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土曜日の朝

「おはよう、ユート君」

「おう、おはようシイキ」


 昨日に引き続き、授業日でない今日もシイキは早起きしてきた。目的は俺と同じ、早朝の運動だ。口元に手をやって欠伸をするシイキは、いつも通り薄緑色のスカーフを首に巻いていた。頭の動きに合わせて、頭の後ろと髪の先で留めた黒髪がゆらゆらと揺れる。


「今日も早起きしてよかったのか?」


 一昨日あったチーム対抗戦の予選の疲れも残っていたんだろう、昨日の昼下がり、シイキはとても眠そうだった。放課後の練習では持ち直していたけど、無理をしているんじゃないかと若干心配になる。


「うん。一昨日もだけど、昨日も早く眠れたし。それに少しずつでも、体力をつけなくちゃって実感したから」

「それはいいことだと思うけど、あまり無理はしないほうがいいぞ」

「いやそれがさ、今日は驚くほど体調がいいんだよね。やっぱり早く寝られるとそれだけ心身を休められるからかな? 元気が有り余っているくらいなんだ」

「そう、なのか?」


 まだ暗いから表情はよく見えないけど、確かにその声音は声量を抑えていても判るほど明るく、寝ぼけていたり、疲れていたりしているようには感じられない。


「うん。だから今日ならきっと、最後までユート君についていけると思うんだよね」


 ああ、そう言えば昨日は途中で引き返してたっけ。妥当な判断だったと思うけど。


「別に無理して俺に合わせる必要はないんだぞ?」

「無理なんかしないよ。あ、それとも、僕が一緒だと迷惑だったり……?」

「そんなことは断じてない」

「あはは、そうだよね。でもちゃんと言ってくれて嬉しいよ。ありがとう、ユート君」


 暗くても分かるほどの笑みを浮かべるシイキ。随分と機嫌がいいみたいだ。昨日の放課後、自身の秘密をフルルに受け入れられたのがよっぽど嬉しかったんだろう。


「お、今日も二人か。熱心だな」


 そこに男子寮の寮長、ジョージさんがやってくる。


「ジョージさん、おはようございます」

「あ、おはようございます、ジョージさん。……その……」

「あー、その件は気にしなくていいぞ、シイキ。端部屋を使わせるようお達しが来たときから、訳ありだってのは分かってたんだ。お前が男子寮に残りたいってんなら、俺から言うことはない。俺の知る限りじゃ、寮の規則を破ったこともないしな」

「あ、ありがとうございます」


 頭を下げるシイキにひらひらと手を振りながら、もう片方の手で魔術式を形成し鍵を開けるジョージさん。わざわざ俺に合わせて早起きして鍵を開けてくれることと言い、話が分かる人だ。その好意で得られた時間、無駄にはできないな。


「まだ暗いし、足元に気をつけて行けよ」

「はい。それじゃあ行ってきます」

「行ってきます!」


 俺とシイキはジョージさんに見送られながら、暗い空の下へと駆け出した。俺の隣を走るシイキは、ジョージさんの気遣いが嬉しかったのか、声を弾ませる。


「じゃあユート君、案内してくれるかな? 君がいつも走る道をさ」

「ああ、了解だ」


 まだ静かな学院内に、二人分の靴音が鳴り響いた。



 ◇ ◇ ◇



「お、おはようございます」

「おはよう、ユート。それにシイキ。……随分と仲を深めたようね」


 シイキと一緒に早朝の学院内を軽く走ってから戻ってくると、男子寮の前でフルルとシルファが待っていた。シルファのさらさらとした銀髪と、その後ろにいるフルルのふわふわとした金髪が、朝日を浴びて輝く。


