第二話エピローグ
村を出発した翌日、僅かに日が傾きかけた頃学院に戻れた俺たちは、早速依頼の顛末を報告しに向かった。
報告を終えると、生徒の依頼を担当するフィディー先生は、細い目を大きくして驚いた。
「……話は協会からの連絡を待ってからにします。とりあえず、今日はもう休みなさい。お疲れさまでした」
「はい。失礼致します」
シルファに続いて、俺たち三人も部屋を退出する。怒られることを覚悟していたけど、今は免れたみたいだ。ただ先生の表情も怒りを堪えているような感じじゃなかったし、そこまで悪い事態にはならなそうで安心した。
廊下を歩いて建物から出る。まだ授業中らしく、すれ違う生徒はいなかった。
「皆、今回は本当に良くやってくれたわ。ありがとう」
「そんな! 私なんか、足を引っ張ってばかりで……」
「それはもう言わないって約束しただろ、フルル」
「そうそう。それにフルルだって、リズさんの傷を治したり、頑張ってたじゃないか」
コホン、とシルファが咳ばらいした。
「フィディー先生も仰っていた通り、今日はゆっくり休んで、明日からに備えましょう。それとフルル、明日授業が終わったら、教室で待っていてくれる?早速一緒に魔法の練習をしたいのだけど」
「は、はい! 勿論です!」
「ねえねえシルファ、僕は?」
「貴方はまだ同じチームじゃないわ。……まあ、多少は認識を改めたけど」
「やった! なら僕も一緒に――」
「駄目よ」
相変わらず、シルファはシイキに厳しかった。もうこの四人でチームを組んでもいいと思うんだけどな。
「それとユート、この後保健室に行くわよ」
「え、なんで?」
「あれだけ激しい動きをしたのは貴方だけよ? 念のため診てもらいなさい」
「ん、分かった」
特に用事があるわけじゃないし、そのくらいなら別にいいか。
「それじゃあ、ここで解散よ」
シルファの言葉で、シイキとフルルは寮へと向かった。
「あれ、シルファは戻らないのか?」
「ユートがちゃんと保健室に行って、診察を受けたのを見届けてから戻るわ」
「そうか」
何だか過保護というか、心配しすぎな気もするけど、俺に断る理由もない。俺とシルファは並んで歩き出した。
「……ユート、ありがとう」
「え?」
唐突な礼の言葉に、小さく頭を傾ける。
「アイさんを助けようと言ってくれて。……あの時、私だけじゃ魔導士の人と一緒に行動することはできなかったと思う」
「……もしかして、シルファも最初から助けに行きたかったのか?」
シルファは無言で頷いた。
「勘違いしないで。無謀だと思ったのは事実よ。あの時点じゃ逃げるのが一番だったって、今でもそう思う。けれど逃げることを選択したら、フルルじゃないけど、ずっと心に残ったでしょうね」
どこか遠い目をしていたシルファが、俺に向き直る。
「そして、こんな充実した気持ちで依頼を終えることもなかった。だから、ありがとう」
「いや、俺はただ、自分の気持ちに従っただけだ。俺のわがままに皆を付き合わせちゃって、悪いと思ったくらいで」
苦笑いを浮かべる俺に、シルファは首を横に振る。
「ユートはそれでいいの。その素直さはあなたの良いところよ。それに心を動かされる人も少なくないと思う。私も含めてね」
「シルファ……」
「勿論、それが良く働かないこともあるでしょうね。けれどその時は私が、ううん、私たちが支えるわ」
「……ありがとう」
ああ、やっぱりチームっていいな。そんな自分の気持ちを素直に口にする。
「シルファと同じチームになれて良かった」
「っ! ……そ、そう。まあ当然かしら」
「あ、そうだ。シルファもさ、たまには素直になったらどうだ?」
「え、えええええ!?」
「ほら、シルファってよく本音を隠すというか、気持ちをはっきりと口にしないことあるだろ? けどずっとそんなんじゃ、あまり良くないと思うんだ。だからこういう、何もないときくらい、自分に正直になってみないか?」
「そ、そんな、こんな、いきなり……!」
足を止めたシルファは体の前で手をぱたぱたと振り、目を忙しなく泳がせてる。流石のシルファも、急に自分を曝け出せって言われて動揺しているみたいだ。
ふと、ここが廊下のど真ん中だということを思い出す。そうか。こんないつ誰が現れるか分からないような場所で話せって言われても困るよな。
「シルファ、こっち」
「ふえっ!?」
俺はシルファの手を引くと、廊下の突き当たりまで歩き、曲がってすぐにある階段の前で止まった。ここなら廊下からは見えないし、誰かが降りてきても音で分かる。それに廊下の端にあるこの階段は人通りが少なく、内緒話にはもってこいだとフレイから聞いていた。
「これで話せるか?」
「こ、ここは、噂の、なんで、ユートが知って……?」
まだ躊躇っているのか。そう言えばシイキが言ってたな。人に嫌われたらって思うとなかなか本音を言い出せないって。シルファもそう思っているのか? なら――
「大丈夫だ。俺はどんなことを打ち明けられても、シルファのことを嫌いになんかなったりしないから!」
「あ……」
シルファは顔を真っ赤にすると、口をぱくぱくとさせて俯いてしまった。心の準備をしているのかもしれない。俺は静かに待った。
「……あ、あのねっ」
「ああ」
アン!
