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第三話エピローグ

「きみは、だれ?」


 霧がかかったかのようにぼんやりとした景色の中、目の前にいる女の子の夕焼け色の髪だけが色づいていた。幼い声は俺から発せられたもののようだ。立っているはずなのに視点が低い。


「わたし? わたしはね」


 情報が思考に結びつかないうちに、目の前の女の子が手を差し出す。むき出しの腕に、『100』と書かれていた。


「トワ。トワ・イリアイト。あなたもわたしたちのかぞくにならない?」

「トワ……」


 そんな自分の声で目を覚ました。窓から差し込む星明りが部屋の天井を闇に浮かび上がらせている。


「……夢?」


 自問するも答えは出ない。夢にしてはやけに印象が強かった。かといってあんな光景に見覚えはないし、トワなんて少女も知らない。俺が忘れてしまっているだけなのだろうか? 夢の中では俺もまた随分と幼かったようだし。


「……まあいいか」


 素早く起き上がると、音を立てないように移動し、できるだけ静かに部屋の扉を開ける。夢にしろ過去の記憶にしろ、考えても仕方のないことだ。そんなことよりも今日の訓練について考えよう。

 階段を下り大広間に着いた。もう少ししたら男子寮の寮長が玄関を開けにやってくる。それまでに体を軽くほぐしておくか。

 ……ん? 今階段の方から足音が聞こえたぞ。寮長の部屋は一階にあるし、俺以外の誰かが起きてきたのか?

 などと考えているうちに、足音の主は階段を下りきって、暗闇の中、ゆっくりとその姿を現した。


「え? ユート君?」

「シイキだったのか。随分と早いんだな」

「いや、それはこっちのセリフなんだけど……」


 苦笑いするシイキは制服ではなく、半袖のシャツに薄手のズボンと、動きやすそうな軽装に身を包んでいた。それでも変わらず、首元の鱗を隠す緑のスカーフは首に巻いている。


「ユート君は、いつもこんな時間に起きてるの?」

「ああ。朝の運動をするためにな」

「……制服で? 動きづらくない?」

「動きやすくはないけど、ここだと授業中も制服だろ? これを着て思った通りに動けないといけないから、基本的にいつも制服だな。寝る時も制服だし」

「寝る時も!?」

「シイキ、声が大きいぞ」

「あ、ごめん……。でも、そっか、本当にいつでもなんだね……」


 シイキは小さな声で呟くように言う。そう言えば、依頼の時に泊まった宿では制服は一着しか持っていけなかったから、そこでは着替えてたっけか。じいさんと過ごしてた頃は起きてすぐ訓練なんてことも珍しくなかったから、あの時は少し抵抗があったけど。


「おーう、今日も早いな」


 そこに寮長のジョージさんがあくびを噛み殺しながらやってくる。元々は日が出るくらいの時間に鍵を開けていたんだけど、最近は俺に合わせて少し早めに開けてくれるいい人だ。


「おはようございます、ジョージさん」

「おう、おはよう。ん? 今日は一人じゃないのか」

「どうも、おはようございます」

「お、シイキか。予選で大活躍したんだってな? そうか、お前ら同じチームだし、一緒に訓練でもするのか?」

「あ、あはは。まあそんなところです」


 シイキとやりとりしている内に、ジョージさんは淡く光る魔術式を形成し玄関の鍵を開ける。


「一年生だってのに大したもんだ。だがあんま無理はするなよ?」

「はい。じゃあユート君、行こっか」

「そうだな。それじゃ、行ってきます」


 ジョージさんに手を上げ、俺たちは寮の外へと走り出す。シイキの足に合わせて暫く走ってから、俺は改めてシイキとの会話を始めた。


「それで、シイキはどうして早起きしたんだ?」

「ユート君と一緒さ。今更だけど、少しでも体力をつけようと思ってね。……僕に合わせないで、先に行ってもいいよ?」

「いや、折角だしシイキと話がしたいんだ。嫌だったか?」

「そんなことないよ。……実は僕も、ユート君と話したいと思ってたから」


 シイキは照れたように笑う。けれどすぐに表情を引き締めて、前を向いたまま続けた。


「ありがとう、ユート君。君のおかげで、僕はようやく自分と向き合えた気がする」

「……そうか。力になれて良かった」

「うん。本当に、すごく助けられたよ。サクラさ、チトセさんからも、退学する必要なんてないって太鼓判を押されたし」

「ああ、そうだな」


 昨日予選が終わった後、シイキは軽い魔力欠乏症を訴え保健室で診てもらうこととなり、俺も付き添いでついていった。そこで休んでいたところに、何故か学院に訪れていたチトセさんがやってきて、ここでの学生生活を続けてもいいと約束してくれたのだった。


