荷物運びです
「魔物だ!」
もうすぐ魔物が現れるという警告通りでした。先頭にいるボルドさんの声が聞こえるのと同時に、私は魔術式を形成し始めます。周りの魔導士の方々も、一斉に魔法の準備をしました。
村の中でも戦ったその魔物は、オオアリグモと言うそうです。木の陰や土の中から次々と現れる光景を見るのはこれで四回目になりますが、やっぱり気分が悪くなります。
そんなオオアリグモが近づいて来る前に、いち早く魔術式を完成させた魔導士の方々が、沢山の光弾をオオアリグモに放っていきます。その魔術式は私よりも早く形成させたというのに、私のよりも大きいものでした。魔法が魔物たちに当たる音が響きます。
私も落ち着いて自分の魔術式を完成させると、上の方に注意を向けます。
オオアリグモは地面を這うだけでなく、糸をつけた枝から飛び降りてくることもありました。陣形の内側にいる私たちは、そういった上からの攻撃を警戒しなければなりません。
「来たわね」
シルファさんがそう言うのと同時に、上から何匹ものオオアリグモが現れました。私は半透明の防御魔法を発現させます。
「凍てつけ、『フリーズ・ロック』!」
「切り裂け、『ブレイド・リーフ』!」
シルファさんとシイキさんは、迎撃するために魔法を放ちました。シルファさんの白い光弾に当たったオオアリグモは、木の枝ごと凍りついてしまいました。シイキさんの黒いナイフのような魔法は、魔物を木の幹に縫いつけます。動きの止まったオオアリグモは、やがて消滅していきました。
見上げる形で狙いを定めるのは難しいのに、二人は魔導士の方と同じように、きちんと魔法を命中させています。荷物持ちの人は自分のことを守っていればいいと言われていましたが、シルファさんたちはそれ以上のことをしていました。
「ここまで続けば、まぐれとは言えないわね」
「ふふーん、言ったでしょ? 僕だって普通の魔法ならこのくらいできるさ」
「調子に乗らないの。まだいるわよ」
「分かってる」
それでも、全ての魔物を倒すことはできず、何匹かは上から襲い掛かってきました。
「よっと」
荷物を置いたユートさんは高く飛ぶと、空中で体を回転させ、落ちてくる魔物を靴底で蹴り上げました。蹴られたオオアリグモは枝に叩きつけられ、ユートさんは素早く地面に戻ります。
「ひゅう」
「何回見てもすげぇな」
近くにいる魔導士さんたちから称賛の声が上がりました。最初は呆気に取られていた方々も、ユートさんの戦い方を認めつつあるようです。
他の魔物も、魔導士の方やユートさんたちがどんどん倒していきます。私はまた、他の荷物持ちの方たちと同じように、防御魔法を維持してその光景を見ているだけでした。
「よし、先に進むぞ!」
やがて魔物は全て倒され、ボルドさんの声が届きました。私たちは魔術式を霧散させると、荷物を持って歩き出します。
「ユートが一番多く荷物を運んでいるのに、まだそんな動きができるのね。疲れてないの?」
「ああ。まだまだ余裕だ」
「すごいなぁ……。僕はもう足が疲れてきたよ」
「シイキはユートを見習いなさい。あなたはフルルよりも荷物が少ないのよ? それ以上の甘えは許さないわ」
「うっ……。えっと、フルルは大丈夫?良かったら少し持つよ?」
「……え? あ、大丈夫です!」
返事が遅れてしまった私は、三人に心配そうな顔をさせてしまいました。
「フルル、無理はしないで。疲れたのなら、疲れたって言っていいのよ?」
「フルルの分も俺が持とうか?」
「いつ魔物に襲われるか分からない状況だと、精神的にも参っちゃうよね」
優しく声をかけてくれる皆さんに、私は両手を振ります。
「ち、違います! このくらいの荷物なら全然平気ですし、本当に大丈夫なんです」
「……このくらい、ね……」
「シイキは見習わなきゃいけない相手が増えたわね」
「なら何か考え事でもしてたのか?」
「……それは、その……」
「出たぞ!」
私が言葉に詰まっていると、また前から声が届きました。今度は突然のことでした。
「上だ!」
慌てて魔術式を形成しようとした矢先に、そんな言葉が続けて聞こえます。魔術式に向けないといけない注意が、上の方に逸れていきます。
「ひっ……!」
そこには、今まさに落下している最中のオオアリグモが、何十匹もいました。私は思わず身をすくませてしまいます。
「フルル、魔術式を!」
「は、はい!」
シルファさんに言われて、私は急いで魔術式を形成します。けれど沢山のオオアリグモは、もうすぐそこまで迫ってきていました。多すぎるせいで、シルファさんたちも倒しきれないようです。
ダメです。間に合いません……! 私は形成途中の魔術式もそのままに、両手で顔を庇います。
「フルル!」
ドゴッ!
