国内の実力者?
筋肉痛で痛む足を動かし辿り着いた寮の食堂で、シルファは早めの昼食をとっていた。僕は軽く手を挙げて挨拶する。
「やあ、シルファ」
「こんにちは、シイキ。休みなのに呼び出して悪かったわね」
「別にいいよ。特に用事もなかったし。それで、どうして僕を呼んだのさ?」
「他の学院生の試合を一緒に観ないか誘いに来たのよ」
「あ、今日もあったんだ。どこの国から?」
「国内よ。マシーナ学院高等部の一年生」
「……ふうん? あ、僕もご飯取ってきていい?」
「ええ」
もうすぐ食べ終わりそうなシルファを置いて席を立つ。足はまだ痛むけど、筋肉痛だということはあまり知られたくないからいつものペースでカウンターに向かった。あまりお腹は空いてないから小振りなパンを四つ頼む。出されたトレイを、学生証を提示して受け取った。
昨日来たフライハイ修道院もそうだけど、グリマール魔法学院は外部から練習試合を申し込まれることが多い。ただそのほとんどは国内からのもので、メイガスト女学院のような一部の学院を除けば、言い方は悪いけれど格下の相手だ。申し込む側、ビジターもその辺りを考慮して、どの程度の実力の相手と戦いたいか予め伝えてくるようだけど、大抵相手の学院の選抜チームに対し、こちらは普通のチーム、つまりはチーム対抗戦の予選に参加するようなチームで試合をすることとなる。それでもビジターの成績は良くて辛勝といったところだ。酷い時は試合にすらならないこともある。他の学院との練習試合なんて、大体はその程度のものでしかない。
マシーナ学院なんて名前記憶にないし、そこも大して強くはないんだろう。なのにわざわざ、チーム対抗戦の本戦を前にレベルの低い試合を観ようだなんて、シルファはどういうつもりなんだろう?
考えている内に、席に戻ってきていた。シルファは既に食べ終えたようで、紙で口元を拭いている。
「お待たせ」
「その量で足りるの?」
「あまりお腹空いてないんだ」
「そう。無理に食べろとは言わないけど、ちゃんと栄養を摂らないと成長できないわよ?」
「あはは。夜ご飯は多めにするよ」
席に座って手を合わせる。いただきます。
「さっきの話だけど、その情報はどこから?」
パンを一つ食べ終え、口の中が空になってから質問の続きを始めた。
「直接よ。偶然街で会ったマシーナ学院の生徒たちを、私とユートがグリマール魔法学院まで案内して、その道中に。高等部の一年生だっていうのはユートから」
「そのユート君は?」
尋ねつつパンを一口食んで、軽く周囲を見渡す。男子寮の部屋にいた僕を呼び出したのもユート君だったけど、食堂にはいないようだった。
「マシーナ学院の生徒の案内をしているわ。今頃本館の食堂でお昼をとっている頃じゃないかしら」
「学院内の案内までしてるの? 流石ユート君というかなんというか……」
山の中で育ったからなのか分からないけど、あまりにお人好しすぎてちょっと心配になる。言われてみると、僕を呼びに来たときも用件だけ伝えてすぐにどこか行っちゃったっけ。案内の途中だったというなら納得だ。
手で持ったままだった残りのパンを口に入れて、よく噛んでから飲み込む。
「シルファはついていかなくてよかったの?」
「私までついていったら、こうして事情を説明することができなくなるでしょ? 学院内ならユート一人でも案内できるし、私がいなくても問題ないと思ったのよ」
「まあ普通は付きっきりの案内なんてしないしね」
シルファの答えに頷いて見せる。
「で、本音は?」
「気に食わない奴がいたのよ」
「だと思ったよ」
軽く笑って小さめのパンを頬張る。
案内が必要だったということは、グリマール魔法学院に練習試合をしに来るのは初めてだということだ。そういった場合相手はかなりの確率で自信満々でいる。地元じゃ敵無しの俺たちならグリマール魔法学院の生徒にだって勝てるだろ? なんて甘い考えを持ってたりするわけだ。そのマシーナ学院とやらの生徒の中にもそんな考えの人がいて、案内中に余計なことでも口にしたんだろう。
僕なんかは自分も似たような経験をしてるから暖かい目で見れるけど、シルファはそういう口先だけの相手が大嫌いだ。最近こそユート君のお陰で物腰が柔らかくなってきたけど、分不相応の態度をとる相手に対して刺々しくなるのは変わっていないようだった。
小さめのパンはすぐに口の中から無くなった。
「けどそれならどうしてユート君を案内に行かせたのさ?」
「有り体に言えば、恩を売るためよ。勿論ユートにはそんなつもりは全くないでしょうけど」
「恩を売る? マシーナ学院の生徒に?」
「ええ。そうしたら私たちとも練習試合をしてくれるかもしれないでしょう?」
「……強いの?」
最後のパンに伸ばしかけた手を止める。
練習試合が申し込まれた場合、ビジターの要望に合った実力のチームが事前に募集され、それを引き受けたチームがグリマール魔法学院の代表チームとして戦うことになる。基本的にビジターはその代表チーム以外と試合をすることはないけれど、ビジターと、ビジターから試合を申し込まれた側、双方の同意があれば他のチームとも試合はできる。
けれどまさか、シルファが観戦だけじゃなくて対戦まで望んでいるなんて。マシーナ学院の生徒はそんなに強いのだろうか?
