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証明方法

「『盾蹴り』!」

 バギィン!


 ユート君は自由落下する手のひら大の防御魔法を爪先で蹴り、そのままシルファが発現させた防御魔法へと叩きつける。そこそこの厚さがあった防御魔法は、派手な音とともに破られた。


「……それは、技の名前かしら?」

「ああ。何かつけた方がいいと思ってさ。変かな?」

「いいえ、いい名前だと思うわ」

「そうか。良かった」


 口を動かしながらも、シルファは新たに形成し直した魔術式に魔力を込めて再び防御魔法を発現させる。


「それじゃあ、もう一度」

「ああ。『盾蹴り』!」

 バギィン!


 そしてユート君も、高度な技を再現して防御魔法を破壊する。言葉にすればただ防御魔法を蹴っているだけなんだけど、実行するには魔力と肉体、両方の緻密な操作が不可欠だ。事実シルファはユート君がこの技を習得できるか分からなかったからという理由で秘密にしていたわけだけど、ユート君はその心配をあっさりと打ち砕いてしまった。今もほとんど失敗せずに一連の動作を反復練習をしている。相変わらずユート君の練習はレベルが高い。


「あ、シイキ、魔力が下側に寄ってる」

「あ、うん。ごめん」


 しかも片手間に僕とフルルの魔術式のチェックまでしているときたものだ。それも形成した本人でさえ指摘されるまで気づけないほどの僅かな魔力の偏りまで看破するという正確さで。当の本人は大したことないなんて言うけれど、正直嫌味にしか聞こえない。僕もあれだけの操作技術があればな……。

 おっと、駄目だ駄目だ。僕は頭を振ってネガティブな思考を追い出す。

 ユート君のあの能力は、きっと想像を絶するほど過酷な経験の中で培われたものだろう。努力を怠ってきた僕が羨むなんて失礼もいいところだ。そんな暇があるなら、少しでもユート君との距離を縮めないと。

 それに、僕はそんなユート君にできないことができる。そしてそれを他ならぬユート君が認めてくれているんだ。だったら僕は焦らず、今の自分にできないことを一つひとつできるようになればいい。僕の夢を叶えるため、そして、こんな僕を受け入れてくれたチームの皆に報いるために!


「シイキ、魔力が上側に寄ってる」

「ご、ごめん……」


 そう自分を奮い立たせてみるも、やっていることは単純な魔術式の形成だ。ゆっくりでも正確な魔術式を作れるよう何度も繰り返すという練習方法は僕が大の苦手としているところで、集中が長く続かない。だから今まで極力避けてきて、結果として今そのツケを払う羽目になっていた。ああ、どうしてもっと早くから練習してこなかったんだろう、とこういう時にだけする後悔が心中に湧き上がってくる。


「フルル、上側の魔力が少ない」

「は、はい!」


 そんな僕の隣では、チームメイトのフルルが僕と同じように正確な魔術式の形成を行っていた。フルルもまた、僕ほどではないにしろ正確な魔術式の形成を苦手としているようで、今日も何度か指摘を受けていた。


「………………」


 必死に魔術式を形成しているフルルを見て、僕は午前中に観た試合を思い出す。

 フルルから聞いた通り、フライハイ修道院は翼の色による差別がないようで、翠翼族、蒼翼族、輝翼族、剛翼族の四人でチームを作っていた。そしてその四人は全員、魔術式形成の補助として翼を利用していた。やっぱり翼の色がどうあれ、翼人族であるならば魔法を扱う際に翼を使うのが当然のようだった。

 けれどフルルは翼人族でありながら、過去のトラウマから他の生徒の前で翼を出そうとはしない。僕も似たような経験があるから気持ちは分かるけど、それはすごく勿体ないことだと、改めて思った。

 もしフルルが翼を広げることができたなら、あのフライハイ修道院のメンバーみたいに、すごい魔法が使えるかもしれないのに。


「フルル、今度は右側の魔力が少ない」

「す、すみません!」

「謝ることないさ、っと!」

 バギィン!

「悪い。少し狙いがずれちゃったな」

「誤差の範囲ではあるけれど、修正できるかしら?」

「ああ」


 ユート君の言葉に頷きながら、シルファはまた、律儀に魔術式の形成から始める。ユート君はその魔術式も確認しているようだけど、今日は一度もシルファに対する指摘はなかった。流石、個人戦に出場できるほどの実力者だ。

 シルファはあの試合を観て、どう感じたんだろう。予選ではフルルに翼を使わせないって結論付けたけど、本戦には間に合わせようって気はないんだろうか?


