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午後の部

「キースぅ、こんなところにいたのかぁ」

「ん、まあな」


 観客席の最前列で試合を見ていた俺に、ジェンヌが背後から声をかけた。俺は振り返らないまま短く答える。


「いつもは面倒くさがりな君が午前中で仕事を粗方終わらすなんてなぁ。よっぽど観たい試合があったんだなぁ」

「それはお前もだろ? 来賓席を使わずわざわざこんな場所まで足を運ぶんだもんな。そう言や今まで姿を見かけなかったが、何してたんだ?」

「お客様の対応ってところかなぁ」


 俺の隣に座りながら、ジェンヌは小さく息をついた。気疲れでもしたのか? 珍しいな。


「ああ、何日か前からこっちに来てるって話の。本戦は来週だってのに、気が早いこった」


 この学院の対抗戦は年に二回、外部に開かれたものになる。国内最高峰の学院の生徒同士が行う試合、それもその結果で全国大会に出場する選手が決定するというのもあって、観戦を希望する客は大勢いる。話に出てたそいつも、大方その内の一人だろう。


「いやぁ、今回のお客様は少しばかりぃ、ではないなぁ。かなり特別でねぇ。どうも学院長先生の旧友という話だったがぁ、いやはや緊張したよぉ」

「へぇ、詳しく聞かせてくれよ」


 こいつが緊張するなんてよっぽどの相手だ。一転、興味が湧いてきた。


「話してもいいがぁ、後でだなぁ。折角間に合ったのだしぃ、今は観戦に集中したいんだぁ」

「ん、それもそうか……」

「おやぁ? もう観たい試合は終わってしまったのかぁ?」


 イマイチ乗り気じゃないのを悟られたらしく、ジェンヌは軽く首を傾ける。


「終わっちゃいないんだが、大分厳しめなんでな。今ようやく勝てたが、残りの二戦はどこと当たっても敗色濃厚だ。午前の成績は知らねぇが、午後だけで一勝四敗じゃ本戦には進めないだろ」


 まあ元々、一年生だけのチームが本戦に出場するなんてまず起こりえないことなんだがな。それでもあいつらがどこまでやれるか見てみたかったんだが、人数不利までついちゃあ善戦するのも難しい。これ以上見ていても、特に何も起きないで終わりそうだ。


「ほぉう、随分と推しているチームがいるみたいだなぁ。どのチームだぁ?」

「Eグループで、三人で集まっているチームがあるだろ。あれだ」

「三人? 人数が集まらなかったのかぁ?」

「みたいだな。シイキがあそこに入ると思ったんだが」

「あぁ、()かぁ」


 視界の端でジェンヌが小さく頷くのが見えた。シイキが実は女だという話はジェンヌも知っているから、俺は特に構わず続けた。


「授業中も別の奴と組んでたし、折り合いがつかなかったんだろうな。ったく」


 どこか歯痒い思いを覚えながらぼやくように言う。事情も深くは知らないし、こっちが知っていることもあまり悟らせちゃいけないから、あいつの扱いには結構悩むんだよな。四人で依頼を受けたことを知った時には、少しはいい方向に向かったと思ったんだが。


「ふむぅ、どうやら目的は同じだったみたいだなぁ」

「ああ、フルルって言ったか? あいつも似たようなものだからな。そうか、お前もあのチーム目当てか」


 視線の先、金髪の女子を注視する。確か翼が生えているんだっけか。暗いイメージがあったが、ああしてチームの一員になれているところを見ると、それも改善されつつあるみたいだな。


