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予選当日

「来たわね」


 待ち合わせの場所についた時には、俺以外のメンバーはもう全員揃っていた。


「悪い、待たせちゃったな」

「時間には間に合っているし、気にすることないわ」

「もしかして、今朝もパトロールをしたんですか?」

「ああ。やっぱり体を動かしたほうが調子が出るからな」

「すごいなぁ。予選前にそんなことするの、ユート君くらいだと思うよ?」

「そうか? 準備運動は大事だと思うけどな」

「無駄話は後にしなさい。受け付けしに行くわよ」


 シルファの後に続いて、魔法競技場の中に入る。入ってすぐに広間があって、正面には開かれた大きな扉、その両脇に大きな受付台があった。あの扉の先がいつも魔法の練習をしている会場で、左右の通路を進めば観客席に出られる。いつもは広々と感じられるその空間が、今や大勢の生徒で混みあっていた。よく見ると受付台を先頭に、左に二つ、右に一つ、計三つの列ができている。左から右に行くほど列が長いみたいだ。


「一年生の列は左端ね。早く並びましょう」

「これ、受け付けの列か? どうしてこんなに長いんだ?」

「ああ、それはね、チーム対抗戦に参加する生徒一人ひとりが意思表明しないといけないからだよ。自分はこのチームのメンバーとして参加しますって」

「へえ、そうなのか」


 一見非効率に見えるけど、その方がやる気はでるかもな。


「うう、緊張してきました……」


 きょろきょろと列に並ぶ生徒たちを見ながら、フルルは僅かに震える声を洩らす。その頭をシルファが優しく撫でた。


「大丈夫よ。あれだけ練習してきたのだから、自信を持ちなさい」

「は、はい……」

「そうそう。それに何かあっても、僕やユート君がサポートするから。ね?」

「ああ。勿論だ」

「あ、ありがとうございます!」


 俯きかけていたフルルが顔を上げ、俺とシイキの方へ振り向く。


「あ……」


 その表情が、見る見る暗くなっていった。


「どうし――」

「あー、もうかなり並んでんじゃん」

「あんたが寝坊なんかするからよ」

「悪かったって」

「まあのんびり行こうぜ……って、うわ」


 後ろを向くと、俺たちと同じくチームで来たらしい男女二人ずつの生徒が並ぼうとしているところだった。その内男子二人は同じクラスの仲間だ。確か遠足の時にも森の中で会った――


「チャールズ、それにゲラルドも。二人も対抗戦に参加するんだな」

「お、おう。まあな……」

「お前ら、まさかその四人で組むのか?」

「ああ、そうだ。お互い頑張ろうな」


 笑って返すと、二人は何故か苦笑いを浮かべた。その奥で二人の女子生徒がくすくすと声を洩らす。


「何が可笑しいのかしら?」

「だって、ねえ?」

「うん。問題児ばかり集めたチームなんて、ふふ」


 フルルの前に出たシルファの言葉にも、どこか小馬鹿にしたような調子で答える。


「あ、思い出した。俺たちのこと悪く言ってた二人だな」


 フルルのクラスとの合同授業の後、色々と言ってたところを止めたんだよな。こんなところでまた話すことになるなんて。


「何よ、事実を言っただけでしょ?」

「竜を倒しただとかなんとか言われてるけどさ、結局一対一じゃ敗けっぱなしだったみたいじゃない」

「うぐ……まあ、そこについては否定できないな……」


 痛いところを突かれてしまった。二人は勝ち誇ったように笑みを浮かべる。


「ほぅら、やっぱり私たちの言った通りだったわけでしょ?」

「口だけが大きいやつがメンバーにいる時点で、弱いチーム確定ね」


 ……弱い?


