僕を見るが気にしない。
トイレの内観はイベント会場やキャンプ地によくある仮設トイレのようだが、真新しく、汚らしさを一切感じなかった。
僕は便座に腰掛け、思案する。
「(異世界ものでブレイクスルーになる能力はなにか)」
そんなこともちろん決まっている。
「(帰還、だろうなぁ)」
しかも、強い願いが必要なら、これほどまでにみんなが望むものはないだろう。だが、僕にその選択肢は使えない。
なぜならそれは、カナエとコウジの存在にある。
「(もし帰還が自身のみに作用するものなら、カナエとコウジを置いて帰ることになる。そんなバッドエンドは許されない)」
ならば、検証するという手がある。一人が帰還を使えるようになり、それが複数人で使えるのか。
もし他の人たちが残されたら、その帰還という能力を少しずつ改竄していくという方法だ。
だが、一番の問題は、最後まで出来なかった場合だ。
もしも転移系の異能が他者を連れることができないとしたら、その検証は全くの無駄骨だということになる。
だが、そんな仮定の話を重ねたところで意味はない。
一番確実なのは、元の世界と空間を物理的につなぐこと。だが、目を閉じている間に瞬間移動するイメージはできても、穴繋がりやどこでもドアのような帰還を本当に強く願えるのか。
はっきり言って無謀だと思う。
ならばもっと別の方法を探るべきである。
ついては僕が願うべき異能とはなんなのか。
超火力の攻撃?
どんなことがあっても死なない不老不死?
無双できる英雄の素質?
全部否だ。
そもそも、今の僕にはそんな力を心の底から願うことなんて出来はしない。
僕が欲しいのは、誰かが犠牲にならないという保証。
そして、僕に裁量のある自由度の高い力だ。
「(うん、たぶん答えは出た)」
僕はトイレから出る。
すると、みんな僕の方に注目していることに気がついた。
「あれ? 質問コーナーは終わったの?」
僕が尋ねると、リョウが率先して答えてくれた。
「フッ、まぁナ。それよりスッキリしたか?」
ニヤリと笑って聞いてきたので僕は頷いた。
「まぁね。それで、もしかしてみんな僕を待ってくれてたの?」
もう一度見渡すと、今度はコウジが答えてくれた。
「ああ、でもまぁ、クラスメイトの中心でトイレするなんてお前すげえよ……」
「いや、とんでもない勘違いしないでくれます?」
まさかと思ってもう一度みんなの顔を見渡すと、ほぼ男子の全員が笑いを堪えて、女子は顔を赤らめ俯くかそっぽを向いていた。
「違うからね? 考え事するために狭いところに篭っただけで、クラスメイトの中心で便所する恥知らずじゃないからね!?」
僕は必死に訴えたが、げらげらと笑うリョウのせいで、みんなからの印象がどうなったのか全く読み取ることが出来なかった。
あっ、やばい。殺意の波動が芽生えそう。
多分、このまま種を貰えば、念じるだけで相手を殺すことができるようになってしまう。
僕は頑張って殺意を封印して、冷静を心掛けて、勇者ユウトの方へ向いた。
「それで、話はどこまで進んだの?」
「あっ、俺? ……質問が終わった後、みんな種をもらうことに決めた。どんな能力にするのかは個人の自由だけど、全員それを開示すること。チーム分けもその能力を判断材料にして決めることくらいだよ」
