第一話エピローグ
「…………よし」
鏡の前に立って身だしなみを整えていた私は、一通り終えてから小さく頷いた。
昨日、遠足から戻った私は、疲労と軽い魔力欠乏症で保健室へと運び込まれた。しかしそこまで重体ではなく、今では随分と回復していた。まだ本調子とは言えないけど、授業に出る分には問題ないだろう。
けれどさすがに、ユートの回復にはまだ時間がかかるだろう。命に別状がなかったとはいえ、あれだけの大怪我をしたんだ。一週間は満足に動くこともできないはずだ。
ストレイトさんに背負われていたユートの姿を見て、クラスメイトの皆も言葉を失っていた。まだユートに対して良い感情を持ってない生徒が大半だろうけど、あの姿を見てなお彼を馬鹿にするようなクラスメイトはいなかった。
その後私は、自分とユートに何が起きたのかをキース先生に報告して、話の証拠として熊の魔物の結晶を渡した。その大きさに驚いた生徒もいたけれど、そんなことどうでもよかった。
私は未熟だ。頭では分かっていたつもりだったけど、今回の遠足で痛いほどに思い知らされた。ユート、ケージ、ストレイトさん、この三人の実戦での強さを目の当たりにして、自分がどれほど驕っていたかを悟った。
ユートがぼろぼろになっていた時、見ているだけしかできなかった私に、一人でもいいだなんて言う資格はない。
「……やっぱり、チームを組まないとね」
未熟だからこそ、助け合う仲間の存在は必要不可欠だ。一人じゃできそうにない任務だって、仲間がいれば挑戦できる。そうすればその分経験を積むことができて、強くなれる。
今までは私に合った生徒が見つからなかったけれど、ユートなら完璧だ。かなり特殊ではあるけど実力もあるし、何より――
「………………」
気づいたら、そこそこの時間が経っていた。いつの間にかぼんやりとしてしまったらしい。鏡に映る私の顔がどこか赤かった。
「ま、まだ少し体調が悪いのかもね、うん」
誰に聞かせるでもなく、私は独り言を口にする。
とりあえず、ユートをチームに誘うのはもう決定事項ね。問題はどう誘うかだけど……。
私は鏡と向かい合い、ユートを勧誘する練習をすることにした。
「ユート、私とち、チームを、くく、組んでくれない?」
あ、あれ? 何でこんなに緊張するの? 普通に言えばいいだけなのに。
そう、普通だ。いつもの私を思いだそう。私は改めて鏡を見る。無表情の私と目があった。よし、ここだ!
「ユート、私とチームを組みなさい」
って、違う! こっちから誘うのに、どうして命令口調になるのよ!
ふう、少し落ち着こう。私は深呼吸する。
多分私は心のどこかで、ユートに断られるのを恐れているんだろう。だから変に緊張したり、それを誤魔化そうと虚勢を張ろうとする。けどそれじゃあユートにちゃんと伝わらない。本当はもっと素直な気持ちのはずなのに。
そうだ。どうして私がユートとチームを組みたいのかを話せばいいんだ。そうすれば話しているうちに緊張も和らぐだろうし、説得力もあるだろう。
これならいける。私は意を決して三度自分と対峙する。
「えっと、ユート、私は、その、あなたのことが――」
ユートのことが?
「き、気に入ったのよ、うん! だから……」
ちっがーう! 何よ気に入ったって! いつまで上から目線でいるのよ!
そうこうしているうちに、今日の授業開始時刻が近づいてきていた。私は溜め息をつくと、鏡から離れる。
結局のところ、ユートが回復しないことには始まらない。勧誘のことは置いておいて、彼に送る見舞いの品を考えたほうが良さそうだ。
それに先ずは、感謝の言葉を伝えないといけない。もっとも面会謝絶とかだったら、それすらも叶わないのだけれど。
「……早く治るといいけど」
私は未だベッドに伏しているであろうユートを思い、ぽつりと呟いた。
「皆、おはよう!」
挨拶して教室に入ると、教室が一瞬で静まり返った。俺の声の反響が聞こえてきそうだ。
全員が信じられないものを見るような目を俺に向けている。その迫力に俺も足を止めた。
あれ、もしかして俺、昨日の一件で完全に見放された?
