予定外の案内
はあ、折角時間を作ってユートに街を案内していたのに。
グリマール魔法学院へと続く舗装された山道を歩きながら、私は心中でため息をつく。ユートがお人好しなのは知っていたし、私としても困っている人に力を貸すのは当然だと思っているけれど、それでもやっぱり残念な気分になる。
「え、ユート君の魔術式って、それが限界の大きさなの?」
「ああ。これでも前よりかは大きくなってるんだけどな」
「おいおい、国内最高峰って言うからどんなもんかと思ってたら、この程度なのかよ」
「いや、俺が特別小さいだけで、シルファや他の生徒は背丈より大きな魔術式を作れるぞ」
「人の背丈よりも、ですか。やはりそのくらいの実力はあるのですね」
当のユートは既にマシ―ナ学院の生徒との距離を縮めたようで、背後からそんなやりとりが聞こえてくる。……気楽なものね。
っと、いけないいけない。ユートを責めるような勝手な思考になってしまったけど、この案内も私が納得して引き受けたものなのだ。ユートへの案内はこの後でだってできるし、気持ちを切り替えよう。
既に気持ちを切り替えているであろうユートは、今朝の言葉通りに、偶然にも関われたマシ―ナ学院の生徒と仲良くなろうとしているようだ。私としてもグリマール魔法学院に何の用があるのか興味があるところだけど、恐らく私には関係のないことだし、これからの予定を考えるとしよう。
そうね……街に戻ったら早めの昼食を取ろうかしら。丁度いい雰囲気のレストランを知っているし、そこに着くまでの道のりで今度こそユートが興味ありそうなものを探ってみせるわ。あ、でもユート、あまりお金を持っていないって言ってたわね。私が奢るのは全然構わないけど、彼は貸しを作ることを気にしているみたいだし。となると、学院内でお昼まで時間をつぶして、食堂でお昼を済ますべきかしら。けれどユートと二人でいる状況をアクアたちに見られると面倒なことになりそうだし……そうだわ! お弁当を貰って外で食べればいいのよ。対抗戦のことについて話すことにすれば、自然と周りに人がいない場所まで移動できるし、うん、それがいいわ。
「……あの」
「はい、何でしょうか?」
考えが一纏まりしたところで横から声をかけられる。上目遣いでこちらを見る黄色い髪の彼女は、確かミスティと言っていた。目尻は上向きで、言動は静かながらも意思は強そうな印象を受ける。他の三人と同じく、彼女も大きな布袋を抱えているものの、ここまで歩いてきても少し息を弾ませている程度だった。シイキだったらとっくに息を乱しているだろうな、と頭の片隅で想像する。
「少し訊きたいことがあって。いい、ですか?」
「ええ、私に答えられるものなら。それと、敬語を使わなくても構いませんよ?」
「……ありがとう。敬語、苦手で」
ミスティはほっとしたようにはにかむ。案内人としての気遣いは上手くいったようだ。
それにしても、訊きたいこと、ね。彼女もグリマール魔法学院のことについて興味があるのかしら? 知名度も生徒の実力もそこそこのマシ―ナ学院、そこの生徒なら、当然と言えば当然だけど。
「それじゃあ、ユートとシルファは付き合ってるの?」
「っ!? なっ!? そんなこと!」
声を荒げた私に視線が向くのを、横目に察する。私は咳払いをしてから、声を抑えて答えた。
「私たちはそんな関係ではありません。同じチームの仲間というだけです」
「そうなんだ……」
「はい」
少なくとも、私は付き合っていると思っていない。それにこれからだって、そんな関係に発展するかどうかは怪しいものだった。
確かに私はユートに惹かれている。この気持ちは疑いようのないものだ。けれどこれが恋心なのかと問われると、頷くことはできなかった。
底抜けに明るい性格、確かな魔法の実力、そして助けてもらった恩と、ユートに対して好感を抱く理由には悩まない。特にケージから助けてもらった時なんかは、彼が物語の中に登場する王子様に思えた程だ。だけど落ち着いた後、私が彼と恋仲になっていることを想像しても、どうにもしっくりこなかった。互いに愛を囁き合う甘い関係は、何かが違うように思えた。代わりに自然と思い浮かんだのは、二人で協力して魔物を倒す光景だった。
恋人同士ではなく、互いの背中を守れる相棒。きっとそれが、私が望む彼との理想的な関係だ。
……まあ、そういう関係でありながら恋仲に発展するとか、パーティーの魔導士同士で結婚するって例とかもあるみたいだけれど。
「……顔、赤くなってる」
「え、や、これはその……!」
「ふふ、ごめん。反応が可愛くて、つい」
必死に言い訳を考えていると、ミスティは可笑しそうに口に手を当てて笑った。私の顔は益々赤くなっていることだろう。
「……訊きたいことはそれだけですか?」
「あ、その、付き合ってないのなら、どうして街を歩いてたの?」
