感想とこれから
「………………!」
思わず立ち上がってしまった俺の耳に、拍手の音が聞こえた。ジェンヌが世辞抜きでする拍手を聞いたのは久しぶりだ。
「いやはや大したものだなぁ。今朝は成功確率五割程度だったのにぃ、本番ではしっかりと成功させるんだものなぁ」
「……あれが、お前に相談があったやつか?」
「その通りだぁ。相手の魔法に対してでなければ靴を何かに当ててもいいのかぁ、となぁ」
「……成程な……」
薄膜の及ばない靴は唯一、無傷のまま相手の攻撃を受けられる箇所だ。そのため薄膜が消えたら負けというルールにおいて、靴で相手の魔法に干渉することは禁止されている。裏を返せば、相手の攻撃を誤魔化しているとみなされない範囲であれば靴の使用を禁じる規則はないということだ。
そしてユートは、自分の魔法を間に挟んだ上での靴による攻撃を行った。あれならルールに抵触しないし、反動で自身の薄膜が消えることもない。だが――
「しっかし、あれを成功させるかね」
「本当になぁ」
息をつきながら腰を下ろす。相談を受けたジェンヌでさえも、感心したように頷いていた。
ある一点を狙って全力で攻撃する。口で言うのは簡単だが、実際はそう上手くいかない。強く攻撃するための溜めや勢い、その全てを威力に変換するためには力を滞りなく流す必要がある。しかし狙いを正確にしようと意識しすぎれば筋肉は強張り、攻撃の軌道を制御する過程で力の流れが淀んでしまう。それを無くすためには意識せずとも正しい動きができるほど、何度も同じ動きを繰り返して体に叩きこまなければならない。
そして今回、狙いは落下する小さな防御魔法だ。しかも靴裏全体でそれを攻撃すれば、防御魔法からはみ出した部分が相手の魔法に触れてしまい失格になる。だからユートは爪先の部分を当てたわけだが、触れる面積が小さいということは、伝える力の向きの正確さをさらに求められるということだ。少しのズレが生じるだけで、落下する防御魔法、その先にある相手の防御魔法に伝わる力は大きく減少するだろう。
「魔法もそうだが、『正確さ』が異常だよな」
「少なくともその点だけを見ればぁ、私たち以上であることは間違いないよなぁ」
「はは、違いない」
今までも教師に張り合えるほどの能力を持つ生徒はそこそこいたが、確実に上回っていた例なんて、それこそ数えるほどしかないんじゃないか? やっぱりあいつは面白いな。
「その後の動きもまるで迷いがなかったよなぁ。勝ちを急ごうともせず冷静に相手を攻撃してたしぃ」
「最後はあれ、足払いだったよな? よく手もつかずにあれだけ低い攻撃ができるな」
ジュリアンの光弾を屈んで躱すのと同時に放った、薄膜に触れないよう靴を狙った足払い。あの流れるような動きはまず真似できない。しかもあいつ、魔法を放った直後の魔術式をジュリアンの注意を引くのに使いやがった。冷静過ぎて怖いくらいだぜ。
「こりゃ益々、来週のクラス対抗戦が楽しみになってきたな」
「んん、そうだなぁ」
「ん? どうしたんだよ、複雑そうな顔して。……ああ、俺たちのクラスと戦うことを考えて頭を悩ませてるのか?」
「いやぁ、それもあるけどなぁ。フルルが翼を見せなかったのが残念だと思ったんだぁ」
「そういや、一度も見せてないな」
午前の試合がどうだったかは知らないが、自分が戦闘不能になりそうな時でさえ出そうともしなかったんだ。あれじゃあ午前も見せてないだろうな。
「私としてはぁ、この予選で披露してくれることを期待してたのだがなぁ」
「まあ焦っても仕方ないだろ。確か中等部時代、翼を見せたことでいざこざがあったらしいじゃねえか。それを引きずってるんだとしたら、気長に待つしかない」
「それは分かっているさぁ。……ただフルルが自分を隠さなくてもいいように、私にもっとできたことがあったんじゃないかと思ってな」
「……あんま気にしすぎんなよ」
ジェンヌの肩を軽く叩く。担任教師として思うところもあるんだろうが、本人の悩みは結局のところ、その本人にしか解決できない。俺たちができるのは、その手助けをするところまでだ。
俺は礼をし合うチーム・シルファのメンバー、シイキに目を遣る。予選に参加できるメンバーは朝の受け付けを行った時点で定まり、その後の変更は認められない。つまりシイキは初めからチームメンバーとして戦っていたはずだ。なのに午後の試合には姿を現さなかった。はりきりすぎて魔力欠乏症でも起こしたのか、それとも――
「……俺ももう少し、気にかけないとな」
「おやぁ、キースからそんな言葉が聞けるなんてなぁ」
「俺を何だと思ってんだよ」
「人前で中々弱気な態度を見せようとしない頑固者、といったところかぁ」
「……お互い様だろ」
「まあなぁ。そして恐らくだがぁ、君が気にかけようとしている#彼__・__#もそういう性格だぁ。一歩踏み込んでみたら意外と話が合うかもしれないぞぉ」
「…………考えてみる」
そっぽを向くと、小さな笑い声が聞こえた。ったく、これじゃ俺が慰められてるみたいじゃねえか。
「ところであいつら、もしかしたら本戦に出られるんじゃないか?」
「そうだなぁ……。午後五試合で三勝ニ敗ならぁ、可能性はあるなぁ」
「おいおい、今年の一年はどうなってんだよ……」
ジェンヌのクラスのエルナ、リュードのクラスのキーラ、そしてディーネのクラスのアクアとマリン。俺のクラスのアランとフレイといい、上級生とも張り合える一年生がこれだけいる年なんて今までなかったってのに、チームとしても存在感を示してくるなんてな。
