感想会
「そこまで! 勝者シイキ」
「くそー、負けたか」
「ふう、危なかった」
昨日どうにか課題を終わらせた僕は、約束通りシルファのチームに入ることができた。今日は改めて全員の実力を見るということでチームメンバー内の総当たり戦を行い、僕は二勝一敗だった。
「これで綺麗に順位が決まったわね。それじゃあ、感想会をするわ」
魔法競技場の一部に発現させた障壁魔法の中で、僕たち四人はその中心にある半球状の魔法石の元に集まる。
「先ずは私からね。と言っても、二人にはいつもと同じことの繰り返しになるかしら。ユートに対しては、近づかれる前に防御魔法を発現させて、それが残っている間に大規模魔法を発現させる。フルルに対しては、地力の差で押し切る。で、シイキに対しては、大規模魔法を発現させないよう小さな光弾でちょっかいをかけながら、先に大規模魔法を発現させる。それぞれそういう方針で戦ったわ。何か気になった点はあるかしら?」
三戦全勝のシルファの問いかけに、僕は何も言い返せない。シルファは相変わらず隙が無いというか、安定した立ち回りをしていた。魔術式の形成も見てて全然危なげなかったし、特に指摘するような箇所はなかった。
と思っていたところに手を上げたのはユート君だ。
「俺との戦いには当てはまらないけど、今回シルファは相手より先に攻撃用の魔法を発現させてたよな。例えばだけど、シルファと同じくらいの早さで魔術式を形成できる相手がいたら、先に攻撃するのは危なくないか? 攻撃が届くまでの間に、相手はもっと大きな魔術式を形成できるわけだし」
あー、そういう見方もできるか。僕やフルルはシルファほど形成が早くないから、先手をとるのは正解だったと思うけど。僕が参加する前は、フルル相手でもあえて後手に回っていたのかな?
「そうね。ただ魔術式は作り始める時に大体の大きさや構成を決めておく必要があるわ。作り始めてからもある程度は臨機応変に形成できるけど、形成が終わった部分を無理に変えようとしたら全体が破綻するし」
「で、でも、そうならないよう、魔術式の形成は部分部分で終わらせないで、最後に全体を仕上げるって習いましたよ?」
「その通りよ、フルル。けどそれにも限界があるわ。形成を終わらせていなくても、ある程度完成した部分に手を加えるのは難しいの。おまけにユートの想定だと、形成する側には相手の魔法が近づいてきているから、早く形成を終わらせないといけないっていう焦りも生じる。そんな状態で作りかけの魔術式の構成を変えるのは難しいわ」
「た、確かに……」
「待った。それは元々の魔術式の大きさがシルファと同じくらいで、先に放たれた魔法よりも大規模にしないと相殺に終わるから、無理に大きくするって例だろ? 構成の段階でシルファの魔術式より大きな魔術式を想定していたら、相手は魔術式を形成し直す必要がない」
「ええ。その場合は先に攻撃した私が不利になるわね。私が放った魔法は撃ち落とされ、相手の反撃が始まるわ」
「そ、そうなったらどうするんですか?」
「そこからはユートに対しての戦略と同じかしらね。相手が私より大きな魔術式を形成させたのが見えたらすぐ、防御魔法用の魔術式の形成を始めるわ。それでやり過ごしている間に、大規模魔法の準備をするの」
「相手の魔法が防御魔法で防ぎきれない規模だったら?」
「その時は負けね。そうならないよう、相手の魔術式がある程度の大きさになる前に攻撃するの。そういう意味じゃ、最初の攻撃はけん制の意味合いが強いかしら」
「け、けん制、ですか……」
その攻撃で押し切られたフルルが苦笑いする。似たような境遇の僕も何とも言えない気持ちになった。
けん制っていうけれどフルルの魔術式と同じくらいの大きさだったじゃないか。僕も後出しでようやく相殺できる程度の魔法しか発現できなかったのに。
魔術式の大きさを比べるべくもないユート君はどう感じたんだろうかと横目で見ると、さっきと変わらない表情で納得したように頷いていた。多分もうこういう、自分よりも大きな魔術式の話には慣れているんだろうな。そんなユート君を置いて僕たちがショックを受けるなんて嫌味みたいなものか。
うん、切り替えていこう。僕は少しの間目を閉じて気持ちを鎮める。フルルも何か思うところがあったのか、目を開けた時には元の表情に戻っていた。
「私についてはもういいかしら? じゃあ次、シイキの番よ」
「ん、了解」
感想会か。こういうの久しぶりだから少しわくわくするな。そんな自分を認めつつ、戦闘を振り返る。
「僕もまあ、相手に合わせて方針を立てたかな。ユート君に対してはシルファと同じで、先に防御魔法を発現させてから大規模魔法を放つ。フルルにはそこそこ大きめの魔術式を用意する。シルファには魔術式の大きさで勝負しようとしたんだけど、シルファが言った通りけん制されちゃって、強みを押しつけられなかったのが敗因かな。……こんなところでいい?」
「ええ、構わないわ。それじゃあ、何か意見があれば」
まあ特に形成を失敗したわけでもないし、指摘は少ないだろうな。
「はい」
なんて思っていた矢先にユート君が手を挙げた。何だろう? こういう相手の時どうするか、みたいな質問かな?
