二度目の感想会
「そこまでです!」
フルルの言葉で試合が終わる。僕はやっぱりそうなったかと、障壁魔法石の近くで屈みながら首を捻るユート君を見て思った。
ユート君の得意とする防御魔法は空中に固定するものだ。それを動かすためには、その固定する力を使用者が操作する必要がある。ユート君は最初、その場に固定する力は取り除けたものの、自分では全くその力を加えられずに自由落下させていた。
そして今、ユート君は空中に固定することに成功した。この短期間でかなりの成長だ。けれど残念ながらその力が弱かった。
例えるなら、小さな子供が大きな盾を扱うようなものだ。最初は持ち上げることすらままならなかったけれど、今はどうにか持ち上げることに成功した。だけど盾が攻撃を受けた時の反動を抑えるまでには至らない。それじゃあ盾自体が壊れなくても、攻撃を完全に防いだとは言えない。
防御魔法を足場としても使っていたユート君だ。固定するための魔力もないわけじゃないんだろう。けれどただでさえ少ない魔力を操作にも割いてしまっては、その場に留める力も当然少なくなる。さっき攻撃を受けて押されてしまったのはそのためだ。
楕円形魔術式にすればその点も解決するだろうけど、すると今度は別の問題が生じる。防御魔法の強度や固定する力は強くなるけど、それ以上に維持に必要な魔力が跳ね上がってしまうのだ。ユート君自身、楕円形魔術式によって発現させた魔法は、魔力の供給が追いつかないから維持ができないと言っていたから、防御魔法を維持しながら動くという本来の目的が叶わなくなる。
そもそも小さな魔術式しか作れないユート君は、楕円形魔術式にすることで魔法の強さを補っていたんだ。普通の魔術式から防御魔法を発現させたところで、大きさ相応のものしか作れない。もっと大きな魔術式から放たれた攻撃を防ぐこと自体無茶なんだ。
結局のところユート君にとっては、防御魔法を動かすなんて実用的じゃない。
「そういう、ことか……」
障壁魔法が消えると同時に、ユート君の納得したような声が聞こえた。こちらに背を向けているシルファに、今僕が考えていたような話を聞かされたんだろう。
シルファにだって、こうなることくらい分かっていたはずなのに、どうして最初から教えてあげなかったんだろう。こんなの時間の無駄じゃないか。
二人の元へと向かいながら、僕はもやもやとした気持ちになった。
「今回は、前回の試合から成長した点を挙げていくわ。先ずは自分の所感を話して、それに対して他の皆が意見を言うという形ね」
「はい」
「分かった」
「うん……」
全員が頷いたのを見て、僕の右側に立つシルファも頷く。
「最初はシイキよ」
「え、僕?」
また一番多く勝ったシルファからだと思ったのに。
「そうよ。さあ、どうぞ」
「ええっと、じゃあ……」
心の準備はできてなかったけど、ずっと黙ったままでいるのも悪いし、頭の中で話を組み立てながら話し始める。
「やっぱり、形成が早くなったのが成長かな。たまに失敗しそうになってヒヤッとすることもあるけれど、どうにか早さと正確さを両立できていると思う」
窺うようにシルファを見ながら答えた。
「終わりかしら?」
「う、うん」
「ありがとう。そうね。形成は早くなったし、精度もそこまで悪くなかったと思うわ」
「え、あ、ありがとう……」
あまりにも自然なお礼の言葉にびっくりする。シルファ、ちょっと変わりすぎじゃないかな?
