チームの作戦
「一試合目の動きは分かったけど、その後も同じ戦い方でいいのか?」
俺の戦い方は団体戦で活きる。それを踏まえた作戦を聞いてから軽く空を見上げると、若干赤みがかっていた。まだ時間に余裕はありそうだ。
「構わないわ。一対一ならともかく、四体四のチーム戦において、あなたの動きに対応することはかなり難しいはずだから」
「そうなのか?」
防御魔法に対する策は理解できたけど、俺ともう一人で防御魔法を破ろうとしているって分かったら、相手も二人がかりで防御することで対応できそうなもんだけどな。
「ええ。普通なら相手の攻撃が強まった場合、防御役を増やしたり、攻撃魔法で迎撃したりして対応するわ。けれどあなたが相手にいる場合は話が違ってくる。近づきさえすればあらゆる方向から攻撃を加えられるユートの魔法を防ぎながら新たに防御魔法を増やすなんてことは、たとえ上級生でも簡単にはできないはずよ。もう一人が一から作り直すにしろ、魔術式に注ぐ魔力の配分を変えて防御魔法の形を変えるにしろ、防御魔法の使用者には相当な負担になるわ」
「ふうん、そういうもんか」
俺としてはまだ半信半疑だけど、ここの生徒に詳しいシルファがそう言うなら一旦信じてみるか。
「なら二試合目以降もずっと、近づいての攪乱を基本方針にして、効果が薄そうだったりそもそも難しかったら防御に回るって感じでいいんだな?」
「その通りよ。あなたの強みを存分に押しつけていくわ」
「分かった」
とは言え、そううまくいけばいいんだけど。
◇ ◇ ◇
「駄目だ、防御を増やすぞ! 三人がかりだ!」
「どうやって!? 増やすためにはどこか空けなくちゃいけないんだよ!?」
「何でもいいから早くして! もうもたない!」
「くそっ、修復が間に合わない!」
うまくいくもんだな。障壁魔法を背に防御魔法を発現させた相手チームの動揺っぷりを横目に見て、俺はシルファの言葉が正しかったのだと実感する。
二試合目の相手は、二人が半分ずつ防御を担当し、その間にもう二人が大規模魔法の準備をするという戦い方をする二年生のチームだった。そこで間断なく攻撃するという作戦で臨んだわけだが、思った以上に効果があった。フルルとシルファの光弾を受け傷ついた防御魔法に俺が追い打ちするという戦法は、二つの防御魔法を破れる寸前まで追い込むことができて、相手はかなり混乱している。
一人で正面全てを守っているわけじゃないからその分強度はあるんだろうけど、どっちも魔術式が粗いんだよな。二つの防御魔法の境目も片方が前に出ているし。
境目の前を真横に通り過ぎながら、粗い魔術式の影響が出ている脆い箇所を光弾で攻撃していく。そのすぐ後に、シルファの光弾が着弾した。
「きゃあっ!」
「このぉっ!」
ついに片方の防御魔法が破れた。そこで大規模魔法の準備をしていた先輩の一人が反撃とばかりに俺に魔術式を向ける。けれど焦りもあってか、その魔術式はそれほど大きくなく、まだ魔力の充填も済んでいなかった。俺は魔法が発現される前に、破られていない方の防御魔法の前に移動する。これであの先輩は攻撃できない。
「もう、どうして――」
「前だ!」
「あっ!」
俺に意識を向けている間に、フルルの光弾が飛来する。先輩は構えていた魔術式からの光弾で迎撃するも、その後に続くシルファの攻撃には間に合わない。
「くうっ!」
ボン!
間一髪、防御魔法の再発現が間に合った。けれど俺はその間にもう片方の防御魔法を破り、作られたばかりの防御魔法も破りにかかる。
「何なのよこいつっ!」
「空けろっ!」
リーダーである先輩が、防御魔法越しに魔術式を向けて叫んだ。まずい。俺は足に強化魔法を付与すると全力で後退した。
ボォン!