「前々から気になってたんだけど、魔術式少し変じゃないか?」
「へ、変!?」
まさかの指摘に思わず聞き返してしまう。変って……ちゃんと魔法は発現できたのに。
けど他の二人も、何故か納得したように頷いていた。え、僕がおかしいの?
「安心しなさい、シイキ。私でさえ言われたことよ」
「いや意味が分からないんだけど!?」
「シイキ、簡単な魔術式を形成してくれないか? できるだけ早く」
「え? う、うん……」
訳が分からないまま、とりあえずユート君の言葉に従って魔術式の形成を始める。右手を上に向けて魔力を放出し、その一部を操作して他の魔力を魔術式の形に整えていく。一秒ほどで光弾を発現させるための魔術式が完成した。
「形成したよ」
「ありがとう。じゃあその魔術式、よく見てくれ」
「うん……」
見ながら形成したんだけど、何か変なところでもあるのかな? 半信半疑で自分の形成した魔術式を注視する。
「あ……」
「気づいたか?」
「えっと、魔術式の光が、左側が少し強い?」
「正解」
ユート君がにっと笑って見せる。え、本当にこれが正解!? 確かにその通りだけど、こんなの言われなきゃ気づかない程度の誤差っていうか、魔法にはほとんど影響しない部分じゃない!?
「シイキの言った通り、この魔術式は左側に余分な魔力がつぎこまれちゃってるな。その分の魔力が無駄になっているってのと、若干魔力が偏っているせいで魔法自体非効率になってる。多分普通に発現させるだけだと真っすぐには飛ばないから、補正するために追加で魔力を注がなきゃならない」
「そ、そんなことまで分かるの……?」
「ああ」
何でもないことのように頷くユート君。相変わらずの常識外れっぷりだった。魔術式を見ただけでそこまで分かるなんて……。
驚く半面、そんなユート君だからこそ楕円形魔術式なんてものを扱えるんだろうなと納得できるところもあった。確かに円形魔術式なら多少非効率なだけで済むだろうけど、こんな偏りがあっちゃ楕円形魔術式なんてまず形成できない。
「それで、これと似たような偏りが防御魔法を発現させるための魔術式にもあったからさ。早いうちに矯正したほうがいいんじゃないかって思った。あ、その後の大規模魔法は特に問題なかったぞ」
「まあ、『ブレイド・ルーツ』の魔術式は時間をかけて形成できたから……」
とは言え、最初の防御魔法だってちゃんと発現できてたし、多少変でも問題ないと思うんだけどな。
「そうね。もし『ブレイド・ルーツ』の魔術式も粗かったら、ユートは凌げたでしょうし」
「それは分からないけど、その可能性は高まったかもな」
あう……。そう言えば前、授業の後に魔力を無駄にしてるってシルファに指摘されたっけ。そう考えれば確かに正確さは大事なんだろうけど……。
「ただ、正確さばかりを気にしても仕方ないんじゃないかな? どうしても早さを優先しないといけない場面も出てくるだろうし」
「確かに慣れないうちは両立させるのは難しいけど、意識するだけで大分変わってくるぞ。非効率な魔術式形成が癖になると失敗する確率も上がるし、いざ正しい魔術式を作ろうとした時にも時間がかかるから、そこからでも始めてみたらどうだ?」
「……努力してみるよ」
とは言ったものの、あまり乗り気になれない。たまに非効率になったとしても、十分形になっているものにこだわるよりも、どんどん色々な魔法に挑戦したほうが成長できる気がするし。失敗なんて誰でもするものだし、練習で失敗しないなら十分じゃないかと思う。
それに、対抗戦まで時間がないんだ。今まで上手くいってたものを下手に意識するほうが失敗に繋がりそうだし、折角言ってもらったユート君には悪いけど、あまり気にしないことにしよう。うん。
「他には……特にないわね。それじゃあユートの番よ」
一勝二敗のユート君に順番が回る。
「俺もいつも通り、相手の魔術式が完成する前に詰め寄って、速さで翻弄して倒すって戦い方だったな。ただ、先に防御魔法を発現させられた時は、一旦退いて相手の大規模魔法をやり過ごそうとした。結局うまくいかなかったけどな。俺からはそんなところだ」
「どうしてそうしたの?」
試合の時から気にかかっていたことを質問する。授業中での個人戦の時は、ユート君は防御魔法を発現されてもその近くでどうにか防御魔法を壊そうとしていた。だから僕が防御魔法を発現した時もそうするものだと思っていたのに、ユート君は今自分で言った通りに距離を取ったんだ。ユート君の実力じゃ大規模魔法を捌ききれないことは分かっていたはずなのに、どうしてそんなことをしたんだろう。
