《常勝不敗》の俺と《永遠》の君
ある日、俺は《永遠》と出会った———
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・・・・‼」
息を弾ませ、私は必死に走る。背後からは黒服にサングラスの男達が追い掛けてくる。この男達に捕まれば私は恐らく無事では済まないだろう。だから、必死に逃げる。逃げ続ける。
しかし、逃げても逃げても黒服の男達は追い掛けてくる。けど、それでも逃げ続ける。逃げないといけないと理解しているから。どうして、こんな事になったのだろうか?
解りたくないけど、それでも嫌になる程理解している。それは、私の持つ特異体質のせいだ。
私は、不老不死なのだ・・・
「はっ・・・はっ・・・・・・あっっ!!?」
「うぉっ⁉」
「す、すいませんっ!ごめんなさいっ‼」
曲がり角から曲がってきた男の人に、私はぶつかってしまう。けど、立ち止まっている暇は無い。
此処で立ち止まれば、たちまち黒服に捕まってしまう。しかも、もしかしたらこの男の人も巻き込んでしまうかも知れないから。だから、私はそのまま謝って走り去る。その場を逃げる。
もう、すぐ傍まで黒服の男達は迫っているから・・・
・・・・・・・・・
・・・流石に俺も、呆然としていた。金髪に青い瞳の少女が、黒服にサングラスの怪しい男達に追い掛けられていたのである。気のせいか?黒服の胸元に見知ったバッジを見た気がしたが?
「一体何なんだ?今のは・・・ん?」
見ると、足元に銀製の懐中時計が落ちていた。二匹の蛇が絡み合い、互いの尾に食らい付く紋章。確かこれはウロボロスと言ったか?そっと手に取り、蓋を開ける。
中には、先程の少女を幼くした容姿の子供が、両親と思われる男女と共に映った写真があった。恐らくはあの少女の家族写真なのだろう。あの少女が落としたらしい。その少女は楽しそうに笑っている。その笑顔に俺は僅かな痛みを胸に覚えた。一体何なのか・・・しかし、だ。
どうやら、必死に逃げていて落とした事に気付かなかったようだ。或いは、その暇が無かったか。
一瞬放っておこうかとも思ったが。しかし、それもやはり寝覚めが悪いか。
「・・・・・・はぁっ、面倒臭い」
俺は、深い深い溜息を吐くと懐中時計を懐にそのまま歩き出した。
・・・・・・・・・
程なくして、少女の姿は見付かった。処女は路地裏の突き当りに追い詰められていた。涙目で怯える少女を黒服にサングラスの男達、計八名は手に拳銃を構えて少女に何やら言っていた。
・・・俺は、そっと溜息を吐くと男達に気楽に声を掛ける。世間話でもするかのような気楽さで。
「・・・おい、其処の戯けども」
「っ⁉」
黒服の男達が振り向いた瞬間には、既に俺は行動を起こしていた。男の一人に無造作に接近し、そのまま顎に拳を掠らせる。脳を揺らされた男は、そのまま意識を遮断され昏倒する。
男の一人が銃口を向け、トリガーを引くが拳銃は排莢不良を起こしてしまう。その隙を見て、俺は男の腕を取り背負い投げの要領で放り投げ、他の男に叩き付ける。これだけで、四人は無力化した。
残りの数は四人。一人が少女を人質にしようとその腕を伸ばすが、俺は偶然にも足元に転がっていた拳銃を拾い黒服の腕と足を撃ち抜いた。これで五人・・・
困惑して動けない黒服の腕と足を撃ち抜き、無力化した。これで六人。
一人が俺の前に立ちはだかり、一人が逃走に入ろうとする。まあ、妥当な判断だと思う。
しかし、俺は逃走しようとした方の男を先ず撃って無力化。更に弾切れを起こした拳銃で残る一人を殴り付けて昏倒させる。これで八人全員を制圧完了。掛かった時間は約一分にも満たないだろう。
「・・・・・・これで良し。大丈夫か?」
「・・・え?あ・・・はい」
その少女は呆然と俺を見詰めていたが、声を掛けられて我に返ったようだ。何故だろう?頬を赤らめてぼんやりとしていたようだけど・・・まあ良いや。
俺は懐から銀製の懐中時計を取り出すと、少女に向けて放り投げた。
「これ、君のだろう?」
「え?あっ‼・・・えっと、ありがとうございます」
その懐中時計を胸に抱き、少女は俺に頭を下げる。俺はそのまま立ち去ろうとするが、服の袖を少女に摑まれて止められた。今、俺はきっと怪訝な顔をしているだろう。一体何の用なのか?
