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御前試合

「この辺りがいいかしらね」

 魔法都市グリマールから歩くことおよそ十分。俺たちは主要な道から外れた草原にやってきた。

「フウガ、席を頼めるかしら」

 和服を着たままのチトセさんがそう言うと、突然空中に大きな布が広がった。護衛の一人がやったんだろうけど、あまりに突然のことだったから驚く。

「さあ、シイキも座って」

「し、失礼します」

 未だに緊張したままのシイキがチトセさんの隣に座る。その間に俺は素足になった。踏みしめた草の感触に頷く。

 うん、やっぱり素足が一番だ。道中で許可をもらえて良かった。

「ところで、本当に全力でやっていいんですか?」

「ええ、勿論。安心して、ユート君には怪我をさせないようにするから」

 俺には、か。向こうは薄膜魔法のようなものを使うのか、俺なんかじゃ太刀打ちできないくらい強いのか。何にしろ、本気でやれるのはありがたい。

「ユート君のお相手は、トモエ、貴女よ」

「はい」

「うわっ」

 今度もいきなり、チトセさんの背後から人が現れる。シイキは驚いて体勢を崩した。

「シイキ、失礼よ。ユート君を見習いなさい」

「すみません!」

 シイキが頭を下げた相手は、気にしていないという風に首を横に振った。

 トモエと呼ばれた護衛の人は、頭と目以外、全身を真っ黒な服で包んでいた。暗い環境で身を隠すためのものなのだろうけど、明るい今だとかなり浮いている。背は俺より少し高いけど、体の線は細そうだ。

「隠密魔法を解いて良かったんですか?」

「ええ。そうしないと試合にならないでしょう? それとも、姿を隠したままのトモエと戦える自信があるのかしら?」

「いえ、手も足も出ないと思います」

「素直ね」

 チトセさんが微笑む。一応じいさんから姿の見えない相手との戦い方も教わったけど、こちらに全く気配を悟らせなかったトモエさんがまた隠密魔法を使ったら、多分何もできないまま負けるだろう。

「それじゃあ、試合の準備をするわね」

 チトセさんが手を上げると、その手の先から魔力の光が漏れる。けれどチトセさんは、魔術式を形成しようとはしなかった。放出された魔力はただ光を残して空気に溶けていく。

 何をしているんだろう? あれじゃただ魔力を消費しているだけじゃ――

「…………?」

「あら、ユート君どうしたの? 急にきょろきょろして」

「その、何か違和感がありまして」

 上手く言葉にできない感覚だった。強いて言うなら、肌に触れる空気の質が変わった、といった感じだろうか。そう言えばじいさんといた時もたまに、こんな感覚があったような……。

 曖昧な答えにも関わらず、チトセさんは嬉しそうだった。

「ふふ、その感覚は大事にするといいわ。今、二人が怪我しないようおまじないをかけたの」

「おまじない、ですか」

 それは魔法とは違うのか? 答えが出せないうちに、チトセさんは魔力の放出を止めて手を下ろす。

「それじゃあ二人とも、位置について」

 位置? と聞き返す前に、チトセさんが手を前に出す。同時に、少し離れた場所に背の低い木が生えた。俺は驚きのあまり声を出しそうになる。

 今のは間違いなく魔法だ。けれどそれを発現させるための魔術式は見えなかった。ゲイルさんも使っていた、見えない魔術式だろうか? でもそれなら本来チトセさんの近くに現れるはずだ。シルファの『フリーズ・ロック』みたいに魔法を飛ばしたわけでもないのに、一体どうやって?

「ユート君はあの木のところに。トモエは、言われなくても分かるわよね?」

「はい」

 トモエさんは何ら迷う素振りも見せず、すたすたとどこかへ歩いていく。一体何が分かるんだろう。

 俺は首を捻りつつも、大人しく指定された場所へと向かった。背の低い木は俺が近づくと霧散する。この近くに魔術式でもあるのかと軽く視線を動かすも、何も見つからなかった。わけの分からないことだらけだ。

 だが、俺のやることは分かっている。振り向いて、距離が離れたトモエさんと向かい合った。一体どれだけ強いのか。恐れと期待に胸が高まる。

 きっとこれも入学試験と同じだ。チトセさんの目的は、俺とトモエさんの実力を競わせることじゃなくて、竜を相手に逃げ切ることならできると豪語した俺の実力を見ること。試合と言うよりは腕試しみたいなものだろう。それなら遠慮なく胸を貸してもらおう。

「二人とも、用意はいいかしら?」

「はい」

「はい」

 俺は軽く重心を落とす。トモエさんは自然体のままだ。

「それでは、始め」

 パアン!