「私もそう思います。見て分かるくらい早くなりました」
「魔術式は粗いけど、狙いはちゃんとしてるもんな」
「あはは……。粗いのはまあ、対抗戦の後に直すってことで」
今のところ魔法を暴走させたりはしてないし、ちょっと魔力消費量が増えるってだけで問題はないはずだ。慣れたこの魔術式なら、きっと対抗戦でも扱える。
「他に何かあるかしら?」
「あ、えっと、いいですか……?」
フルルが控えめに手を挙げた。一瞬、依頼の時に僕の体力不足を指摘されたことを思い出す。
「いいわ。言ってみて」
「お手柔らかにしてくれると嬉しいかな……」
「は、はい。その……」
フルルは上目遣いで、僕ではなくシルファを見ながら口を開いた。
「け、結局、シイキさんは、このチームを追い出されなくて済むんですか?」
「あ……」
僕の加入が一時的になる可能性を聞かされていたフルルの質問に、思わず声が漏れた。そうだ。本戦に出場する以前に、僕にはシルファから提示されていた条件があったんだ。
「そうね。これはシイキに聞いてみましょうか。あなたは私が言った加入条件を満たしたと、胸を張って言えるかしら?」
シルファの視線が僕を射抜く。僕は反射的に目を逸らして、そこからゆっくりとシルファに向けた。シルファと向かい合ってからも、何度か声を出そうとして、けど言葉にならなくて、ただ時間だけが過ぎていく。
「………………」
シルファは黙って僕の答えを待っていた。それに気づいて少しだけ冷静になれた僕は、大きく息を吐く。そして鼻から息を吸うと、意を決して口を開いた。
「……言える、よ」
震える唇から、ようやく言葉を出せた。それを聞いたシルファが、一瞬眉を動かす。僕の肩が震えた。
やっぱりダメ? そう思い至り、緊張と諦めが同時に心に湧く。
「……及第点ね」
ため息混じりにポツリと呟かれた言葉の真意が、すぐには分からなかった。
「え?」
「あなたをチームから追い出さなくても良さそうだと思ったのよ」
それを聞いた時、思わず、息を呑んだ。
「本当に!?」
「嘘を言ってどうするのよ。質の悪い冗談は嫌いなの」
「やったな、シイキ!」
「おめでとうございます!」
フルルからもお祝いの言葉を貰う。じんと胸が熱くなった。
僕がシルファに認められた。どこか信じられないような気持ちで、こみ上がってくる喜びをゆっくりと噛みしめる。
「ただし、境遇は仮のままよ。本戦に出場できなければ、結局はチームから抜けることになるんだから」
「あ、う、そうだね……」
「そんなことにはならないさ。この四人なら、きっと予選も勝ち抜けるはずだ」
「わ、私も頑張ります!」
ユート君の頼もしい言葉にフルルが続く。いけない。嬉しさで涙が出そうだ。
けれど、本当に良かったんだろうか? ふとした疑問から、喜びに影が差す。
後でシルファに話すとは言え、結局あのことについては解決していない。こんな中途半端なままなのに、どうしてシルファは認めてくれたんだろう? 数合わせ……いや、シルファはそんなんで加入させることはしない。もしかして最初から僕の加入は決めていて、それでもあえて、士気を上げるためにお題目だけの条件を付けたんだろうか? まさか、そんなこと……。
「さて、シイキの成長も感じられたところで、次はフルルの番ね」
はっとして意識を外に戻す。フルルが小さく頷いた。
「私は、少しだけですが、魔術式が大きくなったと思います。それと、翼はまだ上手く使えませんけど、感覚はかなり取り戻してきていると思います。だから予選では、翼を使って、皆さんの役に立ちたいです。……以上です」
「ありがとう。……けどねフルル」
シルファはゆっくりと首を横に振った。
「水を差すようで悪いけど、翼を使うのは禁止するわ」
「え? で、でも……」
フルルは戸惑うような声を出す。前回の感想会では翼を使えるよう勧められたのだから、驚くのも無理はない。けれど僕も、シルファの意見に賛成だった。何故なら――
「フルル、あなたはまだ一度も、周りに人目がある状態で翼を出せてないでしょう?」
シルファが軽く周囲に目を配る。その視線を追うと、少し離れた場所で障壁魔法を展開している他のチームの生徒たちや、観客席に座ってそれらを眺めている人影があった。
「う……」
痛いところを突かれたフルルが言葉に詰まる。つまりは、そういうことだった。
練習中にフルルが翼を扱うことは何度かあった。でもそれは僕やシルファの魔法で壁を作って、周りからは見られない状態の時だけだった。その時は実戦もこなせるくらい翼を使いこなせているんだけど、いざ壁を取り払おうとすると、本人はまだ自信がないと言って翼を引っ込めるのだった。
シルファや僕が何度か試してみようと誘いはしたものの、首を縦に振ることは一度もなく、結局今の今までしてこなかったんだ。シルファの判断は当然だった。
「あ……」
正論をぶつけられて項垂れるフルルが、一瞬、過去の自分と重なった。自然と出てしまった声を隠すように口元を押さえる。幸いと言っていいのか、二人は向かい合ったままで、声に気づいた様子はなかった。
そうか、シルファもこんな気持ちだったのかな……?