しかし、少女の必死な表情に思わず溜息を吐いた。全く、俺って奴は・・・
・・・・・・・・・
俺と少女は、とりあえず安全な場所に移動する。まあ、俺のアジトだ。家とは別に所持している。
・・・まあ、男なら誰しも秘密基地に憧れた事くらいはあるだろう?俺は無い。
「で、何故お前はあいつ等に追い掛けられていたんだ?」
あいつらとは、つまり黒服にサングラスのあの連中だ。奴らの胸元に、組織の紋章を刻んだバッジが付けられていた。恐らくは、その構成員なのだろう。
青い星に、十字の剣を突き立てたその紋章。まあ、その紋章を俺は知っているのだが・・・
少女は言いにくそうな顔をして、けど意を決したのか胸元をぎゅっと握りながら告げた。
「私・・・実は、不老不死なんです」
「不老不死・・・というと、君は見た目通りの人間では無いと?」
少女は、こくりと頷いた。その表情はとても辛そうだ。恐らく、過酷な人生を歩んだのだろう。その表情からはそれが理解出来る。しかし、俺は敢えて黙って聞いた。
余計な口は挟まない・・・
「私が生まれたのは、中世のヨーロッパ。魔女狩りが盛んに行われている時代でした・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
当時、魔女の疑いを掛けられた無実の者達が、あらぬ疑いで宗教裁判に掛けられ処刑された。そんな中で彼女は生を受けたという。そう、不老不死の力を持って。
当然、少女は魔女の疑いを掛けられた。火刑に処せられ、あらゆる方法で殺されそうになるが、それでも少女は死ぬ事が出来なかったという。そして、少女は人から隠れて過ごす事を選んだ。
時として人に見つかり騒ぎになる事もあったが、それでも少女はその度に逃げ、必死に生きた。
そして、そんな中である日少女を狙う組織が現れた。それが、先程の組織だという。
少女はその組織から逃げた。しかし、逃げた先でやはり何処からか嗅ぎ付けたのか組織は現れた。
そして、逃げ続けて一体何年経過したのだろうか?組織から逃げた先で俺と出会ったという。
「そうか、つまり奴等は不老不死を狙って君を?」
「・・・・・・はい」
「・・・・・・そうか。で、君はこれからどうしたい?俺にどうして欲しいんだ?」
「・・・・・・・・・・・・それは」
少女は押し黙り、そのまま視線を逸らしてしまう。少女が何を望むのか、俺は推測出来ている。しかし俺はそのまま黙ってそれをしてやるつもりは無い。少女の口から直接聞かなければならない。
・・・だから。
「君は、俺に何を望むんだ?」
「・・・・・・私を、かくまって欲しい。出来れば、あの組織から逃げ通したい」
「そうか・・・。けど、あの組織は何処までも追い掛けてくるぞ?きっと、何れは此処も奴らに見付かるだろうけどそれでも、それでも君は逃げ通したいと?」
「っ、・・・はい」
そう言い、少女は黙り込んでしまう。そんな少女に、俺は笑みを浮かべて頭を撫でる。
少女は顔を上げ、俺を真っ直ぐ見る。
「君、名前は?」
「・・・えっと、アマーレです」
「ふむ、アマーレ・・・愛か。良い名前だ。俺の名は天彦だ」
「あ、はい・・・。よろしくお願いします・・・」
「じゃあ、早速だけど・・・・・・」
そう言って、俺はアマーレにそっと近寄りその頬に触れた。彼女の頬が、途端に真っ赤になる。
あわあわとうろたえるアマーレ。何だか、可愛らしく思った。
「え?ええっ⁉・・・あのそのっ、えっと?」
「少しの間、このアジトで待っててくれるか?すぐに戻るから・・・。決して外に出ないように」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
その反応が可笑しくて、つい俺は笑ってしまった。とりあえず、済まない。
・・・・・・・・・
