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予選間近

「九十八……九十九……百!」


 小さな魔術式の形成から光弾の発現までを百回繰り返す練習を終えて、一息つく。個人的にはかなり早くできたという実感があった。


「八十四……八十五……」

「えっと、六十…………六十、一…………」


 隣ではシルファとフルルが、さっきまでの僕と同じように前方に光弾を放ち続けている。あのシルファよりも早かったということは素直に嬉しい。


「シイキ、最後の方、魔術式粗かったぞ」

「あ、そうだった? まあ真っ直ぐ飛んだし許してよ」

「ん……分かった」


 反対側にいるユート君からの指摘に軽く笑って返す。いつもぶっちぎりで終えるユート君は、他のメンバーが終わるまでその魔術式を確認する役割を持っていた。しかもユート君だけ楕円形魔術式で、百回を超えても光弾の発現を続けたまま。


「よく続けられるよね。それもそんな早さで」

「これも訓練の成果さ。両手を使える分楽な方だし。あ、フルル、それ若干右側に魔力が寄ってる」

「は、はい!」


 いつものように話すユート君。その手の先からは楕円形魔術式が現れては消えてを繰り返していた。そこから発現した維持に特化した光弾は、豆粒みたいな小ささでゆっくりと飛んでいく。そんな光弾が次から次へと放たれて続いていく様子は、まるで何かの隊列のようだった。


「………………」


 延々と放出され続ける光弾は、どれがどれだか分からないくらいにほぼ同じだった。光の強さ、進む速さ、消える時間に至るまで殆ど差がない。狙いも正確で、光弾は吸い込まれるかのようにある一点に辿り着いては消えていく。何もないその空間に何かあるのではと疑ってしまうほどだ。おまけに発現の間隔すら一定ときている。

 これだけの神業を披露しておいて、大したことないとか言っちゃうんだもんなぁ、ユート君は……。本人からしてみたら、試合に勝てなくちゃ意味がないってことなんだろうけど。


「……九十、九…………ひゃ、く!」

「お疲れ様。それじゃあ五分休憩よ」

「ふぁ、ふぁい……」


 ユート君の御業を眺めている間に、フルルも練習を終えたみたいだった。よっぽど疲れたのか、フルルはその場でへなへなと座り込む。


「フルル、大丈夫か?」

「へ、平気、です……」


 対照的にユート君は全く疲れを見せていない。小さな魔術式とは言え、あれだけ続けていたら魔力は勿論、精神的にもかなり消耗するはずなのに。最早怖いよユート君。


「平気には見えないわよ? フルル。休憩時間、もう少し延ばしたほうがいいかしら?」

「い、いえ! 大丈夫です!」


 フルルは慌てたように首を横に振る。


「そう? 無理して倒れられても困るんだし、辛い時には辛いって言っていいからね」

「ほ、本当に、大丈夫ですから……」

「………………」


 うーん、どちらかと言えば僕もシルファの意見に賛成なんだけど、何でだろうな。本当にそれでいいの? って気持ちが湧いてしまう。明後日には対抗戦なのに、何かと休憩も多いし。いや、フルルだけ休ませておくっていうのも違う気もするし、これでいいと思うんだけど……。


「さて、練習に戻るわよ。フルル、翼は使えそう?」

「えっと……すみません。今日も、壁を作ってもらっていいですか?」

「……分かったわ。シイキ、手伝って」

「うん……」


 今日もダメか。心の中で呟きながら、僕は防御魔法の準備をする。発現させるのは視界への影響が少ない半透明のものではなく、強度を重視した不透明な壁だ。

 そこそこの時間をかけて、半球状の障壁魔法の中に、僕たち全員が入れる円柱状の空間を作る。


「できたわよ。さあ、翼を広げて見せて」

「はい!」


 フルルは白と黒が入り混じった翼を広げると、かなりの早さで大きな魔術式を形成した。手だけでなく、翼も補助に使っているからこそできることだった。


「『アロー』!」


 出来上がった魔術式から、目にも止まらぬ速さで魔法が射出される。矢のような魔法はシルファの防御魔法に当たり、その表面に穴を残した。


「その調子よ。どんどん放ちなさい」

「はい!」


 フルルは翼を使えることがよっぽど嬉しいのか、立て続けに魔法を発現させる。さっきまでの疲労はどこへやらだ。これが実戦でも使えるようになれば大きいのに、と心中で嘆息する。