「うわっと」
放たれた光弾を避けようと横に跳ぶも、薄膜魔法の及ばない学園指定の靴に当たってしまう。なんとか両足で着地できたから薄膜は無事だけど、相手の魔法を靴に受けた俺は戦闘不能だ。両手を上げてその場から避難する。
「よし! これで――」
「うわっ!」
「しまった!」
俺にばかり注目していた四人の元へ、黒い大蛇を思わせるシイキの魔法が突っ込んだ。
◇ ◇ ◇
「くそ、ちょこまかと……!」
「なんで当たんねえんだよ!」
三試合目の相手は三年生のチームで、俺を近づけさせまいと二人が弾幕を張ってきた。確かに迂闊に近づくことはできないものの、この時点で俺の役割は達せられている。俺一人を対応するのに、相手は二人を割いているからだ。
チーム戦の障壁魔法は大きいため、小さな光弾は相手に届く前に消えてしまうか、届いてもほとんど威力がないものになってしまう。俺の動きを制限するための弾幕は連射性だったり範囲だったりを重視しているため、離れたシルファたちにはほぼ影響がない。授業中、シルファと二人でチーム戦をしていた時から、相手に弾幕を張らせたら儲けものだった。
「バカ、そっちに行かせたら!」
「俺がやる! 迎撃役代われ!」
「急に言われても……うわっ!」
「おい、何やられてんだよ!」
足並みが乱れた相手チームは一人がやられたところから崩れだし、三試合目は驚くほどあっさりと勝つことができた。
「こ、こんなに勝っちゃって、いいんでしょうか……?」
試合を終えてチームに合流すると、フルルが戸惑いながら変なことを気にしていた。いいもなにも、単なる結果だしな。
「あれ、ユート君、戻ってきたんだ」
「ああ。馴れ馴れしくするなって言われてさ」
折角戦えたんだから、お互いに気づいたことを話し合えたらと思ったんだけど、相手が嫌がるなら無理強いはできない。
「今の相手は記念参加みたいなものでしょうし、話し合っても得るものは少なかったはずだから、戻ってきて正解よ」
「記念参加?」
首をかしげると、シイキが説明してくれた。
「えっとね、今までチーム対抗戦には参加してなかったけど、三年生になって卒業が近くなってきたから、思い出作りに参加するってことだよ。だからまあその、あんまり強くはないチームだったってこと」
「へえ、そういうのもあるんだな」
思い出作り、か。山に居た頃は嫌でも思い出を作らされていたからな。自分から作るっていうのも面白そうだ。というか、もう既に思い出作りしてるようなものか。
「私たちは参加するだけで満足しないわよ。本戦出場、そして優勝を目指していくわ」
「ああ!」
「はい!」
「うん……」
チームの目標を再確認して士気を上げる。けれど何故か、シイキの表情はあまりよくなさそうだった。
「シイキ、どうかしたか?」
「あ、いや、ゴメン。大丈夫だよ! このまま連勝を続けて、絶対に本戦に行こうね!」
「ん……」
シイキの笑顔からは、どこか無理して作っているのだと伝わってくる。調子でも悪いのか、それとも何か気がかりなことでもあるのか、表情からだけじゃ分からない。
「始まったわ」
答えの出ない内に、別の試合が始まった。……まあ考えても仕方ないし、今は観戦に集中するか。
障壁魔法を隔てて、光弾が飛び交う様子を観察する。片方はトマスさんのチームだ。
「こうして見る分には、どこのチームもかなり強そうだけど、どうして俺たちは勝てたんだろうな?」
チーム全体を守る防御魔法や速く正確な攻撃など、魔法に関する実力は一年生と比べて明らかに上だ。記念参加らしいチームのメンバーだって、大多数の同級生よりは魔力の扱いに長けていたように思う。シルファ個人なら上級生に負けないくらいだし、シイキもいい勝負ができるかもしれないけど、総合力で劣っている感じは拭えない。それなのにこうして三連勝できているのは、相手との相性が良かったからか?