ん?
ふと足元を見ると、そこにはジェンヌ先生が契約を交わしている子犬の精霊がいた。
「……邪魔をしてしまったかぁ?」
そして廊下からジェンヌ先生が顔を覗かせる。……全然気づかなかった。まさかジェンヌ先生は、じいさん並みに足音を消せるのか?
「じぇ、ジェンヌ先生!?」
「今は授業中なんじゃ」
言い終わる前に、授業の終わりを報せる鐘の音が鳴る。少しもしないうちに廊下が騒がしくなった。
「少し早く終えてなぁ。そしたらその子が急に飛び出すもんだからぁ、追って来たんだぁ。帰ってたんだなぁ、二人ともぉ。おかえりぃ」
「は、はい。無事に戻ることができました」
「もしかして、わざわざ会いに来てくれたのか? ありがとな」
俺は足元の精霊を抱き上げ、頭を撫でてやる。子犬の精霊は嬉しそうに目を細めた。
「それでぇ、二人はこんなところで何をしてたんだぁ?」
ジェンヌ先生の目が僅かに鋭くなる。……これは、隠さないほうがいいかな。
「そ、それは……」
「えっとその、シルファが何か、悩み事を抱えているかと思って、俺が連れてきたんです」
「悩み事……? そ、そう。そうよね。ユートが気づくわけ……」
「シルファ? 何か言ったか?」
「な、何でもないわよ!」
「……なるほどなぁ」
話を聞いたジェンヌ先生の表情が柔らかくなる。
「ユートぉ、そういうことはあまり無理に聞き出そうとするのは良くないぞぉ。大切な相手だからこそ言えないことというのもあるからなぁ」
「そうなんですか?」
「そうだぞぉ。ユートもいつか分かるときがくるさぁ」
大切な相手だからこそ言えないこと、か。そう言えばじいさんもそんなこと言ってたっけ。
『初めから答えが分かっているなどつまら、ゴホン、成長に繋がらん。ワシは大切なお主のためにあえて教えないでおいているのじゃ』
……まあ本音はともかく、話の中身は納得できるものだったしな。シルファが抱えているのも、そういう類のものなのか?
「シルファも邪魔して悪かったなぁ」
「……いえ、寧ろ助かりました。ありがとうございます」
「そうかぁ? なら良かったぁ。それじゃあ私はいなくなるとしよぉ。またなぁ」
そう言ってジェンヌ先生は、俺から子犬を受け取ると歩いて行った。……今は少し騒がしいけれど、やっぱり足音は聞こえなかった。
「あ、シルファ。さっき言いかけたことって」
「もういいでしょ? ジェンヌ先生の言っていた通り、今のあなたには話せない内容なの。それに、どうしても抱えきれなくなったら先生に相談するわ。だからあなたが心配する必要はないの」
「……そうか」
少し寂しい気もするけれど、シルファがそこまで言うのに無理強いするのも良くない。俺は小さく頷いた。
「ごめんな、時間を取らせて。保健室に向かおう」
「そうね」
さて、保健室は反対側だったな。頭に保健室の場所を思い浮かべながら、俺は階段に背を向けた。
「……でも、嬉しかったわ」
廊下に踏み出そうとした足が止まる。
「あなたなりに、私を心配してくれたのよね。ありがとう。私も、ユートと同じチームになれて良かった」
「シルファ……」
振り返って見たシルファは、その顔に微かな笑みを浮かべていた。
「今日言えなかったことは、必ずいつか話すから」
シルファはコツコツと足を進めて、俺の横を通り抜けざま、小さな声で口にした。
「だから、待ってて」
「……ああ。待ってる」
俺もまた、軽く頬を持ち上げながら答えると、銀髪をなびかせるリーダーの背中を追った。




