魔物襲来です
「えっ」
遠くから男の人の声が聞こえました。反射的に声のした方を振り向く私を、駆け出したユートさんが追い抜きます。
「アイは家の中に隠れてろ!」
「フルル、僕たちも行こう!」
「あ、はい!」
「き、気をつけてください!」
アイさんの声を背に、私は首から提げた魔法石に魔力を込めながら二人の後を追います。
声は広場とは逆の方向から聞こえました。声の感じからして、叫んだのはこの村に住むおじいさんたちではなく、依頼を受けに来た方でしょう。その点では、少し安心できました。
けれどもし、魔物に会ったのが魔導士の方ではなく、私たちと同じ運搬をする方だったら……。
「おい、誰かいないのか!?」
「くそ、なんなんだこの数は!」
切羽詰まった声が僅かに届きました。かなり危ない状況みたいです。
「悪い、先に行く!」
それを聞いたユートさんは、薄膜を纏ってすごい速さで走っていきました。さっきまでは、私たちに合わせてくれていたみたいです。
「単身先走るのは誉められたことじゃないけど、この場合は仕方ないね」
「……ごめんなさい。私が遅かったせいで……」
「フルルのせいじゃないよ。ユート君についていける人なんて、それこそ魔導士の人くらいなんじゃない?」
既に薄膜を発現させていたシイキさんはそう言ってくれますけど、シイキさんもさっきはもっと速く走っていました。私は益々申し訳ない気持ちになってしまいます。
「それよりも、この後のことに集中して。他の人が来るまでは、僕たちだけで魔物を相手しなくちゃいけないんだから」
「……はい!」
真剣な表情で話すシイキさんに、私はなんとか自分を奮い立たせます。
ここは学院の外で、何かあったときに助けてくれる先生はいません。私たちだけで、どうにかしないといけないんです。
「いいぞ、その調子だ!」
目の前にある角の先から、ユートさんの声が聞こえました。私とシイキさんは頷き合って、その角を曲がります。
遅くなってごめんなさい。けれど今から私も――
「ひっ――!」
角を曲がった先にあった光景に、思わず悲鳴が洩れました。
一見、大きな黒いアリに見えました。けれどそのお尻を持ち上げて、白い糸のようなものを出しています。どうやらクモの魔物みたいです。
そんな、犬みたいな大きさの魔物が、柵の外の草原に何匹も、何十匹も居ました。おまけに、奥にある林からもぞろぞろと出てきているようです。思わず身の毛がよだちました。
「シイキ、フルル、回り込もうとする魔物を抑えておいてくれ!」
「分かった! フルル、できる?」
「……が、頑張ります……!」
二人の言葉に、どうにか正気を取り戻した私は、両手を前に出して魔術式を形成します。
「よし、これで少しは……!」
「けどまだ五人だ。魔導士たちが来なきゃ……」
二人の男の人は疲れたような表情を浮かべていました。私たちよりは年上でしょうが、顔つきは若く、あまり年は離れていないようです。両手の先に形成された魔術式の大きさもそこまで大きくはないので、おそらく運搬役の方なのでしょう。私たちが来るまでの間、二人だけで対処していたせいか、かなり魔力を消費してしまっているようでした。
「大丈夫だ! 数はちゃんと減ってきている。焦らず確実に仕留めていこう!」
そんな二人の男の人を、今にも魔物の群れに飲み込まれそうな位置にいるユートさんが励まします。ユートさんは魔物の群れの正面に立ち、足を使って魔物を攻撃していました。魔物から糸をかけられそうになっても、攻撃の手を緩めないままよけたり防いだりします。改めて見ても、やっぱりすごいです。
そんなユートさんの姿に、男の人たちも気力を取り戻していくようでした。
「……くっそぉ! 俺たちだって、魔法使いだ!」
「こんな虫、いくらでも倒してやらぁ!」
二人の光弾が放たれ、それに当たった魔物たちが倒れていきます。私もそれに続いて、勇気を出して魔物を見ると、完成した魔術式から光弾を発現させました。横から来ようとした魔物は、ギィ、と嫌な声を出して倒れました。
