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「魔導士」の選択

「竜が、現れたんじゃ……」

 この村に来て最初に出会ったおじいさんが、ぽつぽつと語り始めた。

 村の惨状を目の当たりにした後、俺たち荷物持ちを含めた討伐隊のメンバーは、手分けして村人の安否を確認することになった。ヌヌさんと何人かの魔導士が探知魔法を使って、村の中に魔物がいないことを確かめてからの行動だったが、念のため四人で行動することにした俺たちが、初めに訪れたのがこの家だった。

 おじいさんには幸い怪我はないようだけど、自宅の壁と屋根の一部に穴が空いていた。それでもまだ被害は軽い方で、ここに来るまでに、燃やされたり、完全に壊された家もいくつか見かけていた。そこに住んでた人か、はたまた身を寄せ合って安心するためか、広くはない家の中にはおじいさん以外にも、二人の中年の男性が横になって眠っていた。服を見るに、この村の人だろう。

「竜、ですか?」

 シルファが繰り返すと、おじいさんはゆっくりと頷く。

「そうですじゃ。もっとも、儂は遠くからほんの少しの間見ただけじゃったが……奴の吐いた赤い炎と、それに照らされた赤い姿、そして額から生えた禍禍しい角は、この目に焼きついてしまって……」

 そこまで話して、おじいさんは肩を震わせた。余程怖かったに違いない。シルファがその肩を優しく撫でる。

「嫌なことを思い出させてしまいすみません。ですがどうか、お聞かせください。昨日、何があったんですか?」

おじいさんはシルファの目を見ると、一つひとつ確認するように話し出した。

「……夜中に大きな音がして、出てみたら竜が遠くにおったんじゃ。儂は慌てて家の中に戻って、布団の中で震えておった。それからしばらく、遠くの方で大きな音が響いて、この家にも岩か何かが飛んできたのう。その音が収まってしばらくしてから外に出たんじゃが、その時にはもう竜はいなくなっていて、村は今の有様じゃった。ただ、いつまた竜がやってくるか分からなかったのでな、ずっと家にこもっておった。そのあと、この二人が家を壊されたと訪ねてきたので、中に入れて……それきりですじゃ」

 長く話したおじいさんは、そこで大きく息をついた。

「その、竜というのは、三十年前にも姿を現したという竜神様のことですか?」

 シイキの質問に、おじいさんは首を横に振った。

「最初はそうかとも思いましたですじゃ。しかしよくよく考えてみると、あれは竜神様じゃないという結論に至ったのですじゃ」

「それは、何故ですか?」

 シルファの問いに、おじいさんは確信を持っているように頷く。

「竜神様は、確かに赤い姿ではあったのじゃが、あんな角は生えてなかったのじゃ。竜神様が儂らの村を襲う理由もないし、あれは竜神様じゃないはずじゃ」

「角、か……」

 シイキは何かひっかかったのか、小さく首をかしげた。

「儂から言えるのはこのくらいじゃ。すまんのう、あまり多くのことを話せんで……」

「いえ、とても参考になりました。ありがとうございます」

 シルファが頭を下げるのに合わせて、俺たちも頭を下げた。

「おじいさん、話してくれてありがとう。でも多分、昨日はほとんど寝れてないだろ? しばらくは安全なはずだから、今は休んでくれ」

「……本当に、あなた方は優しいのう。儂らの村のことなのに、こんなに……」

 おじいさんが一筋の涙を流した。そんなおじいさんに、シイキが笑いかける。

「当然ですよ。僕たちは魔法使いですからね」

「そ、そうです! 困っている人を助けるのは、当たり前です!」

「ありがとうのう。ありがとうのう……」

 深く頭を下げてから、おじいさんはようやく横になると、すぐに小さな寝息を立てはじめた。随分気を張っていたようだ。

「さあ、次の場所に行くわよ」

「ああ」

 おじいさんの家を後にして、次に訪れたのは、ノエルさんの家だった。

「あんたたち、無事だったかい!?」

 玄関先で、ノエルさんは会うなり俺たちの心配をしてくれた。ノエルさんも無事だったようで安心する。

「私たちは平気です。それよりも、村の人たちは大丈夫ですか?」

「ああ。村に残った魔導士の人が守ってくれたみたいだからね。誰も死んではいないはずさ。……けど……」

「けど?」

 ノエルさんは、絞り出すように言葉を吐いた。

「……アイちゃんが連れていかれたのさ」


「この村を襲った竜は、生贄を求めたらしい」

 村の広場で、ボルドさんが重々しく話しはじめた。自分たちのいない間に、村で何が起きたのか、その情報を共有するためだ。

 そこに集まったのは、ほとんどが討伐隊のメンバーだった。防衛隊の人たちは、死にこそしなかったものの、大半のメンバーはしばらく動けない状態らしい。

 ここに残った魔導士の人も、かなりの実力者だと聞いていたのに、それでも勝てなかったなんて……。戦いの跡を見ながら、俺は奥歯を噛んだ。

「竜神を名乗ったそいつは、供物として若い女を差し出せと防衛隊の奴らに迫ったそうだ。それを断ったところ、いきなり襲いかかってきた。防衛隊の奴らも応戦したが、……結果はこの通りだ」

