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お悩み相談です

 今日のグリマールは、どうしてかいつもより人が多いようでした。そのせいか人目も気になってしまい、喫茶店に向かう足も速くなりました。


「ほう……」


 奥の席に座ってミルクコーヒーを一口啜ると、ようやく一安心できます。ここのミルクコーヒーはいつも通り、甘くて優しい味でした。


「フルルちゃん、良かったらこのクッキーも食べてみないかい?」

「え、い、いいんですか?」

「勿論だとも。実は新しくメニューに加えようかと思っていてね。いつも来てくれるフルルちゃんに味見を頼みたいんだ」

「そういうことでしたら……」


 背の高い、いつも優しい笑顔の白髪のおじいさん、ここのマスターさんからいただいたクッキーを、少し緊張しながら口に含みます。


「んっ! すごくおいしいです! サクサクしていて、噛むとバターのいい匂いが広がって、甘くて、でも甘すぎなくて、とにかく、その、すごくおいしかったです!」

「それは良かった」


 上手く言えない私の言葉にも、マスターさんは笑顔のまま返してくれました。


「フルルちゃんに喜んでもらえるなら、きっと他のお客様にもおいしいと感じてもらえる」

「そ、そんなことは……」

「謙遜することはないよ。フルルちゃんはミルクコーヒーもおいしいと思ってくれているだろう?」

「は、はい! マスターさんのミルクコーヒーは、この街で一番です!」

「ほほ、ありがとう。そう言ってくれるフルルちゃんがおいしいと思ったなら、それは本当においしいはずだ。それに」

「それに?」

「自慢になるかもしれないけど、ワシもおいしいと思ったからね」

「……ふふ、なら安心ですね」


 私が笑うと、マスターさんは小さく頷いて奥の方へと戻っていきました。静かになった店内で、私はまたコーヒーを口に含みます。

 大通りから少し外れた場所にあるこの小さな喫茶店は、私がこの街にやってきたばかりの頃、学院長先生に連れられてきたお店でした。静かで、ミルクコーヒーがおいしくて、マスターさんも優しいいい人なので、週末はいつもここに来ていました。マスターさんともすっかり仲良くなって、学院のことを相談できるくらいの仲になりました。

 窓の外を見ると、この辺りはいつも通り、たまに人が通るくらいでした。このゆったりとした景色が、穏やかな時間が好きでした。

 ただ、私が来るときにはいつも他にお客さんがいないので、少し心配です。あのクッキーはとてもおいしかったから、あれでもっとお客さんが増えるといいのですが……。あ、でもそうなると、マスターさんと話す時間がなくなってしまうかもしれません。あまり騒がしいところは苦手ですし、かといってお客さんがいなかったらこのお店がなくなってしまうかもしれないです。私は、どうしたらいいのでしょう?


「フルルちゃん」

「ふぁ、はい!」


 振り向く私の目の前に、お皿に盛られたクッキーが置かれました。


「え、あの、これは?」

「これはお祝いのクッキーだよ。前に話してくれた、対抗戦、だったかい? その予選を通過したって聞いたから」

「ええっ!? どうしてそのことを!?」


 この後、マスターさんが忙しくなさそうだったら話そうと思っていたことなのに、一体どこで聞いたのでしょう?


「実は三日前、ユートくんと会ってね。彼から聞いたんだ」

「ゆ、ユートさんと?」


 三日前といいますと、丁度チーム対抗戦の予選があった日です。予選が終わった後は、確かユートさんはシイキさんを連れて保健室に行ったはずですけど、その後にここに来たということでしょうか?