魔物の勢いは変わりませんが、どうにかその場で抑えることができています。これなら、魔導士の方が来るまでなら――
「きゃっ!」
私がまた光弾を放った時でした。それとほぼ同時に、魔物が持ち上げたお尻から糸を飛ばしました。私は咄嗟に後ろにさがりますが、右の靴に当たってしまいます。慌てて右足を引こうとしますが、糸が地面にくっついたのか動きません。逆に私が転んでしまいました。その衝撃で薄膜が消え、形成していた魔術式が霧散してしまいます。
「フルル、大丈夫!?」
「は、はい! けど足が……」
「おい、早く攻撃を再開しろ!」
「く、抑えきれねぇ……!」
私が攻撃できなくなったことで、他の皆さんの負担が大きくなってしまいました。私は急いで立ち上がって魔術式を形成しますが、それができる頃にはさっきよりもかなり押されていました。魔物がどんどん近づいてきます。
「ダメだ! 一旦退くぞ!」
「待って! フルルがまだ動けないんだ!」
「じゃあこのまま全滅しろって言うのかよ!」
「二人は距離をとりながら攻撃を続けてくれ! シイキ、フルルを頼む!」
「分かった!」
「ちっ、ドジりやがって……」
「助けに来たんじゃねえのかよ……」
二人の言葉に、一瞬目の前が暗くなります。
「……ご、ごめんなさ……」
「フルル、今は目の前の敵に集中して!」
シイキさんに言われてはっとします。ほんの少し気を逸らしていた間に、魔物は目の前にまで迫っていました。慌てて光弾を放ちますが、数が多すぎて倒しきれません。
「あ、ああ……!」
倒しても倒しても、後からどんどん魔物が現れます。動けない私に、魔物はさらに近づいてきます。すがるような気持ちで周りを見ますけど、他の皆さんもいっぱいいっぱいのようで、他の人を気にかける余裕はなさそうでした。
「きゃあ!」
「フルル!?」
「くそ、糸が邪魔で……!」
魔物がまた糸を出しました。私は焦って防御魔法を発現させようとしますが、間に合うはずがありません。それどころか、光弾魔法の魔術式まで消してしまいました。
糸は両足に巻きつき、完全に足をとられた私は、大きな尻餅をついてしまいます。
そんな私の前に、顔の高さが同じになった魔物が群がってきました。対する私は、薄膜も、魔術式もありません。
「い……」
魔物が大きく口を開けました。
「いやぁあああ!」
ボン!
ギィ!
「……え……?」
閉じた目を開けると、倒れた魔物が消滅するところでした。何が起こっているのか分からない間に、周りに集まってきた魔物たちも、どこかから飛んできた光弾に当たって倒れていきます。
「動かないで」
「あ……!」
声は上から聞こえました。なんとか振り返って見上げると、そこには――
「き、輝翼族の――」
「動かないで、と言った」
淡々とした声に、私は体を硬直させます。そこには言葉の内容以上に、従わざるを得ない雰囲気がありました。
腕よりも長い、汚れ一つない立派な二枚の白翼を広げたその人は、翼の前とその手に、計四つの魔術式を形成していました。両手の魔術式から絶え間なく沢山の光弾を降らせる様からは、神々しさすら感じます。
「はっ。ちまちまと面倒なことしてやがる」
すると今度は、黒い翼を広げた人が両手の先に大きな魔術式を構えて飛んできました。その直径は、私の身長の二倍はありそうです。
「おらぁ! 吹っ飛べ虫ケラども!」
剛翼族の方の魔術式から出てきたのは、渦を巻く光でした。それはどんどん大きくなりながら地面に降りてきます。そして広範に広がったそれが、終わりの見えない魔物の集団を囲みました。
ゴォオオ!
「きゃっ!」
その直後、目の前に巨大な竜巻が現れ、私は腕で顔を庇いました。腕の間から薄目で見ると、中にいる何十匹もの魔物たちが、次々と強風に飛ばされていくのが分かりました。改めて、物凄い数の魔物だと思います。
それをこんな、たった一つの魔法で……。
「こんなもんか」
空中にいる男の人が、魔術式を霧散させました。すると竜巻が弱くなっていき、やがて魔物が落ちてきます。
ドドドドドドドド!