とある組織の本部があるビルのオフィス。その一室で・・・
組織のボスである男は部下に罵声を浴びせていた。その理由は、組織が追っていた不老不死の少女をあろう事か取り逃がしたからだ。それも、只の一般人の少年によって制圧されてだ・・・
「そんな馬鹿な話があってたまるかっ‼さっさとその邪魔をした小僧ともども《永遠》を捕獲しろ‼」
「は、はいっ!!!」
「ところがどっこい・・・だ」
突然、そんな間の抜けた声と共に部屋の扉が開け放たれた。ぎょっとして二人は其方を向く。其処には一人の少年が居た。その少年こそ、不老不死の少女、アマーレを助けた少年だった。
・・・・・・・・・
ボスの部屋には難なく辿り着けた。何故なら、かつて俺はこの組織から脱走した事があったから。俺の顔を見て組織のボス、いや、俺の実の父親は苦り切った顔をした。
「そうか、お前か。お前が、《永遠》を保護したのだな?天彦」
「ああ、そうだよ・・・父さん」
俺は、そう言って拳銃を突き付ける。父親に、いや、組織のボスに。それを見て、父さんは苦笑を漏らして俺を真っ直ぐに見た。もう、俺の事など息子とすら思っていないくせに。
俺の事を、神を殺す為の実験体としか思っていないくせに。この男は、まだ・・・
俺は、表情を歪める。それは、きっと苦悩に満ちた表情なのだろうけど。それでも。
「そこまで、俺の事を憎むか?《常勝不敗》」
「・・・もう、どうでも良い。けど、助けたい存在の為に力を尽くすのは当然だろう?」
「・・・・・・そうか、そうだな・・・」
そう言って、父さんは再び苦笑を浮かべた。父さんの部下と思われる男が、何かを喚いている。しかし俺にはもうどうでも良い話だ。だから、さっさと足と腕を撃ち抜いて無力化した。悲鳴が上がる。
そして、父さんに再び銃口を向けて・・・トリガーを引いた。
・・・・・・・・・
・・・夜も深く。俺はもう人気など全く無い道を足を引き摺りながら歩いていた。
父さんを撃ち、無力化した後で俺はビルの中をひたすら暴れ回った。しかし、流石にあの人数を相手にして暴れるのは俺でも無茶だった。既に、身体の至る所が銃弾に撃ち抜かれて血塗れだ。
恐らく、組織は現在警察の介入によって破滅を迎えている事だろう。俺が暴れ回った事により、ビルの外にまで騒ぎが広まり警察に通報された訳だ。まあ、俺の狙い通りだが・・・
しかし、そろそろ血が足りない。俺は頭がぼーっとしてきて、倒れそうになる。その時・・・
「っ、天彦!!!」
誰かに、身体を支えられた。柔らかく、暖かい感触に包まれる。その感触に、俺は安堵する。
思わず、俺は笑みを浮かべた・・・
「・・・アマーレ、君か」
見ると、アマーレが泣きそうな顔で俺を抱き締めている。俺は僅かに笑みを浮かべると、そのまま意識を手放して眠りに入った。おやすみ・・・アマーレ・・・・・・
俺は、人生で初の安堵の中で眠りについた。
・・・・・・・・・
夢を見た・・・
それはかつて、俺が神を殺す実験体だった頃の夢。父さんは妻を失い、それが原因で神を憎んだ。
・・・何でも、母さんは神の名の許に新興宗教の犠牲になったそうだ。母さんが犠牲になった理由は特に存在しないらしい。複数人が誘拐され、そのまま神の名の許に殺された。
それ以来、父さんは神を憎むようになった。神を殺す為、我が子である俺や妹を実験体にして神殺しを生み出す実験を繰り返した。今考えれば、不老不死の少女であるアマーレもその実験の為に誘拐しようとしたのかもしれない。要するに、何かがその時に歪んでしまったんだ。
実験の末、妹は手にした能力に耐え切れず死んでしまった。俺は、《常勝不敗》という能力を手に入れ絶対に勝利しどんな状況下であれ負けない体質を手にした。俺と妹は、実験により人生が壊れた。
俺は、本当は誰を憎めば良かったのだろう?父さんを滅茶苦茶にした新興宗教を憎めば良いのか?