まさか僕に聞かれるとは思わなかったようで、若干慌てて勇者ユウトが答えてくれた。
たしかに勇者ユウトとはほぼ絡みがないから仕方ないだろうけど、この状況下だ。クラスの中心人物と距離があることが不味いことくらい僕でも分かる。
だから気まずいだろうけど歩み寄りよろしくお願いします。僕は心の中で頭を下げて、元いた場所に戻った。
「結構長いこと籠ってたけどお腹大丈夫だったの?」
「アカリまでそう言うのか。だから違うって言ってるだろ。僕は考え事をしてたんだ」
「ご、ごめん。えーっと、考え事って何考えてたの?」
「もちろん、僕の異能についてだよ」
そうして僕はアカリとの会話を切り上げて、再開した会議に意識を向ける。
会議はすでに佳境にあった。
「それじゃあ、今から永倉さんから順番に能力の種を渡してもらいます。発現した人はその能力の公開と、発言しなかった場合も、どんな能力を望んだのか教えてください。なにか意見のある人はいますか?」
「はい! はいはいはい!」
「はぁ……それじゃ、どうぞ」
僕は大事なことなので四回言った。
僕の強い主張を受け取ったサツキが、胡散臭いものを見る目で渋々と僕に発表の機会を譲ってくれた。
僕は一歩前に出て、みんなの目を見ることを意識して声高らかに主張した。
「僕は契約の異能を発現させます! 契約を絶対遵守させる能力です!」
「えっと、それだけ?」
「いや、違う。えっと、僕が先に言ったのは能力が被らないようにするためだよ。さっき考えてたんだけど、今の状況じゃみんな元の世界に帰るための異能を願うんじゃないかって」
「それがどうかしたの?」
「いや、それもありではあるけど、忘れないで欲しいんだ。ここにはカナエがいて、コウジがいて、そして僕がいるってことを」
それで何人かは気がついてくれたみたいだ。
「おまえは帰りたい奴らに残れって言いたいのか?」
ここへきて初めて口を利く僕の友達の飯島悟が、質問を投げかけてきた。
もちろん、答えは否だ。
「違うよ。帰るのを引き止めるつもりはまったくない。ただ、帰るならみんなが帰れる道を探すべきだ。
帰るための異能を身につけるのなら、自分一人ではなくみんなが帰れるような異能にして欲しいんだ。試行錯誤すればみんなで帰れるかもしれない。
でも、もし前提条件として帰還は一人しかできないとしたら、そんな試行錯誤は意味なくてここに僕たちが残るかもしれない。だからその時は僕たちの家族に、そうだな……動画のメッセージでも撮って見せてあげて欲しいんだ。
長々と言ってるけどつまり僕が言いたいのは、帰還したい人がいたら、個人個人で条件を変えてみんなで帰れる方法を模索して欲しいってことだよ」
その時、パシャリと音が鳴った。
カメラのシャッター音だ。
「さすがボランティア部部長です! 痺れました! 2-A新聞部エース、宇佐美みく! 私も密着取材させてもらいます!」
えっと、スマホ片手にメモを取る彼女は宇佐美みくで、最近知り合って友達になりかけていた子だ。
ミクの言ってることはつまり、一緒に残ってくれるってことだろうか? それはありがたいが、異世界に来てまで新聞部を名乗ってるが、そもそもうちの学校に新聞部は存在していないことを突っ込めばいいのだろうか?
