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4 魔術の望まぬ魔術師



 美也は再び空に浮かんでいた。周りに被害を出さないようにするには、空で戦うしかないのだ。魔術を混ぜ込みながら戦っているのだが、空に浮かぶために風の魔術を使っているため、風の魔術による攻撃しかできなかった。

 魔術を同時に使える魔術師は世界にいるが、数は多くない。ほとんどが金色線の魔術師だ。その金色線の魔術師も、世界に知らされているのはたった三人。イギリスの女王、ローマ法王、ロシア正教会の首座主教。それ以外に金色線の魔術師はいないと考えられている。

 美也の魔術はルーベニックに当たらなかった。避けられるか、矢によって消されるかのどちらかだった。赤線は伊達ではないようで、魔術師同士の戦いに慣れているような動きだった。長い間監獄にいた割に、動きが鈍っている様子はなかった。


「ちっ!」


 白い塊を受け流すことができず、刀で受け止めてしまった。この塊だけ、横に大きかったのだ。ただ威力は変わらないようで、何度か打ち消した時にかかった時間と変わらないと感じた。


「二本目は受け止められるか?」


 ルーベニックは二本目の矢を手元に出し、それを放った。今まで矢が全て手元に戻っていったことで、矢は同時に一本までしか放てないと思い込んでいた。神器の名称を、特性を信じ込みすぎていたと後悔した。

 二本目の矢が放たれて、それが一本目の塊に重なった。一気に圧力がかかり、刀が重くなった。刀が吹き飛ばされるのも時間の問題となり、武器を失うというのは魔術師同士の戦いでは致命傷に等しかった。神器と対等に渡り合うには、この刀しかなかった。


(宗谷、アレやるぞ!)


(―神器相手だしな、仕方ないか)


「地に伝わりし、園への讃美歌。追放者(アダム)を導くための一雫……」


 解放序文、と祖父から教わった言葉。その言葉に反応し、刀が姿を変えた。今まで日本刀のような形状だったのが、西洋剣のような両刃の剣に変わった。柄の色が今まで木の色である薄い黄土色だったものが、白へと変化した。

 刀が変化した途端、一本目の矢を消し去った。二本目も苦労することなく同じように消した。消えたのを確認して、美也は林の中に姿を隠した。感知されてしまうのだが、続きを言うためには、空では目立ちすぎる。


「雫が光るのは一瞬、その光を受け止め、道を拓け」


 解放序文の続きを言ったが、それ以上剣の形が変わることはなかった。剣に模様が浮かぶこともなく、変化は見られなかった。


「道は目に見えず、園へと続かない。彼女(イブ)の孤独こそ、子の慈しみ……」


 教わった解放序文はここまで。最後まで言ってみても、剣の形状は変わらない。それでも、最後まで唱えろと教わったのだ。


「ハッハッハ!君は本当に期待を裏切らない!俺の予想することなんて、簡単にやってのける」


 空に浮かんでいるわけでもないので、美也は土の魔術を使って奇襲を仕掛けた。足を絡めとろうとしたが、魔術を使った途端に避けられた。まるで使ってくる魔術の種類が事前に分かっているような避け方をする。魔術を使っている反応はない。


「そろそろ、お前の腹の内を聞いてみてぇな。オレに何をさせようとしてる?まさか、エデンなんてわけわかんねぇもののため、とか言わねぇよな?」


「エデン?あの少女にも言ったが、それもどうでもいい。あくまで個人的な願いだ。そこまで迷惑かけるつもりはない」


「ほざけ!充分迷惑かかってんだよ!」


 叫びながら今度は重力操作の魔術を使った。体の上から襲いかかる魔術でさえもルーベニックは避けた。これほど魔術が当たらないことはなかった。幻術が使われているわけではない。ルーベニックは直感と呼べるものだけで避けているのだ。

 魔術を避けることに特化した魔術師というものは重宝する。魔術戦で絶対的優位に立てるからだ。これほどの実力があるのならば、ナイトになることも可能だったはずだ。実際現役の美也たちが苦戦しているのだ。


「個人的な願いで抗争が起こるかもしれないって時点で迷惑だ!」


「そうかもな」


「ローマを巻き込んで、傭兵を巻き込んで、一般人を巻き込んでるってことは、かなりの人間に迷惑かけてんだよ!」


 叫びながら美也はルーベニックから距離を取りたかった。ルーベニックも歩いて距離を縮めようとしているが、美也は走っているため広がる一方だ。


(―距離とっても、位置はばれるぞ?)


「少し考えたいことがあってな」


 ある程度走った後、木の陰に隠れた。話しても聞こえない程度には充分離れた。


「何であいつは魔術を使わない?」


(―え?)


「神器で攻撃はしてくるが、魔術をあいつは一切使ってねぇんだよ。避ける時も使わねぇ。迎撃の時も弓だ。魔術を使った方が有利だろ?あいつは赤線なんだから」


(―俺たちのことを赤線だと思っているとか?)