「うっ……」
その光景から顔を背ける私に、ユートさんとシイキさんが近づいてきました。
「フルル、怪我はないか!?」
「助けられなくてごめん。大丈夫?」
「は、はい。糸に足をとられただけです」
「これか」
「待ってて、今切るから」
シイキさんは小さな魔術式を形成すると、そこからナイフ程の大きさの黒い刃を発現させました。ゆっくりと動く黒いナイフによって、糸が切れていきます。
ようやく自由に動けるようになった私の前に、長いスカートを穿いた輝翼族の女の人が降りてきました。その翼の前には、まだ魔術式が残っています。
腰まである、波を思わせるような水色の髪で片目を隠したその人は、二十代くらいの方でした。感情の宿ってなさそうな目を向けられ、私は小さく肩を震わせます。
「無事?」
「……はい……」
「ならいい」
軽く頷く女の人に、ユートさんとシイキさんが頭を下げました。
「助けてくれて、ありがとうございます!」
「もう駄目かと思いました」
「気にしないで。それじゃ」
「あ……」
女の人がそう言うと、魔術式の光が強まって、女の人は宙に浮かび上がりました。そのまま高度を上げていくと、広場のある方へと飛んでいってしまいました。
「おいてめぇら、怪我なんかしてねぇだろうな?」
すると入れ替わるように、翼を畳んだ剛翼族の人が歩いてやってきます。黒に近い緑の、ギザギザした短髪を持つ男の人でした。こちらの方も二十代後半くらいでしょうか。釣り上がった目尻が少し怖く感じます。
「お陰様で、俺たちは平気です」
「すごい魔法でしたね」
シイキさんが振り向くのにつられて振り返ると、あれだけいた魔物は全て消滅していました。
「あんくらいは当然だ。ところでてめぇら、荷物運びなんだってな?」
「はい」
「誰かから聞いたんですか?」
「ああ。てめぇらがまだ戦ってたっていうのに、逃げ腰だった奴らにな」
剛翼族の人が後ろを向きます。その視線の先には、駆け足で広場の方に向かう男の人たちがいました。
「てめぇらはちったぁ根性があるみてぇだが、これから仕事があるって時に、無茶するんじゃねえぞ。特にお前」
「……っ!」
鋭い視線を向けられ、私は反射的に目を逸らします。
「……ま、学生じゃしょうがねえか。だが一人の失敗が全体を危険に晒すことだってある。よぉく覚えとけ」
「………………」
私が何も言えないでいると、遠くから笛の音が聞こえました。
「っと、集合か。てめぇらも早く戻れよ」
剛翼族の人は翼と両手を広げると、その手の先にそれぞれ魔術式を形成しました。その手を下ろすと、魔術式は翼の前に留まります。その直後、男の人の体が浮かび上がりました。
「わわっ」
「なるほど、ああやって飛ぶのか」
シイキさんは驚き、ユートさんは納得したように頷きます。その間に男の人は、広場のある方へ飛んで行ってしまいました。
「ユート君、今の魔法の使い方、理解できたの?」
「ああ。翼人族の人って、手のひらほどじゃないけれど、翼からも上手く魔力を放出することができるらしいんだ。だから一旦魔術式を作っちゃえば、それの維持やそこからの魔法の発現は翼からもできる。それを利用して、昨日ヌヌさんが見せてくれたような操作魔法を自分にかけているんだと思う」
「あれか……。確かにあの魔法をうまく使えば、飛ぶこともできるかもね」
「ただ、制御はかなり難しいと思うんだよな。しかもそれをしながら、あの大規模魔法を発現させたわけだろ? やっぱり魔導士ってすごいよな」
「いや、ユート君もすごいって意味じゃ負けてないと思うけど……」
「……あ、あの……」
うんうんと頷くユートさんに、私はようやく声をかけられました。
「どうした、フルル?」
「……ごめんなさい、私のせいで、魔物を抑えられなくなって、ユートさんたちにも、迷惑をかけて……」
「ああ、別に迷惑なんかじゃないさ。フルルは精一杯頑張ってくれたじゃないか」
「そうだよ。それに僕たちは仲間なんだから、助け合うのは当然さ」
「…………はい」
私は足元に目を落とします。
仲間なら助け合うのが当然。それは正しいことだと思います。けれどそれなら、助けてもらってばかりの私は……。
「それよりも広場に戻ろう。遅くなるとまずいだろうし」
「そうだね。行こう、フルル」
「………………」
私は小さく頷いて、二人の後についていきました。




