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私はすごくないです

 こんなに足取りが軽いのは、いつ以来でしょうか?

 放課後、私は学院の中を歩きながら、今日の合同授業を思い出します。

 私たちのチームは三人しかいないのに、そのあとの試合でも、何度も勝つことができました。何回かは負けてしまいましたけど、ユートさんもシルファさんも、私を冷たい目で見たりしませんでした。逆に、今のは仕方ないとか、負けた方が成長できるとか、優しく励ましてくれました。

 ユートさんとシルファさんは、すごいだけじゃなくて、とても優しい人でした。

 今日の授業は、ここに来てから一番楽しい授業でした。私が誰かのお役に立てていることが、すごく嬉しく感じました。

 またあの二人とチームになれたらな……。

「今日の合同授業、ひどくなかった?」

「うんうん。『暴君』と『小物』でしょ? あんなのズルよね」

 そう思っていた時、建物の外から、そんな声が聞こえてきました。私は咄嗟に窓の近くに立って、耳を澄まします。

「『小物』の奴さあ、魔法使いのくせに近づいてくるとか意味分かんない。そんな奴と戦う訓練なんて受けてないって」

「少なくとも魔法使いがする戦い方じゃないよね。こっちの魔法も、防ぐよりも避ける方が多かったし」

 聞き覚えのある声でした。話しているのは、私と同じクラスの女の人でしょう。確か、私たちのチームに負けたチームの方だと思います。

「『小物』さえいなければ、『暴君』の魔法も使わせなかったのに」

「確かあいつがリーダーだったっけ? 『暴君』もよくあんな奴とチームを組んだよね」

「まあお似合いじゃない? 『小物』を引き連れる『暴君』って、いかにもそれらしいじゃん」

「あははっ! それもそうね!」

 ユートさんとシルファさんの悪口を言っているようでした。私はそれを聞いて、自分のことを言われてるわけでもないのに、なぜかそれと同じくらい、いえ、それよりももっと悲しい気持ちになってしまいます。

 ユートさんもシルファさんも、悪いことなんて何もしていません。むしろ人数が少ないのに勝つことができたのは、それだけ二人がすごかったからです。褒められこそすれ、悪く言われることなんてないはずなのに、どうしてあんな風に言うんでしょう?

「そう言えば、あいつもいた。『お荷物』」

「……っ!」

 私は思わず、息を呑みました。

「そうそう、あいつもむかついたよね」

「私たちに勝ったとき、飛び跳ねたの見た?」

「それそれ。自分は大したことしてないのに、それで勝った気になってんの」

「あんなことできて当然なのにね。それで喜べるなんて、本当に意識が低いんだから」

「そんなだから『お荷物』って呼ばれてることにどうして気づかないのかしらね?」

「………………」

 私は目を閉じて、両手で耳を塞ぎます。けれど女の人たちの声は、手を通り抜けて耳に入ってきます。

「まったく、どうしてあんな奴らが同じ学年にいるんだか」

「あれがこの学院の生徒なんだって見られるのは、勘弁してほしいよね」

「奇遇ね。私もあなたたちみたいな人間と同列に扱われるのはまっぴらだわ」

 その言葉を聞いて、私ははっと目を開けて、ゆっくりと両手を耳から離しました。

「し、シルファ!? それに『小物』も!」

「盗み聞きしてたの!?」

「あんな大きな声で、聞きたくもない汚い言葉をまき散らしておいて、よく言うわね」

「『小物』って俺のことか? あのあだ名そんなに広まっているのか……」

 二人に話しかけたのは、シルファさんとユートさんのようでした。ユートさんの声は授業中に聞いたものと同じでしたが、シルファさんは、私が聞いたことのないような冷たい口調でした。

「フルルに対して随分な言いようだったけど、あなたたちが偉そうに言う権利なんてないんじゃない? 四人もいた割に、『小物』だの『お荷物』だのと馬鹿にしてた三人の相手に負けたのだし」

「うっさい! 負けたのは『小物』の動きがズルかったせいよ!」

「あんな動きするなんて、魔法使いでも何でもないじゃない!」

「はは、確かに魔法使いっぽくはないよな。けどあれに近い動きをする魔物もいるだろうし、対処できないのはまずいと思うぞ?」

「うっ……」

 あっけらかんとしたユートさんの言葉に、女の人は言い返せないみたいです。シルファさんが小さく笑います。

「ズルって、ふふ、いくら負けたのが悔しいからって、そんな幼稚な言い訳をするなんてね。本気でそう思っているなら、先生方に訴えればいいんじゃない? 無駄でしょうけど」

