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物理重視の魔法使い  作者: 東赤月
出会い
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遠足の終わり

 私は懐に入れた左手に持つ通信魔法石に話しかける。

「こちらシルファ、現在ケージと名乗る男と交戦中! 至急応援を――」

 そこまで言ったところで、ケージが走ってくることに気づいた。その後ろには、地面にうずくまったままのユートの姿が見える。

 かかった! 私は立ち上がると、右手で背後に隠し持っていたそれを振りかぶった。

 それは、上腕ほどの大きさを持つ、鋭利な結晶だった。

 遠足に結晶を持ち込むには申請が必要になる。ここで手に入る結晶と大きさを比較するためと自分に言い聞かせたけれど、わざわざ煩雑な申請書を書いてまで結晶を持ってきたのはそんな理由からじゃないと、今の私は気づいていた。

 ……これを持っていれば、ユートが守ってくれているような、そんな気になれるからなんて理由、普段の私じゃ絶対に認めないだろうな。

「お願いっ!」

 こちらに向かってくるケージの顔をめがけて、思いっきり結晶を投げた。意表を突いた、距離を詰めようとするケージにとっては相対的に速くなる投擲だ。私は祈るような気持ちで結晶の行方を見た。

「むっ!」

 ケージは、こちらが驚くほどの反射神経で結晶を避けた。

「ああ……」

 立ち尽くす私の手をケージの左手が掴み、捻りあげる。痛みに顔をしかめる私の手から、光の灯っていない通信魔法石が落ちた。

「なるほど。通信がつながったと見せかけて俺をおびきよせ、一矢報いようとしたわけか。しかし無駄な足掻きだったな。反射的に避けはしたたが、あの程度なら俺に傷一つつけられないぞ」

「……そうね」

 私は小さく笑みを浮かべた。

 そんなことは分かっていた。魔法を使ったわけでもないのに、ケージに通じるような攻撃になんてなるわけないなんて。

 だから、託したのだ。

 パキッ

 私の王子様に。

「なっ――!?」

 さっきまでうずくまっていた場所から一秒足らずでケージに肉薄したユートは、左手に逆手で握った結晶をケージの右腕に突き刺していた。ケージの目が驚愕に見開かれる。あの怪我でここまで動けるとは思わなかったのだろう。

 貫通したローブの下から、薄膜が破られる前のような甲高い音が鳴る。やっぱり何か魔法を使っていたようだ。

 しかしそれを破るには至らない。ケージは口元を歪めかけ――

「はぁああああっ!」

 ユートは、さながら杭を打つように、右拳を結晶に叩き込んだ。結晶はその半分ほどが砕き割れるも、先端はさらに奥へと突き進んだ。

 バキキィン!

「ぐぉおおお!」

 結晶だけではない、何かが割れるような音とケージの声が重なる。距離をとったケージのローブの内から光が溢れ、結晶が突き刺さった右腕からは血が流れた。

「やった!?」

 少なくともこれで、右腕はろくに使えないはずだ。だというのに、ケージの顔に浮かんだ表情は、歓喜のそれだった。

「はははははは! まさか魔衣を破られるとはな! いやはや大したものだ!」

 ケージは結晶もそのままに、左腕を広げて賞賛する。

 マゴロモ? それのせいでユートの攻撃が効かなかったの?

 対してユートは、ついに力尽きたのか、再びその場に膝をついた。

「ユート!」

「ユートもよく動けたものだ。もっとも、その代償は大きかったようだが」

 ユートの肩を支える私に、ケージが近づいてくる。

「やはりお前たちは素晴らしい。お前たちこそ、招待に値する存在だ。俺を相手にここまで抗ったことを誇るがいい」

「くうっ!」

 ここまでやっても倒れないなんて。この距離じゃ魔法を使う前に近づかれるし、私にこれ以上打てる手はない。ユートも限界だ。

 私にできるのは、ケージをにらみつけることくらいだった。それを受けたケージは目を細める。

「もう抵抗するな。今ならユートも助かるぞ?」

 その言葉にハッとする。

 ユートの傷は深く、出血は止まらない。これ以上血を流せば、命に関わるのは明らかだった。

 なら今は、今だけは、ケージに連れ去られるのが最善……?

「っ……! ふざけないで……!」

 私は頭に浮かんだ安易な考えを振り払う。確かに命は助かるかもしれないけれど、そのあとどんな目に遭わされるのか分かったものじゃない。何より、ここまでの怪我をしながらも私を助けてくれたユートの気持ちを踏みにじることになる。それだけは絶対に嫌だった。

「ふっ、まあお前たちの答えがなんであれ、俺の行動は変わらないがな」

 ケージが左手を伸ばしてくる。私はユートの肩を強く抱いた。

 何か、何かできることは……!

