それでも私は
「なるほどなぁ。まぁ確かに今のフルルは実力不足だもんなぁ」
地面に座って、犬の精霊にもたれかかっているジェンヌ先生の言葉に、私は何も言えず視線を落とします。
合同授業の翌朝、私は朝早くに起きて、広い草原までジェンヌ先生に会いに行きました。朝はいつもそこにいるから、何か困ったことがあったら相談しにきてと言われたことを思い出したからです。そう言われてから今まで、一度も行ったことがありませんでしたけど、ジェンヌ先生は優しく迎えてくれました。
「……今のままじゃダメだって、分かってはいるんです。でも……」
私はどうにかそこまで言って、また口を閉じます。どうしてここに来たのかを話したときも、こんな感じでした。どうしてこんな話し方しかできないんでしょうか。私はまた、自分のことが嫌いになります。
「あまり思い詰めることないさぁ。こうしてここに来てくれたってことがぁ、フルルが成長しているって証なんだからぁ」
「……そう、なんですか?」
「うむぅ。現状を変えようと新しい行動を起こしたというのはぁ、間違いなく前進だぞぉ。例えそれで失敗してもぉ、失敗したという経験を得られるわけだしなぁ」
失敗は若いうちにしておくのが一番さぁ、とジェンヌ先生は笑います。でも私は素直に頷けませんでした。失敗したら、怒られますし、周りから冷たい目で見られますし、しない方がいいに決まっています。
「話を戻すけどぉ、フルルはユートたちのチームに入りたいんだよなぁ?」
「……はい」
私は小さく、けれどはっきり頷きます。
「けど実力が足りないから入れられないと話しているのを聞いたとぉ。ふむぅ……」
ジェンヌ先生は、もっと深く精霊に寄りかかって、青い空を見上げました。何かいい考えがないか考えてくれているんだと思います。私は静かに、ジェンヌ先生の言葉を待ちました。
暫くそうしていると、ジェンヌ先生はゆっくり私に向き直って言いました。
「なら直接頼んでみたらどうだぁ?」
「え? で、でも……」
そんなことをしても、今度は直接断られるだけじゃないでしょうか?
「確かに断られる可能性は高いだろうなぁ。けれど自分の気持ちを正直に伝えることはとても大事なことなんだぁ。もしかしたらユートたちの気持ちが変わるかもしれないしなぁ。もしダメだったとしてもぉ、何もしないで諦めるよりかは後悔することは少なくなるぞぉ」
「………………」
私は、はいともいいえとも言えませんでした。ジェンヌ先生の考えは分かります。でもユートさんたちから直接ダメだって言われるのは、……とても恐いです。
自分の足元を見ながら、そう言われることを想像して、私は小さく震えてしまいました。
「……断られるのが恐いというのは分かるが、このまま何もしないでいる方が、もっと恐くなると思わないか?」
「えっ……?」
顔を上げると、ジェンヌ先生は引き締まった表情をしていました。
「ユートとシルファは、フルルをチームに入れられないという話を、フルルが聞いていたことは知らないのだろう? しかしフルルは今後二人に会うたびにその話を思い出して、意識的にしろ無意識的にしろ二人を避けてしまうんじゃないか? すると向こうは、急にフルルの態度が変わってしまったことに戸惑うはずだ。話を聞こうとしても、フルルは誤魔化してしまいそうだしな」
「それは……」
ジェンヌ先生の言うことは、簡単に想像することができました。もしそうなってしまったら……。
私のする想像の続きを、ジェンヌ先生が言葉にします。
「やがて二人は、正直に話してくれないフルルに愛想を尽かすだろうな。そうなると、例えフルルがこれから実力をつけていったとしても、二人からの信頼を失ったフルルはチームに誘われないはずだ」
