村から出発です
「これで揃ったな。全員無事で何よりだ」
広場には先ほどと同じように、ボルドさんを中心に依頼を受けた皆さんが集まっていました。けれどその雰囲気は全然違って、息が詰まりそうなくらいピリピリしています。隣にいるシルファさんも、表情を引き締めていました。
ボルドさんは真剣な表情で皆さんを見渡すと、その口を開きました。
「今しがた、村のすぐ近くで魔物の群れが現れた。それも百匹近い大群だ。状況は俺たちが想定した以上に変化している」
ボルドさんの言葉に、小さなざわつきが起こりました。それでも大半の人は落ち着いているようで、静かに続きを待っています。やっぱり魔導士の方は、こんな状況でも冷静でいられるみたいです。
「一刻も早く正しい状況を確認したいところだが、村のことも心配だ。そこで村に残る人員を少しばかり増やそうと思う。今から呼ばれる奴は防衛隊だ。聞こえたら返事をしてくれ」
ボルドさんに呼ばれた人が返事をしていきます。その中には、人魚族の方もいました。
青っぽい肌と魚のヒレのような耳が特徴的な男の人たちでした。今は三人とも両足で立っていますが、水の中では足を変化させて泳ぐと聞いたことがあります。
「以上、残りは調査隊兼討伐隊となる。昼食を済ませたらすぐに発つぞ」
おう! と力強い返事がありました。その顔に不安を滲ませている人は誰もいません。どころか、小さく笑みを浮かべている人さえいました。難しいほうがやりがいがあるということでしょうか? 私の心配なんて大したことないと言われているみたいでした。
周りを見ていると、一瞬、輝翼族の人と目が合いました。私は慌てて目を逸らします。
そう言えば、剛翼族の方も防衛隊ではないのでした。つまり討伐隊には、翼人族のお二人がいるということになります。さっきはケンカなどはしませんでしたが、心の中ではお互いにどう思っているのか分かりません。私の中の不安はどんどん大きくなっていきます。
「では各自、急いで食事を――」
「皆さま、よろしければ、わたくしたちが作った料理を召し上がって頂けませんか?」
するとそこに、アイさんの声が響きました。声のする方から、美味しそうな匂いもします。
「お、そいつぁありがてぇ。お前ら、ありがたく頂戴するぞ!」
ボルドさんの声を合図に、皆さんがアイさんのいる方へと向かっていきます。さっきまでの張り詰めた空気が和らいだようで、私は少し気が楽になりました。それと同時に、おなかの音が鳴ってしまいます。
「ふふ、私たちも行きましょうか」
「……はい……」
微笑むシルファさんに、私は顔から火を出しそうになりながら頷きます。
「あれ、ユート君は?」
シイキさんがきょろきょろと辺りを見渡します。私もそれに倣って首を動かしましたが、ユートさんの姿はありませんでした。さっきまで近くにいたのに、いつの間にかいなくなっていたようです。
「……彼なら今しがた、さっきの話であったアイさんの声を聞いて飛び出していったわ」
シルファさんがため息混じりにそう言います。シルファさんには、自由行動中何があったかについては、既に話していました。ご飯を作っていたという話もしましたから、あの声がアイさんのものだと分かったのでしょう。
「そ、そうだったんですか?」
「よっぽどお腹が減ってたのかな?」
「何にしろ、チームを置いての行動は感心しないわね。後で言い聞かせないと……」
そう言うシルファさんは無表情でしたが、そこに何か、言い表せない不満のようなものが浮かび上がっているようでした。私は小さく目を逸らします。
「まあまあ、とりあえず僕たちも貰いに行こうよ」
「そうね」
シルファさんたちの後に続いて、私も列に並びます。列から頭を出すと、大きなおにぎりを手にした魔導士の方々が見えました。皆さんもお食事が嬉しいのか、その顔には笑みが浮かんでいます。
やがて私たちの番になりました。随分と長い間使われていることが窺える木の机の上に、おにぎりが入った大きな木の桶が載せられていました。
「頑張ってくださいね! あら、シイキさんにフルルちゃん。あなたたちもたくさん召し上がって」
机越しにアイさんが笑顔を向けてくれます。けれど私は、それを正面から見れませんでした。
「……ユート、何してるの?」
シルファさんが私と同じ方向を向いて、私の疑問を言葉にします。そこではなぜかユートさんが、机のすぐそばに置いてある年季の入った荷車から、大きな木の桶を運んでいました。
「何って、手伝いだよ。一人じゃ大変だろうと思ってさ」
そう言ってユートさんは、抱えていた木の桶をもう一つ、机に載せました。そこにも沢山のおにぎりが並んでいます。
「ありがとうね、ユートさん。とても助かっているわ」
「このくらい、大したことないさ。ほら、皆もおにぎりをとってくれ」
「ユート、あなたの行動は立派だけど、私たちに何も言わずに――」
「シルファ、今はよそう。後ろを待たせてる」
シイキさんの言葉に振り返ると、後ろに並んだ魔導士さんたちの責めるような視線に気づきました。私は慌てておにぎりを手に取ります。
「お、おにぎり、ありがとうございました!」
「ちょっと、フルル!」
「あはは……。また後でね、ユート君」
急いで列から離れて、後ろを振り向きます。そこにはもう、突き刺すような視線はありませんでした。私はほっと息をつきます。
「フルル、急に走り出すと危ないわ」
「あ、ごめんなさい、シルファさん」
「急ぐという意味では正解だけどね」
「……そうね。私が間違っていたわ」
シルファさんは小さく息をつくと、いただきます、と口にしてから、おにぎりを口に含みました。
「いただきます」
「い、いただきます」
シイキさんに続いて、私もおにぎりを食べ始めます。お米の温かさとおいしさが口の中に広がっていきました。こういうのを、優しい味、というのでしょうか? 私はなんだか幸せな気分になりました。
「……美味しいわね」
「うん。いいお米だ」
「とてもおいしいです」
その後は、三人とも静かに食べ進めました。そしてほとんど同じ時間で食べ終わります。
「ごちそうさまでした」
私たちは声を合わせて言いました。シルファさんが楽しそうに微笑みます。シイキさんも同じように笑いました。私もそれにつられて笑顔になります。
「これだけいい食事を出してもらったんだもの。頑張らないとね」
「そうだね。精一杯頑張ろう」
「はい!」
そうです。ここの村の人たちは皆いい人でした。その人たちが困っているのに、怖がってなんかいられません。この村の人たちのためにも、頑張らないと!