大人しそうな見た目の割にはぐいぐい来る子だ。そういう姿勢は嫌いじゃないのだけれど。
「彼はまだこっちに来て日が浅いので、街を案内していたんですよ」
「……そういうこと。もし良かったら、どんな場所があるのか教えてくれない?」
「そうですね……」
私はユートを案内する予定だった施設の候補を順に挙げていく。
「古今東西の本が収められているノーキニック大書房、魔物の像や結晶が展示されているグリマール歴史博物館、あまり大きくはないけれど有名な絵画や彫刻が飾られているフォックス美術館、活気あふれる大通り、そして何と言っても、奏者や役者にとっての最高の舞台の一つ、グリマール芸術劇場など、見どころは沢山ありますよ」
「……そんなに沢山、有名な場所があるんだ」
ミスティは感心したように何度か頷く。
「ところで、工房はある?」
「工房、ですか?」
工房と言われて頭に思い浮かんだのは、印刷機だったり柱時計だったりを造る職人さんたちの姿だった。熟練の技で部品の一つひとつを原材料から作り出し、それらを決められた手順で組み合わせ、動きを確認しては唸る姿が想像できるも、実際にこの目で見たことはなかった。
「有名なところはないかもしれませんが、探せばあると思いますよ」
「本当!?」
曖昧に肯定すると、予想以上に食いついてきた。気圧されながらも小さく頷く。
「ええ。確かグリマールでも、馬車の製造はおこなっていたはずですし」
「あ、それじゃない。馬車とか、そういう工房じゃなくて……」
「違うんですか?」
もしかして芸術家の仕事場という意味だったのだろうか? 流石にそこまでは把握していないのだけれど。
「魔法石の工房」
「ああ、魔法石の」
合点がいった。魔法都市グリマールの名が示すとおり、あの街では至る所で魔法石が使われている。夜間の照明は勿論、生活に必要不可欠である清潔な水の確保だったり、食糧庫の気温を下げることだったりと、利用例は枚挙にいとまがない。流石に住民全員が魔法を扱えるわけではないので家庭内への普及こそされてはいないものの、魔法石の存在は生活基盤に深く根差しており、最早なくてはならないものと言えるだろう。
だけど、
「魔法石の工房は、私の知る限りだとありませんね」
その生産が都市内で行われているという話は聞かなかった。というのも、魔法石の素材となる魔物の結晶は強力な魔物から手に入るため、既に周囲の安全が確保されている魔法都市グリマールでは中々調達できないからだ。恐らく魔法都市グリマールで使用されている魔法石はほぼ、魔物が出現する場所と比較的近い都市の魔法石工房で作られたものだろう。
魔法石も消耗品であるため、商品として扱う店や多少寿命を延ばす修理店くらいはあるだろうけど、魔法石を一から作成する施設はないはずだ。
「そう……」
ミスティは肩を落とす。無駄に期待を持たせてしまったようで、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「グリマールは遅れてるって、本当なんだ……」
そんな気持ちも、続いたその言葉で吹っ飛んだ。
「それは、どういうことかしら?」
「あ、ごめん。悪く言ったつもりじゃ……」
「ならどういう意味で言ったの?」
「言葉通りの意味だよ」
そこに、今までユートと話していた緋色の髪の男子生徒が割って入る。名前は確か、カール、だったわね。
「他のトコよりも沢山の魔法石を使ってるくせに、その作り方や使い方に対する理解が足りてない、与えられたものを消費するだけの技術後進都市。それが魔法都市グリマールだ」
「……へえ」
こいつとはなんとなく気が合いそうにないと思っていたけれど、どうやらその予想は正しかったみたいだ。私は前に向き直ると、歩きながら続ける。
「確かにグリマールは、他の都市よりも多くの魔法石を使っているのでしょうね。消費するだけというのも認めるわ。だけどそれが何? 各都市各場所に利点と欠点があって、その特徴に合った技術や産業が発展するのは当たり前でしょう? 国が違うならともかく、その程度のことでマウントを取ろうとするなんて、随分と器が小さいのね、魔法後進都市マシ―ナの人は」
「魔法後進都市かどうかは、戦ってみるまで分からないだろ?」
「……ええ、その通りね」
残念だ。今この場で戦うことができたら、すぐにでもその口を閉ざしてやれるのに。
「こらー! 折角案内してくれている人になんてこと言うの!」
ガッ! という硬い何かがぶつかったような音に振り返ると、私がするまでもなく、緑髪の女子に頭と顎を押さえられたカールはその口を閉ざされていた。どうやら歯が鳴らした音だったようだ。
「や、でも――」
「言い訳しない! せんせー!」
開きかけた口を強引に閉ざし、呼ばれた片翼の教師にカールの口を閉ざすことを引き継ぐと、リンと名乗った女子生徒は深く頭を下げた。リュックサックの上、背負った布袋の口から、金属でできているような何かが覗く。
