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馬車に揺られて

「……ねえ、少しは落ち着いたら?」

 馬車の中でも黒いリュックサックを背負ったまま、しきりに外の様子を確認しているユートに、私はため息混じりに言った。

「ああ、ごめん」

 ユートはすまなそうにして、素直にやめる。悪気はないようだった。

 ビャクヤさんは旅行とか言ってたけど、そこまでしなきゃいけないようなものなのだろうか。送り届けるだけでいいと言われた私は深く聞かなくてもいいかと考えていたけれど、ここまで警戒するユートの姿に少しだけ興味が湧いた。

「旅行って言ってたけれど、そんなに気を張らないといけないの? 今日の組手みたいなものじゃ、……ないんだし……」

 言いながら、アレを思い出して顔が熱くなる。ユートも赤くなって顔を背けた。

 ま、まあ倒れたときは目を閉じていたらしいし、目を開けたのも私がスカートを押さえてからだったみたいだから、もう気にしないでもいいかもね!

「ああ。初めは三年前かな。麓の町にお使いを頼まれたんだ。終わるまで戻っちゃだめだって」

「それだけなら、大して難しくないと思うけど」

 確かにあの山は険しかったけど、それだけだ。昼間から魔物が出るような場所じゃなかったし、気負う必要もないはずじゃ――

「その時渡された地図が、まるででたらめでさ。地図通りならもう町についててもおかしくないのに、いつまで歩いても山の中だったんだ」

「………………」

 それは、確かに怖い。私も今日疑心暗鬼になりかけたのを思い出す。

「迷っているうちに夜になって魔物は出てくるし、散々な目に遭ったんだ。その次の日になんとか麓の町までたどり着くことができたけど、町からの戻り方が分からないから、結局もと来た道を戻る羽目になったし」

「た、大変ね……」

 旅行というより冒険に近い体験談だった。初めてでそんなだまし討ちみたいなことをされちゃ、ここまで警戒するのも分かるような気もする。

「さすがにシルファまで巻き込むようなことはしないと思うけど、そんな想定は何度も裏切られてきたからな。念のため注意してたんだ」

「ふうん。でも、私の心配はいらないわ。魔法だって使えるし」

「そう言えば、グリマールって学院の生徒なんだっけ。それってどのくらいの実力なんだ?」

「うそ。グリマール魔法学院を知らないの?」

「名前を聞いたことがあるって程度だ」

 信じられない。グリマール魔法学院を知らないなんて。いや、山の中に籠っていたんなら、名前だけでも知っているだけましか。

「グリマール魔法学院は、国内でも最高の魔法学院の一つよ。毎年何人もの受験生が殺到するけど、合格できるのはほんの一握り。優れた魔法技術と、確かな教養がある若者だけが受け入れられる、未来の一流魔導士を育てる場所なの」

「へえ。じゃあシルファもすごい魔法が使えるんだな」

「当然よ。そう言えばあなたも、魔法を使うことはできるんだっけ?」

 魔法自体、誰もが使えるというわけではない。基本は天性のもので、あとは努力次第だという見解が一般的だ。魔法を使える人間は魔法使いと呼ばれるのだが、そんな理由もあってか魔法使いの多くは、自分は先天的な才能を持った特別な存在だという意識が強くなりがちだ。実力も実績もないのに、魔法を使えるというだけで偉そうにしている奴もいる。

 ユートはどうだろう。私は心の準備をして彼の反応を待った。

「一応はな。けどじいさんも言ってた通り、大したことはできないよ」

「そうなの?」

「ああ。俺なりに工夫はしているけど、まだまだ全然だ」

 その答えを聞いて、私は心の中で安堵する。どうやら彼は、ちゃんと自分と向き合っているらしい。

 けれどビャクヤさんは、護衛の心配はいらないと言っていた。つまりユートも自衛できる程度の実力は持っているのだろう。

「ちなみに、魔術式はどれだけ大きくできるの?」

 折角なので聞いてみた。もしもの時、彼にどれだけ任せられるかを判断する材料にもなるし。

「このくらいかな」

 ユートは手を広げて見せた。そこから魔術式を形成するつもりかと思ってみたけど、ユートはそれ以上何もしなかった。

「……その手の大きさくらいってこと?」

「ああ」

 なるほど。これは想定外だ。

 魔術式の大きさは魔法の規模に直結する。今の大きさくらいじゃ、本当に大したことはできないだろう。手のひら大の火の玉で倒せる魔物がどれだけいるかという話だ。

「一応断っておくけど、何かが起きても私、あなたを助けられないからね」

「それは心配しないでくれ。体術には自信がある」

「…………そう」

 魔法使いとはとても思えないセリフだ。素手で魔物とやりあうとでもいうのか。

 戦闘面はとても任せられそうにないわね。そう評価した時だった。

「うわあ!」

 馬車が大きく揺れるのと同時、御者の男性の悲鳴が届く。

「どうしましたか?」

「ま、魔物です!」

 御者台に顔を出すと、二頭の馬の前に立ちふさがるようにして、狼のような魔物が三匹いた。

 いや、よく見ると後方にも三匹いる。完全に囲まれてしまったようだ。

 木々に囲まれた、山の麓辺りの道。とは言え町を繋ぐ主要な道路だろうに、昼間から魔物が出てくるなんて。

 魔導士による討伐や注意喚起が徹底されている今、普通に生活していて魔物に遭遇することなんて珍しいことになりつつある。こんな場所で魔物と遭遇するなんて、異常事態だ。

「ど、どうして、いつもはこんな場所に、魔物なんて……!」

「落ち着いてください。この程度、私がなんとかします」

 私は御者台に立つと、大きく両手を広げる。

「凍てつけ! 『フリーズ・ロック』!」

 手のひらから淡く光る魔力を放出し、それを基に円形の模様、魔術式を形成する。完成した魔術式にさらに魔力を注ぎ込むと魔法が発現し、白い光球が左右の魔物へと放たれた。

 パキィン!