「防御魔法を動かして、攻撃を防ごうと思ったんだ。今の俺の防御魔法は空中に留まったままだからな。それを自由に動かせるか試したかった」
あっけらかんと言うユート君に、眉をひそめる。
「防御魔法を動かすって……」
僕が言いかけると、シルファがこちらに鋭い視線を向けた。余計なことを言うな。そう釘を刺されているようで、僕は慌てて口を閉じる。
「試合中に練習しようとしたんですか?」
「ああ。それもうまくいかなかったけど」
「……いや、普通はそうじゃなくて、練習でできるようになったことを試合で実践するものじゃないかな?」
シルファを窺いながら疑問を口にする。どうやら今のは口にしても問題ない内容だったみたいだ。
「それが理想なんだけど、魔法を向けられる機会ってそんなに多くないからな。失敗する確率が高いって分かっていても、その機会を使って数をこなしたかったんだ。こういう試合もある意味練習みたいなものだし」
「それはそうかもしれないけど……」
普通試合って、その時に出せる全力を出すのが大事っていうか、練習でできるようになったことをきちんとやるっていうのが鉄則のはずなのに。ユート君はよく、まだできもしないようなことに挑戦しようって思えるなぁ。
いやまぁ、僕もあまり人のことは言えないんだけど。
「一応訊いておくけれど、勝負を投げたわけではないのよね?」
「ああ。その時は素直に負けを認めるさ。今までと同じやり方じゃ負けるから、たとえ成功する確率が低くても、新しいことを試して勝ち筋を見出したかったんだ」
「すごいですね……」
「そうか?」
フルルが感心したように声を漏らす。僕も改めて、ユート君をすごいと思った。僕だったら試合中に新しいことを試すなんて絶対にできない。きっとユート君は、実戦の中でも成長していかなくちゃならないような過酷な環境で育ったんだろうな。ユート君から聞かされた旅行の話を思い出して、一人納得する。
「ならいいわ。最後はフルルね」
三戦全敗のフルルが小さく頷いた。
「わ、私は、前にユートさんに指摘された、魔術式の変なところを直すことを意識してみました。少し形成が遅くなってしまいましたが……」
それを聞いて、フルルを相手にした時に魔術式の形成が遅かったことに合点がいった。僕が言われたこと、フルルも言われてたんだ。ちゃんと言われたとおりに修正しようとするのがフルルらしい。
「ただ、まだ翼を使って魔術式を形成することに慣れてないので、その、手だけで魔法を発現させました。……すみません」
ユート君の話を聞いて、挑戦しなかった自分に負い目を感じているみたいだった。そんなの気にすることないのに。
「謝らなくてもいいわ。無理に大きな魔術式を作って魔法を暴走させるよりかは、堅実な方が遥かにマシよ」
「……もしかしてそれ、僕のこと言ってる?」
「例え話をしただけよ。他意は無いわ」
「そう言えばシイキさん、前に大きな魔法を制御できなかったって……」
しまった、墓穴を掘ったか。
「あはは、まあね……」
「だ、大丈夫、だったんですか?」
「うん。僕はこの通り、何も……」
「その代わり、一緒に戦ってた仲間が何人か戦闘不能になったけどね。『裏切り者』というあだ名も、そこからきたものよ」
「そんな……」
「……はっきり言うね、シルファ」
僕の脳裏に、あの日の記憶がまざまざと思い浮かぶ。シルファは声の調子を落とさずに続けた。
「事実を述べたまでよ。下手に誤魔化す方が良くないわ」
「それは、そうだけどさ……」
「……ごめんなさい」
「いやいや、フルルが謝ることじゃないよ」
「………………」
「………………」
無理に明るく言ってみるけど、雰囲気は暗いままだった。僕も言葉が続かず、口を開けなくなる。
「どうしたんだ? 皆急に黙ったりして」
そんな状況で声を上げたのは、心のどこかで予想していた通り、ユート君だった。
「や、ほら、大規模魔法を暴走させるって、結構大変なことだから」
「それは分かるけどさ、もう終わったことの話だろ? 俺の知る限り、シイキは一度も魔法を暴走させたことなんてないし、いつまでも引きずることないんじゃないか?」
「いや、でも……」
「……ユートの言う通りね。過去に囚われたままなのは良くないわ」
シルファからの思いもよらない言葉に、少しの間言葉を失う。
「……それ、シルファが言う? 散々その時のことを掘り返してきたくせに」
「ええ、今まさにそのことに対して反省しているところよ。悪かったわね、シイキ」
「え、あ、うん……」
やけに素直なシルファの言葉にうまく返せない。一体どうしたんだろう。これもユート君効果かな?