 依頼の時はあれだけ大勢の前で翼を披露したフルルだったけれど、どうやら未だにここの生徒の前で翼を広げるのは躊躇っているらしい。前の感想会で翼を使うことに慣れてないと言っていた割には、僕たち以外に人目がなければここまで使いこなせているし、技術的に問題ないのは明らかだった。

 残すは心の問題のみってところだろうけど、このままじゃ予選には間に合わなさそうだよな。悩んでいたってどうしようもないし、多少強引にでもここで翼を見せたほうがいいような気がするんだけど。

 ちらと横目でシルファを見る。シルファは防御魔法の維持に集中しているようだった。

 荒療治しようという気はないらしい。僕は諦めて、シルファと同じように防御魔法の維持に集中することにした。



 ◇ ◇ ◇



「今日はここまでね。寮に戻りましょう」


 チームとして連携して戦う練習を終えると、シルファは赤くなった空を見てそう言った。


「んー、ちょっと物足りないな。もう少しいくつか試してみたかったんだけど」

「明日まで我慢しなさい。フルル、歩ける?」

「……ふぁい……」

「あはは、疲労困憊って感じだね」


 僕としてもまだまだ余裕はあったけど、フルルの疲れ具合からしてもこの辺りで切り上げるべきだろう。やっぱり、翼を使えないとフルルはまだまだみたいだ。


「……ごめん、なさい。私の、せいで……」

「あ、ごめんな。フルルが悪いって言ったつもりはないんだ」

「フルル、気にしなくて平気よ。私たちはチームなんだから、必要以上に気遣わないで」

「……ありがとう、ございます……」


 フルルはシルファに手を引かれながら、覚束ない足取りで歩いていく。その様子を後ろから眺めながら、隣にいるユート君に小声で話しかけた。


「ユート君はさ、予選、勝ち残れると思う?」

「……簡単じゃないだろうな。今まで休憩時間とか、見える範囲で他のチームの動きも観察してたけど、強そうなチームが何組かあった」

「そうなんだ……」


 そんなところにまで気にかけていたなんて、ユート君は本当に隙が無いな。


「けど絶対に無理って程じゃない。勝ち続けなくちゃいけないってわけでもないみたいだし、戦略を間違えなければ、きっと……」


 ユート君の言葉はどこか歯切れが悪い。そのことが自信の無さを、ひいてはこのチームに対する認識を物語っているようだった。


「……もう少し、できると思ってたんだけどな」

「シイキ?」

「あ、ううん! なんでもない。明後日にはもう予選があるし、気合い入れていかないとね」

「ん、そうだな」


 頑張らないと。暗くなりかけている空を見上げ、心に強く言葉を刻んだ。



 ◇ ◇ ◇



「なあシルファ、シイキ、最近変じゃないか?」


 予選を明日に控えた日の放課後、障壁魔法の外からシイキとフルルの試合を観戦しながら、隣のシルファに小声で話しかける。シルファもまた、顔を動かさずに答えた。


「最近というと、いつからかしら?」

「一昨日の放課後からかな。もっと言うと、シルファが推薦された後から、なんか焦ってるように見えた」


 フルルが放った光弾を、シイキは発現させた黒い刃で防ぐ。蛇の群れを思わせるようなシイキの魔法は光弾が炸裂するたびに折れていくも、残った刃が徐々にフルルとの距離を縮めていった。フルルは近い刃から狙いを定めていくものの、発現の早さが追いついていない。優勢なのはシイキではあった。

 けれど――


「そうね。予選までに強くなろうと躍起になっているみたい。あなたの指摘を受けて魔術式を改善するどころか、今まで以上に発現の早さにこだわって、益々形成が雑になっているわ。そのせいか魔法は脆いし、決着まで時間もかかってる」


 まあ無理矢理矯正しようとして本番に間に合わなくなるよりかはマシなんだけど、とシルファは複雑そうな表情を浮かべた。実際にシイキからは、予選が近いこの時期に癖を直すのは難しいと言われているし、俺自身それが一朝一夕で解決できるものじゃないと知っているから、そこについては仕方ないと思うけど。


「なんか今の調子じゃ、何をするにしても良くないと思うんだよな」


 フルルは光弾で対処することは諦めて、素早く新たに魔術式を形成して、防御魔法を発現させる。けれど時間が足りなかったため魔術式は小さく、また作りも粗い。発現した光の壁も小さく薄いもので、あっという間に黒刃に削られていく。


 パン!


