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竜の実力

「ヌウッ……!」

 角に蹴りを食らった竜が、頭を揺らす。

「くっ……!」

 硬い。並みの攻撃じゃ傷もつかないな。

 蹴った感触からそう判断すると、足の先から楕円形魔術式を形成、防御魔法を発現させ、それを足場に一旦距離を取る。

 ボボボォン!

 その直後、竜の頭に三つの光弾が炸裂した。竜から見て右斜め後方の位置についたリズさんの魔法だ。

「『ウインド・エッジ』!」

 同じく、左斜め後方に位置するゲイルさんからも魔法が放たれた。それも頭に当たるけれど、竜に目立った傷はない。

「顔の皮膚硬すぎるだろ!」

「魔法石も相当な硬さです!」

「ただ当てるだけじゃなくて、力を集中させないと……!」

 空中でしゃがむようにして、手の先の普通の魔術式で足場にしている防御魔法を維持しつつ、意見を共有する。

「貴様ラ、覚悟ハデキテイルンダロウナ!?」

 怒りの声を上げた竜が、また口を開く。

「『ブロウ』!」

 その口から炎が漏れでる前に、大きな土の塊が栓をするように塞いだ。ボルドさんの魔法だ。少し離れた位置にいるボルドさんは、魔法を放ち終えるとすぐに移動し、燃える木の陰に隠れる。

 ボォン!

「ガハッ!」

 吐き出そうとした炎の逃げ道がなくなったためか、竜の口内で爆発が起こる。それに怯んだ隙に、俺は再び竜との距離を詰めた。

 俺に気づいた竜は腕を振るい、鋭い爪が生えた手で攻撃する。俺は跳び上がってそれを避けると、竜の頭の上に乗った。

「はぁあっ!」

 そのまま強く足を踏み込むと、強化魔法を付与した腕で、角に拳を叩き込む。

 ガッ!

「くっ……」

 確かな手応えがあったにも関わらず、魔法石にはヒビ一つ入ってなかった。これで駄目なら、俺は撹乱に専念した方が良さそうだ。

 素早く頭を離れると、竜の前に姿を現す。手で頭を押さえた竜を上目で見て、小さく笑みを浮かべた。

「お前、遅いな」

「貴様ッ……!」

 挑発に乗った竜が、俺に攻撃しようと頭から手を離す。

 ボボボォン! ボボォン!

 その隙を逃さず、ゲイルさんとリズさんが魔法を角に当てた。

「クッ、羽虫ドモメ……!」

「『ブロウ』!」

「グオッ!?」

 後ろを振り向く竜の腹に、土の拳が入った。少しは効いたのか、竜が前のめりになる。

「ほら、俺はここだぞ!」

 竜の顔に近づいた俺が声をかける。そしてこちらを向いた竜の目の前で、光弾を放った。

「ヌアアッ!」

 目蓋に光弾を食らった竜は顔をそらす。この暗い中、いきなり眼前に光弾が現れたんだ。傷はなくとも、これでしばらくは視界が悪くなるはずだ。

「ははっ! やっぱりこの程度か! こりゃ勝てるな!」

「油断は駄目。けれど、この調子で続けよう」

 戦いは、確かに俺たちの優勢ではあった。けれど竜と、その頭の魔法石には、未だに目立った傷はない。やっぱり大規模魔法とかじゃないと効果は薄いみたいだ。

 竜の行動もある程度観察できた。そろそろ隙を見て魔術式形成の合図を――

「調子ニ乗ルナ……!」

 竜が大きな翼を広げた。飛び上がる気だ。

「『プレス』!」

 すかさず、ボルドさんの魔法が竜の首の根本あたりを押さえつける。ゲイルさんとリズさんも光弾で竜の翼を攻撃した。

「コノ程度デ止メタツモリカ?」

 しかし竜は構わず、その翼を羽ばたかせる。

「うっ」

 それと同時に突風が起こった。直接向けられたわけでもないのに、予想以上の風の強さに一瞬たじろぐ。

 けれどこれで風の強さは分かった。俺もまた、竜を地上に留めさせるため、その頭へと向かう。

「鬱陶シイ!」

 また炎かと身構える俺に、竜はその翼を、こちらに向けて広げて見せた。

 まずい! 俺は慌てて真上へと跳ぶ。その直後、空気の塊が直撃した。

「うぁっ!」

 強風に煽られた俺は、なすすべなく闇の中に飛ばされる。空と地面、自分が今どちらを向いているのか分からなくなる。

「ユート!」

「大丈夫です!」

 けど、地面に叩き落とされなければ平気だ。俺は自分が今飛ばされている方向に防御魔法を発現させ、それにぶつかるようにして体の勢いを止める。そして心配してくれたゲイルさんに無事であることを知らせると、急いで竜のいる方へと向かった。