「あ……」
薄く目を開けると、頭の上でユートさんがオオアリグモを蹴飛ばしていました。
「ユートさん!」
その背中に、別のオオアリグモが落ちてきます。
「ふっ」
ユートさんは背中に手を回すと、その先に楕円形魔術式を形成し、防御魔法を発現させました。落ちてきたオオアリグモはその魔法に阻まれます。
ボン!
「えっ?」
防御魔法が消え、そのまま落ちてくるはずだったオオアリグモに、どこかから飛んできた光弾が当たりました。オオアリグモは逆さまになって地面に落ちて、そのまま消滅していきます。
「余所見している暇があるなら、魔術式の一つでも形成したらどうです?」
「ま、所詮は荷物持ちだな」
「……っ」
声のした方を見ると、そこにいたのはあの男の人たちでした。右手と左手の両方に魔術式を形成した男の人たちは、上から落ちてくるオオアリグモを次々と撃ち落としていきます。
ユートさんも既に、別のオオアリグモを攻撃していました。それを見てようやく、私は魔術式の形成を始めます。けれど魔術式が完成した頃には、オオアリグモが落ちてこなくなりました。魔法の音も聞こえません。
「負傷者はいるか!?」
「フルル、平気?」
「は、はい……」
シルファさんに尋ねられ、私は折角作った魔術式を霧散させながら、曖昧に頷きます。
「よし、行くぞ!」
負傷者の報告はなく、進行再開の号令がありました。シルファさんたちは急いで荷物を背負いなおします。私は声を出しかけましたが、疲れが滲んだ表情を見て、言葉を飲み込みました。
私が荷物を背負った時にはもう、シルファさんとシイキさんは歩き始めていました。私はその後を、黙ってついていきます。
「フルル、下ばっかり見てると危ないぞ」
俯きながら足を進める私に、ユートさんが声をかけてくれました。見上げたその顔は、出発したときとほとんど変わっていないようでした。私はなんとも言えない気持ちになって、顔を背けるように前を向きます。
「……ごめんなさい」
「どうして謝るんだ?」
小さな声で謝る私に、ユートさんも小さな声で尋ねました。
「……私、魔術式を形成できなくて、ユートさんや皆さんに、また迷惑をかけました」
「そのくらい気にするなよ。シイキも言ってたけど、助け合うのがチームなんだから」
「でも、わ、私は、助けてもらってばっかりです。魔物と戦っている時だって、私は自分の身を守るだけで、さっきは、それすらできなくて……!」
言葉を続けながら、私は泣き出しそうになってしまいます。顔がどんどん下に向きました。
頑張らないといけないことは分かっているんです。けれど私は、ユートさんたちのように魔物を攻撃するどころか、他の荷物持ちの方のように、自分の身を守ることさえできませんでした。こんな私がユートさんたちと同じチームになるなんて、そもそも間違っていたんです。
結局私は、『お荷物』なんです……。
「フルルは自分のこと、助けてもらってばかりだって言うけれど、少なくともこうして荷物を運ぶことはできてる。魔法だって、さっきは上手くできなかったかもしれないけど、それまではちゃんとできてた。フルルはきちんと依頼をこなしているよ」
「……でも、ユートさんたちは、もっとすごいことをしています。魔導士の方みたいに、自分のことを守るだけじゃなくて、魔物を倒したり……」
「それは気にしなくてもいいんじゃないか? 寧ろ俺の場合、魔術式が小さくて防御が上手くできないからああしてるだけだし、そういう意味じゃフルルの方がすごいだろ」
「………………」
それは確かに、私がユートさんよりも優れているところです。けれど大事なのは、それで何ができるかです。大きな魔術式を作れても、それを使いこなせなければ意味がありません。誤って暴発させてしまった際の危険性を考えたら、寧ろマイナスになります。
だから、私は――
「なあフルル。フルルには、死ぬよりも怖いことってあるか?」
「え……?」
唐突に、ユートさんがそう尋ねてきました。私は顔を上げると、少し考えてから首を横に振ります。
「……分かりません」
「そうか。実は俺もよく分からないんだけどな」
ユートさんが小さく笑います。一体何が言いたいんでしょう?
「つまりさ、大抵のことは、死ぬことに比べたら大したことないって思うんだ。死んじゃったら、それ以上何もできなくなるしな」
ユートさんはどこか遠い目をしました。
「もしかしたらフルルの悩みは、俺が想像できないくらい大きいのかもしれないけど、とりあえず今は、生きて、依頼を達成することだけを考えてみないか?」
「それだけを、考える……?」
「ああ。今大事なことだけを考えるんだ。反省とか他のことは、一旦後回ししてさ」
ユートさんが笑いかけてくれます。
「フルルは今の自分にできないことを気にしてたけど、それは今すぐにはどうにかできるものじゃないだろ? だったら今は、今できることを精一杯すれば、それでいいと思うんだ。生きてさえいれば、いくらでも変われるんだから」
「………………」
そう、なんでしょうか? 私はユートさんの考えがいまいち飲み込めず、何も返せません。ユートさんもそれ以上は何も言いませんでした。
結局その後は魔物が出ることもなく、目的地に着くまで静かなままでした。