 やがて、刃の一つが防御魔法を貫いて、フルルの薄膜に至った。


「そこまで」

「あ、ありがとうございました!」

「ふう……ありがとうございました」


 互いに礼をして、試合が終わった。次は俺とシルファの番だ。フルルが障壁魔法石から魔力を出し切ると、二人と入れ替わるようにして障壁魔法の範囲内に入る。


「シルファはどう思う?」


 障壁魔法石に魔力を込めながら、シルファを見上げて尋ねた。


「今は好きにさせていいと思うわ。誰しも焦ることはあるでしょうし、それが成長に繋がることだってあるはずだから。実際シイキの形成は早くなったしね」

「そうかもしれないけど、このままじゃ予選を勝ち抜くのは難しいんじゃないか?」

「いいえ。予選なら今のままでも、十分勝ち抜ける可能性はあるわ」

「そうなのか?」


 意外な答えに驚く。俺は個人戦じゃ負けてばかりだし、授業でだって負けることの方が多いのに。


「私とあなたの二人だけでも四人のチームといい勝負ができるのよ? もう二人いるだけで勝率はかなり高くなるわ。それに予選は負けたら終わりってわけじゃないの。参加するチームの数にもよるけれど、大体六グループに分かれて総当たり戦をして、そのグループ内の上位二チームが本戦に出場できるのよ。そういうわけだから、今の私たちでも本戦に出られる可能性はあるわ」

「んー、そう単純にいくか?」


 俺たちと同じく、クラスを跨いでチームを組んでいる生徒は、授業では仮のチームを組むことになる。そこといい勝負ができても、チーム対抗戦となれば相手だってもっと強くなるはずだ。

 それに相手は同級生だけじゃない。普段戦うことのない上級生のチームとだって戦わなくちゃならない。

 実力が未知数の相手が多いのに対して、俺たちはこの前ようやく四人のチームになったばかりだ。一緒に依頼を受けた仲だとは言え、周りと比べて連係の練度は低いだろうし、個人の実力もシルファ以外突出しているわけじゃない。


「確かに、このチームのメンバーはまだまだ実力不足よ。ユートは相手を撹乱させることには長けているけれど、初見じゃなければ実力者相手にはあまり有効じゃないし、攻撃手段に乏しい。フルルは翼が使えるならかなりの戦力になるけれど、残念ながら今回の予選までに使いこなせるようになるとは思えない。シイキは多少形成の早さが向上したけれど、魔術式が粗削りなせいで威力が伴ってない。ユートの不安も理解できるわ」

「なら、どうして?」

「それは……いえ、今は言わないでおくわ。あくまで勝算があるというだけで、実際に勝てるかどうかは定かじゃないし、もしかしたら希望的観測かもしれないから。的外れなことを言って楽観視されても困るし」

「そんな、それじゃシイキは――!」


 しー、とシルファは自分の唇の前に人差し指を立てて囁く。離れた二人が不思議そうにこちらを見ていた。


「落ち着いて。この話はまだ二人に聞かせたくないの。でも確実に勝ち残れる保証なんてできないわ。試合で何が起こるかは、始まってみないと分からないもの」

「……そうだよな」


 一つ深呼吸して気持ちを落ち着かせる。少し興奮してたみたいだ。絶対に勝てる勝負なんてあるはずないのに。


「悪い、大声出して。それでシイキの焦りは、シルファの勝算には影響しないのか?」

「何とも言えないわね。ただ、下手に刺激しても良くないってことは分かるわ。シイキにはシイキの考えがあるようだし、そういう意味でも今は放っておくのが正解だと思う。だから今はその代わりに、自分が強くなることに集中しましょう」

「分かった」


 シルファの言う通り、本戦に出場したいのであれば、自分の実力を上げることが第一だ。シルファが言うには今のままでも勝算はあるらしいけど、より勝てる可能性を上げるためにも気を抜かないようにしよう。


「やっとね」

「ん、みたいだな」


 そこでようやく魔法石が光り出し、障壁魔法を展開していく。俺とシルファは離れて向かい合った。


「お二人とも、準備はいいですか?」

「ええ」

「ああ」


 よく通るフルルの声が外から聞こえ、俺たちは頷き合う。


「それでは、はじめてください!」

 パアン!


