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待ち合わせ

「ユート君、もう来てたんだ」

 約束の時間までまだ十五分はある。少し早すぎたかなと思っていたのに、ユート君は既にそこにいた。

「ああ。他に用事もなかったしな。鍛練ならどこでもできるし」

「みたいだね……」

 僕が近づくまで逆立ちしながら腕立て伏せしていたユート君は、何でもないようにそう言った。僕は苦笑いして返す。

 内容自体もハードだけど、よくこんな見通しのいい場所で鍛練できるなと思う。まだ早いから人通りも少ないとは言え、僕だったら気恥ずかしくて絶対できない。

「それじゃあ、少し早いけど、行こうか」

「ああ。街に出るんだろ? 楽しみだな」

「う、うん……」

 機嫌が良さそうなユート君を見て、罪悪感が湧いてくる。僕はそれを表情に出さないようにして、目の前にある学院の門に向かって歩き出した。

 門の近くで担当の先生に学生証を見せ、一日限りの外出許可を貰うと、僕たちは学院の門を抜ける。

 下り坂を暫く歩いてから、小さく切り出した。

「それで、その、昨日言ってた件なんだけど……」

「シイキの家の人が、俺と話をしたいってやつか」

「……うん」

 僕は視線を落として頷く。

 あの手紙を返してから、いつかはこうなると覚悟していたけれど、まさかあの人たちがこんなにも早く会いに来るなんて完全に想定外だった。本当はもう少しユート君と仲良くなって、僕の事情をある程度説明した上で臨むつもりだったのに……。

「ごめんね、急に付き合わせちゃって」

「昨日話してくれたんだし、急でも何でもないさ。じいさんなんか大体、直前になってからああしろこうしろって言うんだぜ?」

「あはは……」

 相変わらずのトンデモ話に、少し救われた気分になる。けれど問題は、急な誘い出しだけじゃなかった。

「まだ謝らないといけないことがあるんだ。話すと長くなるんだけど、聞いてくれる?」

「勿論だ」

 ユート君は嫌な顔一つせず頷く。やっぱりユート君は心が広いや。シルファが惹かれるのも分かる気がする。

 ユート君の言葉で緊張がほぐれた僕は、頭の中で順序だててから話し始めた。

「自分で言うのもなんだけど、僕の実家って結構力のある貴族でさ。僕は幼い頃から、そこの跡取りに相応しい人間になれるよう育てられてきたんだ」

「へえ、何だか厳しそうだな」

「いやあ、ユート君ほどじゃないよ」

 それなりに厳しい環境だったとは思うけれど、話を聞く限り当たり前のように命の危険が付きまとっていたらしいユート君の育った環境に比べれば、恵まれ過ぎていたと思う。

「十歳くらいまでは実家で暮らしてたんだけど、その頃からちょっと、……もっといい環境に身を置きたくなってね。無理を言って、地元の魔法学校に通わせてもらったんだ。そこで二年間過ごして、中等部からはここに編入したんだ」

「十歳で初めて魔法学校に通ったのか? 六歳くらいからが一般的って聞いていたんだけど」

「貴族の家だとたまにあることなんだけど、僕は学校に行くんじゃなくて、家に講師を招いて一対一で教えてもらう形で勉強してたんだ」

「成程な。シイキはそのやり方じゃ強くなれないって思ったのか?」

「あー、いや、その、ちょっと興味があったんだ。普通の子はどんな勉強をしているのかとか。そういう知識も跡継ぎとして必要だと思ってね」

「跡継ぎって大変なんだな」

「そうかもね。まあこれも宿命ってやつさ」

「ふうん」

 ユート君は小さく首を捻ったけど、それ以上は続けなかった。

「で、この学院に通うことになったんだけど、地元の学校ならともかく、この中のことは流石に僕の実家の人も把握できなくてさ。だから定期的に手紙が送られてくるんだ。どんな生活をしているだとか、魔法はどれだけ上手くなったのかとか、実家の近況と併せて、僕の成長を尋ねる内容のものがね」