 光に当たった魔物は、一瞬で氷漬けになる。

 アオオオン!

 ヒヒィイン!

「ひいいい!」

 仲間が攻撃されたことに怒ったのか、前方の魔物が跳びかかってくる。驚いた馬は甲高い声を上げ、馬車が再び大きく揺れた。御者が頭を抱えて小さくなる。

 けれどその程度で集中を乱す私じゃない。魔術式を保持したままの手を前に向け、暴れる馬の陰から飛び出してくる魔物を落ち着いて攻撃した。

 パキィン! パキパキィン!

 空中に飛び出していた二体の魔物を同時に凍らす。そのまま落下して氷が割れても、魔物は動かなかった。

 あと三匹。私は魔術式を構えたまま振り返る。

「もう終わったのか。早いな」

 しかしそこに魔物の姿はなく、ユートが馬車のわきからこちらを見上げていた。

「魔物はどうしたの?」

「シルファが倒したのを見て、逃げてったよ。ほら」

 ユートが指さす先には、林に向かって走る魔物の背中があった。

「あなたはよく襲われなかったわね」

「いや、跳びかかってはきたけど、うまくしのげてさ。その間にシルファが倒してくれたって流れだ」

「ふうん?」

 三体の魔物の攻撃を一人でしのぐなんて、ユートの体術はなかなかのものみたいだ。私は少し感心した。

「あ、ありがとうございます! 助かりました!」

 御者が馬を落ち着かせながら礼を言う。見ると、魔法が解けて横たわった魔物たちが、淡い光を発して消えていく。魔物特有の消滅現象だ。

 脅威は去った。私はそう確信して、魔術式を手で払ってかき消す。

「お怪我はありませんか?」

「はい。馬も無事です。すぐにでも発てます!」

「では急いで先に進みましょう。また魔物が現れるかもしれません」

「…………もう来るぞ」

「えっ?」

 ユートの言葉に振り向いた刹那、

 ブオオオオオ!

 重い咆哮が空気を震わせた。思わず耳をふさいで、辺りを見渡す。

 バキバキ、と木々をなぎ倒す耳障りな音が響いたかと思うと、林の中から巨大な猪のような魔物が現れた。太く鋭い二本の牙を持つその口には先ほどの狼魔物が咥えられている。消滅する前のそれを、猪魔物はバグンと飲み込んだ。

「な、ななななな!?」

「走らせて! 早く!」

 御者の男性に鋭く指示を飛ばし馬車に乗り込む。ほどなくして馬が高く鳴き馬車が走り出した。

 ブオオオオオ!

 逃げだす私たちに対し、猪魔物はその巨体からは考えられない速さで私たちを追ってくる。対してこちらは馬車という重荷を引いているためか、その距離は段々と縮まっていく。

「凍てつけ! 『フリーズ・ロック』!」

 追ってくる魔物の足元に魔法を放つ。けれど魔物は頭を下げ、牙を盾にした。少しの間牙が凍っただけで、魔物の勢いはまるで衰えない。

「面倒ね……」

「どうする? 降りて戦うか?」

「馬鹿ね。どうしてわざわざ降りる必要があるのよ」

「このままじゃ追いつかれるだろ。馬車が壊される前に降りた方が体勢が立て直しやすいじゃないか」

「そんなことをしなくても、追いつかれないようにすればいいだけのことよ」

 私は両手を魔物に向け、魔術式の形成を始めた。今の私が出せる、最大の魔法を発現させるために。

 こんな大きな魔物を相手にしたことはないから倒せるかどうかは怪しいけれど、足止めくらいなら十分できるはずだ。

 両手から発した魔力は、やがて人の背ほどの直径を持つ魔術式を形成する。

「突き進め」

 完成した魔術式に、魔力を注ぎ込んだ時だった。

 ガッ、っと鈍い音が下から聞こえたかと思うと、見る見るうちに馬車が傾いていく。

「きゃっ!?」

 これまでも大きな振動は何度かあったけど、今回のはそうじゃなかった。車輪が大きな石にでも乗り上げたのか、横転する馬車同様、私も体勢を崩してしまう。

「大丈夫か?」

 倒れそうになった私は、ユートに支えられて事なきを得た。ザザザザ、と下になった馬車の壁から地面を擦る音が鳴るも、ユートに支えられているので後ろに倒れずに済む。突然足場が傾いたというのに、ユートはどうして平気なんだろう、とぼんやり考えた。

「あっ」

 その間に、魔物はすぐ目の前まで迫ってきていた。迎撃しようと構えた魔術式は、集中を乱したせいで霧散してしまっている。倒れた馬車はもう動かない。あの勢いを止められるものも、ない。

「そんな……」

 思わず、呟いてしまった。それは突然すぎる死の宣告だった。

 何がまずかった? 違う。ありえない。こんなはずじゃなかった。どうして。私はもっとできるのに。こんなところで死ぬわけにはいかないのに!

 混乱する思考の中、魔物が向かってくる。まるで死神の鎌を思わせるような牙がこちらに突き立てられようとしている。潤む視界の中で、死だけがはっきりと感じた。

「いや……助けてっ!」

「ああ!」

 ドゴォッ!

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