「……駄目、抑えきれない……!」

「ちっ、面倒だな……!」

 しかし俺が戻る前に、竜の体が浮き上がる。翼をはためかせた竜は、どんどんその高度を上げていった。

「くそ……」

 悪態をつきながら、俺も高く跳び上がる。相手が空にいる場合、地上にいるボルドさんたちの魔法は、使用者と距離が離れる分、どうしても威力が落ちてしまう。生半可な攻撃じゃびくともしない竜と魔法石に有効打を与えるためにも、どうにかして地面に引きずり下ろさないと……。

 かなりの高さまで上がると、竜はようやく上昇をやめた。それを囲むように、俺とゲイルさん、リズさんが、さっきと同じ配置になる。魔術式の淡い光が、黒い影のようになった竜の姿を闇の中に形作った。

「随分ト好キ勝手ヤッテクレタナ。今度ハコチラノ番ダ」

「はっ! よく言うぜ。そっちも散々攻撃してきたくせによ」

「クク、メデタイ奴ラダ」

 ゲイルさんの言葉に、竜は不敵に笑う。

「どういうこと?」

 竜は答える代わりに、急降下を始めた。

「なにっ!?」

「まさか!」

 ボルドさんたちを狙っていると思ったのか、ゲイルさんとリズさんが竜の後を追う。

「危ない! もっと離れて!」

「は?」

「えっ?」

 俺が言い終わった瞬間、竜は翼を広げて、今度は急上昇した。それに伴い生じた風が、竜を追っていた二人を襲う。

「うおっ!」

「くっ!」

 下降していた勢い、そこに風も加わって、流石の二人も体勢を崩した。そんな二人を振り返った竜が、口から赤い光を覗かせる。

「させるかっ!」

 その口の上に蹴りをお見舞いした。直後、炎が吐き出され、熱気が肌を撫でる。

 ゲイルさんを狙った炎は僅かにずれ、紙一重で外れた。

「あっぶねぇ! ありがとな、ユート!」

「ごめん。今度は気をつける」

 その間に体勢を整えた二人が、竜の後方へと移動する。

「フン……」

 竜は再び降下した。落下の勢いを推進力にされたら、あの巨体でもかなりの速さになる。そうなると厄介だ。大規模魔法の魔術式を形成するために距離をとっても、すぐに近づかれてしまう。簡単には近づけないよう高度を上げすぎたら、その分地上の炎からも離れて、竜の姿が見えなくなる。一方相手側は、魔術式の光でこちらの位置を把握できる。闇に紛れて迂回され、不意打ちでも食らったらどうしようもないだろう。

「どうする? 下の奴らが」

「いえ、竜もボルドさんたちの位置は分からないはずです。すぐにはやられないでしょう」

「なら、その間に大規模魔法の準備を」

「……それは難しいかもしれません」

 俺は二人に、その理由を手短に説明する。それを聞き終えたゲイルさんが頷いた。

「なら、役割分担だな」

「役割分担、ですか?」

「私とユートが竜の注意を引きつけて、地上への意識を逸らす。その間にゲイルが魔術式を完成させて、私たちの魔術式の光を頼りに攻撃する。合ってる?」

「ああ。合図は任せる」

「了解」

 あっという間に話が進んでいく。アイを救出するための作戦を立てている時も思ったけど、時間がない中、よくここまで早く全員の特長を元にした戦略を立てられるものだと改めて感心した。

「……分かりました」

 一度自分で飲み込んでから、頷く。二人だけであの竜の相手をすることは厳しそうだけど、やるしかない。

「よし、死ぬなよ、お前ら!」

「はい!」

「行こう、ユート」

 覚悟を決めて、リズさんと共に落下を始めた。頭を下にした自由落下。ただしある程度速さが出てきたら、手の先から防御魔法を発現させ、空中に留まるそれに足の甲を当てて速度を落とす。