「……でも、きっと……」
フルルは視線を落としながらも食い下がる。途端に、シルファの目が鋭くなった。
あの目が意味するところは知っていた。自分に向けられているわけでもないのに、背筋が冷たくなる。
「一度でも練習で試せていたら、こんなこと言わずに済んだのだけど」
「っ……」
重くなった口調で変化を察したのか、弾かれたようにシルファを見上げるフルルは、その目に射すくめられて肩を震わせる。怖い。フルルの気持ちが痛いほど感じられた。
その表情は、けれどすぐに消えて、シルファはいつもの無表情に戻る。そのことに驚く自分がいた。
「あなたはあなたができることをすればいいの。それで十分、チームの役に立ってくれるんだから」
「そ、そうだよ。気にすることないさ」
とりあえず、僕は声を明るくして同調する。実際にフルルは落ち着いてさえいればちゃんとした魔術式を形成できる。わざわざ失敗のリスクを高めなくても活躍できるはずだ。
……間違いなく、力不足ではあるだろうけど。
「……そう、ですね」
僕たちの言葉に、フルルは曖昧に頷いた。ふう、良かった。渋々ながらフルルも納得してくれたみたいだし、これでこの話は――
「俺は使ってもいいと思うけどな、翼」
――終わらなかった。意見を異にするユート君に顔を向けたのは僕だけじゃない。
「ジェンヌ先生も俺と手合わせできる程度には使いこなせてるって言ってたし、俺がいない間も訓練してたんだろ?」
「それは、まあ、そうだけどさ……」
「けどそれは、私たちの魔法で壁を作って、外から見られない状態にしてのことよ。ジェンヌ先生との訓練だって、特別に一対一でしてもらっているんでしょう?」
「……はい」
消え入るような声でフルルが答える。
「今日まで衆人環視の中で実践できていないのは致命的よ。ただでさえ緊張しやすい状況なのに、余計に緊張するような真似はさせられないわ」
「でもフルルはできるかもしれないって思ってるんだろ? だったらわざわざ禁止しなくてもいいんじゃないか?」
「根拠のない自信を当てにされても困るもの。今ある実力を確実に発揮してもらうためにも、余計なことは考えさせない方がいいわ」
「根拠ならあるだろ。少なくとも、俺たちしかいない状況なら翼を扱える。もっと言えば、下手したら死んでたかもしれない竜神様との戦いの時にだって使えてた」
「そうね。ただその経験があって尚フルルは、ここの生徒の目に触れることを拒んだの。それだけ周囲の目を気にしているのよ。それを克服した根拠はないわ」
「なら今からでも、翼を出させる訓練を――」
「い、いいです!」
ユート君の言葉を遮るように、フルルが叫んだ。
「……もう、大丈夫です。ごめんなさい。翼は、使わないようにします」
「……そうか。俺もごめんな。勝手に話を進めようとして」
「いえ……」
苦笑いするユート君に、フルルは目を合わせなかった。ふう、とシルファがため息をつく。
「決まりね。フルルは予選では翼を使わないこと。いいわね?」
「はい……」
「ならこの話は終わりよ。フルルの成長について、何か他に意見はあるかしら?」
「………………」
暫く重い沈黙が続き、シルファが頷く。
「ないみたいね。なら次、ユート」
「ん、分かった」
ユート君の声色はいつも通りだった。今はそれがありがたい。でも同時に、さっきも感じたもやもやとした気持ちが生まれる。
ユート君、どうしてそんな声が出せるんだい? 予選直前になって、今まで頑張って身につけたものが、何の役にも立たないって分かったのに。