「おはよう、フルル、シルファ。前からこのくらいは仲良かったと思うぞ。なあシイキ」

「ハア……ハア……。……え? ごめ、ゲホっ! ……聞いて、なかった……」


 話を振ると、肩で息をするシイキは盛大に咽た。ゆっくりではあったけれど、俺がいつも走っている距離はシイキには辛かったみたいだ。無理しなくていいって言ったのに。


「だ、大丈夫ですか?」

「う、うん。ゴホッ! このくらい、全然……ゲホッ! ゲホッ!」

「無理させてごめんな、シイキ。一旦休もう。な?」


 優しく肩を叩いて、近くの長椅子、確かベンチだったっけ、手を取ってそこに案内する。


「……あ、りがと……」

「今は喋らなくていいから。落ち着くまで休むんだ」


 シイキは小さく頷くと、大人しくベンチに座って前のめりになる。


「私よりも体力がないくせに、どうしてついていけると思ったのかしら……」


 振り返ると、シルファは冷ややかな視線を燃え尽きたシイキに向けていた。心なしかいつもより鋭い気がするその視線は、普段ならともかく疲労困憊の状態のシイキには応えるだろう。俺はシイキが頭を上げる前に話題を逸らす。


「まあまあ、これからつけようとしているみたいだからさ。ところで、何かあったのか? 今日の練習は午後からの予定だっただろ?」


 魔法競技場を利用するために借りる障壁魔法石は、予約した生徒のみが使える予約枠と、借りられていなければ自由に使える自由枠とに分けられる。予約した日と同じ日に自由枠の魔法石は借りられないはずだけど、予約時間が変わったのだろうか?


「ええ、練習は午後からよ。ただ今日の午前中、魔法競技場の半面で特別試合があるそうなの」

「特別試合?」

「外部の、それも別の国の魔法学校の生徒がやってきて、先輩方と戦うみたい。でしょ? フルル」

「は、はい! 昨日の夜、寮の食堂で聞いたんですけれど、学院内最強だって言われているチーム・ライトの先輩方と、ハイリーゲル教皇国で一番強い学校、フライハイ修道院の生徒たちが試合をするみたいなんです!」


 フルルは若干興奮しているようだった。昨日は夜ご飯を一緒に食べることはしなかったから、そこで聞いた話なんだろう。

 学院内最強のチームの戦いか。確かに興味深いな。


「ハイリーゲル教皇国って翼人族の国だよな? ここからかなり距離があるけれど、わざわざ試合をするために来たのか?」

「あなたも流石にハイリーゲル教皇国は知っているみたいね。ユートの言った通り、ハイリーゲル教皇国はここから離れているわ。けれどそのフライハイ修道院は国境近くにあって、比較的他の国との距離が近いらしいのよ。その立地を利用して色々な国に遠征しているそうよ」


 そこでシルファは言葉を止め、フルルに顔を向ける。それを受けたフルルは軽く頷くと、言葉を引き継いだ。


「フライハイ修道院は、翼の色とか関係なく生徒を受け入れている特別な学校なんです。だから他の国に行くこともできて、あ、えと、最近は一度の遠征で沢山の国を周るみたいで、グリマール魔法学院とだけ試合をするわけじゃないそうなんです」

「成程、そういうことか」


 じいさんが昔やっていたとかいう、武者修行ってのと似たようなものかな。色々な相手と戦えるのなら俺もしてみたいけど……。


「ここではそういうことしないのか?」

「ほとんど聞かないわね。わざわざ外に出るより、国内最高峰のこの学院内で高め合う方が効率的でしょうし。勿論遠征の良い点もあるでしょうけれど、旅費だってタダじゃないし、何よりあの遠足の一件で遠出自体が難しくなったから、実現は難しいわね」

「そうか……」


 となるとこの学院以外の生徒と戦うには、その特別試合みたいに向こうから来るのを待つか、あとは依頼を受けて偶然一緒になった相手と手合わせしてもらうくらいしかないのか。


「話を戻すけど、そういうわけで普段じゃまず見られない実力者同士の戦いを見学できるのよ。特にチーム・ライトは、間違いなくチーム対抗戦の本戦に出場するはず。私たちと戦うかもしれない相手がどれほどの実力を持っているのか探る絶好の機会を逃す手は無いわ」