「ふふぅ、気になっているのはフルルだけじゃないけどなぁ。君のクラスのユート君から興味深い相談をされてねぇ」

「おいちょっと待て。何でお前があいつの相談を受けてるんだよ」

「毎朝パトロールを手伝ってもらってるからなぁ。相談しやすかったんだろぉ」

「はぁあ!? 何だそりゃ!?」


 そんなことは初耳だった。驚く俺を見て可笑しそうに笑いながらジェンヌが続ける。


「学院長先生には承認を貰っているぞぉ。会議で配布する各教師の近況報告書にも書いたじゃないかぁ。一部生徒からボランティアの申請がありそれを受理したってぇ」

「あれか! くそっ、いつもの犬の世話と同じ書き方しやがって……」

「まあ似たようなものさぁ。教師の手伝いという名目で魔法の練習をするというのは周知されてる手段だろぉ?」


 それはその通りだ。と言っても、その手伝いの範囲でしか魔法を使えないから、あまり効率的とは言えないんだが、成程、パトロールの手伝いならユートにはうってつけかもな。


「……まあいい。それで、その興味深い相談ってのは何だ?」

「おやぁ? 君が知らないってことはまだ披露してないってことかぁ。なら言わないほうが楽しみが増えるんじゃないかぁ?」

「そんなに分かりやすいものなのか? くそ、益々気になるじゃねぇか」


 しかし俺がまだ見てないってことは、相談した何かを発揮できる場面が訪れてないってことだ。残りの二試合でその機会が訪れるとは思えないが……。


「……心配せずともぉ、見ることはできると思うぞぉ」


 ジェンヌは顔を別の方向に向けてそう言う。俺はその視線の先を目で追って、


「あいつは――」


 Eグループのある方へと走るシイキの姿を見た。



 ◇ ◇ ◇



「攻撃の手が足りないわね」


 どうにか辛勝を上げた直後、既に俺たちと戦ったチーム同士の試合を背に、シルファが現状を言葉にする。


「まともに攻撃できるのがシルファだけじゃ、どうしても厳しいよな」


 いくらシルファの大規模魔法でも、二人がかりの防御魔法とかだと防ぎきられることがあった。そこに追撃ができれば効果的なんだけど、シルファの大規模魔法が完成する頃には俺は戦闘不能になっているし、フルルは遠くに攻撃することが苦手だ。俺たちはどうしても攻めきれないでいた。


「すみません……。私も攻撃に参加できれば良かったんですけど……」

「気にするなよ、俺だって似たようなもんなんだし」

「そうよ。できないことを嘆いていても仕方がないわ。今ある手段で、どうにか勝てる方法を模索しないと」

「……シイキさんは、やっぱりもう、来ないんでしょうか?」


 ぽつりとフルルが呟く。シルファは首を横に振った。


「今になっても来ないのだし、望み薄ね」

「……ごめんなさい。あの時、私が動けていれば、こんなことには……」


 とそこで、フルルの良くない癖が出てしまう。別に誰の責任というわけでもないのにな。


「それはもう言わないよう言ったでしょう?」

「……すみません」

「大丈夫。シイキは必ず戻ってくるさ」


 謝ってばかりのフルルに普通の調子でそう言うと、フルルはどこかすがるように見上げてきた。


「ほ、本当、ですか……?」

「ああ。フルルも言ってただろ? 時間が必要なんだって。きっともうすぐやってくるはずだ」

「……それも、なんとなく?」

「いや、さっきはすぐに試合があったからな。詳しく説明できなかったんだけど」


 シイキの様子を思い出し、秘密を洩らさないよう言葉を選びながら続ける。


「シイキさ、すごく悔しがってたから」

「悔しがって、ですか?」

「ああ。シイキには大きな目標があるみたいでさ。それを叶えるために学院に来たのに、自分の失敗を気にして身を引こうとしてたんだ。だけど本心じゃ捨てたくないんだろうな。諦めを口にしてはいたけど、態度では諦めたくないって言ってた」


 強く歯を食いしばって無理矢理に頬を持ち上げた、あの今にも泣き出しそうな作り笑いは、本当に諦めた奴の顔じゃなかった。


「本当にどうでもいいことだったら、あれだけ悔しがったりはしない。だから何があっても諦めたくない、そんな目標がシイキにもあるように思えたんだ。気持ちが落ち着きさえすれば、きっとまたシイキはその目標に向かって行動できる。俺はそう信じてる」