「俺もフルルと同じで、少しだけ魔術式が大きくなったと思う。そのおかげか、防御魔法を動かすこともできた。今までは動かせなかったから、予選前に手札が増えたのは良かったと思う。……こんなものかな」
小さく笑みを浮かべて続けるユート君。自分の成長を素直に喜んでいるみたいだった。対照的に、僕の心は穏やかじゃなくなっていく。
「ありがとう、ユート。何か言いたいことがある人は?」
「……じゃあ、いいかな?」
少し待って、他に誰も言い出さないことを確認してから手を挙げた。
「ああ、遠慮せず言ってくれ」
「ユート君はどうして、防御魔法を動かそうと思ったの?」
シルファを視界に入れながら尋ねる。今回は僕を睨んだりはしなかった。
「個人戦のためってのが大きいかな。身を守りながら動ければ、相手の攻撃を受けにくくなるから」
ユート君の表情は変わらない。僕はそれを見て、何とも言えない気持ちになった。
「でも分かったでしょ? 防御魔法の大きさもそうだけど、ユート君の小さな魔術式じゃ、相手の攻撃を受けた反動も抑えられない。……あまり言いたくないけど、そんなんじゃ全然役に立たないよ」
「そんなことないだろ。弱い攻撃なら防げるし、それに――」
「そこまでよ」
大きくはない、けれどはっきりとした制止の言葉だった。
「し、シルファさん?」
「元々、防御魔法を動かせるようになってほしいと頼んだのは私なの。だからここからは私が引き継ぐわ」
「……言われただけじゃなくて、俺も納得したから動かす訓練をしたんだけどな」
「分かってるわ。でもここは私に言わせて」
シルファが僕を見る。反射的に目を伏せるも、よく見るとその目は睨みつけるようなものじゃなかった。寧ろどこか同情的にさえ見えて、混乱してしまう。
「シイキ、確かにあなたの言う通り、ユートの魔法は満足に相手の攻撃を防ぐこともできないわ。けどできることが増えるのは、間違いなくプラスに働く。魔法使いらしからぬ動きをするユートには、尚更ね」
「それは、もっと強化魔法の効果を強めたり、今使える防御魔法を大きくしたりすることよりも優先されるの?」
「ええ」
シルファは力強く頷いた。そこに確信めいたものを感じて、僕は何も反論できなくなる。
「……分かった。リーダーがそう言うなら、それでいいよ。ユート君も、ごめんね」
「謝ることないさ。シイキの言うことも的外れってわけじゃないし」
ユート君は本当に気にしてないようだった。禍根を残すような結果にはならなかったようで安心する。
「他に無いようなら、最後は私ね。と言っても、特に実感できた成長もないのだけど」
「そうか? 若干魔術式の形成が早くなってる気がしたけど」
「そう? ふうん、なら少しは進歩したのかしらね」
今回も全勝のシルファは、特に気負うでもなく自然体で受け答える。
その時、僕はようやく、胸の中のもやもやの正体に気づいた。
「……何だか、余裕があるね? シルファ」
「……そうね。今まで四人揃ってチーム対抗戦を迎えるなんてことなかったからかしら。今回の対抗戦は、今までで一番余裕があるわ」
「本当にそれだけ?」
自分でも、いつもより声が低くなっていることが分かった。皆も違和感を覚えてか、僕に視線を向ける。
「し、シイキさん?」
「何が言いたいの?」
シルファの視線が鋭くなる。少し頭に血が上っていたみたいだ。少し後ろめたく感じるも、シルファから視線は逸らさなかった。
僕としても、対抗戦の前日になってユート君やフルルに余計な心配をさせるのは本意じゃない。それでも、このもやもやした気持ちを抱えたままじゃいられなかった。
「……ごめん、ちょっと向こうで、二人きりで話さない?」
一息置いて、僕はかつてのチームメイトにそう提案した。