「あ、う……」
私に優しくしてくれた二人に嫌われる。それはとても恐いことでした。二人に冷たい目を向けられることを思い浮かべて、私は強く目を閉じます。けれどそうすると、ますますその光景が頭に浮かんできてしまいました。
「……少し恐がらせすぎたかなぁ? ごめんなぁ」
小さく開けた目に涙を浮かべた私に、ジェンヌ先生は元の口調に戻って言いました。
「とにかくだなぁ、二人と一緒のチームに入りたいっていうフルルの気持ちを言わないまま諦めるのは良くないことだと思うんだぁ。ちゃんと伝えた方がぁ、お互い納得できるしなぁ」
「…………はい」
今度はちゃんと答えられました。面と向かってダメと言われるのも恐いですけど、嫌われる方がもっと恐いです。
「なら練習してみようかぁ。私をユートだと思って、チームに入れて欲しいと頼んでみてくれないかぁ?」
「は、はい……」
リーダーはシルファさんだったはずですが、どうしてユートさんなんでしょうか? 不思議に思いながらも、私は先生に言われた通り、練習を始めます。
「あ、あの、ち、チームに、入れて、ください……」
「んぅ、誰をぉ、どこのチームにだぁ?」
「あ、わ、私を、えっと、ユートさんのチームに、い、入れてください……」
「最後の方が聞こえなかったなぁ」
「……私を、ユートさんのチームに」
そう言いかけたところで、足音が聞こえて、後ろを振り向きます。すると林の方から、ジェンヌ先生がもたれかかっている精霊と同じ姿をした大きな犬が走ってきているのが見えました。
「え、あ、あれって?」
「見回りから戻ってきたみたいだなぁ。気にせず練習を続けていいぞぉ」
「で、でも、あんなにたくさん……」
そうこうしているうちに、足音はどんどん多くなって、いつの間にか私はたくさんの精霊に囲まれていました。前を見ても横を見ても、精霊さんが私を見ています。私はどこにも顔を向けられなくなって、下を向きます。
「こらぁ、頼みごとをするのに相手の顔を見ないのはダメだぞぉ」
「で、でも、こんなに見られてたら、その……」
「二人に話しかけるときも周りに誰かいたらそうなるのかぁ? この子たちは精霊なんだからまだやりやすいだろぉ?」
「うう……」
私はどうにか自分を奮い立たせて、ゆっくりと顔を上げて、上目をつかってジェンヌ先生を見ます。
「わ、私をユートさんのチームに、入れてください」
どうにか言えました。けれどジェンヌ先生は首を横に振ります。
「言葉は伝わったけどぉ、気持ちは伝わらなかったなぁ。フルルがあの二人のチームに入りたいって気持ちはぁ、もっと大きなものだと思っていたんだけどぉ、違ったかぁ?」
「………………」
私も首を横に振りました。
「私をユートさんのチームに入れてください」
「まだまだぁ」
「私をユートさんのチームに入れてくださいっ」
「いいぞぉ、その調子だぁ」
「私をユートさんのチームに入れてくださいっ!」
大きな声を出しているうちに、私はだんだんと、真っ直ぐ前を向くようになっていきました。声もどんどん大きくなっていって、自分はこんなに大きな声を出せるんだと驚きました。ジェンヌ先生はそんな私を、微笑みながら見てくれていました。
「最後ぉ、全力でいってみよぉ」
「私を! ユートさんのチームに! 入れてくださいっ!!」
「ああ、大歓迎だ」
「…………えっ?」
思いっきり叫んで、どこかすっきりとした気分になった私に、予想外の声が聞こえました。
慌てて振り返ると、子犬の精霊を抱いたユートさんがそこにいました。
「え、ええ!? ゆ、ユートさん、どど、どうしてここに!?」
私は驚きすぎて、変な声を出してしまいました。ユートさんは笑いながら子犬を撫でています。