「手紙か……」

 何かを思案するように腕を組むユート君。育ててくれたおじいさんって人のことでも考えているのかな。

「その手紙には学友、友達のことについて尋ねる内容のものもあってさ。シルファのこととかを書いて送ったりしてたんだけど、最近の手紙の返事で、ユート君のことを書いたんだよね」

「ああ、だから俺と話がしたいって……。いやでも、わざわざ直接会いに来るほどのものか?」

「普段はそこまでしないんだけど、今回ばかりは特別みたいなんだ」

「……もしかして、先週の依頼が関係してるのか?」

「察しがいいね。その通りだよ」

「まあ考えられるとしたら、そのくらいだしな」

 肯定して返すと、ユート君も納得したように頷く。

「そもそも実家からの手紙って、月の始めに送られてくるんだ。けれど今月は依頼があったから、すぐには返せないって連絡しておいたんだよね」

「ああ、言われてみればそうだったな」

 あの依頼は茶月(さつき)水月(みなづき)、もとい五月と六月にまたがってのものだったから、六月の返事は遅くなると先に手紙で伝えていたのだった。

「ただ事前に連絡していたせいか、依頼中に起きたことがすぐに知られちゃってさ。竜と戦おうとするなんてどういうことだって、学院に戻ってからすぐに説明を催促する手紙が届いたんだ」

「そりゃあ、心配はされるよな……」

 竜神様との戦いを思い出したのか、ユート君が遠い目をする。僕もそれを思い出して、少し背筋が寒くなった。

「それで、ここからが謝らなきゃいけないことなんだけど、竜と戦うことにした理由の一つとして、ユート君のことを書いたんだ。最強の魔法使いを目指すすごい親友ができて、その親友と一緒だったから立ち向かえたんだってね」

「そうなのか? ……なんか照れ臭いな。けど、ありがとな」

 ユート君ははにかみながら、軽く頭を掻く。

「でもそれがどうして謝る理由になるんだ?」

「……実家の人が直接会いに来る理由が、ユート君の実力を測るためなんだ。竜にも立ち向かえるほどの実力があるなら、是非会ってみたいってことで」

「竜にも立ち向かえるほどの実力? どうしてそうなったんだ?」

「僕がそう誤解させるような返事を書いたってのもあるけれど、向こうはそう解釈したみたい。竜に匹敵するほどの実力がある親友と一緒だったから、安心して共闘できたんだろうって」

 手紙の返事には決して嘘は書いてないけれど、誤魔化そうとしたことは確かだ。こうなった責任は僕にある。

「だからユート君は最初、実家の人からそういう目で見られることになると思う。それが謝る理由」

「んー。まあ竜と対峙したのは確かだし、ある意味間違ってもないか。俺は構わないぜ」

「ユート君……!」

 なんて優しいんだ。流石、僕の親友。

「あ、あとそれ以外にも、手紙を読んだ向こうがちょっと大げさな認識をしていることもあるかもしれないから、気に障ったらごめん」

「シイキが謝ることなのか? まあともかく、その程度なら問題ないさ」

「ありがとう、ユート君!」

 ユート君がいい人で本当に良かった。あとの問題は、誰が来るかかな。

 どうか話が分かる人でありますように。そう願いながら、町までの道のりを歩いた。


「貴方がシイキの永遠の親友、ユート君ね」

 どんな紹介をしたんだ。指定された場所だという料理店の外の席で、そう尋ねるように、俺は無言で右隣に座るシイキを見る。けれどこの人を見た途端固まってしまったシイキは、まだ現実に戻れていないようだった。

「少し大げさな気はしますが、まあ、そうです」

 前に向き直り、相手の女性に頭を下げる。

「改めて、ユートです。初めまして」

「初めまして。私はサクラ・チトセよ。よろしくね、ユート君」

 柔らかな声でそう言って、春の花のように微笑む女性は、肩まである桃色の髪に負けず劣らず、なんとも派手な服装に身を包んだ若い女の人だった。首から頬にかけて生えている薄桃色の鱗が、女性が竜人族であることを物語っている。

