戦いの後
「ほほう、面白い技じゃのう」
割れた大岩を見て、じいさんは興味深そうに頷いた。
「落下しながら手の先で防御魔法を発現させ、宙に留まるそれを追い抜きざま足で蹴り、落下速度を上げたわけじゃな。おまけに足の先でも、一蹴り毎に強化魔法を発現させておるし、いやはや、よくこんな芸当ができるものじゃ」
言ってじいさんは、その言葉通りの実践をして見せる。俺は今きっと、苦虫を噛み潰したような表情をしているに違いない。
「じいさんだってできてるじゃないか!」
「ほっほ、まあワシじゃしな。とは言え、お主のように魔術式を楕円形にはできぬし、狙いもかなり外れておる。防御魔法を追い抜く都合上ジグザグな動きになるわけじゃが、これで思ったところを攻撃するのはかなり難しかったじゃろうて。良く頑張ったのう」
珍しく誉め言葉を口にしたじいさんが、俺に向かって手を伸ばした。
「じゃが、最後の強化魔法を失敗したのは悪かったのう」
「うっ……!」
じいさんの触れた右足が鈍く疼く。
「あれだけの速度じゃ。自分でも思った以上に早く攻撃の瞬間がやってきたのじゃろう? それに、両手両足を使った四重強化魔法、左足だけが間に合わなかっただけでこの様じゃ。実用段階まで練り上げる内に、今以上の大怪我をする可能性は高いじゃろうな」
「………………」
じいさんの言葉に、俺は何も返せなかった。
今までは、空中で何もない場所に攻撃する目標があるものとして練習してきた。そこから速度を上げていって、ようやく慣れてきた頃じいさんに見せようとしたのだが、結果はこの通りだ。じいさんの言う通り、目標に到達するまでが想定よりも早かった。仮想の目標じゃ駄目だったんだ。
「どれ、ここはワシが手伝ってやろう」
「えっ?」
じいさんはそう言うと、割れた大岩の上に乗った。そして片手で大きな魔術式を形成すると、大きな半球状の膜を発現させる。
「さっきの技でワシを攻撃して見せよ。なに、心配はいらん。この魔法は柔らかさと弾力があるのでな。失敗しても大怪我にはならんじゃろう」
「……いいのか?」
じいさんが鍛錬に付き合ってくれることなんて、組手の時以外じゃほとんどないのに。
「構わぬよ。折角お主の、お主だけの技が完成しそうなのじゃ。お主の師として、今くらいは力を貸してやるとも」
「じいさん……」
「ただし、技名はワシが決めさせてもらうぞ。そうじゃなぁ、『稲妻蹴り』なんてどうじゃ? 独特な動きといい、ぴったりな名前だと思うのじゃが」
真面目な表情から一転、じいさんは嬉々として名前を考え始める。感動しかけていた俺は苦笑いを浮かべた。それが本音か。
「別に名前くらいなんでもいいのに」
「何を言う。技名は大事じゃぞ。何度も言うが、魔力は意思の力じゃ。それを使って何かを成そうとする時、実現したいことを強く意識することが肝要となる。その際、的外れな名前を思い浮かべてしまっては集中も途切れるというもの。逆にこれ以上ないほどの名前をつけられれば、失敗しにくくなるのは勿論、技の威力も跳ね上がるのじゃ」
「本当か!?」
「うむ。半分程度はな」
がくっと肩が落ちる。
「じゃが、残りの半分もあながち嘘というわけではない。魔法は使用者の気持ち次第じゃからな。ともあれ、しっくりくる名前をつけるに越したことはないわけじゃ」
「『稲妻蹴り』、か……。まあ、それでいいよ」
「何じゃ、投げやりじゃのう。まあ良い。使い続けているうちに、自然と受け入れられるじゃろうて」
ドゴォン! と轟音を立てて着地する。竜の頭の魔法石が砕け、その破片が火の光を受けて煌めいた。
足は……よし、少し痺れるけれど、問題はない。素早く竜から飛び退きながら、俺は小さく笑みを浮かべた。
ありがとな、じいさん。悪くない名前をつけてくれて。
「グアア! ……ア、ア……」
角を破壊された竜は、一瞬動きを止めると、その目を閉じ、糸が切れた人形のように倒れた。辺りが歓声に沸く。
「うおおおお! やったぞ!」
「こ、これでいいのか……?」
魔導士の人たちが魔術式を構えながら、動かなくなった竜の様子を窺う。ゲイルさんとリズさんも、高度を下げて竜を観察していた。
やがて、竜がゆっくりと目を開けた。空気に緊張が走る。
「…………ソウカ、我ハ……ウ……」
竜は呻き声を上げ、小さく身動ぎした。俺は警戒しながら竜に近づく。
「竜神様、でいいですか?」
「アア……。ヌシ、イヤ、ヌシラガ我ヲ救ッテクレタヨウダナ。感謝スル……」
竜の、いや、竜神様の言葉を聞いて、どこからか安堵の息が漏れた。それに続いて、魔導士の人たちが魔術式を霧散させる。
「……本当に、やったんだな……」
「はは、まだ信じられねぇ……!」
「よし、総員、負傷者の手当てだ! 急げ!」
ボルドさんの指示に、魔導士の人たちは懐から魔法石を取り出すと、倒れた人たちを介抱しはじめた。
持っていない俺はどうしようかと悩んでいると、ポン、と背中を叩かれた。振り向くと、ボルドさんが疲れた顔に笑みを浮かべていた。その後ろには、ゴラさんと数人の魔導士がいる。
「良くやった。後の話は俺らに任せて、お前は休んでろ」
「え、でも……」
ボルドさんもかなり消耗しているのに、いいんだろうか?
