仲間を探しに
「ごめん。ちょっと先に、お手洗いに行ってくるね」
俺たちの四試合目が終わってすぐ、午後の休憩時間になった。昼食を食べるために会場から移動しようとしたところで、顔色の良くないシイキがそう言う。すぐさまシルファが頷いた。
「分かったわ。競技場を出てすぐのところで待ってるから」
「うん、ありがとう……」
「シイキ、一人で平気か?」
「うん、大丈夫……」
消え入るような語尾を残して、シイキは先に行ってしまった。
「……シイキさん、やっぱりさっきの試合のこと、気にしてるんでしょうか?」
受付台の前まで辿り着き、他のチームから距離ができたところで、フルルが呟くように言う。
「みたいだな」
「味方を攻撃しておいて、気にしていないほうがおかしいわ」
「そう、ですよね……」
一言二言交わしている間に外に出る。俺たちは入り口から少し離れたところで止まった。俺たちが移動する頃には、観客席にいた生徒はもうほとんどいなくなっていたから、人の流れは多くない。
「けど仕方ない部分もあったんじゃないか? 相手チームの魔法のせいで体勢を崩してたんだろ?」
「それなら全く気にしなくてもいい、って?」
「そういう意味じゃないけどさ、気にしすぎだと思うんだよな。シイキだってわざと攻撃しようとしたわけじゃないんだし、ちゃんと謝っただろ? だったらもうそれで十分じゃないか。フルルだって、薄膜があったから怪我もなかったんだし」
「は、はい。私は、なんとも……」
そう言いつつも、フルルは何かを気にしているように自分の体を見下ろした。
「フルル、もしかして、どこか痛むのか?」
「いえ! そういうわけじゃ、ないんですが……」
「怖かったのよね」
「…………はい」
シルファの言葉に、フルルはゆっくりと頷く。
「怖い? シイキの魔法を向けられたからか?」
「その通りよ。私だって恐怖を感じたわ。いくら薄膜に守られているとは言え、至近距離から魔法を向けられて怖くないはずないでしょう?」
シルファは魔法競技場の入り口に視線を向けながら言葉を続ける。
「それに薄膜だって万能じゃないわ。一度だけなら私の『アイス・ピラー』さえ防ぎきれるし、その後も少しの間なら守ってくれるけど、その時間が終わればそれまでよ。制御不能な大規模魔法を向けられても使用者の安全を保障できるようなものじゃないの」
「そうか……。じゃああの時はかなり危険な状況だったんだな」
薄膜があるから大丈夫、とはいかないのか。さっきの試合を思い出したのか、フルルの体が小さく震えた。
「勿論試合の時は、薄膜が消えて危ない状態になった生徒は先生が助けてくれるわ。ただしそれが味方の魔法によってもたらされた脅威の場合、先生が介入した時点でそのチームは反則負けよ。チームメンバーを巻き込む戦い方なんて許されてはならないから」
ああ、そう言えばキース先生からそんなことを言われたっけ。危なくなったら俺が助けるけど、その時はチームの負けだからなって。相手の魔法なら許されるとは聞いてなかったけど、もしかして俺だけ特別?