 ボルドさんは、何かに耐えるように、少しの間言葉を切る。

「ただ、防衛隊の奴らが竜に殺されそうになった時、この村に滞在していた少女が、自分が生贄になるからそれ以上はやめてくれと、魔導士たちを庇った。受け入れないなら、生贄になる前に死ぬ、とまで言ってな」

 そこまでしたのか、アイ……。俺は魔導士の人たちに笑顔でおにぎりを配るアイの姿を思い返す。

 あそこまで献身的なアイが、目の前で人が殺されそうになっている時、何もしないわけがない。けれどまさか、自分の身を差し出すなんて……。

 いつの間にか、自分が手を強く握りしめていたことに気づく。

「しかし竜はそれで満足しなかった。魔導士との戦いで消耗したことを理由に、今夜もう一人、若い女の生贄を山の麓まで連れてこいと言ったそうだ。さもなければこの村を滅ぼすとも」

「………………」

 話はそこで途切れた。誰も何も言葉を発しない。厚い雲に覆われた空が、皆の気持ちを表しているようだった。

「……俺からの話は以上だ。何か質問はあるか?」

 ボルドさんの言葉に、何人かの魔導士が手を挙げた。

「エイク」

「こちらの魔導士、十数名がやられたそうですが、竜の側には傷一つ与えられなかったのでしょうか?」

「いや、魔法による攻撃は確かに手応えがあったそうで、皮膚に傷をつけることもできたらしい。だが、村人を守りながらでは積極的に攻めていけなかったようで――」

「ああ、そこまでで結構です。聞きたいのは結果だけですから」

 エイクさん、いや、エイクはそう言ってボルドさんの言葉を止めた。冷静であるのはいいことだけど、もう少し言い方ってものがあるだろうに。

「じゃあ、リズ」

「……防衛隊の人の、怪我の具合は?」

「幸い、全員命に別条はない。骨を折った奴はいるが、回復魔法を使える奴が治療している。今日中に、歩ける程度には回復するだろう」

「……そう。良かった」

「ヌヌ」

「竜が村を襲ったことは、魔導士協会に伝えに行ったのかにゃ?」

「討伐隊のメンバーを五人、報告に行かせた。早ければ明日の朝にでも伝わるはずだ」

 明日の朝。それから動いたんじゃ、どう考えても間に合わない。それなら……。

「ゲイル」

「俺たちはこの後、どうすんだ?」

 考えるまでもなかった。俺は続く言葉を、確信を持って待つ。

「……ここからは、依頼の内容に含まれない。各々の判断で行動してくれ」

「は?」

 思わず、声が漏れてしまった。けれど周りにいる魔導士たちは、まるでその言葉を予想していたかのように、全く動じた様子を見せなかった。

「では、私は抜けます」

「俺もだ。竜なんて相手してられるかよ」

 真っ先に声を上げたのは、エイクとマイクだった。それに続くように、何人もの魔導士がその場を離れていく。

「え? え?」

「そんな、どうして……?」

「………………」

 フルルもシイキも、魔導士たちの行動が信じられないようだった。ただシルファだけは、その様子を黙って観察している。

 そして残ったのは、俺たち四人と、ヌヌさん、ボルドさん、ゲイルさん、リズさん、そして名前も知らない竜人族の男の人だけだった。

「……俺も、この件からは手を引くべきだと思う」

「ど、どうしてですか?」

 重く告げる竜人族の男性に、シイキが問う。

「あまりに無謀すぎるからだ。竜の討伐など、最低でもBランク、ものによってはSランクの依頼にもなる。ましてや、額に角の生えた竜など聞いたこともない。実力が未知数の竜に、この人数で挑むなど、自殺行為に他ならない」

「そんな……」

 シイキは何かを続けようとして、けれど口を閉ざした。

「……その人の言う通り、いくら何でも竜を相手にするのは無謀極まりないわ。魔導士の方々でさえ歯が立たないのですもの。私たちがここで逃げても、誰も責めはしないわ。皆はどうする?」

 シルファの言葉に、シイキとフルルは、無言で下を向いた。

「ユート、あなたは――」

 ドォン!

 強化魔法を付与した右足が、地面を鳴らした。

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