「それは――!」

「ユート、何をしているの? 早く詰めなさい」


 言い返そうとした矢先に、背後から声がかけられる。振り返ると、少し離れた場所にシルファとフルルがいた。いつの間にか列が進んでいたらしい。


「対抗戦前に無駄話するような相手に付き合っていたら、あなたも同じレベルに見られるわよ。そこに留まっていると迷惑だから、早く来なさい」

「う、うん。行こう、ユート君」

「……分かった」


 深呼吸して気持ちを落ち着かせると、言われたとおりに列を詰める。


「ちょっと虐めすぎちゃったかな?」

「そう? 身の丈を自覚させるためにもあのくらいが丁度いいと思うけど」


 あははは、と感情を乱す声が背後から聞こえる。俺は目を閉じて呼吸に意識を集中させた。荒波にもまれる自分の体がゆっくりと浮かび上がっていく光景を想像をする。

 気持ちの鎮め方をじいさんから教わっておいて本当に良かった。このまま感情の乱れを俯瞰できるまで――


「……どうして、そんなひどいことを言うんですか……?」


 待てなかった。反射的に目を開くと、フルルが目に涙を溜めていた。振り向くと、悪口を言っていた二人もバツが悪そうにしている。


「私のことが嫌いなら、私だけに言えばいいのに、どうしてユートさんたちを悪く言うんですか?」

「べ、別にあんたのこと嫌いだなんて言ってないし……」

「私たちはただ、本当のことを言っただけで」


 ……いい加減に――!


