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かつてのチームメイト

「………………」

「………………」

「………………」


 チーム・ライトとフライハイ修道院の生徒の試合が終わった後、私たちは暫くの間、誰も口を開くことができなかった。


「……あれで学生なんだよなぁ」

「毎度思うけど、先輩方で良かったよ、ホント。もし同期にいたら絶望する」

「はぁ……ライト先輩、やっぱりすごい……!」

「相手の翠翼(すいよく)族の人もすごくなかった? あのライト先輩とほぼ互角だったし!」


 羨望や尊敬の声を聞いているうちに、現実感が湧いてくる。そこでようやく、スカートの上で重ねた手が汗ばんでいることに気づけた。


「行きましょう」


 ぐっと手を握りしめて、立ち上がる。


「は、はい」

「そ、そうだね」


 二人も現実に戻ってこれたようで、少し慌てたように立ち上がると、私の後をついてくる。まだ圧倒されているのか、他の生徒の練習を見るつもりなのか、観客席には座ったままの生徒が多かった。


「……なんていうか、すごかった、ね……」


 観客席と通路を繋ぐ階段を下りながら、シイキが控えめに声を上げた。


「はい……。まさか、障壁魔法を壊しちゃうなんて……」

「それも試合用のものをね。あんな展開は初めて見たわ」


 お互いに三人が倒れ、ライト先輩と翠翼族の男子生徒の一騎打ちとなり、その激しい攻防の末の、障壁魔法決壊によるドロー。ライト先輩の戦いは今までも見てきたけれど、今回の試合ほど劇的で、またレベルの高いものは初めてだった。今までも十分すぎるくらい強かったライト先輩は、この試合で更に進歩していることを証明して見せた。

 通路に出ると、先に席を立っていたであろう、他の生徒の背中が入り口の方へと遠ざかっていくのが見える。

 私もあれくらい強くなるんだ。すごい魔法使いを見るたびにそう思って努力してきた。その甲斐あって、私は確かに強くなった。けれど当然、その人だって努力して成長している。人によっては私と同じか、それ以上の速度で先に進んでいるかもしれない。

 だとしたら、この差はいつ、埋まるのだろう。


「……あの先輩方と、戦うんですよね?」

「もし当たればだけど、そうなるね……」


 ネガティブに傾いている思考は、二人の言わんとしていることも自然と理解できた。

 敵うわけが、ない。


「いつかは必ず当たるわよ。お互いに勝ち進んでいくんだもの」


 そんな気持ちを振り払うように、私は強気を声に出す。


「あはは……シルファは流石だね」

「何か、作戦があるのですか?」

「作戦なんて今は特に無いわ。けれど優勝を目指す以上、どんなチームが相手でも勝たなきゃいけないのは確かよ。一々弱気になんかなってられないわ」

「……そう、だね」

「そう、ですね……」


 二人の声が小さくなる。少し言葉が強すぎただろうか。けれど元から負けるつもりでいたら、魔法にまでその意思が反映されてしまう。圧倒されるような相手を知った今だからこそ、心構えをさせないと。