 チトセさんが手を上げると、俺は両手を鳴らしてトモエさんに向かって駆け出した。強化魔法はまだ使わず、体を低くして距離を詰めながら、相手の出方を窺う。

 トモエさんは、けれど、まるで動じなかった。およそ魔法使いらしくない俺の動きに対しても、試合前と変わらず自然体を保っている。

 誘い? だとしても魔術式がないならこのまま――

「っ!」

 咄嗟に左へと飛び退くと、さっきまで俺の右肩があった場所を細い何かが通りすぎた。あれは?

「うっ!」

 回り込もうとした俺は前に出しかけた左足を強引に止める。その前を細い物が通り過ぎ、すぐに霧散する。

 細長い針みたいな魔法だ。それは分かった。けれどトモエさんは体の向きをこちらに合わせただけで、魔術式は見当たらない。今度こそ見えない魔術式を形成しているのか、それとも別の方法を使っているのか。

「ふっ」

 一瞬だけ動きの止まった俺を狙う攻撃、それを後ろに跳んで避ける。相手がどんな手段を使っているか分からなくても、起きたことを冷静に受け止めすぐに行動に移せ。じいさんの教えを思い出しながら、俺はトモエさんの攻撃を躱し続けた。動きながら、トモエさんに近づく方法を考える。

 魔法は今のところ一度に一つしか飛んでこないから、それをやり過ごせば近づけるだろう。攻撃の速さも大体把握したから、俺が対処できる距離までなら詰められる。けれど俺がそうであるように、向こうもまだ実力を見せていないはずだ。近づいたところで攻撃の数が増えたり、魔法が急に速くなったりしたら避けきれない。

 ここは、待ちだな。

 俺はある程度近づいたところで足を止めると、体を低くしたまま普通の魔術式から防御魔法を発現させ、トモエさんの攻撃を防ぐ。そしてもう片方の手で別の魔術式を形成し、光弾でトモエさんに攻撃した。威力は貧弱。速さは普通の人でも見て避けれる程度。飛距離もトモエさんに届くかどうかというようなお粗末な光弾だ。

 ボン!

 トモエさんに向かった光弾は、しかし途中で破裂する。トモエさんの魔法で迎撃されたらしい。それに構わず再び光弾を放ちながら、魔術式を保ったままゆっくりと近づいていく。こういうとき動かせる防御魔法が使えると便利なんだけど、使えない俺は一回一回足を止めながら防御魔法を発現させていった。

 ボン! ボボン!

 光弾を放ち続けていると、俺に対する攻撃が少なくなってくる。魔法を迎撃に割いているせいだ。これならもう少し行けるか? 

「あ」

 僅かに一歩を踏み出した直後だった。突然トモエさんの前に大きな魔術式が現れる。左手で形成していたらしく、足下から胸辺りまでの直径を持つ魔術式は俺から見て右に寄っていた。

 魔力を供給された魔術式が光り輝く。

 それを待っていた!

 足で形成した楕円形魔術式から強化魔法を発現。一足で大きく右に跳ぶのと同時に、トモエさんの魔術式から大量の針魔法が放たれる。ギリギリで範囲外に逃れた俺は小さく回り込むようにして互いの距離を縮めた。

 トモエさんの目が僅かに大きくなる。そこに勝機を見出だした俺は、トモエさんが魔術式をこちらに向けるより早く跳躍した。

「!」

 低い体勢から一転、空中に跳び上がった俺をトモエさんの視線が追う。それが追いつく前に、足の楕円形魔術式から発現させた防御魔法を蹴って空中を駆ける。

 トモエさんにとっては予想外の連続だろう。そこから生まれる動揺こそ俺の狙いだ。繊細な魔術式は焦りながら形成できるものじゃない。トモエさんが実力を十分に発揮する前に、ここで仕留める!

 空から強襲する俺にトモエさんが魔術式を向ける。その魔術式が光り輝いたところで、両手の楕円形魔術式から強化魔法を発現させた。二重強化魔法だ。

 ダダン!

 トモエさんを飛び越えて着地すると、すかさず背後から肉薄する。トモエさんの左手はまだ上を向いている。攻撃の出所から逆算して、右手で最初の針魔法を発現させていたのは分かっていた。右手から放たれることが分かっていれば、加速した今の俺なら避けられる!

 頭で攻撃の流れを組み立てた時だった。

 ――ゾクリ

 全力で後ろに跳ぶと、トモエさんからいきなり、横に回転する巨大な刃のような物が現れた。楕円形魔術式から発現させた防御魔法が容易く切り裂かれる。

 跳んで避けるか? いや、トモエさんはまだ魔術式を残している。避けた先を狙われることを考えれば、ここは距離を取りつつこの魔法を見切ることが優先!

