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お手伝いです

「お久しぶりです、フィルマンさん」


 大きな建物の中の、とても広い空間の中で、イデアさんは何かの書類を見ながら考え込んでいる男の人に声をかけました。大きな舞台と、ずらりと並ぶ観客席。その間に立つ、年上に見える眼鏡をかけたその人、フィルマンさんは、額から一本の角を生やしています。ここに来るまでも沢山の鬼人族の方を見かけましたが、どうやらフィルマンさんもそうみたいです。


「ええっと……ああ! イデアさん?」

「はい。もしかして、忘れてたんですか?」

「いやいや、雰囲気が変わってたんですぐには気づけなかったのだよ。この一年でかなり成長したのでは?」

「そうですね。ミリア様を超えるために、あれからずっと頑張ってきましたから」

「ははは、相変わらずのストイック精神だ。将来が楽しみなのだよ。……おや、その子は?」


 フィルマンさんの目が、イデアさんの後ろに立つ私に向きます。私はドキドキしながらも、一歩前に出ました。


「グリマール魔法学院の子です。ミリア様の魔法を、実際に魔法を使ったことのある人から見てほしいと思って連れてきました」

「ふ、フルル・ヴァングリューです! あの、その、よ、よろしくお願いします!」


 早口でそう言うと、深く頭を下げました。


「ああ、う、ん? その翼は……!」


 頭を下げたまま、息を呑みます。今の私は、ブレザーを脱いで、シャツの背中から翼を晒した状態でした。


「黒い羽と白い羽が入り混じっている……! ということはまさか、君は剛翼族と輝翼族のハーフ……」


 フィルマンさんも、翼人族については知っているようです。そんな人が私の翼を見たら、どう反応するのでしょうか。私は耳を押さえたくなるのを我慢して、続く言葉を待ちます。


「素晴らしい!」

「え」


 まさか褒められるとは思わず、恐る恐る顔を上げます。フィルマンさんは眼鏡の縁を持ちながら、興奮を隠しきれないといった表情をしていました。


「翼人族の間には今なお深い溝があるというのに、それを乗り越え子を成した夫婦がいたのですか! 何と素晴らしいことだ! 君の存在は種族内、いや、種族の違いによる差別に苦しむ、全ての人の希望だ!」

「え、えっと、えっと……?」

「同志フィルマン殿、如何なされた?」

「むむ、そちらの麗しいお嬢さん、その翼は……!」

「おお、やっぱり先程の姿は見間違いじゃなかっただな!」


 フィルマンさんの声に、周りから沢山の鬼人族の人が集まってきました。私に向けられる視線の数も多くなって、思わず身をすくめてしまいます。


「はいはい、今は休憩時間じゃないでしょ? 遅れてきたあたしが言うのもなんだけど、割り当てられた仕事に戻った戻った」

「ふむ、同志イデア殿の言う通りだ。すまない」

「麗しいお嬢さん、また後で会いましょう」

「色々と話を聞かせてほしいんだな」


 そんな私を庇ってくれたイデアさんの言葉に、集まってきた人はお仕事に戻っていきました。フィルマンさんも申し訳なさそうに頭を下げます。


「失礼、つい興奮してしまった。いや、それにしても見事な翼だ」

「……あの、怖くはないんですか?」

「はて? 怖がることなど一つもないのだが」

「ね? 言った通りでしょ? フルルの翼を怖がったり貶したりするような奴はここにはいないって」


 フィルマンさんは首を傾げ、イデアさんは笑って見せます。私はすぐには、その現実を受け止められませんでした。


「……あ、ありがとう、ございます……」

「いやいや、フルルさんだったかな? 君の翼は大変誇れるものだ。大事にしなさい」

「あ……」


 不意に、涙が零れました。


「おや、どうしたのだ?」

「フルル……」

「だ、大丈夫、です。ごめんなさい……」


 また泣いてしまいました。私は腕で涙を拭います。


「……そうか。フルルさんも辛い目に遭ってきたのだね」

「翼人族の、翼の違いから生まれる確執は、鬼人族のものよりも酷いってのは本当かもね」

「え……? 鬼人族の中でも、そういうことがあるんですか?」


 どうにか落ち着けた私は、周りを見て疑問を抱きます。小鬼族の方も、角が一本の方も二本の方も、更には角が折れている方まで、皆さんが仲良く協力しているように見えますのに。


「ああ、今でも根強く残ってるのだよ。二角(にかく)族が一番偉く、一角(いっかく)族、小鬼族、その下に角無し、といった下らない階級意識がね」

「そりゃあ体格は二角族が一番だけどね。けどガタイで優劣決めるなんていつの時代の話って感じだし」

「で、でも、ここにいる人たちは皆、仲が良さそうですけど」


 そう尋ねると、二人は誇らしげに頷きました。


「それは当然なのだよ。他でもないミリア様こそ、長く続く鬼人族間の階級意識に対するアンチテーゼ、その体現者なのだからね」

「魔法という力を持っていても、二角族に復讐なんてしない。かと言って力を持たないあたしたちを虐げたりもしない。その力は、争いを生む階級意識を変えるために使う。あたしたちは全員、ミリア様のその思想に共感してファンになったんだ」