「厳しい言葉だね」


 と、その時、広い通路の先、あと数歩で辿り着くロビーから聞き覚えのある声が聞こえた。

 足を止める私たちに、声の主が通路の脇から姿を見せる。


「やっぱりシルファはそうでなくっちゃ。チームはまたバラバラになるかもしれないけど」

「アクア……」

「え、マリン?」


 その正体は、予想通り、かつての私のチームメイト、アクアだった。アクアと同時期のチームメイト、キーラとエリスに加え、対抗戦前に離脱したマリンまで一緒にいる。

 チーム対抗戦の予選を突破し本戦出場を果たした、チーム・アクアのフルメンバーだった。どうやら彼女たちも、本戦を前にチーム・ライトの試合を観ていたようだ。

 水色のボブヘアーを揺らすアクアは、相変わらずその顔に人を小馬鹿にしたような笑みを張りつけている。


「わざわざそんなことを言うために待ち伏せしていたの? 随分と暇なのね」

「待ち伏せなんかするわけないじゃん。どうしてそう思うの? あ、もしかして、私たちのこと意識してるんじゃ?」

「……用がないならどいてちょうだい」


 これ以上アクアの話に付き合っても利益はない。私は声が震えないよう注意して、普段の調子で会話を打ち切ろうとする。


「シルファはいっつも余裕がないね。ま、いいけど。なら忙しいあんたに合わせて、さっさと用を済ませてあげる」

「待ち伏せはしていないのに、用件はあるのね」

「ええそうよ。悪い?」

「別に。それより早く用を終わらせて」

「はいはい」


 アクアはため息をつくと、人差し指を私に向けた。


「あんたのとこにだけは、絶対に敗けないから」

「……そう。他のチームには敗けてもいいのね」

「私たちはあんたと違ってちゃんと現実を見てるの。さ、行こう」


 最後まで気に障るような言い方をして、アクアはチームメイトを連れて魔法競技場から出ていった。私は通路の端の方へと移動すると、壁にもたれかかって息を吐く。


「えっと、シルファ、大丈夫?」

「ええ、この程度平気よ。二人とも悪かったわね。気分を悪くさせて」

「い、いえ……。それよりもさっきの人たち、誰だったんですか?」

「私の元チームメイトよ。……私に突っかかってきたのがアクア、目つきが鋭かったのがキーラ、背が低かったのがエリス、こちらを見向きもしなかったのがマリン」


 そこまで説明してから、話し過ぎたと後悔する。あまりに素っ気ないとアクアの言う通り意識しているように見られるかもと考えてしまったけれど、彼女の言葉を気にしている時点で意識しているようなものだ。


「そ、そうだったんですか……」


 フルルの顔が下がる。私はその頭を優しく撫でた。


「気を遣わせちゃったわね。私なら大丈夫だから、そんな顔しないで」

「は、はい……」

「じゃあ気を取り直して、ユート君を迎えに行こうか。補習は午前中だけみたいだし、向こうもそろそろ終わってる頃でしょ」

「そうね」


 アクアたちは恐らく食堂に向かったはずだ。教室にいるユートを迎えに行く道中で鉢合わせることもないだろう。


「それにしてもユートが補習だなんて、未だに信じられないわ」

「そうですね……。学院に来るまでに、あまり勉強する機会がなかったんでしょうか?」

「まあ、その分実戦経験を積んできてるって感じだよね、ユート君の場合」

「そうね。ただ、両手で同時にペンを走らせるなんて特技もして見せたから、書写の経験はそれなりにあるみたい」

「りょ、両手で同時に、ですか?」

「たまに持ち替えてるのは見てたけど、そんなこともできるんだ……」


 ユートを話題に上げると、二人も自然に話に参加してくれた。当たり障りのない話を続けているうちに、チーム・ライトの強さに対する不安や、アクアと話したことによる緊張が薄れていく。

 うん、考えても仕方ないことに労力を費やすのは止めよう。今はユートと、このチームのメンバーと一緒に、少しずつでも強くなっていくことだけを考えていればいいんだ。

 そう、思っていたのに。


「うっひゃあ、ユートの腕すごいね。ほぼっていうか全部筋肉じゃん」

「いや、ちゃんと骨もあるぞ」

「それは分かってるけどさ、え、体脂肪率どのくらいなの?」

「たいしぼーりつ? あーっと、脂肪はあまりないかな」


 補習が行われていたらしい教室に辿り着くと、そこではユートと、チーム・アランのエルナがいた。どうやら彼女も補習を受けていたようだけど、そんなことはどうでもいい。

 問題は、ユートと何やら仲睦まじそうにスキンシップを取っていたことだ。

 ……大丈夫。私は冷静だ。間違いなく冷静だ。


「ユート、これはどういうことかしら?」


 冷静な私はいつもと変わらない口調でユートに尋ねる。


「あ、シルファじゃん。おひさ!」

「観戦は終わったんだな。お疲れ、皆」

「ええ、久しぶりエルナ。それで? ユート。質問の答えを聞いていないのだけれど」

「ああ、ごめん。補習中エルナとは隣の席でさ。休み時間中話しているうちに仲良くなって、補習が終わった後も残って話してたんだ。それで今は、腕を見せてほしいって言われて、こうして見せてる」

「見せるって言うか、がっつり触らせてもらってるけどね」


 言いながら、エルナはユートの腕を撫でる。

 撫でる。


「ええ、そうみたいね」


 大丈夫大丈夫大丈夫。私は冷静だ私は冷静だ私は冷静だ。間違いない間違いない間違いない。


「あ、そうだユート、今度は手を見せてよ。こう広げてさ」

「こうか?」

「そうそう。あー、やっぱり手のひらも大きいね。こうして重ねてみると……うん、やっぱり大きい」

「そうなのか? 自分では良く分からないんだけど」

「そうだよ。それにすごいゴツゴツ。やっぱり男の子なんだね」

「エルナの手のひらは逆に、すごく柔らかいな」


 間違いなく冷静でいられなくなった瞬間だった。


「ユート――」

「ユート君! ほら! そろそろ食堂に行こうよ! もうすぐ混んでくるからさ! ね、フルル!?」

「そ、そうですね。ユートさん、私たちと一緒に食堂に行きましょう?」


 その直後、私とユートの間にシイキが飛び込み早口でまくし立てる。続くフルルの言葉が終わったところで、ユートはエルナから手を離した。


「ん、そうだな。悪いエルナ。続きはまた今度な」


 続き? 今度?