「強さは未知数ね。だけど、面白そうな道具を持っていたのよ」
「面白そうな道具?」
「そう。確か、魔導器と呼んでいたわ。魔術式を形成する道具みたい」
「魔術式を形成!?」
言ってから口を押さえ、周囲を窺う。幸い近くに他の生徒はおらず、遠くにいた数人が少しこちらを向いたくらいだった。そちらに小さく頭を下げてから、シルファに向き直る。
「それ、本当なの?」
「実際に見てみないことには分からないけど、口振りは自信ありげだったわ」
「……成程ね」
頷きながら最後のパンを口に含む。シルファが興味を引かれるわけだ。魔法の発現は魔法石でもできるけど、魔術式の形成を道具で行うだなんて聞いたこともない。もしそれが本当だとするなら、魔法の歴史は大きく変わるだろう。
「それで、どうかしら? シイキ。私と一緒に試合を観に来てくれる?」
ゴクン
「ごちそうさまでした。うん、勿論だよ。その魔導器っていうの、僕も興味でてきたしね」
「そう。ありがとう」
トレイを持って立ち上がると、シルファもトレイを手に席を立つ。
「ところで、フルルは?」
「部屋を訪ねたけど、外に出ているみたいなの。見つけたら声をかけるつもりだけど、折角の休みの日に用事があるならそっちを優先させるわ」
「そっか」
トレイを返却するシルファをにこにこと見ていると、怪訝そうな視線を向けられる。
「何よ、その顔は」
「いやあ、シルファも丸くなったなぁって。昔は休みの日自体ほとんどなかったでしょ?」
「……私だって、反省はするのよ」
ふいと視線を逸らすシルファ。その表情には、本戦まで一週間もないこの時期に本当に休んでよかったのかという迷いも見られたけど、僕としてはシルファの変化は好ましいものだった。
でも、だからと言ってその答えで満足する僕じゃない。
「本当にそれだけ?」
「……どういう意味かしら?」
「他にも理由があるのかなぁって思っただけだよ。そう言えば、街で会ったマシーナ学院の生徒をシルファとユート君で案内したって言ってたよね。じゃあその前は? 休みの日に、二人で、何をしてたの?」
「そ、それは、ユートに街を案内していたのよ。ずっと山で暮らしていたみたいだし、この機会にここの文化に触れさせようと」
「へぇ~成程ねぇ~」
にやにやと笑みを深めると、段々とシルファの耳は紅く、口は早くなっていく。
「こうでもしないとユートは休もうとしないのよ。私が誘わなかったら、ユートは今日も自主練しようとしていたくらいだし。文化に触れさせようっていうのも単なる口実じゃなくて、本当に知って欲しいと思ったからで」
「うんうん。分かってる分かってる」
「……本当に分かってるんでしょうね?」
にまにまと笑みを浮かべる僕に、シルファは確認するように尋ねてくる。
「勿論だよ。シルファは純粋に、僕達が根を詰めないよう休ませたかっただけだってね」
「……ええそうよ。分かってるならいいわ」
「けど残念だったね。折角ユート君とデー――」
あ、やばい。シルファの視線が氷点下になってる。
「ゴホン。ユート君に街を案内していたのに、別の案内をすることになったなんて」
「確かにそれは残念だったけど、案内する機会なんてまたいくらでもあるわ。なら困っている人を助けることを優先するのは、グリマール魔法学院の生徒として当然よ」
「グリマール魔法学院の生徒として、か」
シルファの言葉に苦笑いを浮かべる。ユート君とは似ているようで違うけど、シルファも大概真面目というか肩に力が入っているというか。シルファこそ少しは気持ちを休ませるべきだと思うんだけど。
「また何か、言いたいことでもあるの?」
「ううん。ないよ」
だけど、言って聞かないことくらい分かってる。だから僕にできることは、少しでもシルファの負担を減らすことだけだ。
「そう」
シルファは、そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、短く答えた。
それ以降、魔法競技場でユート君と合流するまで、僕たちの間に会話はなかった。