それとも、父さんを憎めば良かったのか?俺は、組織を脱走した後考える機会があった。
俺はその新興宗教を調べた。その結果、その新興宗教に所属する誰もが、歪んだ人生を送り世界を憎む人ばかりが居るそんな集団だったらしい。もう、その集団も潰れて無くなっている。
その新興宗教に所属する誰もが、歪な人生の中で世界を憎むに足る経緯があった。それは、父さんが神を憎むのと同じ理屈だと俺は思った。父さんが神を憎んだように、その集団は世界を憎んでいた。歪んだ人生の中で彼らは何かが歪んでしまったんだ。だからと言って、それを許すつもりは無いけど。
・・・俺は、本当にどうすれば良かったのだろう?それを考える日々。答えは解らなかった。
妹を失い、人生を滅茶苦茶にされ、俺はどうすれば良かったのか?俺には解らなかった。
もう、何も解らなかった。
・・・・・・・・・
目を覚ますと、其処はアジトの中だった。身体には包帯が巻かれ、手当てがされている。どうやら致命傷は避けていたらしく、恐らく数か月程安静にすれば完治するだろう。
だが、問題は・・・
「・・・・・・えっと、おはよう?アマーレ」
「っ!!!」
涙ぐみ、俺の方を見るアマーレだ。声を掛けると、彼女は顔をくしゃりと歪めて俺に飛び付いた。
・・・うん、かなり痛い。痛いけど、俺は我慢した。
泣きじゃくる彼女を、俺は困惑しながら抱き締める。しかし、同時に俺は安堵もしていた。
一体これはどういう感情なのか?解らない。けど、それでも不思議と不快ではなかった。その感情に任せていたい気分にすらなった。一体これはどういう感情なのだろう?
・・・ああ、そうか。俺はすぐに納得した。納得して、思わず笑みを零した。
「俺は、アマーレの事が好きなんだ」
「っぐ・・・ひっく・・・・・・え?」
アマーレは滂沱の涙を流しながら、俺の方を見た。そのぐちゃぐちゃの顔に、思わず苦笑する。
俺は真っ直ぐアマーレに向き合いながら、しっかりと言った。
「アマーレ、俺は君の事を愛してる。だから、これから俺の命が続く限り共に居て欲しい」
「っ⁉」
アマーレの顔が、一気に真っ赤に染まった。そして・・・そのまま視線を逸らし僅かに躊躇い、しかしそれでも眩いばかりの笑顔を直後に浮かべて言った。
「はいっ、私も天彦の事を愛してる!!!」
きっと、俺と彼女では寿命が違う。だから俺と彼女では同じ時間を生きられない。けど、それでも出来る限り共に過ごす事は出来るだろう。その一瞬の間だけでも・・・
俺は共に在りたいと思ったから。だから。
・・・・・・・・・
それから一年後、二人の間に三人の子供が産まれた。永遠の少女と常勝不敗の青年の物語はまだまだこれからも続いてゆく。二人の幸せは、これからも紡がれてゆく。
これは、そんな異常で不可思議な・・・それでもきっと幸せに辿り着いた物語。