「気にするな。これもリーダーの勤めだ」
「……なら、俺はヌヌさんを助けに」
「それはゲイルとリズに任せた。リズの通信魔法で、ヌヌの無事も確認されている。黒幕は逃げたようだがな」
そうだったのか。俺はほっと息をつく。ヌヌさんの安否が分かって、ようやく肩の力が抜けた。同時に、疲れがどっと襲ってくる。
「ユート、お前だってかなりの無理をしたはずだ。それが後に響かないよう、今のお前の仕事は休むことだ。いいな?」
「……はい。ありがとうございます」
俺はボルドさんたちに頭を下げた。ここは好意に甘えさせてもらおう。
「さて、竜神様。俺はボルドという。この集団の責任者だ。早速で悪いが、色々と話がしたい。戦闘の傷が深いようなら治療もするから、可能な範囲で質問に答えて欲しい」
「……構ワヌ。治療モ不要ダ」
そんなやり取りを背中に聞きながら、学院の仲間の元へと向かう。三人はすぐに見つかった。地面に座り俯くフルルに、シルファとシイキが屈んで寄り添っている。
「皆、無事だったか! ……って、え?」
フルルの姿を見た俺の足が止まる。
「………………」
「ゆ、ユート君……」
シルファは黙ったままフルルを見ている。こちらを振り向くシイキの目は困惑に揺れていた。俺もまた、それが何かを理解するのに、少し時間がかかった。
フルルの後ろから、鳥の翼のようなものが覗いていた。
まさか、フルルの背中から生えているのか? だとしたら……。
まだ考えがまとまらない俺は、顔を上げたフルルと目が合った。その目からは、今にも涙が溢れそうだった。
「フルル……」
「……ゆ、ユートさ、ごめ――」
「すごいな! それ翼か!?」
「え……?」
俺が近づくと、フルルは驚いたように目を大きくした。
「本当に生えてるんだな。ってことは翼人族だったのか? 全然気づかなかった」
「……え、えと……」
「なあ、ちょっと触ってみてもいいか?」
「あ、……はい……」
「ありがとう。それじゃ……」
俺はゆっくりと翼に触れる。
「柔らかくてフサフサだ。へえ、こんな感じなんだな」
「……あ、う……」
「それに色も珍しいな! 黒と白が入り交じった翼なんて、初めて見た。こういうのもあるんだな」
「えっ、それって……きゃう!」
「あ、ごめん。強すぎたか?」
「い、いえ、そうじゃなくて、その、少し敏感なので……」
「そうだったのか。ごめんな」
俺は慌てて手を離す。初めて見る色の翼に、少し興奮しすぎてたみたいだ。
そんな俺に、フルルは窺うような視線を向けた。
「……あの、気持ち悪く、ないですか?」
「え、どうして?」
「だ、だって、……こんな色……」
「そうか? 俺は綺麗だと思うぞ」
「……っ!」
笑みを向けると、フルルは突然両手で顔を覆い、嗚咽を洩らす。
「う、うう……!」
「ええ!? ど、どうしたんだ? 俺何か、悪いことでも言っちゃったか?」
「ち、違うんです……。私、私……!」
「………………」
「はは、やっぱりユート君はすごいや」
シルファはため息をつきながらも小さく頬を上げ、シイキはうんうんと頷いている。
俺は何が何だか分からないまま、フルルが落ち着くまで首を傾げていた。
「…………す、すみませんでした。もう大丈夫です……」
暫くして、フルルは泣き止んだ。泣いている内に翼も段々と小さくなり、今は背中に隠れている。
「本当か? 無理することはないんだぞ?」
「それ、貴方が言う?」
シルファがどこか呆れたように言うけれど、今はフルルが優先だ。フルルはゆっくりと頷くと、口を開いた。
「……私、嬉しかったんです」
「嬉しかった?」
「はい。……ずっと、ずっと、この翼は醜いものと言われ続けていましたから」
フルルはどこか遠くを見るような目になる。
「私は、剛翼族の父と、輝翼族の母の下に産まれました。それは、今でもそうですが、当時は考えられないことでした。剛翼族も輝翼族も、お互いを良く思ってませんから」
フルルの話を聞く二人の表情が固くなる。俺は黙って先を促した。
「三人でいた頃は幸せでした。けれどある時、父が事故で亡くなりました。それから、元々病弱だった母も弱っていって、父の死から一年後に、天国に行っちゃいました」
「………………」
周りの音が遠のいていくように感じた。フルルの、決して大きくない声が耳に響く。