「私が翼を狙う。ユートは」

「分かってます。顔の近くを跳んで竜の意識を俺に向けさせます」

「……気をつけて」

「大丈夫です」

 降下を止めたリズさんと離れ、単身竜に近づいていく。眼下では大きな黒い影が、燃える木々の上を旋回していた。

「っ!」

 次の瞬間、影が大きな炎を吐き出す。闇を照らしながら進む炎は地面に当たると、そのまま舐めるように地表をなぞっていった。

「やめろ!」

「ガッ!」

 その口の上に、落下速度を乗せた拳を打つ。腕に二重強化魔法を付与したこともあってか、竜もかなりの衝撃を受けたようだ。落ちはしなかったものの、空中で動きが止まる。

 俺は左足の魔術式から形成した防御魔法の上に右足を乗せ、渾身の一撃で口を閉じさせた竜の前に立った。

「折角捕まえた生贄を、自分で焼くつもりか?」

「マタ貴様カ。煩ワシイ」

「質問に答えろ。生贄が欲しかったんじゃないのか?」

 闇雲に攻撃したら、まだ近くにいるかもしれないアイたちに当たる可能性がある。だから地上への攻撃は躊躇うと見越していたのに、まさか思いきりやってくるなんて。

 翼を羽ばたかせる竜は、クク、と笑う。

「生キテサエオレバ良イノダ。貴様タチモ、ソウ易々ト死ニハシマイ。ソウト分カッタカラコソ、少シ実力ヲ見セテヤッタマデダ。例エ死ンダトシテモ、ソノ時ハソノ時ヨ」

「……お前は何が目的なんだ?」

「決マッテイル。我ノ目的ハ――」

 その時、竜の様子が変わった。

「ワ、我ノ目的ハ、何ダ? 我ハ、一体……」

「お、おい?」

 突然頭を押さえ、竜はうわ言を呟き出す。それに応じるかのように、頭の魔法石に光が灯った。

「ソウダ、我ハ生贄ヲ、違ウ! 奴ガ現レテ、我ヲ、アノ、銀ノ鎧ヲ着タ、イヤ――」

 竜の混乱は続く。もしかしてこれは、竜が魔法で操られていることに抵抗しようとしているのか? なら……!

「しっかりしろ、竜神様! 正気を取り戻せ!」

「グ、オオオ!?」

 大きく頭を振る竜が、口から炎を吐いた。

「くっ!」

 距離を取りながら炎をかわす俺の目に、一際強く光る角が映る。竜があの魔法石に魔力を込めているのか? どうして……?

 ボボォン!

「ガアッ!」

 頭を押さえた竜の翼にリズさんの放った光弾が当たる。さっきよりも大きな光弾は片翼の動きを鈍らせ、竜の巨体が落下し始めた。

「グ、アア……」

 しかし、少し高度を落としたところで落下は止まる。その時にはもう、角の光も消えていた。

「……ソウダ、我ノ目的ハ、生贄ヲ集メルコトダ。アノ御方ノタメニ……」

 駄目か……。一瞬正気に戻ったように見えたのに……。

「あの御方? お前を操っている奴のことか?」

「操ル? 訳ノ分カラヌコトヲ。我ガ自分ノ意思デ従ッテイルダケノコトヨ」

「違う! よく思い出せ。本当にそれがお前の望みなのか!?」

 説得を試みるも、竜は鼻息を鳴らすだけだった。

「マア良イ。ドウセ貴様モ生贄トナルノダカラナ。何ヲ(ワメ)コウト我ニハ関係ナイ」

「俺が生贄だと?」

「ソノ通リダ。自ラノ身モ顧ミズ、他者ヲ救ワントスル者。アノ御方ガ欲シテイルノハソノヨウナ者ダカラナ」

「………………」

 ようやく話が見えた。この竜がどうして力づくで人を連れて行かず、わざわざ生贄を求めてきたのか。ただ若い人間が欲しかったというわけじゃなかったんだ。村の破壊が少なく、死者が出なかったのも、そういった人間が名乗り出るのを窺っていたからだろう。

「サア、オ喋リハ終ワリダ。精々アガイテ見セロ!」

 竜が口の端から炎を覗かせる。俺は両手に楕円形魔術式を形成して攻撃に備えた。

「なっ!?」

 しかし竜は振り向くと、俺ではなくリズさんに炎を向けた。炎はリズさんの放った光弾を呑みこみ、さらに伸びていく。

 リズさんは攻撃するために形成した魔術式を霧散させると、上昇して炎をかわす。

「わっ!」

 息つく間もなく、竜が大きく翼をはためかせる。それで起きた風の強さは、直接向けられた時と同じか、それ以上だった。俺は準備していた魔術式で足場を作り、どうにかこらえる。

「しまった!」

 その僅かな時間で、竜は闇の中に姿を消した。俺は暗闇に目を走らせる。

 さっき感じた風の向きから、飛んでいった方向はある程度推測できる。あとは風の音と、魔術式の微かな光で捉えるしか――違う!