「そういう意味でも、シイキのしたことはかなり重大よ。元々慎重に扱うべき魔法を暴走させ、あろうことか味方を巻き込み恐怖を与えた。決して簡単に済ませていい問題じゃないわ。それが分かっているから、シイキもあれだけ気にしているの」
成程な。確かに魔法を暴走させることは危険だ。安全に配慮されている環境下で起こしたことでも、簡単に済ませちゃいけないのは間違いない。どこかの国じゃ死刑にまでなるって聞いたことあるしな。
「それで?」
「は?」
「それで、シイキが気にしてどうなるんだ? それが許される条件なのか?」
「そういうわけじゃ……いえ、反省の態度を示すことは必要でしょうけど……」
「……えっと、気持ちの整理が、必要なんだと思います」
答えに迷うシルファを待っていると、フルルがおずおずと口を開いた。
「失敗してしまうと、ずっとその時のことを思い出しちゃうんです。それはとても苦しくて、悲しくて、そのせいで動けなくなってしまうんです。だから、その、時間をかけて、その苦しさを受け入れなくちゃいけないんです」
「それが、気にしているように見えるってことか?」
「そう、だと思います。……いえ、気にしているっていうのが、そのためっていうか……すみません、上手く言葉にできないです」
「大丈夫よ、フルル。私には理解できたわ。失敗の受け止め方の問題ね」
シルファが納得したように頷く。
「ユートは、絶対にしてはいけない失敗は何かって聞かれたら、答えられる?」
「してはいけない失敗? うーん……」
失敗なんてして当然のものだしな。してはいけないってなると、治るまで時間がかかる怪我をするとかか? 骨折以上のものとなると……。
「いえ、違うわね。質問を変えるわ。遠足の時、ユートの目の前で私がケージに連れ去られてしまっていたら、どう思う?」
反射的に体が強張った。握った拳の内側で、爪が手のひらに食い込む。
「……悔しいな。すごく。シルファを助けられなかった自分の不甲斐なさを強く感じて、冷静じゃいられなくなるかもしれない」
「……そう」
シルファは少しの間目を閉じた。
「シイキは今まさに、そういう気持ちでいるのよ。シイキにとって今回の失敗は、ユートにとって目の前の誰かを助けられなかった時と同じくらい、大きなものなの」
「そう、なのか……」
それじゃ確かに、すぐに気持ちを切り替えるのは難しいかもな。
「……シイキさん、午後の試合、出られるでしょうか?」
「出てもらわないと困るわ。四試合して三勝一敗なら、まだ十分本戦出場は狙えるのだし。ただもう、少なくとも今日中は大規模魔法を使えないでしょうから、防御に回ってもらうことになるわね」
「防御か……」
シイキの防御魔法はシルファほど早く発現できないし、強度も若干劣る印象だ。逆にシルファは、シイキほど大きな魔法は使えない。その分早く形成は終わるけど、シイキのものと比べて威力は落ちてしまうため、相手が強固な防御魔法を築いてしまったら押し切れなくなる可能性もある。相手によってはシルファが攻撃役に回ることも戦略としてアリだけど、それしか選べないとなるとかなり苦しいかもな。
「元々午後からは私も攻撃に参加する予定だったし、試合にそこまで影響はないわ。午前の試合を見ていた他の対戦相手は、きっとシイキの魔法を警戒するはず。そこに私の魔法をぶつければ、ユートの攪乱も相まって、相手の動揺を誘える。そこからいくらでも勝機は生み出せるもの」
シルファは潜めた声でそう言うと口角を上げた。
「そ、そうですね。午後もきっと……」
フルルは胸の前で拳を握った。まだ不安そうではあるものの、気持ちは前向きになったみたいだ。
「ところで、シイキはまだ来ないのか?」
「そう言えば、結構経ってますよね……」
もう魔法競技場から出てくる人もいなくなった。そろそろ早めに食事を済ませた生徒たちが戻ってくる頃だろう。
「少し見てくるわ」
「え? なんでシルファが?」
「シイキは男女共用の個室トイレを使うのよ。だから私でも呼んでこれるの」
「そうなのか」
そう言えばそんなのもあったっけ、なんて思っている間にシルファは中に入っていった。
「もしかして、まだ落ち込んでいるんでしょうか……?」
「……そうかもな」
俺にしてみたらそこまで落ち込むほどのことではないと思うけど、シルファの言った通り、あの失敗はシイキにとってはかなり心にくるものだったみたいだ。
こういう時なんて声をかければいいんだろう。どうも俺はここでは常識はずれみたいだから、下手なこと言ったら益々落ち込むかもしれないし、けれど、んー……。
などと悩んでいると、シルファが戻ってきた。なぜか息を弾ませている。
「シルファ。シイキは――」
「通ってないわよね?」
「え?」
「シイキはここ、通ってないわよね!?」
真剣な表情をしたシルファが答えを急かすように問いかけてくる。ただ事ではなさそうだ。
「通ってない。何が起きた?」
「シイキがいなくなったの」
「え、ど、どういうことですか……?」
「観客席を見てくる」
「お願い。フルルはここで待ってて。もしシイキが来たら何としてでも留めておいて!」
「は、はい!」
背後に二人の声を聞きながら、建物の中を駆ける。許可がないため魔法を使えないことをもどかしく感じながら、観客席に出た。最前列に移動し、まばらに残った生徒たちの前を走りながら、シイキが消えた原因を考える。
まさか遠足の時と同じ……いや、流石にそれはないか。ここの先生方に気づかれずに学院内に侵入できる方法を持っているなら、わざわざ遠足の時にあれだけの魔物を用意して襲ってくる必要はない。遠足の後になって侵入経路を作ったのだとしても、今ここでシイキだけを狙うというのは不自然だ。遠足の件も含めてシイキ個人を狙ったものだという可能性も、依頼の帰り道だったり、他にもっといい機会があったはずだから除外できる。第三者の犯行だという線は、情報が少なすぎるから保留。単なるすれ違いであるならば何の問題もない。
あとは、シイキ自ら姿を消したって可能性か。
「けど、どうして……」
これがシイキ自身の行動によるものだとすれば、きっかけは勿論、試合での魔法の失敗だろう。ただ、それがどうして姿を消す理由になるのかが分からない。シイキが俺たちの前からいなくなったことで、何か変わるのか?