力強く頷き合う私たちの元に、ユートさんが戻ってきました。おにぎりを配り終えた後、荷車を引いていたのが見えましたから、今までアイさんと二人で片づけをしていたんだと思います。
「悪い、遅くなった。それと、勝手に抜け出してごめん」
ユートさんが頭を下げます。シルファさんは、その頭に軽く手刀を落としました。
「これで許してあげるわ。けれど、次からはちゃんと一声かけること。いいわね?」
「ああ。肝に銘じるよ」
ユートさんは頭を上げて、苦笑いを浮かべていました。シルファさんも小さく笑っています。どうやらもう怒っていないようです。私はほっと胸を撫でおろしました。
「ところで、随分と長くアイさんと一緒にいたみたいだけど、何を話してたの?」
シイキさんの言葉に、シルファさんが無表情に戻りました。私はなんだか悪い予感がします。
「お互いのことを色々とな。アイとは結構話が合ってさ」
「……ねえユート、その話、詳しく聞かせてくれる?」
シルファさんが頬を上げました。けれどその目は無表情の時のままです。私はゆっくりと視線を落としました。
結局その後、シルファさんが二人の会話の内容のズレに気が付くまで、どこかいたたまれない雰囲気の中でじっとすることとなりました。
「お前ら、出発の準備はいいな!?」
さっき魔物と戦っていた場所で、ボルドさんが大声で叫びます。それに負けないくらいの大きさで、おう! と荷物を背負った討伐隊の方たちも声を張り上げました。魔導士の方よりも大きな荷物を背負った私も、今回は、おう、と小さく言えました。
「俺たちが戻るまでの間、村の守りは頼んだぞ」
「任せてくれ。そちらも無理はするなよ」
ボルドさんが、防衛隊のリーダーとして指名した魔導士の人と挨拶を交わします。その表情に不安の色はなく、お互いに信頼していることが伝わってきました。
「今日の目標は、竜神様が棲むという山の麓にまで辿り着き、そこでキャンプを設営することだ。道中魔物に襲われることもあるだろうが、陣を組んでさえいれば問題はない。各々の役割を全うしてくれ」
移動中どんな陣形をとるのかはシルファさんから聞いていました。私たちは荷物持ちの中でも外側に配置されていて、魔物と戦う魔導士の方との距離も近いです。少し不安ですけれど、自分のことさえ守れれば、後は魔導士の方がなんとかしてくれるはずです。
「よっしゃ、行くぞお前ら!」
おう! と声を合わせると、私たちは村の外へと出ました。
「気を付けろよー!」
「ぶっ潰してこい!」
「いってらっしゃい!」
何人かの激励の中に、アイさんの声もありました。私は振り向きますが、他の方に隠れて見えません。
「フルル、前を向いて。依頼はもう始まっているわ」
私と同じように、大きな荷物を背負ったシルファさんが言うのを聞いて、私は慌てて前に向き直りました。
「は、はい! ごめんなさい……」
「分かればいいわ。またアイさんに会うためにも、今は依頼に集中しましょ」
「はい!」
「いってきまーす!」
シルファさんの隣で、ユートさんが大きな声を上げました。
「うお、元気だな」
「その元気、ちゃんと残しておけよー」
周りの魔導士さんたちが笑います。シルファさんはため息をつきました。
「ユート、これは依頼なのよ? 真面目になりなさい」
「俺は大真面目だぞ。折角見送ってくれてるんだから、声くらい返しても問題ないだろ?」
「私たちはあくまでサポートよ。変に目立つような発言は控えるべきだわ」
「そうなのか? 変な決まりがあるんだな」
「まあほら、先は長いんだし、できるだけ体力を温存していこうってことさ」
シイキさんの言葉に、ユートさんは一応納得したようでした。
「まるで遠足気分ですね」
「ま、荷物を運ぶだけの奴らはそうだろうよ」
背後から小さく声が聞こえます。振り向くと、ユートさんに水をかけた人たちでした。あの人たちも討伐隊に入っていたみたいです。
私は何となく晴れない気分のまま、前の人に続いて、暗い林の中へと入っていきました。




