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左側の戦い

「左前方に中央の魔法石を確認」

「よし、一旦この場で待機だ」


 偵察係のサラの言葉を受け、小声でキムとテリーに指示をする。二人は木を背にして立ち止まるも、少し不満げだ。


「まだ始まったばっかなんだし、もう少し進んでもよくねぇ?」

「だよな。先に前線上げといた方が後々楽じゃん」

「そうしたいのは山々だがな。相手のクラスには個人対抗戦に出場する生徒が三人もいるんだ。下手に前に出すぎて全滅なんてことにならないよう、慎重に進んだ方がいい」


 体を低くし、前方に視線を走らせながら二人に答える。この辺りは比較的見通しがいいから、今のサラの探知魔法よりも目視の方が先まで分かった。ただし勿論、死角になっている場所までは分からないので、一旦ここでサラに規模の大きな探知魔法を発現し直してもらう。目印にしやすい中央の近くで広範囲の様子を探れる探知魔法を発現できれば、情報戦を優位に運ぶことができるからだ。

 二人もその意図を理解しているので、意見を述べつつも周囲を警戒している。


「つってもアランは間違いなく防衛だろ? フレイやシルファにしたって、見通しの悪い森の中で序盤から突撃してくることはないだろうし」

「それな。戦力になるからこそ、運用は慎重にするはずだぜ。リーダーがアランなら尚更な」

「だが確実ではない。それに警戒すべき相手は他にもいる」

「ユート、ね」


 身を低くして魔術式を形成し直しているサラの言葉に頷く。


「ユートって、あの小物か?」

「ちょっと前は騒がれてたけど、結局一対一じゃ誰にも勝てなかったんだろ?」

「それは障壁魔法の中での話だ。俺も一度戦ってみたが、あの機動力は侮れん。身を隠す場所の多いこの森の中では、いつどこから姿を現してもおかしくない。それに噂によると、最近防御魔法を破る術も身につけたというからな」


 もし彼が防御魔法を破れるようになったとしたら、防御魔法で時間を稼いで大規模魔法で倒すという戦法は使えない。そのことを悟ったのか、背後から息を呑む音が聞こえた。


「……マジか」

「いやいや、そうだとしても、あいつはあくまで近づかなきゃ攻撃できないんだろ? だったら探知魔法なり目視なりで見つけられれば、弾幕張るなりなんなりして退かせることはできるさ」

「そう上手くいくといいがな……」


 だが実際、近づかなければ攻撃できないというのはその通りだ。あの機動力についていける生徒は味方にもいないはずだから、機動力を活かした戦法をする際は単独行動にならざるを得ず、その時は人数はこちらが有利になる。障害物があるとはいえ、数人がかりで弾幕を張れば接近は許さない。奇襲さえ受けなければ崩されはしないだろう。

 故に、奇襲される可能性を少しでも減らすためにも、早い内から広範囲を探れる探知魔法を準備しておきたかった。規模が比較的大きい魔法を発現しながらの移動は負担がかかるが、そこはサラに頑張ってもらおう。

 ちら、とサラの方へと目を遣ると、もう大体の形はできていた。あと少しで形成も終わりそうだ。


 ――ガサッ

「むっ?」

「何だ?」

「中央?」


 向かって左、そこまで遠くない場所から、何かが茂みをかき分けるような音が響く。味方か? いや、だとしたら俺たちの行動は分かっているはず。試合が開始したばかりでこの辺りにいるのは俺たち味方だと分かっているなら、同士討ちを避けるためにも早めに正体を明かすはずだ。だというのに、音を立てた後でさえ姿を見せないとなると……!


「警戒!」

「マジ!?」

「もうこんなとこまで……!」

「……違うっ!」

 ドッ


 サラの言葉が上がるのと、背後から鈍い音が響いたのは、ほぼ同時だった。振り向いた先、音のした方へと体を向け、小さな魔術式の形成を終えようとするキムの薄膜、その背中側が一瞬強く光り、消える。


「……は?」

「敵は!?」

「近くにはいない!」

「どうなってんだよ!」


 テリーが身を低くして、音がした方とは真逆の方向へと振り向く。俺もまた、発現させた盾型防御魔法を構えながらそちらの様子を窺った。しかし人影もなければ、薄膜の光も見えない。隠れてこちらの様子を窺っているのか、退こうとしているのか……。