「それから私は、どこに行っても疎まれました。輝翼族の人も、剛翼族の人も、私の翼を不快に思うみたいで……」
そうか。ボルドさんからこの依頼に参加している人を聞いた時、どこかフルルの体が強張ったような気がしてたけど、……それが原因か。
「いつも泣いていた私を、グリマール魔法学院の学院長先生が、学院に来ないかと誘ってくれました。私は、そこでなら嫌われることはないと、そう思っていました。でも……」
フルルは自分を落ち着かせるように、何度か深呼吸した。
「……私は学院に来たばかりの頃も、先生方以外には、今みたいに翼を隠していました。けれど、中等部のクラス対抗戦で、翼を広げてしまったんです」
フルルが首だけ動かして、背中の翼へと目をやる。
「たくさんの魔力を出そうとすると、翼が大きくなるんです。いつもはそうならないよう調整しているんですけど、その時は抑えられませんでした。魔法は成功しましたが、背中が膨らんでいると言われて、それで……」
そこで言葉を切ると、フルルは何度か目を拭った。無理をするなと声に出しかけて、けれど、フルルがそこまでして話そうとしていることを止めることはできない、と思いとどまる。
「……怖い、と言われました。気持ち悪い、とも。…………私のこの翼は、どこに行ってもこうなんだ、と思いました」
ギリ、とシルファが歯を鳴らす。シイキは何かに耐えるように、強く目を閉じていた。
「対抗戦の後、翼を抑えないで発現させた魔法がすごいということで、飛び級を認められました。ですが、私はもう、自分の翼を曝け出すことはしないと決めたんです。それからは……皆さんも知っての通りです」
フルルは力なく微笑む。
「本当に、ごめんなさい。折角一緒のチームに誘ってくれたのに、今までこのことを隠してきて。……本気で、やらないで……」
「そんな! フルルにだって理由はあったわけだし、謝るようなことじゃ」
「いえ、例えどんな理由があったにせよ、フルルのしたことは同じチームのメンバーに対する裏切りよ」
シイキの言葉を遮って、シルファが冷たく言い放つ。フルルの肩が震えた。俺は鋭くシルファを睨む。
「……本気で言ってるのか?」
「ええ。村で魔物に襲われた時も、二人はフルルを庇って危ない目に遭ったのでしょう? 初めからフルルが実力を見せていれば、誰も命の危険に晒されずに済んだわ。他でもない、フルルも含めてね」
シルファは俺の視線を真っ直ぐ受け止めた。
「竜との戦いにしてもそう。結果は良かったけれど、誰かが死んでもおかしくなかった。皆多かれ少なかれそういう覚悟をしていたはずよ。その中にあってなお、フルルは実力を隠していた」
「いい加減に――!」
「ユートさん!」
フルルの声に止められる。
「……庇ってくれて、ありがとうございます。でも、いいんです。シルファさんの言う通りですから」
「………………」
俺は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。きっとこれが、フルルにとってのケジメのつけ方なんだろう。だったらそれを邪魔しちゃいけない。そう自分を納得させる。
シルファがフルルに向き直る。フルルもまた、ゆっくりとシルファと顔を合わせた。
「フルル。チームのリーダーとして、あなたには罰を与えるわ」
「……はい。覚悟はできています」
フルルが強く頷き、シルファも頷く。
「私たちのチームに入りなさい」
「……え……?」
「そして今度こそ、あなたの実力をちゃんと見せること。例え他の誰かに心ない言葉を浴びせられてもね」
「……そ、それって、でも……」
「返事は?」
「は、はい!」
「そう。それでいいの」
シルファが優しくフルルの頭を撫でた。フルルの目に涙が浮かぶ。
「……い、いいんですか? だって、私……」
「竜を攻撃したあなたの魔法、離れた場所からでもちゃんと見えたわ。それに、さっきは途中で話が終わったけれど、リズさんの怪我を治したのもフルルなんでしょう? それだけの魔法を扱えるのなら、実力は申し分ない。……これ以上の説明が必要?」
「……う、うう……!」
泣き出したフルルを、シルファが抱き寄せた。その光景に、思わず笑みがこぼれる。
「シルファって素直じゃないな」
「ホントにね」
俺とシイキは、二人に聞こえないよう笑い合った。