「そう、ですよね? 私も不思議です」
「理由はいくつかあるけど、相手の強みを十分に発揮させなかったのが大きいかしらね」
「強み、ですか?」
「ええ。例えば今戦っている、私たちが最初に戦った三年生のチーム」
シルファの言葉に、フルルが前に向き直る。トマスさんたちのチームは俺たちと戦った時と同じように、アイシャさんが全体の防御を担当して、スザンヌさんとファビオさんが光弾でけん制し、その間にトマスさんが大規模魔法を準備するという戦い方をしている。相手のチームは二人が壁のような防御魔法を発現させ、その間から二人が攻撃をしている。けれどその攻撃はトマスさんのチームのものと比べて弱そうなものだった。スザンヌさんとファビオさんの光弾に押し負けているし、いくつかが届いてもアイシャさんの防御魔法に難なく防がれてしまう。
「あのチームの強みは安定力にあるわ。前の三人が高いレベルで攻撃と防御をこなして、その対処に時間をとられている間に本命の魔術式を完成させる。授業でもよく見る、総合力を重視したバランスのいい一般的な戦い方ね」
などと言っている間に、トマスさんの魔術式が完成する。防御魔法が解かれ、扇状の光の刃が相手チームに向かって飛んでいった。相手チームは不透明の大きな防御魔法を発現させ攻撃を防ぐも、防御魔法はかなり消耗したようだった。そこに続けざま、スザンヌさんとファビオさんの光弾が着弾する。
「ああいう相手に同じく総合力で対抗しようとしても勝ち目はないわ。そこで私たちは防御と時間稼ぎに徹したの。中途半端な攻撃はしないで、シイキが大規模魔法を準備できるまで耐える戦い方ね。魔法を遠くまで飛ばすのはそれだけでもかなり魔力を使うから、上級生が相手でも防御だけならできなくはない。問題は相手の大規模魔法だったけど、ここで鍵となったのはユート、あなたよ」
「攪乱だな」
「そう。あなたの存在は試合に大きな影響を与えたわ。最初、ユートに攻撃を向けられたことで、私たちは防御魔法を準備する時間が長く取れた。その後も近くにいるあなたを意識することで相手は魔術式の形成が遅れたでしょうし、何より相手に強引な攻撃をさせることもできた。ユートの存在が、相手の安定した戦略を乱したのよ」
「強引な攻撃って、あの大規模魔法が? 想定より小さな魔術式だったってこと?」
シイキの問いに、俺は首を横に振る。
「いや、自分たちの防御魔法もろとも攻撃したってことだ」
「正解よ、ユート。相手はユートを気にして防御魔法をギリギリまで消すことができなかったから、自分たちの防御魔法ごと攻撃するしかなかった。結果あの大規模魔法は私たちに辿り着く前に、既にいくらか威力を落としてたのよ。だから本来のものと比べて軌道も読みやすかったし、迎撃もそこまで難しくなかった」
「そう、だったんだ……」
シイキが視線を落とす。何かを考え込んでいるみたいだ。
「どのチームにも強みはあって、その強みを活かした戦い方を用意してきているわ。けどそれはあくまでチーム対抗戦に向けたもの、つまりは離れた場所にいる魔法使いに対する戦い方よ。接近するユートをメンバーに入れた異色のチームに対応する戦術を持っているところはまずないでしょうね。だから何をしでかすか分からないユートが近くにいるだけで、相手は焦っていつもの調子が出せなくなる。それによってチームとしての実力を十分に発揮できなくなる。地力で劣る私たちが勝てたのは、それが一つの大きな要因よ」
「そういうことだったんですね……! ユートさん、すごいです!」
「ありがとな。けどフルルだって、今まで戦闘不能になってないのはすごいと思うぞ」
「い、いえ、私はただ自分の身を守っていただけですから……」
素直に褒めたつもりだったけど、フルルは視線を落として自嘲するように言う。うーん、まだ自分を下げる癖は抜けきってないみたいだな。ただシルファからは、フルルの卑下に対して下手なことを言うなって言われてるし、今は元の話題に戻るか。
「攪乱されたせいで実力を発揮できなかったのはあるだろうけどさ、そこまで効果があるものか? そりゃ俺たちと戦うのは初めてだけど、俺自身のことならいくらでも情報を集められたと思うんだよな」
一時は会う相手全員から試合を挑まれた程だ。俺の戦い方なんていくらでも研究されているだろうに、チームのメンバーとして戦うようになるだけで対応が追いつかなくなるものだろうか。
「その通りよ。あなたの戦い方は知らない生徒の方が少なくなるくらい広まったわ。そしてその間違った対処法もね」
「間違った対処法?」
シルファは口だけで笑みを作る。まさか裏で何かしていたのか?