「その試合はいつからあるんだ?」

「確か、十時からでした。その前に準備とかがあるみたいですけど」

「まだ時間に余裕はあるけれど、今のうちに良く観れる場所を確保しておきたいの。帰ってきて早々で悪いけど、ついてきてもらえるかしら?」


 十時からか……。


「悪い。俺は行けないや」

「えっ?」

「どうし、ゲホッ!」

「……なぜかしら?」


 三者三様に尋ねられた俺は、軽く頬を掻いて苦笑いする。


「実は、補習ってのがあってさ。今日の午前中はそれに出なきゃいけないんだ。伝えてなくてごめん」

「ほ、補習、ですか?」

「もしかして、編入してきたから、ゴホッ!」

「シイキ、暫く黙ってなさい。それでユート、どうして補習なんか受けることになったの?」

「依頼の時に課題を出されただろ? あれの出来がかなり悪かったみたいでさ」


 あはは、と力なく笑う俺に対し、


「あれって、そんなに難しくなかった気が……」


 フルルは首を傾げ、


「ユート君もこちら側だったんだね! ケホ!」


 シイキはなぜか喜び、


「あなた授業中何を聞いていたのよ……」


 シルファはため息をついた。


「黒板に書かれた文字だったり、先生の発言だったりは書き留めているんだけどな。どうにも覚えられなくて……」

「そうなんですか?」

「分かる、分かるよユート君! コホ!」

「シイキはともかく、あなたまで勉強が苦手だなんて、意外ね」

「僕はともかくってどういう意味さ!」

「そのままの意味よ。……まあ、あるものは仕方ないわね。ただ今日はともかく、こういったことが続くようだと、補習を受けないといけないせいで魔法の練習ができなくなるかもしれないわ。だから今後こういったことが無いよう、課題が出された時は私に相談すること。いいわね?」

「え、けどそれじゃあ、シルファが大変なんじゃ……」

「気にする必要はないわ。助け合うのがチームだもの」


 銀髪を払いながら、シルファは小さく笑った。


「……そうか、ありがとう」

「とか言って、本当はユート君と過ごす口実が――」

「さ、早く行くわよ。シイキも回復したみたいだし」

「え、ちょっと、僕まだ朝ごはん食べてないのに!?」

「なら早く食堂で朝ご飯を済ませてくるのね。……無駄口を叩ける程度には回復したんでしょう?」

「う、うん!」


 勢いよく立ち上がるシイキだったが、まだ疲れが残っているのか、上体の動きに足がついていけてない。


「わっ!」

「大丈夫か?」


 倒れかけそうになったところを支える。やっぱり無茶させちゃったみたいだ。今度はもう少し短い距離にしよう。


「あ、ありが……と……!」


 苦笑を浮かべたシイキの表情が急に引きつった。まさか足が攣ったりしたのか?


「どこか痛むのか? 歩けないなら俺が運んで――」

「いやいやいやいいよいいよ! 問題ない問題ない!」

「シイキ……それ以上ユートの手を煩わせないことね」

「はいぃ!」


 シイキは今度こそ、ふらつきながらも駆け足で、男子寮と女子寮の間にある食堂へと向かっていった。


「なあ、少し厳しくないか?」

「自分で蒔いた種よ。反省してもらうためにも、少し厳しいくらいでちょうどいいわ」


 そういうものか。そう言えばじいさんも、俺が不注意で怪我した時は反省しろと言ってそこばかり攻めてきたっけ。……いや、あの笑顔は絶対楽しんでたな。


「俺も朝ご飯まだだし、シイキが食べ終わるまでは様子を見てるよ。そのくらいならいいだろ?」

「……そうね。悪いけど、お願いできるかしら?」

「ああ。勿論だ」


 シルファたちと一緒に行動できない分、このくらいのことはしないとな。俺は走ってシイキの後を追った。

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