「ん?」

 不意に、ケージの動きが止まる。

 え、と驚いているうちにケージは退くと、こちらに伸ばしてきた手をローブの中に入れ、魔法石を取り出した。

「なんだ? ……なに? 足止めはどうした? …………分かった。すぐ戻る」

 どうやら通信魔法石のようで、やけに高い声が小さく聞こえる。どうして通信魔法が使えるのか不思議に思っている間に、ケージは私たちに背を向けた。

「時間切れだ。残念だがお前たちの招待は次の機会にしよう。お前たちから貰ったこの結晶は、今日の出会いを記念して頂いていく」

 ケージは首だけを動かし、腕に刺さった結晶を見る。

「それとユート、聞こえているかは分からんが一応言っておこう」

「聞くよ」

 今までほぼ動かなかったユートが顔を上げた。私はユートがまだ余力を残していたことに驚く。ユートの返事を聞いたケージは嬉しそうに続けた。

「俺は、この世界で一番強い存在になる」

「っ!」

 ユートの体が、小さく震えた。

「お前もその頂を目指そうとするなら、俺以外の相手に負けてくれるなよ?」

 そう残して、ケージは走り去った。私はその姿が見えなくなってしばらくしてから、ようやく肩の力を抜いた。

「……助かった、の?」

 ケージ自身が言っていた通り、何かの期限が迫ったらしい。とは言えここまで追い詰められたのにあっさりと見逃されたことを、まだ受け止めきれなかった。

「………………」

 突然、ユートの頭が落ちる。一瞬、そのまま首から離れるんじゃないかと思った。

「ユート!? ちょっと、しっかりしなさい!」

 軽く肩を揺すっても、ユートはなんの反応も示さない。

「折角ケージから逃れられたのよ? なのにここで倒れちゃ意味ないじゃない!」

 必死に声をかける私の耳に、遠くからの微かな足音が入ってきた。

 助けがきた! 私は期待を胸に振り返り、

「……なんで、こんなときに……!」

 絶望に突き落とされた。木の陰から見えるその姿は、紛れもなく熊の魔物だ。倒木越しに目が合った魔物がこちらに向かってくるけれど、倒れた木を乗り越えようとして手間取っていた。

 この僅かな猶予でできることは……。

「………………」

 私は立ち上がると、鋭く息を吐き、両手を前に出した。その先から魔力を放出し、魔術式を形成する。

「……シルファ……」

「あなたは休んでなさい。今度は私が助ける番よ」

 正直まだ魔力は回復しきってないけれど、ユートがあれだけ頑張ってくれたんだ。ここで私が諦めるわけにはいかなかった。

「はぁああ……」

 徐々に魔術式が形を整えていく。その間に魔物は倒木を乗り越えていた。まだ魔術式を形成しきれていない私の元へ、魔物が走ってくる。

 このままじゃ間に合わないかもしれない。それなのに私は、自分がひどく冷静でいられていることに気づいた。何故かは分からないけど、まるで世界が味方してくれているような不思議な万能感が込み上げてきて、自分でも驚くほどの集中力で魔術式を完成に近づけていく。

「……突き進め」

 魔物が目の前まで来た。魔術式は完成したばかりだ。

 けれど私は、魔法の発現が間に合うことを確信していた。

「『アイス・ピラー』」

 ほぼゼロ距離で魔法が発現する。突然現れた氷塊に、魔物はなすすべなく押し返され――

「あっ……」

 魔法の動きが止まった。魔力が切れたんだ。

 あっという間に氷塊は消え去り、魔術式も空気に霧散してしまう。魔物は地面に倒れたけれど、すぐに起き上がった。

 魔物は怒ったような雄叫びを上げ、私に突っ込んでくる。

 もう私にできることはない。私はその場で膝をつき、目を閉じた。重く響く足音が大きくなる。

 ごめんね、ユート……。

「……………………」

 しかしいくら経っても衝撃は襲ってこなかった。私は恐る恐る目を開ける。

「……っ!」

 思わず、息を呑んだ。

 目の前には首を落とした魔物が倒れていた。やがてその体が消えていき、結晶だけが残る。

 一体何が……?