「ごめんなさい! こいつ本当に失礼な奴で!」
謝るのはあなたじゃないでしょう? と出かけた言葉を呑み込む。やってしまった。私は足を止めリンに向き直ると、頭を下げ返す。
「こちらも少し熱くなってしまいました。この件はお互い水に流しましょう」
「ありがとうございます! そう言ってもらえると助かります」
「……私も、ごめんなさい」
「こちらこそ、強い口調になってしまってごめんなさい」
「俺からも謝らせてくれ。気分を悪くしてしまって申し訳ない」
「いえ、もう気にしてませんから」
ついには引率の教師、アンソニーさんからも謝られてしまう。立場上しなくちゃいけないのかもしれないけれど、こうも謝られると正直困る。
「足を止めてしまってすみません。グリマール魔法学院まではもうすぐですよ」
気を取り直して案内を再開するも、それで空気が変わったりはしない。切っ掛けは向こうだったとは言え、客人の気分を悪くさせてしまうなんて案内役失格だ。どうにかして場を明るくさせないと……。
「その袋の中には何が入ってるんだ?」
狙ったかのようなタイミングでユートの声が響いた。この話題に乗らない手はない。
「そう言えば皆さん、アンソニーさん以外は大きな布袋をお持ちですよね。私も気になっていたんですけど、中には何が入っているのですか?」
「あ、これですか? この中には魔導器が入っているんです」
一歩下がったミスティとは逆側に並んだリンは笑顔になると、背負っていた布袋を手に持ち直す。
「マドウキ、ですか? 魔法機ではなく?」
「はっ。これだからグリマーぐはっ!」
「……カール、殴るよ?」
「もう殴られたんだが!?」
「私じゃなくて、今度は先生が」
「………………」
またカールが騒いだようだけど、ミスティが上手く収めたらしい。リンは表情を緩めると、魔導器について説明を始めた。
「魔法機は魔法石を組み込んだ機械のことですね。便利な魔法機は沢山ありますけど、魔法自体は魔法石を使って発現しているから、できることは限られます。ですがなんと! 魔導器はその欠点を克服したんです!」
「欠点を克服……?」
力説するリンの言葉に興味を引かれる。魔法石を使えば自分で魔術式を作ることなく、魔法石に応じた魔法を発現させることができる。しかしながら、一つの魔法石からは一つの魔法、それも全て同程度の規模のものしか発現させられない。そのため人の手で発現させる魔法と比べて使い勝手が悪いのだが、その問題を解決できたとでも言うのだろうか?
「はい! 魔導器はただ魔法を発現させるためではなく、魔術式を形成するための道具なんです! なのでちょちょっといじるだけで発現させる魔法を変えられるんですよ!」
歩きながら大きく胸を張るリン。……大きいわね。
「んっん。魔術式の形成から行うんですか? それはすごいですね」
視線を戻し、話を続ける。
「といってもまだ少なからず光や熱になってしまうので、手で作るよりも魔力を消費しなくちゃいけないんですが」
そうリンは付け加えるも、それを差し引いてもすごい発明だ。繊細な魔術式の形成を道具で行うだなんて。
「グリマール魔法学院に向かっているのも、その魔導器に関係が?」
「はい。名目上は練習試合ですけど、魔導器の素晴らしさをグリマール魔法学院の人にも知って欲しくって」
成程。いきなり売り込みに来るよりかは、練習試合の場で使って見せた方が手っ取り早いし、格好のデモンストレーションにもなる。考えたわね。
「要は宣伝ということですか」
「まあそうなりますね。私としては色々な魔導器を作れればそれでいいんですけど、開発するにもお金が必要ですから」
「グリマール魔法学院に認められれば、宣伝効果もバッチリ。開発費もガッポガッポ……」
いつの間にかリンの後ろに回り込んだミスティが遠くを見て目を輝かせる。なんとも即物的な夢見る乙女だ。
「ただカールなんかは違います。あいつは魔導器を使って、グリマール魔法学院の生徒に一泡吹かせようとしているみたいで……」
「そうですか」
軽く流しながら、心の中で納得する。
偉そうだ。調子に乗ってる。そんな言いがかりは今までも散々つけられてきたけど、結局のところ身近にいる自分より優れた魔法使いが許せないという嫉妬だ。魔法を扱える自分は特別なんだという意識が強い奴ほどよく抱く感情である。
きっとカールもその口なのだろう。優秀な魔法使いが集まるグリマール魔法学院の生徒を一方的に敵対視しているんだ。
これが同じグリマール魔法学院の生徒だったら実力で分からせるところだけれど、別の学院の生徒とこれ以上揉め事を起こすわけにもいかないし、ここは大人しく――
いや、待てよ?
「その練習試合、私たちも見学してよろしいですか?」