 手を打ち駆け出す。右手で発現させた強化魔法を右足に、左手で発現させた強化魔法を左足にかけ、全速力で距離を詰める。けれどシルファの形成も早い。このままじゃまた、辿り着く前に防御魔法を発現させられてしまう。

 なら、試してみるか。

 強化した右足でいつもより少し高く跳ぶ。それによって生じた僅かな時間で、右手の楕円形魔術式から再び強化魔法を発現させ、左手の魔法と合わせて左足に二重強化魔法をかける。

 練習ではしてこなかった形での二重強化魔法の発現。その試みは――


「っし!」


 成功! 加速した俺はシルファに肉薄する。


「ふっ!」


 しかしシルファは鋭く息を吐くと、形成し終えた魔術式に魔力を込める。間に合わないか。


「っと!」


 前に出した右手の先、楕円形魔術式から防御魔法を発現させるのと同時、上体を大きく反らし、左手から強化魔法を付与した左足で後ろ宙返りするように地面を蹴る。それだけじゃ止まらない勢いを、抱えるようにして持ち上げた右足の靴底を防御魔法に当ててようやく止め、防御魔法が消える寸前で右足を伸ばし切り、シルファから距離を取った。


「相変わらずとんでもない動きをするのね、ユート」

「それが取り柄だからな。間に合わなかったけど」

「そうね。つまり私の勝ちよ」


 大きな魔術式を形成しながら、シルファは勝利を宣言する。


「それはどうかな?」


 まだ一度も防御魔法を動かすことができていない俺は、それを知っているシルファに対し、不敵に笑って見せた。


「実戦で初めての成功を収めるつもりかしら?」

「………………」


 その問いには答えないまま、両手で防御魔法の魔術式を形成する。今の自分に作れる最大の魔術式だ。俺が形成を終えてすぐ、シルファの魔術式も完成した。


「啼け、『ブリザード』!」


 防御魔法が消えるのと同時、シルファが魔法を発現させる。無数の氷のつぶてを広範囲に放つものだ。俺はいつもこの魔法でシルファに負けている。

 けれどそれは今までのことだ。今回はまだ分からない!

 魔術式を構えた状態で体をできる限り低くする。そうして的を小さくしても、全体を守れるほどの大きさの防御魔法は俺には作れない。そもそも攻撃を防げても動けないんじゃ一時しのぎにしかならず、シルファが魔法の範囲を狭めてしまえばあっさりやられてしまう。所詮は小さな魔術式だ。俺を逃がさないよう攻撃範囲を広げている分威力が分散されているけれど、集中させてしまえば俺ごときの防御魔法じゃ受けきれない。

 そうならないためにも、動かせる防御魔法を発現させる必要があった。さながら盾のように構え、相手の攻撃を受け流しながら移動することができれば、こういう状況でも勝ち目が生まれる。その防御魔法が全身を守るものじゃない以上どうしようもない時はあるけれど、とれる選択肢が増えるという意味でも習得の価値はあるはずだ。きっと明日からの予選にも役立つし、それで負けを勝ちにできれば、シイキは退学せずに済むかもしれない。

 だから、今、成功させる。


「……っ!」


 魔術式に魔力を込める。魔術式の保持に必要な魔力と魔法の発現に必要な魔力、更には魔術式と防御魔法が地面に落ちないよう空中に留めるための魔力を、注ぎすぎて暴発しないよう慎重に、けれど確実に注いでいく。

 シルファの魔法が俺に到達する直前、光り輝く魔術式から防御魔法が発現する。


「よしっ!」


 半透明の防御魔法は、確かに浮遊した。あとはこれを動かして――


 ガッ!

「え?」


 氷のつぶてが当たると、防御魔法は押されるようにしてこちらに近づいた。


 ガガガガガガッ!


 その後も防御魔法は、次から次へと飛来する氷のつぶてが当たるたびに、それ自身を発現させている魔術式に接近する。


 パキィン!


 防御魔法に押された魔術式が甲高い音を発して壊れる。魔術式からの魔力の供給がなくなった防御魔法も、空気に溶けるように消えていった。


 パン!


 そして、身を守るものが失くなった俺はシルファの魔法を避けきれず、氷のつぶてを受けた薄膜が強く光って、消えた。

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