「わ、私も! 私も残るからね!」
アカリが便乗するように名乗り出た。
それを契機として、クラスメイトの殆どが残ることを決意したが、いや、少しはみんなが帰れるかもしれない能力を探して欲しいんだが。
「スケコマシのせいで話がややこしくなったわね。ほとんど残るらしいけど、帰るための力を欲しい人はいないの? いたら手を上げてくれないかしら」
サツキから辛辣な言葉を貰った気がするけど気のせいだ。
そして、今の空気で手が上げにくくしたのが申し訳なさすぎて、居た堪れなくなった。
だが、空気に飲まれない強い意志は確実にあるものだ。
「は、はい」
震えながらも、帰りたいと言う気持ちを誤魔化さずに手をあげる少女がいた。
彼女は僕の隣の席の住人だった気弱な女の子だった。
友達になろうと声をかけたこともあるが怖がっていたので諦めた記憶がある。クラスの女子にはマスコット的に愛されていて上手く溶け込んでいたが、こう言う主張の機会はあまりない人物だった。
怖いだろう。他人の視線を気にしない奴は愚鈍だ。
ひとりでは生きていけないことを知っている人間こそ、他者の視線を気にして、強くなれる。
だが、そこで強くなれない人間もたしかに存在していて、おそらく彼女はそこにカテゴライズされていた。
だが、違った。彼女は今、強い人間になった。
「その、ごめんなさい。でも、わたし、帰りたくて」
「ミウ……」
「ごめん、なさい……姉さん。わたし、それでも帰りたい、かえりたいの……っ!」
彼女の名前は宇佐美みう。ミウは真っ先に一緒に残ることを決意してくれたミクの双子の妹だった。
姉を置いて自分だけ帰る決断をするのは辛いだろう。そんな選択を選ばせた自分が憎らしい。
ハッピーエンド主義者の名が聞いて呆れると思った。
なんでもできるなろう主人公なら、こんな展開、易々と解決できたはずだ。
僕は自分の未熟を恥じて、そして罪を背負わなくてはならない。
ミクに抱きしめられてあやされているミウの元へ僕は歩み寄った。
「宇佐美さん、ごめん。僕のせいで君が味わう必要のない苦痛を強いてしまった。
ミクが残ろうと思わせるようなことを言ってしまって、君たちを引き裂いてしまったかもしれない。
全部僕の責任で、君は被害者だ。そして、もしこの先で自分を責めるようなことがあったとすれば、それも僕の責任だ。いつになるかわからないけど、もし君だけが帰ってしまっても必ず僕たちもあとを追って帰るから。
その時に償いをさせてくれませんか?」
宇佐美さんは、ミクの胸に埋めていた顔をあげた。
涙に濡れた顔はぐしゃぐしゃで。
だけど、そんなの気にならないくらい魅力的な、少女の強さが見え隠れした。
コクリと頷き、目と目が重なると錯覚するほど、視線が混じり合った。
僕は彼女のためにと、すぐに送り出すため、カナエの方へ向く。
「カナエ、宇佐美さんに能力を。みんなは宇佐美さんに持っていってもらう動画とかメッセージの打ち合わせでもしといてよ」
「そうだな。それじゃ、みんな、送る相手とメッセージを考えようか。すぐにでも撮れる人は誰かに撮ってもらってそれを最後に共有しよう!」
勇者ユウトが相槌を打って、他のメンバーに指示を出した。
僕はそれを背中に、宇佐美さんに能力の種を授けたらしいカナエに、僕は話しかける。
「宇佐美さんに種は渡せた?」
「うん。それに能力も芽生えたらしいよ。ちゃんと帰還の異能だって。二つ目はやっぱり無理だったけどね」
「そつか。なら、ついでに僕にもくれないか? 今ならちゃんと異能が芽生えそうだから」
「……先に渡してもいいの? 抜け駆けみたいに思われない?」
「いいんだ。それに、今じゃないとダメな気もするから」
「……しょうがないから特別だよ?」
そう言ってカナエに手を握られた。
その瞬間、イメージが湧いた。
ああ、確かにこれは種だ。
心の奥深くにある肥沃に落ちた種が、僕の願いを養分に発芽する。
そして、花が咲く。
「ありがとう。僕もちゃんと成功したよ」
「よかった。二つ目はやっぱり無理みたい。3人続けてってことは多分そう言うルールなんだろうね」