「サラ、他の探知範囲を狭くして、あちら側の様子を探ってくれないか?」

「今やってる」


 サラは俺が指示するまでもなく、既に魔術式の改変を行ってるようだった。背にした彼女を頼もしく思いつつ、半透明の防御魔法越しに相手の出方を窺う。

 キムの薄膜が破れた箇所から考えて、敵が右側にいるのは間違いない。問題はその実態がまるで判っていないことだ。一人なのか、複数人なのか。そしてどのような魔法を使ったのか。反撃するにしろ撤退するにしろ、現状の情報じゃ判断が下せない。せめて相手の居場所くらいは把握しておきたいところだ。

 相手の情報に関するヒントがあるとすれば、キムが攻撃される前に鳴った茂みの音だ。あれはまず間違いなく、敵が俺たちの気を引くために鳴らしたものだろう。恐らくだが、光弾ではなく何か別の、石のような弾を発現させて、山なりに飛ばしたんだろう。キムがやられた時、光弾の破裂音はしなかったことからもそれはうかがえる。

 ……ん? 石?


「まさか、っ!?」

 ドッ!


 その考えに気づいた時にはもう、左腕に拳大の石が当たっていた。パアン、と音を立てて薄膜が消える。


「クロード!」

「え、何で……!?」


 二人の驚く声が聞こえる。せめて答えを知らせようかとも思ったが、戦闘不能になった俺にはもう、試合に干渉する権利はない。自分の完敗を悟りながら、大人しく地面に倒れた。

 しかしまさか、投石とはな。

 ユート、どうやら俺は、いや俺たちは、まだ君のことを見くびっていたらしい。



 ◇ ◇ ◇



「四人とも、大丈夫か?」


 奇襲から始まった戦いが一段落してから、俺は薄膜が消えた四人に話しかける。巻き添えにならないよう横たわっていた生徒たちが、戦闘不能者であることを知らせる虹色の薄膜を纏って立ち上がった。撮影魔法もそうだったけど、虹色は攻撃するなってことか。目立つし分かりやすくていいな。


「うむ、平気だ」

「くそ、何もできなかった」

「それな。めっちゃ悔しい」


 後ろの方にいた二人が顔を険しくしているけれど、どうやら怪我とかはなさそうだ。それを見てホッと息をつく。


「……余裕なのね。敵の心配をしている場合?」

「ああ、気に障ったらごめん。無事ならいいんだ」


 女子生徒に睨まれて、俺は慌てて距離を取る。練習試合の時も、試合が終わってないのに時間を無駄にするなって怒られたんだよな。その言い分ももっともだけど。


「そう邪険にすることもないだろう。彼が声をかけてくれたおかげで、俺たちもすぐに移動できるというものだ」


 小隊のリーダーっぽい男子生徒が俺に向き直る。確かクロードって名前だったかな。一度戦ったことのある相手だ。


「ユート、敵ながら見事だった。今度また、手合わせ願えるだろうか?」

「ああ、勿論だ」


 頷く俺に手を振りながら、クロードはジェンヌ先生のいる中央へと向かっていった。その後ろを三人がついていく。四人の姿が見えなくなってから、俺は静かに移動を始めた。

 ふう、あまりいい形の石じゃなかったけど、二つとも上手く当たって良かった。薄膜越しの感触にもそこそこ慣れてきたし、投石は今後も使えそうだ。

 俺は造られた森の、自分たちの陣地から見て左端の近くまで移動すると、木の陰に身を隠し、薄膜の魔法石に魔力を込める。ついでに比較的形のいい石を二つ、制服の内側に入れた。

 さて、これで相手は四人脱落。リュード先生のクラスも俺たちと同じ二十五人の生徒がいるそうだから、他に戦闘不能になった生徒がいなければ残りは二十一人だ。今なら左側は手薄になっているかもしれないけれど、始まったばかりで戦線が広がっていないなら、すぐに応援が駆けつけてくるかもしれない。あえて姿を見せて戦力を偏らせるというのも面白そうだけど、流石にまだ味方の攻撃態勢は整ってないだろうし、この辺りで待機して相手の出方を窺うのが良さそうだ。もしまた相手が現れても、先に気づいたらまた奇襲をして、逆に気づかれたら退けばいい。それで左側はある程度、優勢に運べるだろう。

 そう言えば、シルファは右側だったっけ。今頃どうしてるかな?

 枝葉の隙間から覗く空を見上げながら、ふとそんなことを考えた。

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