「話を戻すわ。フルル、確実にできることをするっていうのは大切よ。ただ時には不確実でも、難しいことに挑戦する必要が出てくるわ。それは分かっているわよね?」
「は、はい」
「いい子ね。そのことがちゃんと理解できているなら大丈夫よ。練習でなら翼を使った魔術式の形成もかなりものになっているんだし、対抗戦までにはきっと使いこなせるようになっているわ」
「そ、そうでしょうか……?」
「ジェンヌ先生にも太鼓判押されたんだし、俺もそこは心配する必要ないと思うぞ」
「あら、そうなの?」
「はい……。でも、その……」
「……失敗するのが怖い、というところかしら」
フルルが言いにくそうにしていることは何か。僕の予想した答えを、シルファが口にした。フルルは無言で頷く。
「けど失敗を恐れてたら何もできないぞ?」
「ユート、少し黙っていなさい」
いつもの調子で言うユート君をシルファが制した。ユート君は首を傾げながらも口をつぐむ。僕は苦笑いしながらその様子を眺めた。
ユート君の真っすぐなところは好きだけど、こういう場面だと裏目に出ちゃうんだな。さっきユート君に指摘されたことじゃないけど、僕も自分で分かっていても割り切れないところを突かれたら、今のフルルみたいに委縮しちゃう気がする。
「いい? フルル。練習でどんなに上手くいっていることでも、実戦で失敗することはありえるの。私だって何度も失敗を重ねてきたわ。中には取り返しのつかない失敗だってあった」
フルルが小さく肩を震わせた。その肩に、シルファが優しく手を置く。
「けどね、私たちは同じチームのメンバーなの。私はフルルの努力を知ってるし、ユートはフルルの可能性を信じてる。たとえフルルが魔法の発現に失敗したとしてもできる限りカバーするし、その失敗はフルルがチームのために大きな魔術式を作ろうとしたからだって分かっているから、責めたりすることはないわ」
「シルファさん……」
黙るよう言われたユート君もうんうんと頷いている。それを見たフルルも、表情を引き締めて頷いて見せた。
「ありがとうございます。私、対抗戦までに必ず、翼を使って見せます!」
「ふふ、心強いわね」
一旦話が終わって、他に誰からも意見が出ないことを確認すると、シルファは軽く手を叩いた。
「今日の感想会はこのくらいでいいかしらね。それじゃあ各々、自分の課題と向き合って励むように」
「は、はい!」
「分かったよ」
「………………」
「ユート、もう喋っても構わないわよ」
「ん、そうか」
「ユート君、本当にシルファの言いつけを守ってたんだ……」
「ああ」
特に気にした風もなく頷くユート君。ホント、素直というか律儀というか。
「シルファ、もう練習再開していいか?」
「勿論よ」
「よっし、次こそ」
ユート君は早速端の方に移動すると、魔法の練習を始めた。そのやる気に満ち溢れた姿に、どことなく重くなっていた空気が和らいだように感じる。
「シイキさん、私たちも」
「うん、そうだね」
頑張らないと。ユート君から分けてもらったやる気を胸に、僕たちも魔法の練習を再開した。