「ユート、あなたには挑まれた練習試合を受ける条件として、先に防御魔法を発現させられた時は退くように言ったわよね?」
「ああ。防御魔法を動かす練習をしろってやつだな」
その甲斐あって防御魔法を動かす、というか宙に留めることはできるようになったわけだが、それに何の関係があるんだろう。
「それで相手は勘違いしたのよ。ユートはまともな攻撃手段を持っていないから、防御魔法さえ発現させてしまえば手も足も出ないってね。そんな噂が広がって、半信半疑で戦ってみたらその通り。防御魔法さえ発現させてしまえば攻撃を諦めて防御に回るユートを見て、相手はますます誤解を深めていった。そしてさらに噂は拡散して、ユートと戦ったことのない生徒でさえ、ユートは魔術式相応の攻撃しかできないという認識を持つに至ったってわけ」
「あの指示にそんな意図もあったのか……!?」
攻撃できないと思っていた相手が、光弾で防御魔法を削りにかかったら、確かに動揺するかもな。
「でもさ、僕たちのクラスの生徒は、ユート君が楕円形魔術式を使って防御魔法を攻撃できることを知ってるよね? そこから情報は洩れなかったの?」
「多少は洩れたかもしれないわね。けどユートが戦った相手の数はクラスメイトの倍以上よ。それに実際、ユート単体の攻撃じゃすぐには防御魔法は破れないから、洩れたとしても噂の信ぴょう性を高める結果になったでしょうね」
「それはまあ、事実だしな」
シルファの話を聞くまでは俺自身、攻撃にはそこまで積極的じゃなかったし。
「噂が広まったことによるメリットはもう一つあるわ。ユートの怖さがぼかされたのよ」
「ユートさんの、怖さ?」
「ええ。足の速さは勿論のこと、ユートの作る魔術式の早さと正確さは超一流よ。魔術式の形成から魔法の発現までの時間が極端に短く、またその魔法が精緻な魔術式から生み出された最高効率のものだなんて、まずありえない。それを実現できるユートは、本来もっと恐れられて然るべきなのよ」
「いや、そこまでのことじゃないと思うんだが……」
俺自身の意見を述べるも、全員から黙殺される。
「だけど噂の存在が、ユートの実力を軽視させた。どんなに早く魔術式を発現できても、所詮防御魔法一つで何もできなくなる程度だって。そういった思い込みも、心を揺さぶる材料になったの」
「だから攪乱もより効果的になったってことだね。シルファ、最初からこれを狙ってたの?」
「本当なら対抗戦までユートのことは秘めておきたかったのだけどね。あれだけ注目されているなら、逆に利用しようと思い至ったの。じゃなきゃ対抗戦前にむざむざメンバーの手の内を曝け出したりしないわよ」
「そ、そこまで考えていたんですか……」
フルルは愕然としていた。俺も似たような心境だ。まさか練習試合をそんな風に利用するなんて。シルファの勝算ってこのことだったのか。
「そこまで! チーム・トマスの勝利!」
そこでようやく試合が終わった。相手チームは防御魔法で時間を稼いでいたみたいだけど、結局何もできないままやられてしまっていた。誰かが大規模魔法の準備をしていたと思っていたのに、間に合わなかったのかな?
「単なる遅延行為かしら? 前の試合でもあのチームは大したことできてなかったし、勝てそうな相手ね」
「トマスさんたちほどの実力はなさそうだしな。この調子なら、案外簡単に本戦に出場できそうだな」
攪乱に大きな効果があるってことも分かったし、他のチームも絶対に勝てないようなところはなさそうだ。もっと難しいものだと思っていたけど、これなら十分いけるな。
「わ、私たちが、本戦に……」
「いえ、まだ楽観できるような状況じゃないわ」
髪を払うシルファは、次の試合に目を向けたままいつも通りの調子で言う。
「依頼中、想定していた状況と大きくかけ離れた事態に直面することはままあることよ。環境調査依頼とかなら、そもそもの情報が不足していることだってある。そんな中でも結果を求められるのが一流の魔導士なの。グリマール魔法学院の上級生ともなれば、そういった場面を切り抜けるための対応力だって備えているはず。だからこれまでの試合を見て、ユートの攪乱に対する策を練り上げたチームは間違いなく存在するわ。ここから先は、攪乱の効果も薄くなる、どころか徹底的に動きを封じられるかもしれないわね」
「うん。そんなに甘くはないよね……」
「そ、そうですよね……」
シルファに続く二人の声が重い。そこまで悲観的になることないのに。
「攪乱の効果が薄そうだったら、俺は防御に回る。その方針は変わらないんだよな?」
「ええ、そうよ」
「なら大丈夫だ。今までと同じように、俺たちは俺たちのやれることをすればいい。だろ?」
「ユートさん……」
「それに、対応できるのは相手だけってわけじゃない」
横目に見ていた試合に正面から向き直る。どちらもまだ戦っていないチームだ。けれどその八人の先輩たちがどんな魔法を使うのか、これまでの試合でちゃんと観察している。
「シルファだって、絶対に本戦に出場できないとは思わないだろ?」
「当然よ。あくまで楽観はできないってだけ」
「良かった」
それなら心配することもない。俺は安心して観戦を続けた。そして心の中で、先輩方に宣戦布告する。
シイキを退学になんてさせない。だから本戦出場の権利は、俺たちが勝ち取ります。




