一時の注目
「そこまで! 勝者、ナット!」
負けたか……。薄膜の消えた俺は対戦相手に頭を下げる。
「ありがとうございました」
「あ、そういうのいいから。早く障壁魔法消して」
「……分かった」
五人目の相手は随分と素っ気なかった。練習試合のために発現させた半球状の障壁魔法、その中心に置かれた、スイカを半分に切ったような形の障壁魔法石に駆け寄ると、解除用の供給口に魔力を注いで魔法を霧散させる。
「はは、楽勝だったな!」
「最初はビビるけど、初手さえミスんなきゃどうってことないね」
「あんなやつでも倒せるなんて、竜も大したことないんだな」
勝者のナットを他の生徒が讃える。俺はその間に首から提げた魔法石に魔力を注ぎ込み、体を包む薄膜を発現させた。
さて、入学した当初は魔術式の小ささからほとんど見向きもされなかった俺が、今やこうして次から次へと練習試合を申し込まれることになっているのには、勿論理由があった。
俺たちは先日、依頼を受けに学院の外に行ったのだが、その先で図らずも竜と対峙することになった。
竜は個体によっては、実力ある現役の魔導士であっても大人数で挑まなければならないほど強いこともある。そんな竜を相手に、俺たちは依頼を受けた他の魔導士の人たちと共に立ち向かったのだった。
それについて四日前、学院が俺たちを表彰したことで、話が一気に広まった。噂というのは広まるうちに尾ひれがつくもので、何故か俺が竜を倒しただなんて思われる始末だ。
噂の出所はともかく、そんなわけで俺たちに対して試合の申し込みが殺到したわけだが、受けたのは俺一人だった。断られた相手も、竜を倒した俺と戦えるのなら、と素直に引き下がったらしい。結果、俺は放課後の時間を丸々使っても戦いきれない数の生徒から挑戦を受けることとなった。
とは言え、二三日も経つと俺の実力も広まり、他の生徒とすれ違う度に戦いを申し込まれるという事態も収まった。今日戦っている相手は、クラス対抗戦を前に、魔法使いとしては珍しい戦い方をする俺の動きに慣れようとしているだけだろう。
ここ何日かを振り返っていると、別の生徒がさっきまであった障壁魔法の内側に入ってくる。
「今度は俺の番だ。魔法を発現させてくれ」
「ああ」
魔法石にはまだ魔力が残っているから、もう一度発現させるのに時間はかからない。ほどなくして二人を囲む障壁魔法が発現すると、本日六度目の練習試合が始まった。
「お疲れ様。疲れてない?」
計十回の試合が終わり、一人屈んで魔法石から魔力を放出させていると、シルファがやってきた。暗くなった空を背景に、魔法競技場に備えつけられた大きな魔法石の光を受けた銀髪が輝く。
「ああ、大丈夫だ。あれ、フルルは?」
「先に帰らせたわ。念のため、ね」
「どういうことだ?」
「私たちだけの、秘密の話がしたかったのよ。続きは外で話すわ」
シルファは抑えた声で言うと、軽く周りを見渡した。もうほとんどの生徒は帰っているけれど、まだ何人かの生徒は残っている。魔法を使われて会話が盗聴されることを警戒してるのだろうか。
「分かった」
これだけ警戒するってことは、かなり大事な内容みたいだ。丁度魔力の放出も終わったので、立ち上った俺はシルファと一緒に受付へと戻った。
魔法石の返却を終えて外に出ると、視界に広がる景色はすっかり夜のものになっていた。それでも道の脇に設置された魔法石が淡い光で足元を照らしているのでとても歩きやすい。
「先ずは、戦績を聞こうかしら」
学生寮へと続く道を並んで歩き始めてすぐ、シルファは前を向いたまま尋ねてきた。
「十戦十敗だ。通算だと五十七戦全敗」
「そう。予想通りね」
シルファは特に気にした風もなく頷く。俺は小さく口を尖らせた。
「一勝くらいしたかったんだけどな」
「ユートにとっては残念だろうけど、これが現実よ。あなたの戦い方は対策しやすいから」
「……みたいだな」
