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イデアさんとお話しです

「へえ、フルルってそんなに強いんだ?」


 目的地に向かうまでの道のりでチーム対抗戦の話を聞いたイデアさんは、意外そうに目を大きくしました。その驚きに合わせるように、イデアさんの鞄についている、ゴロゴロと音を立てていた車輪が、石畳の隙間に引っ掛かったのか、ガッという音を鳴らします。私は手を振って否定しました。


「い、いえ。私は全然です。他の人がすごいだけで……」

「ふぅん? でもその他の人に認められたから同じチームにいるんでしょう?」

「それは、そうなんですが……」


 認められたのは、翼を使える私です。だけどそのことを話すのは勇気が要りました。イデアさんは小鬼族であることを隠さなかったのに私は隠しているなんて不公平じゃないか。そう自分を奮い立たせようとしますが、今更遅いんじゃないか、そもそもそんなことを聞かされても迷惑なんじゃないか、なんて考えが足を引っ張ってしまい、言葉を続けられません。


「とにかく、フルルは次の土曜日に、そのチーム対抗戦の本戦っていうのに出るのね」

「は、はい」

「そっかそっか」


 中々言い出せない私を気遣ってくれたのか、イデアさんは話を切り上げてくれました。ありがたく思うのと同時に、申し訳なさも感じます。


「あ、フルル、手ぇ出して」

「え、こ、こうでしょうか?」


 ゆっくりと伸ばした手を、イデアさんが空いている手でしっかりと、でも優しく握りました。


「ここから人混みの中に入るから、はぐれないようにね」

「あ、はい。ありがとうございます」


 イデアさんの手の大きさは私よりも少し小さいくらいでしたが、包み込むような暖かさがありました。こちらから離さなければ絶対に離れないだろうという安心感も、不思議と湧いてきます。

 手を繋いだまま十字路を曲がると、大通りが見えました。心なしか、さっき私が見ていたところよりも人が多いように感じました。

 足の進みが遅くなった私を、イデアさんが振り向きます。


「大丈夫! この手は絶対離さないから」

「は、はい!」


 ギュ、とイデアさんの手を強く握りました。そして手を引いてくれるイデアさんと一緒に、人の流れの中に足を踏み入れます。


「フルル、こっち!」

「すみません、すみません……」


 ぶつかりそうになる人に謝りながら、鞄を抱えるイデアさんの後を辿ります。進む先でも大勢の人がいますが、イデアさんは人の動きが予測できるのか、私たちが通れる道を見つけてはどんどん先へと歩いていきました。


「フルル、もうすぐ抜けるよ!」

「は、はい!」


 イデアさんが示してくれた方を見ると、確かに人のいない場所が見えました。あともう少しです。私は必死にイデアさんの後ろをついていきました。

 そしてついに、人の流れから抜けたと思った時でした。


「わっ」

「失礼」


 イデアさんが黒いローブに身を包んだ人とぶつかってしまいました。顔もよく見えなかったその人は、すぐに人の流れの中へと消えていきます。


「あはは、ぶつかっちゃった」

「大丈夫ですか?」

「うん、平気。フルルは大丈夫?」

「はい。私は大丈夫です」

「なら良かった」


 抱えていた鞄を下ろしたイデアさんが笑顔になります。怪我はしていないようで安心しました。

 だけど、今の男の人の声、どこかで聞いたような……?


「ところでフルル」

「あ、はい」

「手、もう離してもいいかな?」

「あ! ご、ごめんなさい!」


 私は慌てて手を離します。同時に、はぐれないようにと強く握っていたことを思い出しました。


「すみません、痛かったですよね?」

「ううん。あのくらいなら全然。意外と力強くてちょっとびっくりしたけど」

「ご、ごめんなさい」

「もう、謝るの禁止って言ったでしょ?」


 頭を上げた私のおでこに、イデアさんが人差し指を当てます。おかげで、また謝らないで済みました。


「それよりほら、もうすぐで着くわよ」

「は、はい。……あれ?」


 イデアさんが指差した先には、不思議な形をした大きな建物がありました。その入り口と思われる場所からは沢山の人が並んでいて、最後尾が見えない程です。ですが私たちの前に続く道は、列の先とは反対側へと続いているようでした。


「どうしたの?」

「いえ、その、本当にこっちの道で合っているんでしょうか?」

「ああ、そうそう。あたしたちはこっちで合ってるわ。さ、行きましょ」


 そう言ってイデアさんは自信満々に歩き始めます。私は半信半疑になりつつも、その背中を追いました。


「こういうライブはさ、あ、ライブって言うのは皆の前で歌と踊りを披露することね。で、ライブをするためには、沢山の人が必要なんだ。会場を押さえたり、ライブの告知をしたり、チケットを売ったり、お客さんの誘導をしたり、それ以外にも色々としなくちゃならないから、人手はいくらあっても足りないの。そこであたしたちファンの一部は、そういった運営の手伝いをしてるんだ。ボランティアでね」