 和服、だったっけ。チトセさんが着ている服は、前にじいさんに連れられて行った竜人族の国で目にした服に似ていた。その時に見たのはもっと地味な見た目だったけど、チトセさんが着ている服は色も明るく、綺麗な模様が多い。一般的にシャツやズボン、長めのスカートなどが外出着として用いられているらしい魔法都市グリマールにおいてただでさえ目立つ和服が、その柄のせいでより人目を引いていた。ここが屋外の席ということもあって、先ほどから何度も通行人の視線が向けられている。

「サクラ様がどうしてここに!?」

 ようやく復活したシイキが驚きの声を上げる。チトセさんの登場が余程衝撃的だったらしい。

「こら、チトセさんって呼ぶように言ったでしょ?」

「す、すみません、チトセさん……」

「はい、よくできました」

 シイキが下げた頭にチトセさんの手が乗ると、シイキがびくっと肩を震わせる。チトセさんが頭を優しく撫でる間も、シイキは冷や汗をかいていた。一体どういう関係なんだろう。こうして見ると、シイキにとってチトセさんはかなり上の立場にいる人みたいだけど、何だか恐縮しているみたいだ。まるで絶対的な力の差を思い知らされているみたいな……。

 ふと思い当たるところがあった。今見ている構図はそのままに、シイキを俺に、チトセさんをじいさんに頭の中で置き換えてみる。

 ――うわ、こわっ! 俺がシイキだったら逃げるか反撃するかしている場面だ。

 ということはもしかして、チトセさんはシイキの講師、それも魔法の扱いに関する先生だった人なんだろうか。俺の実力を測るとか言っていたし、そう考えると色々と納得できることが多い。

「二人とも、今日は急に呼び出しちゃってごめんなさいね。本家の方がどうしても詳細を調査してほしいみたいで」

 本家? シイキの実家のことだろうか。変わった呼び方だな。

「それでどうしてサ、チトセさんがわざわざここに?」

「久しぶりに外に出てみたかったのよ。シイキにも会いたかったしね」

「そんな理由で、護衛もつけずにこんなところまで……」

「あら、護衛ならついているわよ」

「え!?」

 シイキが慌てて辺りを見渡す。俺も同じように周囲を探ってみた。

「ふふ、どう? シイキ。見つかったかしら?」

「……分からないです」

「ユート君は?」

「右に同じくです」

「そう」

 チトセさんは微笑みを崩さず頷いた。

「良かったわ。誰かに見られているように感じるとか、余計な心配をさせなかったみたいで」

「失礼ですが、もし俺が突然チトセさんに危害を加えようとしたら、護衛の人たちは俺を止められますか?」

「ちょ、ユート君!?」

 少し不躾だっただろうか。けれど護衛というからには、そのくらいできないといけないはずだ。そして屋外の他の席には俺たち以外に誰も座っておらず、周囲にはそれが可能な人物は見当たらない。となると――

「多分、止められるわね」

「街中で魔法を使っていいんですか?」

「特例として許してもらってるわ。一応、監視の目もついているようですし」

「え? どういうこと?」

 シイキが首を捻る。

「多分だけど、ヌヌさんと同じ魔法だ」

「ヌヌさん……。もしかして、隠密魔法?」

「正解よ」

 チトセさんが小さく両手を広げる。

「私の両脇に二人、護衛が立って周囲を警戒してくれているわ。ユート君、よく分かったわね」

「手がかりをもらえましたから。けれどそう教えてもらっても、全然そこにいるって分からないです。すごいですね」

 姿を隠していても体を動かせば僅かに空気が流れるし、歩けば当然足音がする。だというのに、チトセさんと一緒に来たはずの護衛から、動きに伴う気配がまるで感じられなかった。そもそもこんな明るい場所で完全に姿を隠すことができること自体からして、ただ者じゃない。