「黙って! あんな戦い方、この学院の生徒として認められないわ」

「あんな小さな魔術式しか作れないような奴が、私たちと同じ制服着ないでよね!」

「なら私よりも魔術式の小さいあなたたちも、その制服を着ないでほしいのだけれど」

「なんですって!?」

「まあまあ、どっちも落ち着けよ」

 嫌な空気が伝わってくる中、ユートさんのいつもの口調が、それを和らげるように響きました。

「とりあえず話を聞こう。まず、二人はどうしてあんなことを言ってたんだ?」

「知らないわよ」

「自分で知らないうちに声が出てたのか?」

 ユートさんは本当に驚いているみたいでした。ふふ、とシルファさんが笑ったのが聞こえます。

「……っ! あんたたちがむかつくのよ!」

「私たちよりも小さい魔術式しか作れないくせに、まぐれで勝ったからっていい気にならないで!」

「そうか、負けたのが悔しかったんだな。気持ちは分かるけど、それで人を悪く言うのは違うと思うぞ」

 ユートさんは、自分のことも悪く言われているのに、それに対する悲しみも怒りも、その声には乗っていないようでした。本当にただ、自分の考えを話しているだけという感じです。

 ユートさんは多分、そこにいる四人の中で一番冷静でした。大人びていて、すごいです。

「……ふん、偉そうに……」

「弱いくせに、調子に乗らないでよね」

「……弱い?」

 その時、さっきまでずっと変わらなかったユートさんの声が、確かに変わりました。私は一瞬、肩が跳ね上がります。

「弱いって、俺のことを言ったのか?」

「そうに決まってんでしょ」

「『小物』の他に誰がいるのよ?」

「どうして俺が弱いんだ? 魔術式の大きさと俺の実力は関係ないだろ?」

「関係あるに決まってんじゃない!」

「本気で自分が弱くないって思ってんの?」

 今度は女の人たちが笑いました。私は嫌な予感がしてきて、両手をまた耳元に近づけます。

「ならユートに負けたあなたたちはそれ以下ね」

「あんなもの、まぐれよ」

「次からは絶対に負けないわ」

「だったら、今から試合しよう」

 ユートさんの言葉には、重く暗い感情が乗っているようでした。

「一対一だ。それならどっちが強いかはっきりするだろ?」

「はあ? なんでわざわざあんたなんかと試合しなくちゃならないの?」

「もし俺が勝ったら、弱いって言葉を取り消してほしい」

「……あほくさ。もう行こうよ」

「うん、時間の無駄だよね」

「あら、あれだけ大口叩いていた割に、いざ戦うとなると怖くて逃げるのかしら?」

「あんたたちに付き合うほど暇じゃないの」

「………………」

 二人の女の人の声が離れていきました。やがてそれが聞こえなくなり、私はほっと胸を撫でおろします。もし大ゲンカが始まってしまったら、どうしようかと思っていました。

「ユート、大丈夫?」

「……ああ。悪い、少し冷静さを失ってた」

「謝ることなんてないわ。寧ろ、あなたもちゃんと怒ることができるんだって分かって、嬉しかったくらいよ」

「俺をなんだと思ってたんだ?」

 ユートさんが苦笑したようです。その声はもう、元に戻っていました。

「あいつらの言葉なら、気にすることないわ。所詮負け犬の遠吠えなのだし」

「そうする。さっきの言葉は、次の試合で撤回してもらうさ。ただ今回勝てたから次も勝てるってわけでもないからな。やっぱり弱かった、なんて言われないように頑張らないと」

「……ほんと、あなたって前向きよね」

「そうか?」

「そうよ」

 そして、二人の笑い声が聞こえました。私もつられて、笑ってしまいそうになりました。

「話は戻るけど、チームメンバーの件、どうするつもりなんだ?」

 ユートさんのその言葉に、私ははっとして、また耳を澄まします。

 そうでした。ユートさんはチームメンバーを探していて、それで私とチームを組んでくれたのでした。

 もしかして、また二人と一緒のチームになれるんでしょうか? 私はどきどきしながら二人の言葉を待ちました。

「俺はフルルのこと、結構良かったと思うんだけど。シルファが魔術式を形成する時間を稼いでくれたし、あとの方は失敗も全然しなくなったしさ」

「そうね。言われたことはきちんとやってくれたわ」

 また褒められてしまいました。私はその場で飛び跳ねたくなって、なんとか我慢します。

「けどさっきも言った通り、今の彼女じゃ私たちのチームには入れられないわ」

「……え?」

 シルファさんの声を聞いて、すとん、と気持ちが落ちたみたいでした。

「どうしてだ? フルルは一生懸命頑張ってくれたじゃないか」

「だからあなたはお人好しなのよ、ユート。確かにフルルは頑張ってくれた。けれどあの程度の魔法、ここの生徒ならできて当然なのよ。一年飛び級しているあの子なら、尚更ね」