それからカナエは「じゃあ、わたしも動画取りに行くね」と言って、動画撮影するクラスメイトたちの輪に加わって行った。去り際に耳元で「ありがと」と言われたが一体なんのことだったのか考えても分からない。
それはともかく。
僕も愛すべき弟妹のために加わりたいところだが、それより先に彼女たちだ。
パシャリと写真を撮る。
その後に気がついた宇佐美姉妹がこちらを向いて、僕はその写真を見せてあげた。
「二人とも可愛いから写真映りがいいね」
「そうでしょう? 特にミウは私にはない小動物のような愛らしさで庇護欲むんむんですから!」
「ね、姉さんの方が綺麗で、スタイルいいし、私よりぜんぜん……」
だから二人とも可愛いと言っているのに。
互いに謙遜するのは姉妹愛故なのか。
ほんと、この姉妹を引き裂こうとしている僕には殺意しか湧かない。
「(だから、うん、これでいいんだ)」
僕はクラスのグループに写真をあげて、ビデオカメラを持った。
「ミク、そろそろ家族宛てのメッセージ取るけど、準備はいいかな?」
「はい! あっ、ミウはそのまま私に抱きつかせてください。最後にするつもりはないですけど、親には二人でいるところを見て欲しいので」
「わかった。じゃあ撮るよ?」
指でカウントする。3、2、1……
……………
………
…
「ーーだからっ、お父さんとお母さんのことちゃんと言うこと聞くんだぞ? 病気にならないよう体調に気をつけて! 後、勉強はやってて分からなくなってもいつか役に立つ時がくる。その勉強がどんな意味があるのか考えて、ぐすっ、頑張ってな! ぐすっ、お兄ちゃんも遠くからずっと見守ってるから元気でな! ……あと、父さん母さんはあんまり僕を心配しないこと。僕はここでも元気にやっていきます。友達もいっぱいいるから、悲しまないでください。突然の別れで寂しくなるけど、僕は笑顔を絶やさない人間だと言うことを忘れないでください。多分父さん母さんがもし泣いてしまっている時も多分笑ってるので、泣くよりも笑っていて欲しいです。えーっと、あとなに言えばいいんだろう。あっそうだ、みんなちょっと僕の動画に入ってくれない? 記念に2-A全員で映ろうよ。「いいとも!」「タイガ引っ張ってこい」「いいじゃん、なんか青春みたいで」「ほら、みんな映れ映れ」……ってわけで、僕らみんな仲良し2-Aです! 今まで育ててくれてありがとう! 帰る方法は探すけどあまり当てにしないでください!「なんだよそれ」以上、異世界から愛を込めて〜生存報告〜でした!」
…
………
……………
さて、動画は出揃った。
最後に全ての動画を宇佐美さんに共有して、メッセンジャーとして僕らは送り出すことにした。
「あんまり自分を責めないでね、ミウミウ」
「苦しいです」
アカリが生命力を吸い取るかの如く宇佐美さんに強く抱擁して、送りの言葉は最後になった。
「じゃあ大トリで僕が。といってもこれまでほぼ接点がなかったから、戸惑うよね、だからすぐに終わらせるよ」
僕はみんなの前に出て、宇佐美さんの小指を絡めた。
ビックリして僕の顔を二度見してくるが、少しだけ我慢して欲しい。
「最後に僕と……僕たちと君の約束だ」
そう言って僕は異能の力を呼び起こす。
異能の本質は「契約」。
契約の内容は両者の同意によって絶対遵守される魂の楔。
青い光が僕と宇佐美さんを包み込んで、その中で僕は契約を読み上げた。
「『僕たち2-Aの因果は決して途切れることはない。僕たちはそれぞれの幸せを願い、それぞれを尊重し、それぞれ自分の道を歩むことを誓います』」
発動の条件は、両者の同意。それは言葉や態度ではない深層心理からの契約だ。
ここに契約が結ばれる。
ユウト。ガズヒコ。アカリ。リョウ。ショウタ。タイガ。カナエ。サツキ。シオン。ケンジ。ハジメ。サトル。ユナ。ホノカ。ヒメノ。キョウヤ。リュウイチ。トモコ。リンタロウ。ハルカ。ユウジン。シャルロット。コウジ。ユウカ。ミク。ミウ。
そして、僕ーー新城カタル、以上27名は、たとえ世界が違っていても、ずっと仲良し2-Aだ。