「ああ。なんでも、その日だけ郵便配達の手伝いをさせてもらっていたそうでね。初めはグリマール魔法学院の制服を着た男の子が手紙を届けてくれたからびっくりしたよ。それでどういうことか尋ねたら、名前と事情を話してくれて、それでフルルちゃんの話にあったユートくんだと分かったんだ」

「そ、そうだったんですか……」


 ユートさん、予選の後で疲れていたはずなのに、そんなことをしていたなんて驚きです。そもそも、どうして配達のお手伝いなんてしようと思ったのでしょうか? 今度会ったら訊いてみましょう。


「フルルちゃんのことも聞いたよ」

「っ!」

「とても頑張っていたってね。それを聞いてワシも嬉しくなってね。今度フルルちゃんに会ったら、何かプレゼントしようと思ったんだ」

「………………」

「おや、どうしたんだい? もしかして、おなかいっぱいになってしまったかな?」

「……違うんです」


 私は視線を落として、頭を振りました。


「私は、全然、大したことなんか……!」


 言葉を口にしていく内に、目に涙が浮かんできました。


「フルルちゃん……」

「……ごめんなさい。すぐ、すぐ止まりますから」


 私は両手で涙を拭くと、深く息を吸って気持ちを落ち着けます。


「……もう大丈夫です。ごめんなさい。」

「……何かあったのかい?」


 マスターさんはゆっくりと、私の前の席に座りました。マスターさんは今日も私の相談を聞いてくれるようです。私は申し訳なく思いつつも、その好意に甘えることにしました。


「……予選の次の日、同じクラスの人が私のことを言っていたのが聞こえたんです。……私でなくてもよかったって」

「………………」


 視線を下げたまま、ぽつりぽつりとこぼす私の言葉を、マスターさんは黙って聞いてくれます。


「そんなことないって、言おうとしたんです。でも、……言えませんでした。言い返すのが怖かったのもあります。けど、考えてみたら、その通りだったんです。私は、他の人でもできるようなことしかしなかったんです」


 シルファさんも、ユートさんも、シイキさんも、すごい活躍をしてみせました。でも私はただ、防御魔法を発現させただけです。何回か攻撃もしましたけど、どれも高等部の生徒ならできて当たり前のことでした。


「わ、私は、自分は大したことないのに、すごい人たちと、同じチームにいるというだけで……!」


 話している内に頭に思い浮かんだのは、本戦に進めず涙を流していたセシル先輩の姿でした。セシル先輩は泣いてしまうほどに、対抗戦にかける思いが強かったのでしょう。セシル先輩だけじゃありません。他の参加者の方たちだって、予選のために努力してきていて、きっと私よりも実力はあったはずなんです。

 そんな人たちを差し置いて、こんな私が……私は……!


「それだけでいいんじゃないかい?」

「えっ……?」


 顔を上げると、マスターさんは困ったように笑っていました。


「すごい人たちと同じチームにいる。それだけですごいことだと、ワシは思うよ」

「そ、そんなことありませんよ!」

「どうしてだい?」

「だ、だって、そんなのズルじゃないですか。実力がないのに、他の人がすごかっただけで本戦に出てしまうなんて」

「だけど何もできなかったわけじゃないんだろう? 現にユートくんはフルルちゃんのことを誉めていたよ」

「それは、だから、誰にでもできるようなことで」

「だとしても、その役割はフルルちゃんにしかできなかったことだよ」

「……どういう、ことですか?」


 見上げるようにして尋ねると、マスターさんは指を組んだ腕を机に乗せ、若干前屈みになりました。


「フルルちゃんがしたことは、大したことじゃなかったかもしれない。それでもその場にいたのは、ユートくんや他のチームメンバーの力になれたのは、他の誰でもないフルルちゃんだった」

「…………?」

「まだ上手く実感できないかな? ならそうだな、こういう言い方はどうだろう? フルルちゃんの言うすごい人たちが、フルルちゃんを選んだんだ」

「……違うんです!」


 私は今度こそ、涙をこぼしました。マスターさんが戸惑う気配が伝わってきます。


「わ、私は、本当の実力を見せると約束して、シルファさんのチームに入れてもらったんです。だから、選んでもらえたんです。なのに、私は……!」


 それ以上は、言葉になりませんでした。私の秘密を知ってるマスターさんも、声を抑えて泣く私を前に、何も言えないようでした。マスターさんまで困らせてしまって、本当に申し訳ないと思います。それでも、気持ちを抑えられませんでした。