「間に合って良かった」

 まだ状況が分からない中、横から声をかけられる。はじかれたように振り向くと、赤紫色の髪をもつ若い男の人が立っていた。肩まで届く髪に耳が隠れている。

 黒装束、とでも言うのだろうか? 頭と顔は出ているが、口元から下は全身黒い服を纏っていた。頬に見える鱗から、辛うじて竜人族の人だと分かる。

「あ、あなたは?」

「僕はハギ・ストレイト。学院からの依頼を受け、君たち生徒の護衛を請け負っている。……だというのに、ここまで危険な目に遭わせてしまって済まない」

 ストレイトさんは深く頭を下げた。私は驚きつつも、初対面の相手へと警戒を向ける。

「……証拠はありますか?」

 正直、今の私たちを騙す必要はないだろうけど、ケージの件もあって私は少し神経質になっていた。

 けれどストレイトさんはにっこりと笑って、懐から淡く光る魔法石を取り出した。

「通信魔法石です。さっきまで不通でしたが、先ほどつながるようになりました。少々失礼します」

 ストレイトさんはそう言って、通信魔法石に魔力を込めた。魔法石に灯る光が強くなる。

「こちらストレイト。生徒二名を発見。君、名前は?」

「……シルファ・クレシェンです。彼はユート……」

「名前はユートとシルファ。……はい、今代わります」

 ストレイトさんから差し出される通信魔法石を恐る恐る受け取る。

「……はい」

『シルファ、無事か?』

 そこから聞こえてきたのは、キース先生の声だった。私はため込んだものを吐き出すように息をつく。

「はい、どうにか。ご心配をおかけしました」

『気にするな。今は無事に戻ってくることだけを考えろ。ユートも無事か?』

「あ、はい。……いえ、実はかなりの怪我を負っていて、その……」

 ユートの身を案じて視線を向けると、ストレイトさんが別の魔法石を左手に持ってユートの近くでしゃがんでいた。

「回復魔法石です。応急処置くらいならできます」

「今ストレイトさんが、ユートの応急処置をしています」

『そうか……。とりあえず、話は戻ってからだな。ストレイトがいるなら平気だろうが、気をつけろよ』

「はい」

 通信を終え、二人へと視線を移す。

「っ! ストレイトさん!」

 二人の奥から、三体の魔物が迫っていた。大きな熊のような魔物は、もう倒せるほどの魔術式を形成する時間がなさそうなほど近くまで来ていて――

「ああ、心配いらないよ」

「心配いらないって、どうし、て……」

 質問の意味が、言っている途中で変わった。

 こちらに近づいてくる三体の魔物、その動きが突然止まり、そして倒れたからだ。

「一刺ししておいたから」

「ひと、さし……?」

 何かが魔物たちに飛んでいったような、そんな風にも見えたけれど、いくら私が疲れているとはいえ、その程度の認識しかできない魔法であの魔物たちを倒したの?

「さて、急いで戻ろう。シルファさん、だったね? 悪いけど、もう少しだけ頑張ってくれるかい?」

 呆気にとられる私の前で、ストレイトさんがユートを背負った。

「は、はい」

 反射的に頷くと、ストレイトさんも頷き返した。ユートを背負って歩き出すその後を慌てて追う。

「あ、あの、急いだほうがいいのでは?」

「いや、出血は治まったからね。あとは安静にしてゆっくり休ませれば大丈夫さ。あまり揺らすほうが良くない」

「そ、そうですか……」

 そう言われて素直に安心できるほど能天気にはなれなかった。私はストレイトさんの後ろを歩きながら、何度もユートを見てしまう。ユートは気絶しているのか、目を閉じたまま何の反応も見せなかった。

 大丈夫。そう自分に言い聞かせても、全然気は晴れない。むしろどんどん思考が暗くなっていく。

 もしユートが死んだらどうしよう。そうなったら私のせいだ。私は、また――

「ユートくんを助けてくれてありがとう」

 その言葉が私に向けられているものだと気づくのに、少し時間がかかった。

「……いえ、私なんてそんな、彼が大怪我しているときも何もできませんでしたし、魔物から助けることだって……」

 言っているうちに、どんどん声が下がっていく。ユートは私を助けてくれたのに、結局私はユートを助けられなかった。無力感が肩に重くのしかかってきて、視線がどんどん低くなる。

「いいや。君があの魔法で魔物を攻撃していなければ、僕は間に合わなかった」

「……そうですか? でも……」

「それに、その若さであれができるなんて、とてもすごいことだと思う」

「えっ?」

 ストレイトさんに褒められて、私は顔を上げた。振り向いたストレイトさんと目が合う。

「今回の件は、僕たちにとっても想定外だったんだ。それなのにこんな奥地にいてなお無事でいられたのは、紛れもなく君の実力があったからだ。君はもっと、自分に自信を持っていい」

「………………」

 私はストレイトさんの言葉に頷けなかった。そもそも一人でこんな奥に来てしまったのは、自分の実力を過信したからだ。そしてそこで、自分よりも遥かにすごい魔法使いに出会ってしまった。自信なんて持てるはずがなかった。

「僕としては、君にはこれからも彼を助けてやってほしいな。彼、どうにも無茶をするみたいだからね」

「…………はい」

 続く言葉には、けれど静かに答え、強く頷いた。

 私は弱い。ユートも、一人じゃケージに勝てなかった。

 そしてケージは、また招待すると言っていた。

 その時、今日と同じ結果にさせてはいけない。

 私は強い決意を胸に、顔を上げた。

 枝葉の隙間から覗く空の色は、いつの間にか赤みがかっていた。

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