「ユートさん……」

「……随分と信頼してるのね」


 腕を組み小さく口を尖らせたシルファは、くるりと俺に背中を向けた。


「ああ、親友だからな。……どうした?」

「別に。あなたの意見が正しかったのだと悟っただけよ」


 どういう意味か聞き返そうとして、背後から微かな足音が近づいてくることに気がついた。俺は反射的に振り返り――


「シイキ!」

「シイキさん!」


 親友が息を荒らげながら駆けてくる姿を見た。


「はあ、はあ、ごめん、お待たせ……」


 あの場所からここまでずっと走ってきたんだろうか? チームの中では体力がないシイキは、肩で息をしながら途切れ途切れに話す。そんなシイキを、俺は笑って迎えた。


「待ってたぞ。さっき聞けなかった答えは、訊くまでもないか?」

「……ううん。答え、させて」


 シイキは膝に手をついたまま顔を上げると、俺を真っすぐに見て、口を開いた。


「僕は、ここに残って、もっとユート君と、皆と、一緒にいたい。一緒に、立派な魔導士を目指して、努力していきたい。それが、僕の答え」

「……そうか」


 シイキの言葉を聞き届けた俺は、すっと手を差し出す。


「ありがとな、答えてくれて。俺にも手伝わせてくれないか?」

「……うん。ありがとう……!」


 俺の手を握り返したシイキが、ゆっくりと体を上げた。


「わ、私も手伝います!」

「ありがとう、フルル。……さっきは、ごめんね。改めて、謝らせてほしい。本当に、ごめん」

「い、いえ! 私も、その、よけられなくて、すみませんでした!」


 頭を下げ合った二人は、暫くしてから頭を上げて、同時に笑みをこぼした。


「そこまで! チーム・トマスの勝利!」


 その時、障壁魔法の中でリュード先生の声が上がった。どうやらトマス先輩たちが勝ったみたいだ。視線を移すと、背中を向けたままのシルファの姿があった。


「……シルファ」

「………………」


 シイキは無言を貫くシルファの背中に、深く頭を下げた。


「勝手な行動をして、本当にごめん。僕の方からチームに入れてくれって頼んだのに逃げ出すなんて、とても身勝手なことをしてしまって、反省してる。シルファが金輪際僕のことを許さなくても仕方ないことだと思っている。だけど、お願いだ。今だけでいい。僕がチームに戻ることを、許してくれないか?」

「………………」


 ゆっくりとシルファが振り返る。シイキの肩が小さく震えた。


「お昼ご飯は?」

「え?」

「お昼ご飯は食べてきたの?」

「……いや、まだ、だけど……」


 地面を見ながら答えるシイキに、シルファはため息をついた。


「あなた、ただでさえ非効率な魔法を使ってたのに、栄養補給もしてこなかったっていうの? そんな状態じゃ、また魔法を暴走させるわよ」

「ご、ごめん!」

「まったく……。ほら、手を出しなさい」

「え、っと……?」


 おずおずと伸ばされたシイキの手に、シルファは制服の内側から取り出した鍵を握らせる。


「対抗戦参加者のために用意されたロッカーの鍵よ。中に簡単な食べ物と水筒が置いてあるわ。今すぐ食べてきなさい」

「それって……」

「あなたがいなかったせいで、勝てたかもしれない試合を落としたのよ。その責任は嫌でも取ってもらうわ。……残り二試合、余計なことなんて考えないで、全力を尽くしなさい」

「っ……! うん!」


 シイキは鍵を握りしめ、腕で目をこすると、シルファの用意したお昼ご飯を食べに向かった。俺たちの試合はさっき終わったばかりだから、きっと間に合うはずだ。


「ありがとな、シルファ。シイキを許してくれて」

「別に許したつもりはないわ。まだ本戦に出場できる可能性は残っているもの。その可能性を少しでも上げたかっただけよ」


 シルファは素っ気なく言うと、再び試合の方を向く。


「三敗しているとは言え、二敗のチームとはまだ当たっていない。同率二位のその二チームに勝てれば、本戦に出場できる可能性は高くなるわ。あとは他のチームの対戦結果が、私たちに都合のいいものになることを祈るだけよ」

「そうか……」


 運を味方につけないといけない状況。だけど、可能性があるだけマシだ。


「シルファ、いざとなったら、あれを使ってもいいか?」

「……もう少し練習してほしかったけど、ユートの判断に任せるわ」

「えっと、あれ、って?」

「俺の新しい技だ。まだ見せたことはないけど、絶対成功させるから、期待しててくれ」

「そ、そんなものがあったんですか!?」

「ああ。今までは使う機会がなくてさ」


 けれどシイキが戻ってきた今、そして一度の負けも許されないこの状況なら、きっと使う機会が巡ってくる。

 ……何だろう。大事な場面だって分かっているのに、不思議とわくわくしている自分がいる。


「楽しみだ」

「え?」

「楽しみ、ですか?」

「ああ。何だか、負ける気がしない」


 頭の上から指の先まで、気力が充実している。こんな感覚、初めてかもしれないな。


「ふふ、頼もしいわね」

「わ、私も、もっと頑張れると思います!」

「はは」


 早く四人で試合を始めたい。自然とそんな気持ちが湧き上がった。 

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