1:シル子(旧プレイヤーキルチャンネル)
彼女は、ようやく機材の調整を済ませる。
そして『ブレイドスキル・オンライン』のゲーム内に設けた、その私室にて、本日の生配信を敢行する。
「――はい、いよいよ生放送始まりました、『しるこちゃんねる!!』です!
配信、音通ってますかー?
皆さん大丈夫でしょうか? スマートフォンからとか、音ちゃんと聴こえていらっしゃいますでしょうかー、教えもらえると幸いですぅー」
旧『プレイヤーキルチャンネル』。そのチャンネル名はかの“魔王”、ユーリによるチャンネルの乗っ取り事件ののち、シルなりに考えて、穏当な名称に変更されていた。
無論、過去のリンチまがいなプレイヤーキルをしていたその罪状が消えたわけでなく、未だ、彼女がのうのうと配信実況の活動をつづけていることに対して、不快感を持つ者がいることも、シルはよく存じ上げている。
運営の側はユーリの喧伝効果の一環に、シルによる配信の効果もあることを認知しているらしく、お偉い側からも今のところは無罪放免。
チャットを確認すれば当初は頻繁に現れていた彼女のアンチも、チャンネルの固定ファンに通報されてからはもはや現れない。
シルは、ほっとした。
チャンネル名の変更と同時に、過去のプレイヤーキルなど、非倫理的な行為のかどについての一通りの謝罪動画は出していて、今もチャンネルに残している。今後ともそれを削除するつもりはないし、批判は甘んじて受け入れよう。
しかし――彼女の今どきの悩みは、過去の罪状にはなかった。
「『最近衣装変えました?』、はいはいそうなんですよー!」
チャットでのファン層との着実な交流を築けるようになり、当初からの動画の投稿、視聴回数も当初予定していたより、安定期傾向にある。
「『ラノベの姫騎士からエロゲの姫騎士へ格上げ』――うん、露出度かな?」
魔王の仕立て屋にひっかけられて以来、新たな衣装を身に纏うが、目敏いチャンネル登録者たちが気づいてきた。
苦笑交じりにシルは、今日のリアルタイムに流れてくるチャット欄を眺めている。
「姫騎士ってなんですかーしるこ清楚だからわかんなーいなっ、てへっ」
とか彼女が思い上がったことを次に呟いたなら、途端にチャット欄は修羅と化す。
「『PKが清楚気取りとかマジでサ〇コやん』『しるこはひとのこころがわからない』『サ〇コシル公』……、うん、ネ、異論は甘んじて受けるよわかるよみんなの言いたいこと大いにわかりまするよ?
誰じゃ『炎上芸の勝負服』言い出しよるんは、ちょっと表出ろオラぁ!?
ほうほう、『しるこには腹パンして泣かせたい』――しるこは特殊性癖のゴミ捨て場じゃないんですけどねぇ!!?」
途中から変なノリが発動して彼女もかっかしてしまったが、本日の予定していたものをそろそろ開示しなければいけない。
「ありがとう、みんな。
T〇itterのタグで、私や魔王様のファンアートたっくさん届いていましたから、今日はその幾つかを紹介したいかな!
そうしよう!」
シルは気丈に話題転換へ向かうが、現状声が震えている。
チャットは直後、『しるこに腹パンしたい』『汁粉くっころ』『汁粉腹パンでくっころ』とかつぎつぎに表記されるではないか。
「これもあんまりエスカレートすると、配信BANされかねないからみんななるべくやめよーね? そーしたら私じゃなくて、せっかくこれまで撮ってた“みんなの魔王様の雄姿”も見られなくなっちゃうの、だからこれはしるこからみんなへのお・ね・が・い、だよ?
なに、『動画を人質にとりやがった』?
言うな、一応私の手で自ら撮ってるコンテンツなんじゃい……。
じゃまずは、タグ検索から行くよー?
おっ」
リアルの世界であらかじめ起動していたスマートフォンの画面を操作、スクロールしていたシルは、最初の一枚に目を止める。
「ほぅほぅ、なんだろこの分厚いブラウン管テレビみたいなのは、キーボードついてる、これパソコンなの?
なになに?
『ユーリを性的な目でみないでくださいカタカタカタカタカタカタカタカタ……』?
『しるこを性的な目でみないでくださいカタカタ(※以下略……』
わーい、泣けるぅー。
〇〇さん、差分まで用意してくれていて、ほんとうにありがとうございます! グスン、いや、ほんとにもう、ね!」
鼻声が入ったが、今のは本気で涙ぐんでしまったシルである。
「大百科ですら私って愛称が『しるこ』になってるし、T〇itterでは完全に、みんなから『腹パンされるひと』とか『腹パンでくっころのひと』とか『サ〇コシル公』とか色々ひどいの貰ってるし、自業自得なのもわかってるよ、しるこ、みんなにシルってまともに呼んでもらえてないけど、今日は頑張って、ゲストさんまで取りつけたんだ!
『早く出して』?
焦らないのー」
こういうとき、たまにチャットに現れる『調子乗ってるしるこかわいい』とか変な信者がついてくることがあるが、そんなことにいちいち浮かれている自分が後で我に返ると、嘆かわしいシルだったりする。
「それでは、どうぞ!
本日のゲスト様です!!!」
そして、呼ばれてシルの部屋に入ってきたのはなんと――。
地道に書かせていただこうと思います。