障壁魔法を背にして、前方に大きな防御魔法を形成する。試合開始直後にそれをされると、俺はほとんど何もできなくなってしまう。体を使って攻撃すると自分の薄膜が消えるし、薄膜の及ばない靴は相手の魔法に干渉させてはいけない決まりだ。そのため俺は小さな魔術式から光弾を発現させて、相手の大きな防御魔法を削っていくことしかできない。とは言えそれも、相手が魔術式に再び魔力を注ぎ込んでしまえば回復してしまうのだが。
そんなこんなで時間を稼がれている間に、回避も防御もできないような大規模魔法を発現させられて負ける、というのが敗北までの主な流れだった。
「しかし皆、よくあれだけの魔法を発現できるよな」
「広範な攻撃ができるかどうかは魔法使いにとって重要なことなの。全員が使えるわけでもないけれど、簡単なものなら高等部の生徒は大体修得しているわ」
うーん、それはかなり厳しいな。どうにか勝てる手段を確立しないと……。
「それで、試合の間に練習するよう言っておいた、魔法を遠くまで飛ばす訓練の成果は出たのかしら?」
「……いや、全然だ。動かすまでいかない」
シルファは俺が練習試合を受けると聞いた時、条件として、試合中に相手の防御魔法が間に合ってしまった場合に魔法の練習をするよう命じていたのだった。練習内容は、単純な光弾ではなく、防御魔法を動かすこと。
確かに防御魔法を動かすことができれば、一々魔法を発現し直さなくても防御することが可能になる。そんなわけで、相手に大規模魔法を発現させられる前のどうしようもない状況で練習していたのだが、発現した防御魔法が重力に従って落下し、地面に当たる前に霧散するというお粗末な結果しか残せなかった。
魔法をその場に固定させず動かすようにはできたわけだが、今の魔術式の大きさじゃ、そこから魔法を飛ばす分の魔力を込めることまではできなかった。多少なりとも大きくなっているとは思うのだが……。
「そんなにすぐ効果が出るものでもないし、今はそれで十分よ」
「十分、か……」
魔術式の大きさに直結する魔力放出量は、すぐに増えるものでもない。こんな短時間で劇的な変化が望めないのはその通りなんだが、どうにももやもやする。
「焦ってる?」
腕を組んで下を向いていると、シルファが少しだけこちらを向いた。
「ああ。最初から分かっていたけれど、やっぱり俺は遅れてるみたいだからな。早く皆に追いつかないと」
「焦る必要はないわ。あなたにはあなたの強みがあるのだから」
「けれどここじゃ通用しないし、それに……」
「それに?」
「……俺のせいでシルファたちまで馬鹿にされるのは、嫌だからさ」
俺が負けた後、この程度の奴と組むなんてと、シルファやフルルに対してまで悪く言う奴がいた。そんなの何の関係もないって分かってはいるけれど、それでも俺のせいで誰かが貶されるのは、あまりいい気分はしない。
「……そう」
シルファが顔の向きを戻す。と思ったら、そのまま俺とは反対の方に顔を向けた。
「シルファ?」
「なんでもないわ。その点については安心しなさい。ユートなら、すぐに強くなれるから」
「本当か!?」
「ええ。私が保障するわ」
シルファは今度こそ前に向き直ると、小さく、けれど確かに頷いた。明確な根拠は分からないけど、俺はそれが嬉しくて、つい頬を緩めてしまう。
「それにユートは今のままでも、クラス対抗戦では活躍できるはずよ」
「え、どうしてだ?」
「それは――」
「あ、いた! ユート君!」
その時、前から見知った相手が片手を振りながら走ってきた。
「シイキ、どうしたんだ?」
「今大事な話をしようとしているのだけど」
シルファが肩で息をするシイキを見下ろす。膝に手をついたシイキは、俺を探して結構な距離を走ってきたみたいだ。呼吸に合わせて、頭の後ろと髪の先で留めた長い黒髪が揺れる。
「ごめん。もうすぐ、門限だから、今日中に、話しておかないとって」
スカーフというらしい、首に巻いた布を押さえながら、シイキは高い声で話す。
「何かあったのか?」
「誰かがユートを呼んでるの?」
「ユート君に、お願いがあるんだ」
シイキは真っすぐ背筋を伸ばすと、腰を折り曲げて頭を下げた。
「ユート君、僕と、付き合ってほしい!」
「え?」
「…………え?」
何故かシルファは暫くの間、凍ったように動かなくなった。