「ボランティアってことは、お金を貰ったりはしないんですか?」

「うん。特に報酬とかは貰ってないよ。強いて言うなら、憧れているアイドルの力になれてるって実感が報酬かな」


 そう話すイデアさんの笑顔は、眩しいくらい純粋なものでした。そのアイドルの方の支えになれることが、本当に嬉しくてたまらないようです。


「あとあたしの場合、どういう設備が使えるのかとか、舞台の裏の雰囲気を知ることができるってのがあるかな。いつかアイドルとして活動するときに、その辺りの知識を持っていると役に立ちそうだし」

「ああ……! 確かにそうかもしれませんね」


 私も以前まで、魔導士の方々がどのように依頼をこなすのかよく分かっていませんでした。ですが実際にこの目で見て、空気を肌で感じることで、なんとなくではありますが実感を持てました。それと似たような話なのかもしれません。

 イデアさんは私の言葉に頷きます。ただその直後、表情を引き締めました。


「だけど何より大きいのは、ミリア様を間近で見る機会が増えることね」

「ミリア様?」

「あたしの憧れているアイドルの名前よ。ミリア・プリズム。魔法を扱った初めてのアイドル。あたしの、目標」


 一つ一つ確かめるように語るイデアさんの目には、熱が宿っているようでした。


「ボランティアをしてるとね、たまにだけどミリア様の練習を見ることができるんだ。練習を見るだけでも、正直圧倒されるし、敵いっこないって弱気になることもあるけれど、あのミリア様もこんなに頑張ってるんだって知ることができるとね、あたしはもっと頑張らなくちゃってモチベーションが上がるの」

「……すごい、ですね」


 闘志を燃やすイデアさんは、私には眩しすぎました。私だったら、とてもじゃありませんが、やる気が出たりなんかしません。圧倒されて、弱気になって、そこで止まってしまいます。敵いっこないって、諦めてしまいます。

 ……でも、そんな私のままじゃ、いけないんです。


「あ、あの!」

「ん? 何?」

「えと、どうしたら、イデアさんみたいになれますか?」

「あたしみたいに? どういうこと?」


 イデアさんは怪訝そうな表情を浮かべました。気に障ったんじゃないかと心配しながら、上手く説明しようと言葉を続けます。


「それはその、つまり、自分より凄い人に会ったときに、落ち込むだけじゃなくて、負けられないって思えるようになるには、どうしたらいいんでしょうか?」

「あ、そういうこと」


 どうにか意図は伝わったようです。イデアさんは考えるように空を見上げると、すぐに私に向き直りました。


「ごめん、分かんない」

「そ、そうですか……」


 困ったように笑うイデアさんに、私は視線を合わせられませんでした。きっとイデアさんは、最初からそうだったのでしょう。すぐに諦めてしまう私なんかとは違って……。


「そもそもあたしみたいになる必要なんてないんじゃない? フルルはフルルなんだしさ」

「……私のままじゃ、ダメなんです」

「……自分じゃない何かに、変わりたいの?」


 歩みを遅めたイデアさんの言葉に、私はこくりと頷きます。


「そっか」


 それだけ言うと、イデアさんはまた空を見上げました。しばらくの間、ゴロゴロという車輪の音が大きくなります。


「実はあたしも、変わりたかったんだ」


 顔を上げたまま、イデアさんが口を開きました。


「そうなんですか?」

「うん。ミリア様になりたかった。ミリア様のように、じゃなくて、本当に」


 そう言うと、今度は下を向いて、力なく笑います。


「でも全然ダメだった。真似ようとすればするほどミリア様との違いが際立っちゃって。鏡を見る度に苦しかったんだ」


 そして目を閉じて、無表情になりました。何かをこらえるかのような沈黙の後、ゆっくりと唇が動きます。


「それである日、気づいたの。誰かが別の誰かに変わることなんてできないって。どこまで行っても、あたしはあたしのままなんだって」

「私は、私のまま……」

「そう。だからあたしも、あたしにしかなれない」


 その声には、経験を踏まえた上で得られた実感が込められているようでした。言葉がズシンと、心にのしかかります。

 じゃあ、私はいつまで経っても、勇気を出せないままなんでしょうか? どれだけ頑張っても、私は変われないんでしょうか?


「でもね、変わることはできるの」

「……え?」


 変われないんじゃ、ない?