「グレイス、もう止せよ」

「カーラもその辺にしとけ。……悪かったな、お前ら」

「………………」


 流石に度が過ぎると思ったのか、チャールズとゲラルドが二人を止めた。俺は開けかけた口を閉じると、フルルに向き直る。目元を拭うフルルの頭をシルファが撫でていた。


「もう少し早くに止めてくれてもよかったのだけど。とにかくこれ以上、他人を煽るような言動はしないでほしいわね」

「……ふん」

「はいはい、分かったわよ」

「……なあ」


 少し声を低くして視線を向けると、二人の肩が一瞬震えたのが見えた。


「な、何よ。まだ言いたいことがあるわけ?」

「仕返しでもしようっての?」

「そういう気持ちがないって言うと嘘になるな。それに二人も、まだまだ言い足りないんじゃないか?」

「ちょ、ちょっと、ユート君……」


 シイキが俺を止めようとする。多分シルファやフルルも意味のない口論を続けてほしくないはずだ。それでも俺は、グレイスとカーラに正面から尋ねる。


「だったら何よ」

「これ以上はやめてーって言ったのはそっちじゃない」

「ああ。だから口喧嘩はしない。その代わり約束しよう」

「はぁ?」

「約束?」


 俺は頷くと、肩越しに親指で後ろを指す。


「この決着を、対抗戦でつけるって約束だ。そっちのチームが勝てば、二人の言う通り俺たちは弱かったことになる。その時は思う存分悪く言っていい」

「ユート」


 シルファの声だ。けどもう止まれない。


「ただし俺たちのチームが勝ったら、今まで言ったことを取り消してほしい」

「はっ。バッカじゃないの?」

「別々のグループになったら、そもそも戦えないじゃない」

「その時は本戦に持ち越しだ。いつかは戦えるだろ?」


 そう答えると、グレイスとカーラだけじゃなく、チャールズとゲラルドも驚いたような表情を浮かべた。隣からも息を呑むような気配がする。


「う、嘘でしょ?」

「あ、あんたたち、本気で本戦に行けると思ってんの?」

「勿論だ。そっちのチームだってそうだろ?」

「そ、それは……」

「……………」

「違うのか?」


 今度は俺が驚く番だった。純粋な疑問に、けれど答えは返ってこない。


「何にしろ、あれだけ言ってくれたんだ。約束するってことでいいよな?」

「う……でも……」

「いや……ねえ……?」

「いいよな?」


 はっきりしない二人に一歩詰め寄ると、シイキに肩を引かれた。


「ゆ、ユート君、ほら、列を詰めないと」


 首を回して横目に後ろを見ると、またそこそこの距離が開いていた。他の生徒に迷惑をかけても悪い。俺は早口で畳み掛けた。


「約束だからな! 俺たちは絶対に本戦に出るから、お前たちも出ろよ!」


 何だか一方的になったけど一応の約束を交わしてからシルファたちに合流した。すると、周りの目が俺たちに向いていることに気づく。


「あれって、例の編入生か?」

「ふふ、かっわいー」

「高等部にもまだあんな奴がいるんだな」


 笑い声、あるいは呆れたような声がそこかしこから聞こえる。予想とは違う反応に首を傾げる俺に対し、シルファはため息をついた。



 ◇ ◇ ◇



「言いたいことはいくつかあるけれど、とりあえず勝手にチームを巻き込まないでほしいわね」


 受け付けが終わり会場に移動すると、シルファは半眼でそう言った。俺は両手を合わせて頭を下げる。


「ごめん。俺たちのチームを弱いって言ったことをどうしても取り消してもらいたくて、つい……」


 遠足の時といい依頼の時といい、どうにも俺は自分の気持ちを優先してしまう。それが周りに迷惑をかけることも分かっているはずなのに、いざその時になると自分でも止められなかった。早く折り合いをつけられるようにならないとな……。


「……まあ、あの二人に対しては私も思うところがあったし、あなたの気持ちも分かるわ。次からは不用意な約束はしないよう気をつけてね」

「ああ。二人も巻き込んじゃってごめんな」

「いやぁ、僕は別に」

「そ、そんな、寧ろ私の方こそ、私がいたせいで、嫌な気持ちにさせてしまって……」

「ん? どうしてフルルが悪いことになってるんだ?」

「フルル、悪いのは完全に向こうの方よ。あなたが悪く思う必要なんてこれっぽっちもないわ」

「そうそう。フルルが謝ることないよ」

「あ、ありがとうございます……」


 皆から気にすることはないと言われたフルルが笑みを作る。それでも責任を感じているのか、その笑顔からはどこか無理をしている感じがした。どちらかというと、からまれたのは俺のせいな気がするんだが。


「ところで、俺が本戦に出るって言ったとき、周りが何か変な空気になったけど、あれはどうしてだ?」

「それも言いたいことの一つよ、ユート。本戦に出たいって気持ちは、当然あそこに並んでいた生徒たちだって持ってる。なのにわざわざ言葉にするなんて、軽々しい発言と受け止められても仕方ないわ。おまけにあなたは個人戦じゃ負けっぱなしなんだし、余計空しく響いたでしょうね」


 うーん、そういうものなのか。じいさんは俺が強くないって分かっていても、意気込みは買ってくれたんだけどな。


「そういうわけだから、今後は思うだけにしておきなさい。強い気持ちなら尚更ね」

「分かった。……あれ? じゃあどうしてさっき、あの二人は本戦に行くって答えなかったんだ?」


 本戦に持ち越しって言った時に驚いたのはシルファが説明してくれた理由だとしても、その後、本気で本戦に行けると思っているかと聞き返した時に二人が言い淀んだのは不思議なままだ。自分たちの発言が軽はずみなものと捉えられるのが嫌だったんだろうか。

 ふと視界に入ったフルルとシイキの表情が、複雑なものになっていることに気がつく。二人にも何か思い当たることがあるのか?


「そこについても説明しないとね。前に話したけれど、本戦に行けるのは六つに分かれたグループ内の上位二チーム。そして予選に参加するのは大体六十チーム前後だから、十チームの中で二位以内に入らないといけないわ。シード権を持っているチームは除外されているとは言え、それは当然、簡単なことじゃない。特に私たち一年生は、年季の差がある上級生を打ち負かさないといけないしね。だから一年生はほとんど駄目元で参加するのよ。楽しむというと語弊があるけれど、先輩のチームに胸を貸してもらったりして、自分たちのチームの実戦経験を積むのが目的なの」

