遠足の失敗
「決して無事とは言えませんが、それでも生徒全員が学院に戻ってこれて何よりでした」
学院長先生の言葉に、俺は何も返せなかった。リュードも顔を険しくして押し黙っている。
「ここは未来の魔導士が通う学院です。生徒の安全を疎かにするなどというのは言語道断ですが、彼らの将来のためにも、時には命の危機を感じさせるような環境に置いてやらねばなりません。そのための行事の一つとして遠足を行ったわけですが、そういう意味では、遠足の目的は達したと言えるでしょう」
学院長先生はゆっくりと周りを見渡す。その顔には人を安心させるような柔和な笑みが浮かんでいた。
「しかし、結果だけで判断するわけにはいきません」
学院長先生の顔から笑みが消える。
「生徒を危険に晒す以上、私たちはその危険をできる限りコントロールする必要があります。その上で生徒に試練を与えるのが私たちの務めです。……残念ながら今回、その務めは満足に果たされませんでした」
「………………」
その場にいる全員が沈んだ顔を見せる。きっと俺もそんな顔をしているんだろう。
「犯行は計画的でした。通信魔法を妨害し、多くの魔物を従え、犯人は生徒たちに襲いかかりました。生徒たちが抱いた恐怖は計り知れません。犯人の目的は定かではありませんが、恐らく生徒たちをどこかに拐おうとしていたものと思われます」
遠足に参加していない教師たちがざわつきだす。参加していた俺たちは、シルファから聞いた話を既に共有していた。しかし改めて聞いても、胸がムカムカするような話だ。
「今回は最悪の形を免れましたが、犯人はまた生徒たちを狙うかもしれません。ケージと名乗る犯人の一人は昨日にも、学院の敷地のすぐ近くで目撃されたといいます。そうですね? ジェンヌ先生」
学院長先生の言葉にジェンヌが頷く。俺がシルファから聞いた話をジェンヌに伝えていたのだ。
しかし朝のパトロールをジェンヌ一人じゃ回り切れないことまで知っての行動かと思うとぞっとする。そこまで情報が洩れているとは考えにくいが、最悪の可能性も考慮しなくちゃならなそうだ。
「万が一にも生徒が誘拐されるなどということのないよう、今後より一層、安全に配慮する必要があります。先生方も、そのことを覚えておいてください」
学院長先生を除く全員が頷いた。
「今日のところは、私からは以上です。既に調査依頼は出しましたので、その結果が分かり次第、追って連絡します。何か質問はありますか?」
その言葉に、何人かの教師が手を上げた。
「はい、ジェンヌ先生」
「あの森を事前に調査した者は、今回の件を予測できなかったのか?」
いつもの間延びした口調じゃない。当たり前だが、ジェンヌもこの件を重く受け止めているようだった。
遠足に参加する予定のなかったジェンヌは詳細な調査結果を知らされていない。その確認の意味も込めての質問だろう。
「彼らが調査した範囲は、森全体ではありません。こちらが指定した入り口から、生徒が半日で往復できるほどの距離、念を入れてそこからさらに二千歩ほど進んだ場所まで調査したそうです。それが二日前のことで、その時点では特に異常はなかったとのことでした。それ以前に森に入った時とも変わりなかったそうですから、本当にただ魔物が増えていただけの状態だったかと思います」
「それは探知魔法での調査ですか?」
「いいえ。隠密魔法を使い、実際に歩いて確認したそうです」
「………………」
ジェンヌは手を下ろした。その顔には、納得するしかないという諦めの感情が浮かんでいた。
探知魔法を使えば、森に入らずして中の様子を伺うことができる。しかし使用者との距離が離れるほど精度は落ち、魔法使いであれば誤魔化すことも可能だ。しかし、それこそ探知魔法を誤魔化せる隠密魔法の使い手が、わざわざ森に足を踏み入れてまで調査したとなれば、その結果を疑う余地もない。
となると、調査の後から今朝までの間に、調査範囲のさらに奥から魔物を引き連れてきたという可能性が濃厚か。
「はい、リュード先生」
「遠足の場所と日時を知れた人間はどれほどいる?」
「……皆さんも知っての通り、グリマール魔法学院の遠足の日取りは、ここ数年変わっておりません。また一日で移動できる距離も大したものではありませんから、場所もある程度は特定できてしまいます。その条件で犯人を絞りこむのは難しいでしょう」
「そうですか……」
「はい、フィディー先生」
リュードが手を下ろすのと同時に上げたのは、ユートの試験官を務めた細目の教師、フィディーだった。フィディーは軽く周囲を窺ってから口を開く。
「今回大活躍されたというストレイト氏はどちらに?」