「俺は毎朝、この精霊と一緒に学院内を見回っているんだ。それが終わって戻ってきたら、フルルの声が聞こえてさ。ありがとな、チームに入りたいって言ってくれて」
「フルル、良かったなぁ。フルルの気持ちはちゃんと伝わったみたいだぞぉ」
ジェンヌ先生はにまにまして私を見ていました。最初からこうなることを予想していたんでしょうか? 私は恥ずかしさと嬉しさが一緒にこみ上げてきて、どう反応していいか困ってしまいます。
「実は俺も、チームの件でフルルに話があってさ」
「……っ」
私は息を呑んで、身を竦めます。やっぱり、断られてしまうんでしょうか? 私は自然と目線が下がりそうになって、けれどなんとか上目遣いでユートさんと目を合わせます。
ユートさんが口を開きました。
「フルル、俺たちと一緒に依頼を受けてくれないか?」
「……い、依頼、ですか?」
「ああ」
戸惑う私に、ユートさんは笑顔で頷きました。
「ふあ、あんなに一杯……」
「結構あるもんだな」
フルルの言葉に続いて、俺も正直な感想を口にした。
依頼掲示板と呼ばれる大きな板には、その縁が隠れるくらいにたくさんの紙が鋲で留められていた。紙の上部には『E』や『F』といった記号が大きく書かれていて、その横に依頼の名前、その下に依頼の詳細が書かれている。
今日の授業が終わって時間があるのは皆同じようで、掲示板の前には人だかりができていた。そこから一歩離れたところから掲示板の上の部分を眺めての感想に、シルファはいつもの調子で返した。
「あれでも数は減っている方よ。逆に依頼を受けようって生徒は、いち早く良い依頼を探そうといつも以上に集まっているみたいだけど」
「あれで減っている方なのか……」
改めて見ても、上の方だけで相当な数がある。全部含めたら百以上あるんじゃないか?
「この辺りには魔導士ギルドもないから、魔法使いの仕事はこの学院に集まって来るのよね」
「魔導士ギルド?」
耳慣れない言葉だった。首を捻る俺に、シルファが前を向いたまま説明してくれる。
「簡単に言うと、魔導士が集まる場所ね。ギルドホームと呼ばれる建物の中に、学院でのチームみたいに、ギルドマスターとギルドメンバーがいて、そのギルドに寄せられた依頼をこなすの」
「……ここの卒業生は、すごく有名なギルドに入ってたりしますよね」
フルルもギルドについて知っているようで、シルファに続いて口を開く。
「ここを卒業して魔導士になったら、どこかのギルドに入らなくちゃいけないのか?」
「別にそうと決まっているわけじゃないけれど、どこかのギルドに入るのが一般的ね。魔導士になったばかりじゃ分からないことだらけだし、先立つものがなければ住むところにも困ることになるわ。だから魔導士として一人前になるまでは、衣食住が提供されるギルドに所属して、先輩の魔導士に教えて貰いながら経験を積んだ方が安心なのよね」
「そうなのか」
ここを卒業したら、か。あまり想像できないけれど、とにかくそれまでにはもっと強くなっていたいな。いや、絶対に強くなってやる。
「それで、今回はどんな依頼を受けるつもりなんだ?」
「Eランクの依頼を受けてみようと思うわ。それなら魔物に関わる内容が多いしね。フルルもそれでいい?」
「は、はい!」
うん、いい返事だ。フルルのやる気が伝わってくる。
「魔物に関わる内容か……。じゃあもしかして、俺をここまで連れてきてくれたのもEランクの依頼だったのか?」
「あれはFランクの依頼ね。あんな魔物と戦うのが前提の依頼なら、内容によってはDランクくらいにはなるわ」
「そ、そんなすごい魔物と戦ったんですか?」
フルルが目を丸くしている。Dランクってそんなにすごいのか?