「シイキ」

「あ、ごめん。またどこか間違った?」

「いや、綺麗な魔術式が形成できてるなって」

「え? あ……」


 言われてみると、僕もさっきからあまりミスを指摘されなかったな。


「シイキは変に意識していない方が、綺麗な魔術式が形成できるのかもね」

「それって、いいことなのかな……?」

「悪くはないと思うぞ。あまり意識を向けなくても正しい魔術式が形成できるってのは大事なことだ」

「そうなんだ……。ふふ、まあ僕にかかればこのくらいできて当然ってことなのかな」

「あ、魔力が左側に寄ったぞ」

「まったく、調子に乗った途端これなんだから」

「あはは……」


 フルルが苦笑いしたところで、鐘の音が響き渡る。平日なら午後の初めの授業が終わった頃だ。


「それじゃあ、基礎練習は終わりね。次の鐘が鳴るまで休憩よ」

「は、はい」

「ふう、疲れた……」


 魔術式を霧散させると、僕はその場に腰を下ろした。運動ほどじゃないけれど、細心の注意を払って魔術式を作り続けるのはそれなりに消耗する。今のうちに休んでおかないと。


「んー。やっぱり腕の力だけじゃ厳しいな」


 そんな僕よりもよっぽど疲れることをしていたはずのユート君は、手の先から発現させた動かない防御魔法にもう片方の腕でぶら下がり、見えない枝を伝う猿のような動きで空中を移動する。ユート君の体力には底というものがないのだろうか? 何度も見ている光景ではあるけれど、休みらしい休みも取らずに練習を続けるユート君の姿は未だに慣れない。


「……やっぱりユートさんは、すごいです」


 そんなユート君を見上げながら、地面に座ったフルルがポツリと呟く。


「フルルは飛べたりしないの?」

「え、わ、私ですか?」

「うん。ほら、今日の試合でもさ、フライハイ修道院の生徒が二人飛んでたから」

「……すみません、私は飛翔魔法は使えないんです。……ごめんなさい」

「いやいや、謝る必要は無いよ。僕だって飛べないし」

「でも私は、翼人族なのに……」

「翼人族って言っても、魔法自体使えない人もいるんでしょ? 気にすることないよ」

「…………はい」


 フルルが視線を落とす。あちゃあ、話題を間違えちゃったか。


「あ、そうだ。シルファに訊かなきゃいけないことがあるんだった」


 居たたまれなくなった僕は、そんな独り言を残して立ち上がると、逃げるようにシルファの方へと向かった。


「シイキ、何か用?」


 立って他の生徒たちの練習を遠目に観ていたシルファは、僕に気づいて顔を向ける。


「いやまあ、用って程のものじゃないんだけど……」


 そうだ。折角だし、さっき思ったことを訊いてみよう。


「本戦でも、フルルには翼を使わせないつもり?」

「今のところは、そうね」


 声を抑えた僕の問いかけに、シルファは視線を動かさずに答える。


「今のところはって、使わせてもいいって気持ちはあるの?」

「前に決めたのは、予選で翼を使わせるかどうかということよ。正直、予選はフルルが翼を使わなくても何とかなると思っていたから」

「……そうだね」


 結果論ではあるけれど、数試合を三人で戦うというハンデを負っても本戦に出場する権利を勝ち取れたわけだし、シルファの見立ては間違ってなかったことになる。


「けれど本戦はそんなに甘くないわ。総合力で劣っている私たちは、大きなリスクも覚悟した上で臨まなければ何もできずに負ける。その気持ちは、今日の試合を観てより強くなったわ」

「だったら、今日からでも翼を使った練習をさせた方がいいんじゃない?」

「いいえ。今のはあくまで私個人の気持ち。フルル自身がやりたくないことなら、無理に強要させるつもりはないわ」

「……やりたくないってことは、ないと思うけど」


 翼を使って見せると言ったフルルのことを思い出す。本人も、翼を使って僕たちの役に立ちたいって気持ちはあるはずだ。


「なくはないでしょうね。ただ前にも言ったけど、フルルは使命感が強い傾向にあるわ。私から頼まれたら、多分、本心では嫌だったとしても断れないはずよ。だから少なくとも、私から翼を使うよう提案することはしないわ」

「じゃあ、フルルからまた、翼を使いたいって言ってきたら?」

「……その時の状況によるわね」

「はっきりしないね。ならどうしたら翼の使用を認めるのさ?」

「翼を使う意思ではなく、実際に使えるということを行動で示してくれれば認めるわよ」


 そう言って、シルファは障壁魔法の外、他のチームの方へと目を向ける。


「私たち以外の生徒の目がある場所で、翼を曝け出すこと。それが一番の証明方法よ」

「……それは」


 言葉の途中で、鐘の音が響いた。


「さ、休憩は終わり。練習を再開するわ」

「う、うん」

「はい」

「ああ」


 声を張り上げ、障壁魔法の中心に向かうシルファの後を追いながら、僕は心の中で続きを呟く。

 それは、一度翼を使うことを否定されたフルルにとっては、できっこないんじゃないかな?

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