「クラス対抗戦もそうだがぁ、チーム戦の本戦、そして個人戦も見応えがあるものになりそうだなぁ」
「そうだな。もしかしたら、一年が全国大会の切符を手にすることもあるかもな」
二か月前、高等部に進級した直後の対抗戦は学年ごとのものだ。クラス対抗戦は今回も学年別に分かれるが、個人戦とチーム戦、学年の垣根を超えた時あいつらがどんな戦いを見せてくれるのか。そのことに元から興味はあったが、所詮は一年生だとも考えていた。あくまで平均的な実力をもつ上級生とそこそこの戦いができる程度で、上級生の中のトップとはまだ相手にならないとも。
しかしチーム・シルファの健闘を見て、否応なく期待が高まっていくのを感じた。もしかしたら本当に、競え合えるかもしれない。
「……頼もしい生徒たちに、負けていられないな」
「ああ。俺たちも担任として、全力で支えようぜ」
鐘が鳴り、全ての試合が終わったことを告げる。それを合図に立ち上がると、俺たちは出口に向かって歩き出した。
◇ ◇ ◇
「まさか本当に本戦に出場するだなんて、期待以上の結果ね」
グリマール魔法学院が誇る国内最大規模の魔法競技場。その来賓席で、私は喜びを隠せないでいた。
「随分と嬉しそうですね、チトセ」
「それはそうよ。幼い頃から知っている子の成長を喜ぶなという方が無理があるわ」
「ふふ、そうですね。私としても、初等部から知っている子の成長を見ると、胸の奥があたたかくなりますもの」
上品に笑うここの学院長、クローディアに笑みを返す。
「失敗した時はどうなるかと思ったけどね。ホント、ユート君はいい働きをしてくれたわ」
「ユート君ですか。今回も彼には驚かされましたね。まさかあのような魔法の使い方をするとは」
「あんな芸当、クローディアにもできないんじゃない?」
「ふふ、どうでしょうか?」
旧友は柔和な笑みを絶やさない。そういうところは変わらないわね。
「学院長先生、そろそろ閉会の挨拶の時間ですよ」
クローディアの背後、空中に浮遊させた球状の水に、白のロングスカートとそこから覗く尾びれを沈めた人魚族の女性がおっとりと話す。確か、ディーネだったかしら。会ったときからずっとあの魔法を発現させっぱなしだし、流石はここの教師といったところね。
「そうですね。そういうわけで私は席を外しますが、チトセはどうします?」
「ここで待ってるわ。クローディアの挨拶も聞きたいし」
「そうですか。それでは少しの間、待っていてくださいね」
「ええ」
クローディアは私の横を通り過ぎると、姿を隠しているフウガとトモエにも軽く頭を下げて部屋から出た。その後に空中を泳ぐディーネが続き、静かに扉が閉められる。
「……申し訳ありません。隠密の身でありながら、気配を悟らせてしまうなど」
「謝らなくていいって言ったのに、フウガはホント真面目ねぇ」
律儀に頭を下げるフウガを軽く笑い飛ばす。目には見えないけど、険しい表情をしているんでしょうね。全く、もう少し柔軟さを覚えないと、いつかポッキリ折れちゃうんだからね。
「……シイキも、もう少し肩の力を抜けばいいのにね」
「………………」
フウガは勿論、ユート君とシイキの話を盗み聞きしてもらっていたトモエも、何も返さなかった。
本戦に出場できなきゃ退学、なんて話は真っ赤なウソだ。魔導士についていく形だったとは言え、学生の身でありながら竜に立ち向かったという功績があれば、老人どもも暫くは大人しくなる。既にあいつらは跡継ぎとしてのシイキには見切りをつけていて、ザンゲツ、シイキの父親への交渉材料としか思っていないのだから。
それなのにウソをついた理由は、シイキの手紙の内容に、シイキ自身のことが書かれなくなっていたからだ。
グリマール魔法学院はこの国最高峰の学院の一つだ。そこで実力者たちに囲まれたシイキが自信を無くして、けれど実家への迷惑を考えて退くに退けない状況にいるのではないか。そう悩んでいたザンゲツに代わって来たわけだけど、案の定、シイキは自分に実力がないと考えていたみたい。実際に観戦してみて、ここの生徒のレベルがかなり高いことも確認できたし、義務感だけで残っていられる場所じゃないことも分かった。
だからもし本戦に出場できたとしても、シイキが無理をしているなら退学を勧めるつもりだった。竜に挑んだのだって、ユート君に並ぼうと危険を顧みず背伸びをした結果だと思っていたから。
だけど午後の試合、双眼鏡で見たあの子はとてもいい顔をしていた。表情は硬いままだったけど、午前中にあった陰が消えていた。そこには、義務感なんかじゃない、シイキ自身の強い願いが表れているようだった。
もう一度探りを入れてみるけど、うん、あれならきっと、大丈夫でしょ。
「ユート君には、借りができちゃったわね」
あの子を変えてくれたのは、間違いなくユート君だ。とても明るい子だったし、シイキに良い影響を与えてくれればと思ってはいたけれど、想像以上に良い方向に転がった。私たちにはできない形でシイキを支えてくれた彼には本当に感謝している。表立っては無理だけど、いつかお礼をしないとね。
しかしまあ、あのひねくれ者と一緒に過ごしていて、よくあれだけ真っ直ぐな子に育ったわね。
「記憶がなくても、彼は彼のまま、といったところかしらね? トモエ」
「……そうですね」
ようやく返ってきた従者の言葉に頬を上げると、丁度クローディアの挨拶が始まった。