僕と宇佐美さんーーミウだけを包んでいた青い光が、いつのまにかクラスメイトたちも包み込んだ。
そして、その光はやがて小さな光球となって、最後に僕の心臓目掛けて飛び込んできた。
「元気で」
そう告げた次の瞬間、ミウは「はい」と笑って目の前から姿を消した。
「さて、日が沈む前に寝る準備もありますし色々と異能のことも考えないとですね!」
感傷に浸りそうになるが、ミクが率先して声を上げた。
さっきのミウの帰還は残念ながら複数人を対象にすることはできなかったみたいだ。
それでも残念がらず、一番悲しいだろうクラスメイトの言葉に僕たちは励まされるように、もう一度勇者ユウトに視線を集めて指示を仰いだ。
「そうだな。最悪コウジのトイレになるだろうけど、もしみんなの異能を併せて拠点ができるなら、それに越したことはないから。早くみんなの意見もまとめようか」
そう、これが正常。
モブロール楽しむ系主人公をやってた僕。
異能の存在に興奮しすぎて思わず前に出てしまったが、僕はあまりそう言うのは性分じゃない。
「どうしたの? アンタは行かないの?」
「僕は、なんか異能を使って疲れた気がするから少し休憩するよ」
「そう、何かアドバイスとかない? ほら、能力について色々考えてたし、おすすめとか無いのかなって」
「ないよ。言っただろう? アカリの意見であることが重要なんだ。でもそうだな、強いて言うなら、今すぐ決める必要はないんじゃ無いかな。いずれ、窮地を乗り切るためにまだ異能を持っていないっていう人材は貴重だろうから」
「そっか。それもそうよね。ありがと、参考になったわ」
「どういたしまして」
僕は近くの木陰に入って寝転んだ。虫がいない。
動物の痕跡すらない。そんな自然はありえないはずなのに、ここは何故かそうなっている。この森だけが特別なのか。薄気味悪い予感をさせつつも、だが、悪くない。
僕は真っ暗な視界の中で、ミウに謝った。
僕の契約に虚偽は一切盛り込めない。
だからあの契約は本音で嘘偽りのない正当なものだ。
だが、その意図は他にもあった。
ミウが全員での帰還を試みてくれたのは、あの契約があってこそだろう。
別にそれは意図したわけではないが、その契約の内容に、僕は保険を混ぜ込んだ。
それこそが因果の結びだ。
世界を超えても繋がる因果を僕たちは結んだ。
それにより帰還に便乗できるかもしれないと考えていたし、その意図は誰にも話していない。僕の独断だが、それはミウを騙していたことに他ならないだろう。
たとえ契約は遵守されていても、裏にある意図を秘密にしたまま送り出したのだ。
罪の重ね塗りにほとほと僕は自分が嫌いになる。
もちろん誰にも言うつもりはない。
言って気分を良くするようなやつは、リョウくらいしかいないだろう。
心臓に手を当てる。この契約は僕の中で生き続ける。
そしてその繋がり全てが僕が心で感じ取ることができ、そこにはミウの繋がりが残っていた。
ちゃんと帰ることは出来たんだろうか。
涼やかな風を頬に感じながら夢の世界に旅立とうと意識を手放す。
ドサッ、と聞こえたのはそんな時だ。
すぐに意識が浮上した。
目を開けて、音のする方へ顔を向ける。
「なん、で……」
その先で僕は、居てはならないはずの少女の顔を見た。
意識を失い倒れている彼女は。
ついさっき僕たちが送り出した宇佐美みうだった。
「そんな、ミウっ、ミウ……ッ!」
ミクが駆け寄り起こそうと必死に呼びかける。
「宇佐美さん、揺らしてはダメよ!」
サツキが慌ててミクを止めるが、クラスメイトみんながこの事態に戸惑いを隠せなかった。
帰還、失敗。
ただ帰還のみを願った異能ですら無理なら、果たして僕らは元の世界に帰ることなんてできるのだろうか。
ドクンッと、心臓が強く鼓動した。
「(弱気になってる場合じゃない)」
そう、帰れないとわかった今、僕たちがするのはまずここで生き残るための力を手に入れることだ。
こうして、僕らにとって初めてのバッドエンドが起きてしまった。
これから先の未来でハッピーエンドを掴むための道は長く険しいものだと思い知らされた出来事だった。