 後退しながら保持した楕円形魔術式から連続で防御魔法を発現させる。それらを受けた回転する刃は止まりはしないものの、明らかに回転の勢いが落ちてきた。それにより攻撃の正体が明らかになる。

 これは、確か手裏剣って武器だ。じいさんに見せてもらった物は剣が四つだったけど、これは剣が三つで三角形に近い形をしている。

 本来であれば目標に突き刺さって傷を与えるものだが、大きく、また回転が速すぎるそれは最早別の武器のようだった。いや、そもそも魔法か。

 ガッ!

 ふと下らないことを考えたところで、十個目の防御魔法に突き刺さった手裏剣の動きが止まる。防御魔法が霧散すると手裏剣は地面に落ち、やがてそちらも徐々に消えていった。

 今の魔法を防ぐためには、防御魔法が最低十個は必要か。防ぎきれることが分かっただけ収穫はあったけど、ここからどうするか……。

「ユート君」

 戦略を練り始めたところで、急にチトセさんから声がかかった。

「な、何ですか?」

「試合中にごめんなさいね。実はもう、私が見たいものは見れたの。だからもし、ユート君にこれ以上続ける気がないなら、試合を終わらせようと思うのだけれど、どうかしら?」

「……はい、終わりで構わないです。ありがとうございました」

 トモエさんに対して頭を下げる。トモエさんも小さく頭を下げた。

 実際これ以上続けても、最大の勝機を逃した俺は足掻くことくらいしかできなかった。俺の手の内が分かったチトセさんも、それを悟ったんだろう。

 息をついて体から力を抜く。手加減してもらってもこの様か。やっぱり俺はまだまだだな。もっと強くならないと。

「ユート君、すごかったわ!」

 そう意気込みながらチトセさんのもとに戻ると、立ち上がったチトセさんに満面の笑顔と拍手で迎えられた。予想外の対応に戸惑う。

「え、いや、結局一度も攻撃できませんでしたよ?」

「けれど一度も攻撃を受けなかったでしょう? そのことが素晴らしいの。防御、回避、そして何より、いち早く危険を察する能力が高い水準で備わっているわ。竜に挑もうとするだけあるわね」

「そこまで言われる程じゃ……。最後の攻撃なんて、完全に勘で避けたものですし、運が良かっただけです」

 試合中は行動に重きを置いていたけど、考える余裕ができた今も、どうしてあそこで退くことができたのか答えを出せないでいた。違和感? 山勘? とにかくこのまま近づいたらまずいと確信したのを覚えている。

 そんな曖昧な根拠からの行動だったというのに、チトセさんは首を横に振った。

「運を引き寄せるのも実力の内よ。それにそういう直感は、ユート君が積み重ねた経験から閃くもの。その結果回避行動をとることができたのなら、それも十分実力と言えるわ」

「あ、ありがとうございます……」

 ここまで誉められるとは思ってなかった。トモエさんの方がよっぽどすごいし、チトセさんもかなりの実力者だと思うのに、俺なんかを認めてくれるなんて。いつも小馬鹿にしてくるじいさんとは大違いだ。

「流石はビャクヤの弟子ね」

「じいさんを知っているんですか!?」

 今度こそ驚愕した。チトセさんは口元に手を当て、くすくすと笑う。

「ええ、よく知っているわ。ユート君もよく小馬鹿にされたんじゃないかしら?」

 大きく頷いた。じいさんのにやにやした笑いを見た回数は数えきれない程だ。

「チトセ様、そろそろ」

 不意に、低い男の人の声が響いた。一瞬身構えるも、チトセさんが自然体のままなので、フウガという護衛の人の声だと悟り、警戒を解く。

「あら、そうね。続きは街に戻りながらしましょう。ね? シイキ」

「そ、そうですね」

 シイキが立ち上がると、敷かれていた布が徐々に消えていく。注視すると、布の下にあった草だけ、上に何かが乗せられているかのように背を低くしていた。それらが一斉に持ち上がり、布が取り除かれたのだと分かる。

「隠密魔法が気になる?」

「はい。ここまですごい隠密魔法は初めて見たので、どういうものなのか知っておきたくて」

「勉強熱心ね。そういうところも素敵よ」

「ど、どうも……」

 誉めた後には大抵何かしら貶すじいさんを思い出したせいか、チトセさんの称賛を素直に受け取れない。くそ、こうなったのもじいさんのせいだからな!

「けど本当に安心したわ。ユート君が居てくれるなら、退学の心配はないわね」

「退学!?」

 シイキが声を上げる。俺も唐突な話の流れが分からず眉をひそめた。チトセさんは俺の方を向き、人を安心させるような笑みを浮かべながら続ける。

「グリマール魔法学院では、もうすぐ対抗戦があるでしょう? そこの個人戦かチーム戦で、本戦にさえ出場できなかったら退学させるって、シイキの家の人から伝えるよう言われたの。でも大丈夫よ。ユート君がいればチーム戦で本戦に出場できるから、退学なんてしなくて済むわ」

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