「ああ。大きな猪の魔物だったんだけどさ、大きい割には走るのも速くて、逃げられなさそうだったから俺とシルファの二人で倒したんだ」
「……やっぱり、二人ともすごいです」
「うんうん、流石は僕のライバルだ」
聞き覚えのある声に振り返ると、後で合流すると言っていたシイキがそこに立っていた。腕を組んで、何やらうんうんと頷いている。そう言えばシイキにはまだ話してなかったっけ。
「え、だ、誰ですか?」
「僕はシイキ・ブレイディア。二人の親友さ」
「フルル、こいつは大嘘つきだから、何を吹き込まれても信じちゃ駄目よ」
「俺、いつの間にシイキと親友になってたんだ?」
「ユートも信じないの!」
「ひどいなあ。僕とユート君は一緒のチームを組んだこともあるんだよ?」
「え、え、つまり、どういうことですか?」
「とりあえず、皆一旦落ち着こう」
フルルが混乱しだしたので、俺は言い争いを始めそうな二人を止める。
「シイキは俺たちと一緒のクラスで、今回の依頼を受ける四人目の仲間なんだ。改めて、よろしくな、シイキ」
「うん、任せてよ。僕がチームに入ったからには、どんな依頼も楽勝さ!」
「……本当に他の生徒が見つからないのかしら? 今からでも考え直したほうが……」
握手を交わす俺とシイキから少し離れたところで、シルファがそんなことを呟いていた。よっぽどシイキとチームを組みたくないみたいだ。俺にしてみれば最高のメンバーだと思うんだけどな。
「……ええと、シイキさん、ですか?」
「うん。君はフルルって言うの?」
「はい。フルル・ヴァングリューです。……あの、男の人なんですか?」
フルルはシイキが穿いている灰色のズボンを見てからそう尋ねた。シイキは困ったように苦笑を浮かべる。
「あはは、この声のせいでよく間違えられるんだけどね。うん、僕は男だよ」
「……そう、なんですか」
フルルは僅かに頭を横にしながらも、小さく頷いた。
「自己紹介は済んだわね? ならそろそろ依頼を決めるわよ。Eランクの良さそうなのがあったら教えて頂戴」
「Eランクかぁ。上の方にも何個かあるけど、近づかないと分からないね」
「そうか? あ、荷馬車の護衛ってのがあるぞ。あれ良さそうじゃないか?」
「え? ど、どれですか?」
「一番上の列の右から七つ目ね。悪くはないけど、内容が少し簡単すぎるかしら。指定されている地域は、そこまで魔物が多い場所でもないし」
「……シルファ、あんなに細かい字が読めるの?」
「なら、左から十三、上から四つ目にある討伐依頼なんかどうだ? 羊みたいな魔物が数を増やしてるらしいぞ」
「ど、どうして読めるんですか!?」
その後も、俺とシルファでいくつか候補を出し合ったが、これといったものが決まらないうちに、目ぼしいものは先に取られてしまった。
ようやく人が少なくなってきた頃には、FやGと書かれたものばかりが残っていて、Eランクの依頼は一つも残っていなかった。俺たちは掲示板の前に立つと、残った依頼を眺めながら難しい顔を浮かべ合う。
「困ったわね……」
「どうする? 明日まで待つか?」
「いやあ、明日もまたこうなるんじゃないかなあ……」
「ちゃんと吟味して決めたいのだけれど、そうも言ってられないのかしら」
「あ、これ……」
フルルが一枚の紙を指し示す。他の紙の下に重なっていたそれは、Fランクの――
「あ」
前の紙をめくると、そこにはEと書かれていた。下の部分が隠れてFに見えてしまっていたようだ。
掲示板の上の方に比べて、下の方は紙の数も多く、紙同士が重なっているのもいくつかあった。他にもそういうものがないかと探したけれど、それ以外はなさそうだった。
「これは、……なるほどね」
「あー、だから残ってたんだ」
紙を持ったシルファとそれを覗き込んだシイキは納得したように頷く。その理由が分からない俺とフルルは顔を見合わせた。
「けれど、私たちには丁度いいかもしれないわ」
「ええ、こんなの受けるの?」
「文句があるなら別の人を探すけど」
「はは、まさかぁ……」
二人は俺とフルルを置いて、その紙を持って歩き出す。俺たちは慌ててその後を追った。
「あれ、そんなに変わった依頼じゃないよな?」
「はい。私もそう思いますけど……」
俺とフルルは揃って首を傾げた。