「ただまあチトセさん自身、護衛なんかいらないくらい強そうですけど」

「ふふ、どうかしらね?」

 探るような質問に対して、チトセさんは動じるどころか、極々自然体のまま微笑んで返した。その底知れなさに、冷や汗が流れるのを感じる。

 クゥウ

 その時、シイキのお腹が小さく鳴った。シイキは慌ててお腹を押さえて、恥ずかしそうに俯く。

「あら、ごめんなさい。折角席についてもらったのに、まだ注文の一つもさせてなかったわね。お代は私が出すから、遠慮なく食べたいものを頼んで頂戴」

「いいんですか!?」

 じいさんから貰った大金は全て学費に消え、今の俺はほぼ無一文状態だ。依頼の報酬を一部受け取りはしたものの、今後必要になった時のことを考えれば無駄遣いはできない。そんなわけで店の人には悪いけど何も頼むつもりはなかったわけだが、まさかおごってくれるなんて。

「勿論よ。来てほしいって頼んだのはこっちなんだから」

「ありがとうございます! じゃあ遠慮なく」

「あ、ありがとうございます……」

 チトセさんにお礼を言うと、早速お品書きに目を走らせる。暫くして、俺がコケ鳥の香草包み、シイキがフレンチトーストに決めると、チトセさんはゆっくりとした動作で店員さんを呼んで、淀みなく注文をし終えた。チトセさんは俺たちが来る前にもう済ませていたようで、紅茶だけを頼んだ。

 店員さんが離れると、チトセさんが俺たちに向き直る。

「さて、話を本題に戻しましょうか。私がここに来た理由は、勿論今言ったことだけじゃないわ。手紙でも伝えた通り、シイキの学院生活について色々と聞くために来たの。最強の魔法使いを目指しているという、新しくできたシイキの親友のことも含めてね」

 チトセさんの細められた目が俺に向けられる。シイキが喉を鳴らす音が聞こえた。

「単刀直入に聞くわ。ユート君、貴方は強い?」

「少なくとも、弱くはないつもりです」

「それは、竜に勝てるほどの実力を持っているという自負がある、ということかしら?」

「いえ。正直、竜を相手に勝てる自信はありません」

 俺は竜神様のことを思い出す。はっきり言って、今の俺じゃ逆立ちしたって勝てないだろう。

 首を横に振る俺に、チトセさんは変わらぬ様子で続ける。

「なのに竜と戦うことを選んだの? 竜の実力を知らなかったから?」

「それもありますが、元々の目的は竜を倒すことじゃありませんでしたから。それに――」

「それに?」

「最悪でも、死にはしないかなって思ったんです。俺、生き残ることには自信がありますから」

 竜神様は確かに強かった。今の俺じゃ戦っても勝てはしない。

 けれど、例え相手が俺を倒そうとしても、逃げ切ることはできると思う。勿論、場所や時間帯などの条件にもよるが。

「……そうですか」

 俺の言葉をどう受け取ったのかは分からないが、チトセさんはゆっくりと頷いた。

「話してくれてありがとう、ユート君。さあシイキ、今度は貴方のことについて聞かせて頂戴」

「は、はい……!」

 緊張しているのか、シイキの声は震えていた。チトセさんとどういう関係なんだろう。少し気になる。

 その後、シイキの学院生活、成績や交友関係など、当たり障りのない話が続いたところで、注文した料理が運ばれてきた。料理がテーブルに並ぶと、チトセさんが店員さんに頭を下げる。

「ありがとう。……話はご飯の後ね。さあ、召し上がれ」

「はい。いただきます」

「いただきます……」

 チトセさんにおごってもらった料理はとてもおいしかった。最後の一口をよく味わってから飲み込む。

「ごちそうさまでした」

「もう食べ終わったの?」

「ああ。おいしかったからな。チトセさん、ありがとうございます」

「ふふ、いいのよ。シイキも急がないで、よく味わって食べてね」

「は、はい……」

「ところでユート君」

 シイキのフレンチトーストも残り二切れだし、食べ終わるのに時間はかからないだろう。そんなことを考えていた俺は、チトセさんの言葉に反応するのが一瞬遅れた。

「何ですか?」

「もし良ければなんだけど、この後、試合をしてみてくれないかしら?」

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