「っ……!」

 さっきの女の人たちの言葉を思い出してしまいます。両手が自然と持ち上がりました。

「飛び級ってことは、フルルは年下なのか?」

「ええ。一年分の差があるにも関わらず私たちと同じ学年にいられるのは、他の生徒よりも突出した才能があると認められたから。でも授業でフルルが見せてくれた実力は年相応のものだった。この学年の平均に達してない彼女をチームに入れることはできないわ」

「………………」

 シルファさんの言うことは、何も間違っていませんでした。飛び級を認められた私は、他の人と同じくらい、いえ、それ以上の魔法を使えないといけないんです。なのに今の私は、他の人よりも小さな魔法しか使えません。そんな私が、チームメンバーとして認められるはずがありませんでした。

「けれど飛び級できたってことは、実はすごい魔法が使えるんじゃないか?」

「どうかしらね。ただ少なくとも、今の彼女は実力不足だわ。飛び級が認められたのは過去のことよ。その情報に囚われて、私たちが見た現状のフルルを誤認するのは、お互いにとって良くないわ」

「………………」

 私はゆっくりと手を下ろして、足元に目を向けます。

 シルファさんの言う通り、飛び級が認められたのは前のことです。今の私なら、間違いなく飛び級は認められなかったでしょう。シルファさんは、ちゃんと今の私を見てくれていました。

 だから、悲しいと思う理由なんて、何もないんです。

「でもシルファもフルルのこと褒めてただろ? あれはフルルのことを認めていたからじゃないのか?」

「最初に会ったときのあの子は、とても暗い表情をしていたわ。多分、さっきの奴らが言ってたような心ない言葉をぶつけられて、自分に自信が持ててなかったのでしょうね。そんな精神状態じゃろくに魔法も使えないで、それがまた自己嫌悪に繋がる悪循環に陥る。そうはなって欲しくなかったのよ」

「……じゃあ、認めてもないのにおだてたのか?」

「過度に褒めたつもりはないわ。練習ではできなかったことができるようになったことと、きちんと仕事をこなしたことは確かに認めていたしね。けれど私が求める水準には至らなかった。それだけのことよ」

「……うっ……!」

 私はもう、それ以上聞いていられませんでした。二人に見つからないよう、窓のない方へと走り出します。

 いつの間にか流れていた涙を拭いながら、私は二人から逃げるように、暗い廊下を駆けていきました。


「……冷たいって思った?」

 シルファは少し視線を外して問いかけてきた。俺は小さく頷く。

「少しな。シルファの言うことも分からないわけじゃないけど、誰だって初めは強くないんだ。フルルも、今は平均以下かもしれないけど、これからぐんと成長するかもしれない。なのに一度チームを組んだだけで判断して、もう二度と組まないってのは、見切りをつけるのが早すぎると思う」

 もしメンバーの候補がたくさんいるというのなら仕方ないのかもしれないけれど、話を聞く限り、シルファの方も良さそうな生徒を見つけられてないみたいだ。そんな状況で、初めからフルルをメンバー候補から除外するのは間違っている。少なくとも、メンバーが二人のままでいるよりかは、フルルがチームに入ってくれた方がよっぽどいい。

「それにフルルは、俺の魔法を褒めてくれただろ? そんな生徒、なかなか見つからないんじゃないか?」

「それは、確かにそうね」

 昨日の授業でも、俺の魔法を見たクラスメイトの多くは、俺たちのチームが勝ってもどこか複雑そうな表情を浮かべていた。

 小さな魔術式をどうにかやりくりして勝機を見出す俺の戦い方は、ここの生徒にとっては異端だ。そんな俺が他の生徒を出し抜くことに、ほとんどの生徒はいい感情を抱かない。そのシルファの言葉は、実際にクラスメイトの顔を見て、正しいのだと実感した。アランやシルファ、シイキみたいな生徒は少数派で、多くの生徒は俺の戦い方を認めてはいないようだった。

 そんな中フルルは、俺の魔法をすごいと認めてくれた。それだけじゃなく、なぜか他の生徒が避けがちなシルファのことだって、ちゃんと信頼しているようだった。

「フルルは俺たちのチームメンバーになるための、一番大切な条件を満たしている。そう思わないか?」

「………………」

 シルファは口元に手を当て暫く黙っていると、ゆっくりと頷いた。

「あなたの言う通りね。少し高望みしすぎていたわ」

「じゃあ!」

「けれど、授業で見た彼女の実力が足らないというのも事実よ。実力があるだけではメンバーになれないように、信頼だけでもメンバーにすることはできないわ。だからもう一度一緒に行動して、フルルがどこまでやれるか見てみようと思う。判断はその後まで保留するわ」

「分かった。……あれ? けれど一緒に行動するったって、もうジェンヌ先生のクラスとの合同授業は無いんだろ? どうするんだ?」

「チームでなくても一緒に行動する機会は、授業以外でもあるわ」

 シルファが人差し指を伸ばした。

「フルルを誘って、依頼を受けるのよ」

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