「でも、良かったのか? 男のままで」


 その時チトセさんから、もうシイキの種族や本当の性別を隠す必要もないと言われたのだが、シイキはそれを断っていた。


「うん。今更女っぽく振る舞うのも疲れるし。少なくともここを卒業するまでは、僕はシイキ・ブレイディアとして生活するよ。だからその、できれば、ユート君も今まで通り振る舞ってくれたら嬉しい」

「分かった。シイキがいいなら、俺もそれで構わないよ」

「ありがとう。あ、でもその、あんまり距離が近づきすぎると、ね? シルファが怒るし……」

「ああ、シルファは事情を知ってるんだったな」


 真面目なシルファのことだ。メンバー同士が恋人になって魔法の練習を疎かにしている、なんて誤解するかもしれないな。


「その点は大丈夫だ。強くなるためにここに来たのに、恋愛なんてしたりしない」

「あー……。そう、だよね……」


 シルファに誤解される恐れはないと答えたつもりなのに、どうしてかシイキは複雑そうだった。


「とにかくそんなわけで、僕は今まで通り過ごしていくつもりだから、このことは他の皆には内緒にしててね?」

「ああ、勿論だ。けど、フルルにも話さないつもりか?」

「いや、今日の練習の時、フルルにも話すつもりでいる。ちょっと怖いけど、同じチームの一員だしね。隠し事はあまりしたくないから」


 いつの間にか明るくなり始めた空の下、そう言うシイキの表情は、どこか晴れやかだった。それにつられて、俺も自然と笑顔になる。


「しかし、本戦かぁ……。予選が終わって一週間しかないんだよね」

「対策を取られるだろうし、戦い方も変えないとな。その辺りも今日の練習で決まっていくんだろうけど」


 俺の新しい攻撃手段も見せてしまったし、予選の時のような奇襲はもう通用しないだろう。それに本戦には、予選では見なかったシード権を持っているチームとも戦わなくちゃならない。可能な限りそういったチームの情報についても集めないと。


「……楽しみだな」


 小さく呟くと、シイキは一瞬驚いたような顔をして、けれどすぐに笑みをこぼす。


「ユート君は最強の魔法使いになるんだもんね」

「ああ。強い魔法使いとの戦いは、自分に足りないものを見つけられるからな」

「そうだね……。そう言われると、うん、僕も楽しみになってきたよ。本戦だけじゃなくて、クラス対抗戦もあるし」

「クラス単位で戦うやつか。それも面白そうだよな」


 チーム戦や団体戦。どれも山の中じゃまずできなかったものだ。きっといい経験になる。


「時間は無いかもしれないけど、それまでに少しでも、強くならないとな」

「うん、そうだね」


 顔を出した太陽の光に目を細めながら、シイキと並んで走り続ける。一歩一歩、遠い背中に少しずつでも近づいていることを実感しながら。

 見ていろよ、じいさん。

 そして、兄さんたち。



 ◇ ◇ ◇



「ショーゴ様、お手紙が届いています」


 屋上で横になった俺様に、角が一本しかない鬼人族、一角族の後輩の女、モネがやってきて手紙を差し出す。


「手紙? また兄貴への果たし状でやんすか? 懲りない連中でやんすね」

「未だに#失角者__しっかくしゃ__#だなんだと下らない理由でショーゴ様を見下す輩など、俺が始末してきます」


 同じく後輩で小鬼族のヤン、二角族のヴィクトルが勝手に熱くなる。雑魚など放っておけばいいだろうに。読む気を無くした俺様は目を閉じた。


「いえ、人間族の国にある、魔法都市グリマールからの手紙です。その線は薄いかと」

「人間族の国、でやんす?」

「以前の大会で知り合った連中でしょうか?」

「……差出人は?」


 一度閉じた目を開けて尋ねる。モネは淡々とした口調で続けた。


「姓は見当たりません。ただ、『ユート』と」

「ユート!?」


 それを聞いた俺様は即座に立ち上がると、ひったくるようにして手紙を受け取る。


「ははっ、まじかよ。あいつが受かるなんてありえねえと思ってたんだがな」


 じじいからユートが山を下りたことは聞かされていたが、そのまま帰ってくるものだとばかり思っていたぜ。


「ショーゴ様?」

「兄貴、誰でやんすか? そのユートって」

「俺も是非、聞きたいです」


 早速手紙を読もうとする俺様に、後輩たちが説明を求めてくる。俺様は手紙を開けながら、短く答えた。


「俺様の弟分だよ」

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