「ふうん、俺たちと目指しているところが違うんだな」


 一番の目的が経験を積むことだから、本戦に出場できるかどうかは重視してないってことか。


「けど折角参加するなら、本戦で優勝する気でやればいいのにな」

「え……?」


 シイキが信じられないものを見るような顔になる。フルルはぽかんと口を開けていた。シルファも無言で、何度か瞬きをする。


「……これもいけないことか?」

「いえ、ふふ、それでこそユートね。その通りだわ」


 シルファが無表情を崩す。良かった。優勝する気でやるなとか言われたら、混乱していたところだ。

 その直後、鐘の音が鳴り響いた。いつもは授業の始まりと終わりを告げる音だけど、今日は意味が違う。


「皆さん、おはようございます」


 おはようございます! と生徒たちの声が合わさる。この声は学院長先生のものだ。振り返って見ると、会場の中央で浮遊している学院長先生の姿があった。その上の方に、淡く光る大きな球体が浮かんでいる。声はあそこから出ているみたいだ。


「今日の日のために、皆さん並々ならぬ努力をしたことと思います。その成果が見られること、大変楽しみにしています。どうか思う存分、皆さんの成長した姿を披露してください」


 はい! と一斉に返事が上がった。それを聞き届けてから、学院長先生はゆっくり地面に降りていく。代わりに浮かび上がったのは、細目が特徴的なフィディー先生だ。


「それでは皆さん、受け付けした際にチームの代表者に配った紙を開いてください。そこに書かれた数字に応じて指定された場所に移動してください。一番から二十三番はAグループ、二十五番から四十四番はBグループ――」


 グループごとの番号が告げられていくのと同時に、空中に光で大きく『A』、『B』と描かれていく。あの下に移動しろということだろう。


「二十四番は欠番なのか? というか、グループごとのチーム数自体おかしい気がするんだが」


 Aグループは二十三チームでBグループは二十チームだ。均等じゃないしそもそもの数が多すぎる。一グループ十チーム前後と聞いていたのに。


「当日の朝に受け付けをする都合上、事前に全体の数が分からないから、グループの振り分けに使用する数字は欠番があることを前提にしているの。受け付けが終わった後、残った数字を元にグループごとのチーム数が均等になるよう範囲を調整するってわけ。だから数字の上では釣り合ってないように見えて、対象となるチームの数は同じなのよ」

「そういうことか」


 歩き出したシルファについていきながら頷く。丁度繰り返しとなる二度目のグループ番号の説明が終わったところだった。


「今、百五十番までがFグループって聞こえたんだが、そこまで数を大きくする必要があるのか?」

「高等部の生徒数は全体で三百弱。チーム対抗戦は最低二人から参加できるから、そこが上限なのよ」


 成程。そう言えば俺たちも、シイキが入る前は三人で対抗戦に出ようとしてたもんな。全員が二人のチームで対抗戦に出場するなんてことまずないだろうけど、理論的な最大チーム数を想定しているってことか。


「シルファさん、私たちは何番だったんですか?」

「百番よ」

「へえ、キリがいいね」


 シルファが広げた紙を見せる。そこには『100』と書かれていた。


「………………」

「……? どうしたの? ユート」

「あ、いや、何でもない。百番ってことは、Eグループだな」

「……そうね」


 シルファは怪訝そうな表情をするも、特に追及せず前に向き直った。

 なんだったんだろう、今の。何か変な感じがしたんだけど……気のせいだったのかな。


「これで揃ったか。点呼を行うので、呼ばれたら返事をするように」


 指定された場所に移動してすぐ、リュード先生が手元の紙を見ながら点呼を始めた。名前を呼ばれたチームの代表者が次々に声を上げる。九度のやり取りの後、俺たちのチームが呼ばれた。


「チーム・シルファ」

「はい。シルファ以下四名、揃っています」

「よし、全員いるな。それではこれより、Eグループにてチーム対抗戦の予選を行う。呼ばれたチームから前に出るように」


 続けて呼ばれた二つのチームが前に出る。俺たちの出番はまだみたいだ。リュード先生が魔法石から試合用の大きな障壁魔法を発現させると、他のチームはそれを囲むように移動を始める。


「皆、出番はまだだからって気を抜いちゃダメよ。他のチームの試合を見て、今後の対戦相手の情報を集めるわよ」

「はい!」

「ああ」

「うん」


 いよいよ、チーム対抗戦が始まる。

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