考えているうちに、観客席を一通り確認し終える。観客席にも、さっきまで試合を行っていた会場にもシイキの姿はなかった。流石に座席の下とかまでは確認できていないけど、一先ずはいないと結論づけてよさそうだ。
俺のことを不思議がっているらしい生徒たちの視線を受けつつ観客席から出ると、フルルが待っている魔法競技場への入口へと戻った。
「一人で戻ってきたってことは、いなかったのよね」
到着すると、先に戻っていたシルファが軽く息を弾ませてそう言った。
「ああ。観客席と会場にはいないみたいだった」
「そう……。こっちにも居なかったわ。会場に残っていた先生方も姿を見てないっていうし……参ったわね」
シルファは眉をひそめると、振り返って魔法競技場に背を向けた。
「となるとシイキはもう、魔法競技場の外にいると考えた方がいいかもね」
その視線の先にあるのは、グリマール魔法学院の広大な敷地、そのほんの一部だ。見える範囲に、シイキが残した痕跡なんかはなさそうだった。
「ど、どうしましょう……。あ! 先生方に協力を頼めば!」
「いえ、この時間は先生方も忙しくされているから、協力は難しいでしょうね。大きな事件でもあれば話は違うでしょうけど、本人が勝手に居なくなった可能性が高い以上、そのうち戻ってくるかもしれないってことで相手にされないはずよ」
「そんな……」
フルルが沈んだ声を出す。
「もしシイキが戻ってこなかったらどうなるんだ?」
「三人で対抗戦に挑むことになるわね。戦えなくなるわけじゃないわ」
「そうか……」
即時失格にはならないようで、ほんの少しだけ安心する。けど勝率が大きく下がることは間違いない。それで勝てなくなれば、結局シイキは学院からいなくなることになる。それだけは避けないと。
「探してくる」
「待ちなさい」
駆け出そうとした俺を、シルファが止めた。
「学院の敷地は広すぎるわ。闇雲に探し回ったところで時間と体力を無駄に消費するだけよ。今はシイキの件は一旦置いておいて、午後の試合に備えて栄養を摂ることを優先しましょう。もしかしたらシイキが自分で戻ってくることもあるかもしれないんだし」
「一応当てはある。それに俺は一食くらい抜いてもどうってことないからな」
「駄目よ」
一段大きな声で、再び止められた。上げかけた足を地面につけると、シルファに正面から向き合う。
「どうしてだ?」
「あなたまで勝手な行動をしようとしているからよ、ユート」
言葉の圧が強くなった。俺は軽く首を傾ける。
「勝手な行動?」
「そうよ。勝手に消えたシイキに続いて、あなたまで自由に動かれたらたまらないわ。チームのリーダーとして、これ以上メンバーの勝手は看過できない」
「勝手って……俺はただ……」
その先の言葉が続けられなかった。俺はただ、シイキが心配で、それで、確かに、勝手に行動しようとした。
シルファは小さくため息をつく。
「心配なのは分かるけど、先ずは落ち着いて。当てはあるって言ってたけど、もしそれが外れたら振り出しに戻るだけだわ。午後の試合のために必要なことはシイキを探すだけじゃない。なら不確かなシイキの行方を追うよりも、確実にできることからすべきよ」
「…………そうだな。ごめん」
また独りで突っ走りそうになったことを謝る。
「ユートさん……」
「分かってくれたならいいわ。さあ、走るわよ」
「え?」
頭を上げると、シルファはその場で軽く跳んでいた。
「急いで大食堂に移動して、全員でご飯を食べてから、全員でシイキを探すわ。リーダーの命令よ。従いなさい」
驚いたようにフルルが開けた口が、徐々に笑みの形を作る。それはきっと、今の俺の表情と同じだったはずだ。
「……ああ!」
「はい!」