「別の誰かになれなくたって、人は変われるの。勿論限度はあるけどね。あたしは未だに魔法を使えないし、きっとこれからもそこは変わらないと思う。でもミリア様に憧れるだけだったあたしから、ミリア様を超えたいって思えるあたしには変われた。その前だってそう。ほんの三年前まで根暗だったあたしは、ミリア様に出会って明るくなれた。他人とも上手く喋れなかったのに、今じゃ同じファンの人や運営の人と普通に話せるようになった。歌や踊りも、昔とは比べ物にならないくらい上手くなった。あたしはあたしのまま、変わることができた」

「………………」


 重い口調から一転、空に舞い上がるような通る声を出すイデアさんは、さっきと雰囲気が全然違ってました。その変わりように、私は上手く言葉を出せません。


「だからフルルも、フルルのまま変わっていけばいいと思う。こうなりたいって思う自分にさ」

「……でも」


 イデアさんの言いたいことは分かりました。確かに私も、魔法とかは上手く使えるようになってます。


「でも、私の性格だけは、ずっと変わらないんです。変わりたいってずっと思っていても、ずっとダメなままなんです。……これは、そのままなんでしょうか?」

「そうね……性格を変えるのは難しいと思う。あたしもまだ人付き合いには苦手意識あるし」

「そうなんですか?」

「うん。フルルに話しかけた時も、あれで結構、勇気出したのよ? フルルは何だか昔のあたしに似てるから話しやすいってだけで、普段はもっと無口なんだから」

「そ、そうだったんですか」


 全然そんな風に感じませんでした。寧ろ人付き合いは得意なんだとばかり……。


「とにかく、性格は無理に変えなくていいと思う。無理矢理変えても長続きしないだろうし、性格ってその人らしさが出るから、変えるのは良くないわ」

「そんな! じゃあ私はずっと、臆病で、怖がりなままってことですか!?」

「臆病や怖がりって、そんなに悪いことじゃないよ。つまりは慎重で、危機察知能力が高いってことでしょ?」

「そ、そんな、こと……」


 思いもよらない返しに、否定の言葉が最後まで続きませんでした。臆病や怖がりが、悪くない? 本当に……?


「た、たとえそうだとしても、それじゃダメなんです! 臆病なままの私じゃ……!」

「どうして?」

「どうしてって……それは、勇気が出せないから……」


 自分で言いながら、少し違うと思いました。こんな私でも、依頼の時みたいに、勇気を出すことはできたんです。


「勇気、出したいの?」

「………………」


 私は黙って首を縦に振ります。


「じゃあ性格じゃなくて、考え方を変えよう」

「考え方、ですか?」

「うん。怖くて行動できない時ってさ、行動してもし上手くいかなかったらって考えが強くて、それで動けなくなっちゃうでしょ?」

「は、はい……」


 私の場合、翼を見せるという行動自体が怖いのですが、その行動を起こした後のことばかり考えてしまうというのはその通りです。


「そこで逆に考えるの。もし行動しなかったら、どんなことが起きるんだろうって」

「行動、しなかったら……」


 ――あなたには、チームを抜けてもらうわ。


「っ!」


 想像して、息が詰まりました。反射的に両手が持ち上がって、耳に当てようとするのを何とか抑えます。


「……怖かった?」

「……はい」


 どうにかそれだけ絞り出すと、イデアさんはゆっくりと頷きました。


「あたしもずっと、行動するのが怖かった。でも行動しないとどうなるかを思い知って、もっと怖くなった。それでも中々行動に移せなかったけど、いざやってみると、意外とあっさりしててさ。どうして今までやらなかったんだろうって、何だか可笑しくなっちゃって」


 昔を懐かしむイデアさんの声は、少し沈んでいました。ですがすぐ、明るい声音になります。


「今じゃすっかり社交的って言うか、明るくなれてさ。あの時ミリア様のファンになってて本当に良かったって思ってる。こうして、昔のあたしみたいに迷っている子の力にもなれてるしさ」


 パチン、と綺麗なウインクが飛んできました。


「勿論フルルにはフルルの事情があるんだし、あたしにだってできたんだからフルルにもできる、なんて考えを押しつけるわけじゃないけどね。でもあたしの体験談は、きっとフルルの役に立つんじゃないかな?」

「はい……。とても、とても参考になります!」


 そうです。翼を見せられない私を許せないのは、私だけじゃありません。このままだと、きっといつかシルファさんやユートさんからも愛想を尽かされてしまいます。それだけは……私をチームに迎えてくれたお二人に失望されるようなことだけは、絶対にしたくありません!


「良かった。あ、いつの間にか着いてたわね」


 イデアさんの視線を追うと、大きな建物が目の前にありました。道の先には、あまり目立たない扉があります。


「ちょっと待ってて」


 イデアさんは立ち止まると、引いてきた鞄の中から紐のついた名札のようなものを取り出し、首から提げました。


「これで良しっと。悪いけど、フルルの分のスタッフカードは用意できてないから、中にいる間はあたしから離れないでね」

「はい。……」


 差し出されたイデアさんの手を取ろうと伸ばしかけた腕を、途中で止めます。


「……? どうかした?」

「……あの!」

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