「……シルファさんは、予選で本当の実力を出すように、フルルちゃんに言ったのかい?」

「………………」


 私は首を横に振りました。


「そうかい……」


 マスターさんは小さく息をつきました。


「……シルファさんは、使ってはいけないと言いました。それは、私が練習をしてこなかったからです」

「え? でも練習はしているって」

「先生や、チームの人の前でだけです。他の人がいる前では、してこなかったんです」

「………………」

「私は、使ってはいけないと言われた時、なんだか悲しくて、残念な気持ちで、でも、とても安心、してしまったんです。これで翼を見せなくていいって……約束……したのに……!」


 両手で拭っても、涙は次から次へとあふれてきます。制服のスカートの上に、いくつも涙の痕ができました。


「……フルルちゃんは、自分が許せないのかい?」


 しばらくして、私が少し落ち着いた頃、マスターさんはそう尋ねました。私はゆっくりと考えてから、頷きます。


「そう、ですね。私は、私が許せません」


 シルファさんの優しさに甘えて、約束を有耶無耶にして、分不相応な場所に留まっている私が。

 何より、どうにかしたいと思っているのに、それでも翼を出す勇気が出てこない私が、……許せません。


「なら、どうしたら許せるようになるのかな?」

「それは……やっぱり、本当の実力を見せることができれば……でも……」

「まだ怖いかい?」


 私はこくんと首を縦に振ります。


「ユートくんたちなら、怖がるどころか喜んでくれそうだけど」

「そうですね。でも、他の人はきっと……」


 思い出すのは、翼人族の国にいた頃の、周りから向けられた冷たい視線でした。自分の存在を世界から否定されるような、とても怖いものでした。

 あんな恐ろしい思いは、もうしたくありません。でもそうしないと、私はいつまで経ってもダメなままです。

 私は、どうしたら……。


「それなら、この街を歩いてみたらどうだい?」

「え? 街を、ですか?」

「ああ。ここグリマールは大きな街だから、色々な人が集まるんだ。中には、他の人と違うことを活かして有名になっている人もいる。そういう人を見れば、フルルちゃんの意識も少しは変わるかもしれない。今日は人通りも多いみたいだし、少し変わった人も見つけやすいと思うよ」

「そう、でしょうか?」


 半信半疑の私に、マスターさんは微笑みました。


「勿論、そう上手くはいかないかもしれないけどね。それでも、フルルちゃんが気になっている『他の人』のことを少しでも知ることができたら、きっといいことに繋がると、ワシは思うよ」

「『他の人』のことを、知る……」


 その言葉は、すとんと胸の中に落ちてきました。確かに私は今まで他人を避けてばかりで、こちらから見たり聞いたりすることはほとんどありませんでした。

 私が怖がっている『他の人』は、どんな思いを持っているのか。それを知ることができたら、もしかしたら、その人の前でも翼を見せられるかもしれません。


「……そうですね。やってみます」


 街の中なら私を知っている人もいないでしょうし、姿を見たり、話を聞いたりしてもあまり変には思われないはずです。私はマスターさんの目を見て、力強く頷きました。


「うん、頑張ってね」

「はい!」

「あ、少し待っててくれるかな?」


 席を立とうとした私を止めたマスターさんは、そのままお店の奥に行ってしまいました。そしてその手に小さめの布袋を持って戻ってくると、お皿に盛られたクッキーを袋の中に入れます。


「はい。食べると勇気が湧いてくるクッキーだよ」

「え、で、でも……」

「このクッキーはお祝いのために作ったんだ。だからどうしてもフルルちゃんに貰ってほしくてね。常温でも一日はもつだろうし、もし食べられなかったら、ユートくんやシルファさんに渡してくれてもいい。それとも、迷惑だったかな?」

「いえ、迷惑なんかじゃないです! ……大事に食べます。ありがとうございます!」


 私は両手で、クッキーの入った布袋を受け取りました。

 マスターさんの気持ちがこもったクッキーは、確かな重みがありました。

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