「……すごい、ですね」


 あまりにも大きな思想を前に、私はそう言うのが精一杯でした。皆さんの意識を変えるために力を使う。とても素晴らしくて、とても難しいことだと思います。それでも実際に行動を起こして、こうしてファンの方々の共感を得られて、改めて、そのミリアさんという人はすごいと思いました。

 私は魔法の才能には恵まれましたけど、その力をそんなすごい目的のために使おうとなんて思ったことなんてありません。そんな私なんかが、ミリアさんの魔法を正しく評価できるんでしょうか?


「そう、すごいのだよ。ただ……」

「……どうしたんですか?」

「……実は最近のミリア様は、調子が良くないらしいのだ」

「えっ!? ……まさか、まだあの時のことで……」

「あの時、ですか?」


 イデアさんが視線を落とします。何だか不穏な空気になってようやく、私は声を出せました。


「フルルさんはご存じないのか。実は一年前、ミリア様がライブを行った屋外のステージが、突然崩れるという事故があってね」

「ええっ!? だ、大丈夫だったんですか!?」

「ああ。幸いミリア様に大きな怪我はなかった。しかし問題はそれからだったのだ」

「ミリア様が、活動を止めちゃったのよ」


 二人は沈痛そうな表情を浮かべます。何か並々ならぬ事情を感じつつ、私は口を開きました。


「それは、その、怖いから、ですか?」

「……そうなのだろうね。恐らく、フルルさんの考える理由とは少し違うのだろうけど」

「怖いけど、違う……?」

「事故じゃない可能性があったのよ」


 吐き捨てるようなイデアさんの言葉に、ヒュ、と背中が冷たくなりました。


「そのライブは、鬼人族のある集落で行われたものだった。当時のミリア様は小鬼族や一角族に広く受け入れられていたが、二角族には少々煙たがられていたのだ。そこで二角族の者にもライブを見てもらおうと、二角族が多く集まっている集落でライブをすることになった。だが……」

「……証拠はないわ。ミリア様も事故だと思ってるって話してくれた。でも、心のどこかではきっと、怖いと思っているはずよ。ミリア様が二角族から嫌われているってことは、ミリア様自身が一番痛感しているでしょうから」

「………………」


 その話を聞いて、私も怖くなりました。きっとミリアさんも、翼のことで煙たがられていた私と同じくらい、いえ、私以上の恐怖を感じたはずです。


「あの、私にできること、何かありませんか?」


 ですがそれ以上に、力になりたいと思いました。私もミリアさんの活動を支えたいと望みました。頑張ってほしいと、強く願いました。


「え? ああ、それはミリア様の魔法を見てもらうこと、なのだよね?」

「は、はい。でもそれ以外でも、お役に立ちたくて……」

「……ありがとう、フルル。それじゃあミリア様の準備が整うまで、皆と一緒に準備を進めましょ」

「はい!」


 その後、私はミリアさんが舞台に上がるまで、フィルマンさんに指定された場所のお手伝いをしました。

 そして――



 ◇ ◇ ◇



「………………」

 ボーンボーン


 時計の音で目を覚ます。ここは、控室だ。部屋にはあたし一人しかいない。今の今まで突っ伏していた机には、金色のツインテールが流れている。入念に手入れをした自慢の髪を目にし、自然と頬が緩んだ。


「……そろそろね」


 席を立つ。底の厚い赤下駄を履いているから視線は高い。裾の短い白の和服が動きに合わせてゆらゆらと揺れる。


「ふふっ」


 前を向いて、足音を立てずに移動する。向かう先は部屋の隅に据え置かれた簡易更衣室だ。

 その中であたしは、あたしと向かい合う。


「………………」


 青のカーテンを背景にしたあたしは、完璧だった。光沢のある赤い下駄、健康的な小麦色の足、膝を覗かせる白い和服、黒の帯に巻かれながらも安定した重心を保つ胴、細すぎない両腕、流れるような金髪、少し開いた胸元、僅かに見える鎖骨、小振りな唇、すっと通った鼻、大きな紅い瞳――

 そして、小鬼族のものとは思えないほど大きな、二本の銀の角。

 目の前のあたしが笑みを浮かべた。


「あなたはだぁれ?」


 あたしが問いかけ、ゆっくりと片腕を伸ばす。


「あたしはミリア。ミリア・プリズム」


 目の前のあたしが伸ばした手と、あたしが伸ばした手がぴったりと合わさる。


「この世界で、一番可憐なお姫様」


 笑みを深めたあたしは、振り返って簡易更衣室から出た。

 さあ、今日も熱心なファンの皆に、ごほーびあげなくちゃ。

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