 宗谷の言葉通り、ルーベニックが美也たちの魔術刻印の線の色を知らないという可能性はある。右手には包帯の上から手袋をしていて、ルーベニックに会っても一度も外していない。今外したら、イギリス国魔術結社に所属している証である円がないので、誰にも見せるわけにはいかなかった。


「だとしてもだ。魔術を使わなかったら、ただの人間だ。神器を使うだけのな。神器は強力だが、それに頼るのはどうしてだ?馬鹿の一つ覚えだろ?」


(―頭のいい戦略だとは思わないな。何か理由があると考えた方が自然か……。で、その答えは出たのか?)


「オレの推測だが、使わない、じゃなくて使えねぇのかもな」


 それが美也の出した答え。ルーベニックは魔術を使いたくないと考えているか、使うことが怖いと思っているという結論に至った。

 過去の事件。魔術によって大量殺人を犯してしまった人物。事件を自ら起こすなら、退路を考えておくものだ。それなのにあっさり捕まったというのは、事件を起こすつもりなどなかったのではないか。

 集団で事件を起こしたなら、仲間が投獄中にでも助けに行ってもおかしくはないはずだ。そういうこともなく、八年間捕まったままだったというのは、本人のミスで魔術を暴発させてしまったのだと思った。


「過去の事件のせいで、魔術がトラウマになってるんじゃないか?」


(―人を殺したせいで?だがあいつは昨日、街の中心に近い場所で神器を使ったぞ?)


「オレたちのことを誰かに聞いてたんだろ?魔術を消す力。神器も対象だからな」


(―言うとしたら組織の上層部だろうな。ルーベニックも試し撃ちって確かに言ってたな……)


 結論がある程度出たところで、こちらから攻めることにした。美也は頭の中で概念を思い浮かべて、ルーベニックへ向かって走り出した。迎撃として矢も魔術も使われることなく、お互いが目視できるところまで近付いた。

 先手を取ったのはルーベニックで、矢を放った。一本だけの白い塊は、美也が左手で持っていた剣で難なく消された。続けて二本目を放とうとして矢を持って弓を構えたところでルーベニックは信じられないものを見た。


(……アッキヌフォート……?)


 美也の右手に握られていたものは、ルーベニックが持っている弓と何一つ変わらなかった。形状も色も、全く同じものが目の前にあった。

 ルーベニックは矢を引く態勢に入っていたのに、引くことができなかった。一方美也は矢を引く態勢でもなかったのに、白い塊をすでに放っていた。出遅れたが、ルーベニックも反射的に矢を引いた。

 二つの白い塊がぶつかり合い、均衡を保っているようにも見えたが、美也の放った白い塊が打ち勝った。それはそのままルーベニックに向かい、塊の中心である矢の部分がルーベニックの右手に刺さり、そのまま手を貫通したのか木にまで刺さっていた。


「あ……?」


 矢が刺さったはずなのに、痛みがなかった。血が流れた感触もない。刺さった右手を見てみたが、そこに矢は刺さっていなかった。その代わり、さっきまで美也が左手で持っていた剣が刺さっていた。


「……どういうことだ?」


「オレの勝ちだ、ルーベニック」


 右手にアッキヌフォートを握った美也が目の前に立っていた。その美也は左眉の上部と左手から血を流していた。ルーベニックにもう戦う意志はなく、純粋に疑問を浮かべていた。


「さっきオレがこの弓を使って放ったのは矢じゃなく、その剣だ。だからその剣がお前に刺さってる」


「痛みがないのは何でだ?刺さっているのに、血が出ていない」


「その剣、人は斬れねぇ。斬れるのは物と、魔術に関わる者だけ」


「……そういう、武器か」


 武器に魔術を付与して使う魔術師もいる。またはそういう魔具である、そういうものだとルーベニックは理解した。この武器を作った魔術師は優秀だと思った。


「お前、気付いてるか?もう魔術感じねぇだろ?」


「……は?」


 ルーベニックは呆気にとられてしまった。言われてから目の前の美也に意識を集中してみたが、魔術を感知できなかった。さっきまで近くにいた二人の魔術師の場所もわからなくなっていた。魔術の反応を感じられないなんて、物心がついて以来初めてだった。


「……ハハハ!本当に魔術刻印がなくなったのか!俺の願いは、叶ったのか!」


「……やっぱり、魔術師じゃなくなることが目的か」


 他の魔術師が叶えられず、夏目宗谷にしか叶えられないこと。それは魔術の否定。祖父から受け継いだ刀を持っている、夏目宗谷にしかできないことだ。

 イギリスのナイトになってから魔術刻印を消す魔術を調べたが、どこにも載っていなかった。魔術刻印を一時的に封じる構築式はイギリスにもあるが、永遠に魔術を使えなくさせるような魔術は存在しなかった。

 魔術を使えなくなる、普通の人間になるためには夏目宗谷の協力が必要だ。ルーベニックのような人間を相手にするのが面倒だという理由もあって、魔術刻印を消し去ることができることは他人に言わない。


「願いが叶ったなら、眠ってもらう。お前は犯罪者だしな」


「……魔術がなければ、あんな事件起きなかった」


「全くだ」


 美也はルーベニックに幻術をかけて眠ってもらった。まずアッキヌフォートを回収して、剣を抜いた後刀に戻して、ルーベニックを担いで二人の所へ歩いていった。




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