「リズさん!」

 俺は急いでリズさんの元へと向かう。もし俺が竜の立場だったら、次にやることはそれしかない。

「分かってる。今光弾で辺りを」

「そうじゃない! 逃げて!」

「え?」

 リズさんの白い翼の前にある魔術式。その淡い光に照らされた小さな空間に、影が伸びた。

「きゃあ!」

「リズさん!」

 間に合わなかった。リズさんは回避行動に移るも、想像以上に早く近づいていた竜の爪が先に届く。俺は落ちるリズさんを両手で受け止めると、素早く竜と距離をとった。

「逃ガサン」

 案の定、竜は俺たちを追ってくる。俺は竜の追撃をかわしながら、段々とその高度を落としていった。追い打ちを諦めない竜は、やがて地上の光に照らし出されるほど低く飛ぶようになる。

「食ラエ!」

 竜が口を開けた。俺は竜を振り返りながら、その注意が俺に向けられていることを確認する。

 この高さなら、ボルドさんの魔法も届くはず。そう思った通り、視界の端でボルドさんが魔法を発現させたのが見えた。

「『グラブ』!」

 土でできた大きな手が、竜の口を閉じさせて――

「ソコカ」

「っ!」

 しかし攻撃の直前で、竜は自ら口を閉ざすと、その手でボルドさんの魔法を払った。間髪入れずに、まだ魔術式を構えたままのボルドさんを振り向き、炎を吐く。

「ボルドさん!」

「『アイス・ピラー』!」

 それとほぼ同じ瞬間に、シルファの魔法が竜の体に当たった。不意を突かれた一撃に竜は体勢を崩し、ボルドさんに向けられた炎も逸れた。

「グオッ!」

「すまん、助かった!」

 竜は羽ばたき、押し進もうとするシルファの魔法から逃れた。その間にボルドさんは姿を隠す。シルファも竜が自由になったのを見てからすぐに動いたのか、魔法の動きが止まり、そのまま空気に溶けていった。

「マダイタノカ。ダガ、クク、サラニ生贄ガ増エタワケダ」

 竜は嬉しそうに笑う。竜の意識が逸れているうちに着地した俺は、一刻も早くリズさんを安全な場所まで運ぼうと、魔法を使わず、できるだけ足音を立てないように走る。

 確かこの辺りに――

「ユートさん!」

 抑えた声が聞こえた。そちらを振り向くと、小さな光が見える。照明代わりにしているフルルの光弾だ。

 俺は光が漏れる横穴に、体を滑り込ませるようにして入った。

「ユートさん、大丈夫ですか!?」

「俺は無事だ。けど、リズさんが」

「そんな……!」

 天井の低いこの横穴は、小さく窪んだ場所にボルドさんが魔法で作ったものだった。穴の入り口は竜のいる方向とは逆の向きにあるため、夜の暗さも相まってまず見つからない隠れ場所だ。

 さして広くはないその場所には、すでにアイが横になって眠っていた。その隣に、傷口を上にしてリズさんを横たえる。

「うっ……」

「リズさん!」

「……大丈夫。傷は深くないから……っ!」

「リズさん、今は休んでください。フルル、リズさんを頼む」

「もう戻るんですか? ユートさんも休んだ方が……」

「平気さ。それに、……多分もう戦いはしない」

 操られているとはいえ、竜の実力はかなりのものだ。頑強さに加えて、あの速さで空を飛ばれたら、ほとんど攻撃が通らない。角を狙おうにもまず当てられないし、かといって広範囲に攻撃しても、力が分散してしまう。

 あの魔法石を破壊するには、竜の動きを封じた上で、威力を一点に集中させた一撃を叩き込むしかない。

 けれどリズさんが戦えなくなったことで、ただでさえ難しかったその条件の達成はほぼ不可能になった。空を飛ぶ竜を落とし、その動きを押さえ、角を攻撃する。それら全てをこなすには、人手が足りなさすぎる。

「それじゃあ……」

 ズズゥン!

 フルルの声をかき消すように、その音は響いた。何かが地面に落ちる音だ。

 ズズゥン、ズズゥン……!

 連続する音の正体を確かめようと、俺は警戒しながら外に出る。

「これは……!」

 それは、木が倒れる音だった。根本を大きく燃やされた背の高い木々が、次々と倒れていく。倒木が、俺がここまで来た道を塞いだ。

 竜の仕業だ。倒木であの辺りを囲って、残っている皆を簡単には逃がさないつもりだろう。俺は光る空を見上げて歯噛みする。

「ユートさん……」

「大丈夫だ。俺は皆を援護しに行く。フルルはここで待っててくれ!」

「あっ……!」

 言うが早いか駆け出した。ここは囲いの外だから、穴の中に残っていれば安全なはずだ。俺はフルルたちの位置が悟られないよう少し迂回してから、倒れた木々の隙間を見つけて、そこから広場へと向かった。

 頭の中で、全員が無事に撤退する方法を考えながら。

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