「あの方は多忙の身だそうで、引き留めはしたのですが既に去ってしまいました。後日報告書を送ると仰ってましたから、それを受けて気になった点があれば尋ねようと思います。……キース先生、どうしました?」
「俺は生徒全員が森から戻ったあと、ストレイトと話す機会があってな。いくつか質問したんだ。その内容を共有しておく」
全員の視線が集まった。俺はそれに過剰な期待を感じ、大したことじゃないだろうが一応な、と前置きしてから続ける。
「まず俺は無礼を承知で、この襲撃を予想していたのかと聞いた。ストレイトは否定して、なぜそんな質問をするのかと返した」
ここまで聞いた教師の反応は二つに分かれた。困惑しているのは遠足に来てない教師で、どこか納得しているのは遠足に同行した教師だ。
「遠足に同伴した奴は知ってるだろうが、遠足の前日にストレイトはある条件を提示していた。それは不測の事態が起こった際に、俺のクラスの生徒を優先して助けにいくというものだった」
遠足に不参加だった教師たちがざわつきだす。気持ちは分かるが、俺はそのざわめきを打ち消すよう声を張り上げた。
「勿論! ……俺たちは昨日も尋ねた。なぜ俺のクラスを優先するのかと。その時は前回の対抗戦の結果や、入ったばかりの編入生の存在が不安要素だからと答えていたがな。だが結果的にその行動は大当たりだった。森の中に入った奴らから話を聞く限り、俺のクラスの生徒がいた方は魔物の数も多かったみたいだし、犯人の一人が居たという証言もあった。ストレイトが魔物を倒しながら戻っていかなきゃ、全員が生きて帰ってくるなんてことはできなかっただろう」
そしてその行動は、ストレイトだからこそできた芸当だ。教師のうちの誰かだったら、魔物を倒すのに時間を取られているうちに、犯人の目論見が達成されていただろう。
「あまりにできすぎていることを理由に改めて尋ねてみたと答えたら、単なる偶然だと返された。……これ以上は何も言えなかった俺は、礼を言って終わらせた。以上だ」
教師たちは思案顔を浮かべるも、納得のいく答えは出せないようだった。
余計に混乱させちまっただけか。本当に単なる偶然ってだけかもしれないし、これ以上細かな情報は言わないほうがよさそうだな。
そう考える俺の頭では、ストレイトの取った行動が思い起こされていた。
識別のためと名前だけの一覧を見せた時、あいつは俺のクラスの分を見て、ほんの微かにだが笑みを浮かべていたように見えた。一瞬のことだったから見間違いかもしれないが、気になる名前でもあったんじゃないだろうか。だから俺のクラスを――
「これ以上は、ないようですね」
学院長先生の言葉に我に返る。学院長先生の背後の壁に掛かった時計を見ると、もうかなり時間も経っていた。情報も少ないし、ここらが潮時だろう。
「明日からまた平常通りですが、今回の件でひどく心を痛めている生徒もいるかもしれません。どうか先生方はいつも通りに振る舞い、生徒に不安を与えないようにしてください。それでは皆さん、お疲れさまでした」
学院長先生の締めの言葉を合図に、教師たちが立ち上がり部屋を出ていく。俺は全員が出ていくのを見届けてから、重い腰を持ち上げた。
「悩み事か? キース」
部屋を出ていたところで、リュードに声をかけられた。
「待ち伏せかよ、リュード」
「随分と思い詰めていたようだからな」
「……ああ、まあな」
俺たちは歩きながら言葉を交わす。
気にかかるのは、ボロボロになって帰ってきたユートと、魔力がほぼない状態で犯人と会い、ユートがそうなったのを間近で見たシルファのことだった。今回のことが原因で、再起不能とかにならなきゃいいんだが……。
「先ほど学院長先生もおっしゃっていたが、俺たち教師が不安そうな表情をしていたら、生徒たちも余計に不安になるだけだ。生徒が心配なら、いつもの笑みを浮かべて見せろ」
「分かってるよ、くそ」
分かっていても、割り切るには時間がかかるんだよ。俺は頭を乱暴に掻いた。
「……無事、戻ってくるといいな」
リュードは小さく下を向いて言葉を発した。いつも真っすぐ前を向いてずばずばと言ってくるこいつにしては珍しいことだった。
「……お前んとこのクラスはどうだったんだよ」
「何人かが負傷しているが、体の方は問題ないだろう」
心の方は分からないってか。俺は小さく息をつく。
「グリマール魔法学院の生徒なら、こんなことで心を折られたりはしないだろ」
「……ああ、その通りだ」
リュードはようやく前を向き、いつもの無表情を見せる。俺もそれにつられて、少し力ないが、いつもの笑みを浮かべた。
そうだよな。俺たちの生徒は、このくらいで潰れるような奴らじゃない。
俺たちは生徒たちへの信頼を胸に、星明りの下へと出た。