「あー、えっと、昨日は悪かった。勝手な行動して、気絶して帰ってくるなんて、迷惑かけたよな。ごめん」
「何言ってんだよ!」
飛び出してきたアランに肩を抱かれる。その顔には笑みが浮かんでいた。
「ちょっとアラン、ユートくんは病み上がりなんだから」
「おっと、悪い」
フレイの言葉にアランは慌てて離れると、一転心配そうな顔つきになる。
「ていうか、本当に平気なのか? お前血だらけだったんだぞ?」
「ああ。けれど回復魔法をかけてもらったしな。もう元気だ」
俺は傷があったももの部分を叩いて見せる。
「回復魔法って、そんなに即効性あるもんじゃないような……」
「まあ、こうして出歩いてるってことは、先生方も大丈夫って判断したんだろ」
アランは嬉しそうに頷いた。
「アランたちはあの後、無事に戻れたか?」
「ああ。拍子抜けするくらい何事もなかった。俺たちのクラスはお前以外、大きな怪我をした奴はいなかったよ。シイキは魔力を使いすぎたせいで、まだ体調が優れないから今日は休むって言ってたらしいけど、そのくらいだ」
「そうか、よかった」
そうだ、シルファは? 思い至って自分の席の隣に目をやる。するとそこには、複雑そうな表情を浮かべたシルファが座っていた。俺は机越しにシルファと向き合う。
「シルファ、大丈夫だったか?」
「……それはこっちの台詞よ。あなたは休んでなくていいの?」
「ああ、先生方が治してくれたからな」
「…………そう」
笑う俺に対し、シルファの表情は定まらない。何かに迷っているように視線が動き、口を開きかけては閉じたりしている。
「……えっと、ユート」
「うん。なんだ?」
「……助けに来てくれて、ありがとう」
「はは、あんまり役に立てなかったけどな」
「そんなことないわ。あなたが来なかったら、間違いなく私は連れ去られてたんだから。あまり自分を卑下するのは良くないわよ」
シルファは一転、表情を引き締めて諭すように言った。俺はその変化に少し驚きつつも、自分がシルファの助けになれたことが分かって嬉しくなる。
「……そうだな。シルファを助けられてよかったよ」
「ええ。あなたのお陰で助かったわ。……そ、それで、その……」
シルファの顔がまた変になる。何かを言いづらそうにしているみたいだけど、俺の格好がどこか変だったりするのだろうか? そう思って確認してみるけれど、俺が見える範囲でおかしなところはなかった。
「ええと、だから……」
「あ、そうだ、シルファ」
「な、なに?」
「もしよかったら、俺とチームを組んでくれないか?」
「え…………」
俺がそう言うと、シルファは驚いたような顔を見せて、次の瞬間には顔を背けていた。
「シルファ?」
「ま、待って。……どうして、私と?」
シルファは顔を合わせないまま尋ねてくる。その耳がどこか赤いことに首をかしげながら、俺は少し間をおいて答える。
「ここの生徒の中じゃ一番付き合いが長いし、一緒に戦った時も頼りになったからさ。きっといいチームになれるんじゃないかと思ったんだ。……ダメか?」
「だ、ダメなんかじゃないけど、……ユートはいいの? 私で」
「ああ。シルファがいい」
「………………」
シルファの耳がますます赤くなる。なぜかアランが、ヒュウと口笛を吹いた。
やがて、シルファは長く息を吐いてから、俺と向き直る。その顔はいつもの無表情に戻ったけど、若干赤みがかっていた。
「……分かったわ。そこまで言うなら、チームを組んであげる」
「本当か? ありがとう! これからよろしくな」
「え、ええ。よろしく」
俺が差し出した手を、シルファは遠慮がちに握る。視界の隅で、なぜかフレイが溜め息をついていた。
「おーうお前ら、授業の時間だぞ。っと何だ? 昨日とはえらく空気が違うな」
そこにキース先生が現れた。先生は俺を見ると、驚きながらも口角を上げた。
「ユート、お前もう治ったのか?」
「はい。このとおりピンピンです」
ピョンピョンと跳ねて見せる俺に、キース先生は嬉しそうに目を細める。
「随分と大変だったって聞いているぜ。……悪かったな。俺ら教師陣が不甲斐ないばっかりに、お前をひどい目に遭わせた」
「いえ、俺の実力が足りなかっただけです。俺の方こそ、一人で突っ走ってしまってすみませんでした」
「……ま、それも誉められたことじゃないけどよ。結果的に全員無事だったんだ。元はと言えばこっちの責任なんだし、あんまり気にするなよ」
キース先生は俺の肩を軽く叩くと、教壇に向かった。俺たちも席につく。
「さて、お前らも知っての通り遠足は中断で終わっちまったが、こうして全員が無事に戻ってくることができて何よりだ。シイキは休んでいるみたいだがな」
キース先生は空席に目をやった。
「それともう一つ、いいニュースがある。中断されたから記録としては残らないが、集めた結晶の量は、このクラスがトップだ」
おお、とどよめきが起きた。
「いいか、お前たちはちゃんと成長している。そのことに自信を持って、次のクラス対抗戦に向けて励んでいくぞ!」
はい! と全員が力強く返事をする。その声色は、遠足の時とは違って、明るいものだった。
朝の集会が終わると、そこかしこで嬉しそうな会話が始まる。それを聞いて俺も気持ちが軽くなった。
「クラス対抗戦か。なんだか楽しみだな」
「何言ってるのよ。あなたはまだ試合形式じゃ強くないんだから、それまでに新しい戦い方を身に付けてもらうわよ」
「そうだな。シルファのためにも頑張るよ」
折角同じチームになれたんだ。俺が足を引っ張るような真似は絶対にしたくない。
「そ、そう……」
そう言うと、シルファはまた顔を背けた。俺は不思議に思いつつも、これからのことを考えて気持ちを昂らせた。
見てろよ、じいさん。俺はここで、もっと強くなってみせるからな!
授業前の鐘の音が、気持ちよく響き渡った。