「あはは、気にしないで。もう十分堪能させてもらったし、流石にこれ以上は怒られそうだから」


 ね? とエルナはいたずらっ子のような表情で私を見る。どうやら私の反応を楽しんでいたらしい。それを悟ると急に顔が熱くなってきた。


「怒られる?」

「ユート、早く来なさい!」

「あ、ああ」


 意味もなく大声を出してしまったことに恥ずかしさを覚えつつ、私は踵を返し歩き出す。

 ああもう、どうして私はユートのことになると冷静でいられないんだろう。

 思い通りにならない自分に歯痒さを覚えながら、私は食堂へと足を向けた。



 ◇ ◇ ◇



 いやー、まさかシルファのあんな顔が見れるなんてね。

 一人きりになった教室で、私はさっき見たシルファの表情を思い出して笑みを浮かべる。


「あ、やっぱりここにいた」


 とその時、聞き慣れた声が響いた。顔を向けた先にいたのは、やっぱりフレイだ。


「やあやあフレイ。どうしたの?」

「どうしたの? はこっちのセリフ! 補習が終わったのにどうして残ってるの?」


 フレイは腰に手を当てて、覗き込むように私を見た。私は机の上で組んだ腕に頭を乗せて答える。


「いやあ、ちょっとふざけすぎちゃってさ。出るタイミングを逃したっていうか」

「どういうこと?」

「二人から話に聞いていた編入生、ユートが隣の席だったんだ。で、授業が終わった後も話してたらシルファがやってきてさ。面白い顔してたから、ユートを出しにしてちょっとからかってみた」

「……シルファには悪いことしちゃったか」


 シルファの変化を教えてくれたフレイは手で頭を押さえた。


「ところで、アランとカインは?」

「すれ違いにならないよう、魔法競技場の前で待ってる」

「ありゃ、それじゃ急いで合流しないとね」


 使われていない席に置いておいた鞄を引き寄せてから立ち上がる。その流れで体を伸ばして、そこそこの時間座ったままの姿勢でいた体をほぐした。


「よぅし、それじゃあアラン特製のお弁当の元へ、レッツゴー!」

「確かにお弁当は用意してくれてたけど、本当の目的は違うからね?」

「あはは、ちゃんと覚えてるって。練習は真面目にやるよ」


 廊下を小走りで通りながら軽口を叩いていると、急にフレイが心配そうな顔になる。


「フレイ、どうかした?」

「ううん、その、さ。エルナ、フルルと同じクラスだよね?」

「フルル? ……あー、うん、そうだよ」


 いつも俯きがちで、さっきも私と目を合わそうとしなかった金髪の少女の姿を思い浮かべる。


「昨日とか、元気そうだった?」

「んー? 私は特に関わってないから何とも言えないけど、授業には出てたよ。どうして?」

「……実は昨日、シルファに相談されてさ。フルルがクラスで孤立してるんじゃないかって」

「ああ、そういうこと。二人とも優しいね」


 要は今まで目立たなかった子がチーム対抗戦本戦出場メンバーになったことで周りから疎まれるんじゃないかって心配してるわけだ。本人が気にしなければいいだけだと思うんだけど。


「優しいとかじゃなくてさ。とにかく、できるだけ気にかけてあげてくれない?」

「えー。あの子いつもオドオドしてるから苦手なんだよね。甘えられても困るし」

「………………」


 偽りない本心を語ると、フレイはとても悲しそうな顔をした。親友のそういった表情に弱い私は、ニコッと笑顔を作って見せる。


「けどま、チーム対抗戦の前にクラス対抗戦もあるしね。クラス内がギクシャクしても困るし、できる範囲でやってみるよ」

「本当!? ありがとう、エルナ!」


 パッとフレイの顔が明るくなる。うん、一先ずこの表情を見れただけで良しとしよう。あとはまあ、カインにでも押しつければいいかな。

 前回のクラス対抗戦で、ただただ謝り続けていたフルルの姿を思い出し、私は心の中でため息をついた。

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