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物理重視の魔法使い  作者: 東赤月
出会い
18/104

ユートの反撃

「ぬうっ!」

 ユートの急襲に、間一髪でケージの防御が間に合った。

「はぁっ!」

「がはっ!」

 しかしそこに移動するまでの凄まじい勢いを乗せた拳は、防御魔法を貫きケージに届く。ケージは右手で胸を押さえて一歩後ろに下がった。それでももう片方の手には、未だ防御魔法の魔術式を残していて、ユートとの間に光の壁を発現させる。

「ぐあっ!」

「えっ?」

 さっきまでは壊すまで何度か攻撃する必要があったその壁を、なぜか今度は一撃で蹴破ると、ユートはケージの顔面に蹴りを入れた。ケージは体を後ろに反らすも、その魔術式は残したままだった。そして再び防御魔法を使おうとしたのか、魔術式が光り輝く。

 パキィン!

「させるかよ」

「なっ!?」

 私とケージの声が重なる。ユートは魔法が発現する直前に魔術式を突き破り、右手でケージの手首を掴んでいた。破壊された魔術式は、甲高い音を立てて消える。

 形成が終わった魔術式はそれなりに強度がある。それに魔法が発現する直前の魔術式に手を突っ込むだなんて、今まさに弾が発砲されそうな銃口に同じことをするようなものだ。発現するのが防御魔法だと分かっていたとはいえ、少しでもタイミングがずれていたら、逆に拳が砕けてたかもしれないのに……。

 ユートはそのまま、退いて追撃を逃れようとするケージを引き寄せ、顎を膝で蹴り上げる。

「がっ!」

 まだユートは止まらない。歯を鳴らして仰け反るケージを引き戻し、左拳を腹に打ち込む。

 バシッ!

「調子に乗るな!」

 ただ、ケージもやられっぱなしじゃない。右手でユートの拳を受けると同時に、左手で魔術式を形成しはじめる。ユートは左手を戻し、右手を離して形成途中の魔術式を払う。

「かかったな」

 ユートが再度距離を詰めようと膝を曲げたところで、突然その体が宙に浮いた。

「ユート!」

 あれは確か、マカイと言っていた妙な魔法だ。さっきの私と同じように空中に囚われたユートも、体は動くようだけれど、地面から離れているせいで自由に移動できない。

「これで大人しく――」

 ガッ!

 笑みを浮かべたケージの左頬に右拳が抉りこむ。私は、薄膜を、と上げかけた声を飲み込む。

「……な、に……?」

 ケージは本気で動揺したようだ。それで魔法が消えたのか、ユートは自然と落下し、地に足がつく。

「ふっ!」

 そして彼は地面を強く踏み締めると、無防備な胴に左拳を放った。

「ぐっ……!」

 もろに食らったケージが僅かに前のめりになる。

「っらぁああ!」

 その頭に廻し蹴りが入った。今度はケージの体が宙に飛び、幹にいくつもの穴が空いた木に激突すると、その木もろとも地面に倒れる。

 息もつかさぬ流れるような攻撃。けれど私は、それよりも衝撃的な光景に呆然としていた。

 そうか。だからユートは、靴を脱いで練習することにこだわっていたんだ。

 けれどまさか――

「足の先で魔術式を形成するなんて、普通じゃないわよ……」

 それも楕円形魔術式だ。私はこんな状況にあるにも関わらず、もはや異次元とも言える魔力操作技術を目の当たりにして思わず笑ってしまう。

 体外に魔力を放出すること自体は、別に手の先からでなくても可能ではある。しかしそれだけでは、放出された魔力はすぐに空気に溶けて消えてしまう。そうならないよう、放出した魔力を集め、魔術式を形成するという操作が必要になる。

 その操作そのものも魔力を使って行うわけだが、魔術式をつくるほどの繊細な操作は、普通、手の先以外で行うことはない。だから魔力放出量が魔術式の大きさに直結するのだ。いくら全身から魔力を放出しても、それを動かす魔力の手が小さければ、扱える魔力の量も少なくなる。

 しかしユートは、一体どんな努力をしたのか、その操作を足の先でも可能にした。それも傍目から見れば、手の先と同じ程の精度でだ。単純に考えて放出量は二倍、いや、それぞれ独立して複数の魔術式を扱えるのであれば、応用力は桁違いだろう。

 空中に囚われた時にユートは、左足で強化魔法を、右足で防御魔法を発現させていた。そして強化魔法が付与された右足で、防御魔法を足場のように使い、空中での移動を可能にしたのだ。どちらも楕円形魔術式で、魔法が残っていた時間は一秒足らずだと言うのに、ユートは見事にそれを成功させた。

 本当に、これでもかと言うほど、驚かせてくれる。

「ユート……」

 けれど本人の負担は相当のはずだ。ただでさえ消耗していたろうに、ここにきてさらに激しい動きをしているのだから。体力、魔力、そして集中力がいつまで保つか分からない。

 対してケージはまだ倒れず、ユートの攻撃を受けつつも、どこか余力があるように見える。

 このままじゃいけない。何か自分にできることはないだろうか?

 私は座り込んだまま回復に専念しつつ、自分がこの状況に与えられる影響について思考を巡らせた。


「はははははは! いいぞユート! もっと踊って見せろ!」

 ケージが哄笑する。俺は退こうとするその右足を踏みつけ固定すると、脇腹に左拳を入れる。

「ぐっ……」

 ケージは顔をしかめながらも、両手に魔術式を形成しはじめる。右手の魔術式は左手で打ち消し、左手の魔術式は腕を蹴り上げてあらぬ方向へと向けさせた。光の槍が空へと放たれる。

「らぁっ!」

 間髪入れず、俺は左足だけで跳ぶと、蹴り上げた右足を振り下ろし、脳天に踵を落とす。

「むぅっ!」

 しかしケージはそれを右手で防ぐと、左手の魔術式を向けてくる。

「遅い!」

 ケージの魔法が発現する前に、俺の右手の楕円形魔術式から防御魔法が発現する。ケージの魔術式に触れそうなほど近い防御魔法に、ケージの魔法が当たり――

 ボォン!

「ぐあぁっ!」

 防御魔法により出口が塞がれ、魔法になりきらなかった魔力が逆流し、容量を超えた魔術式が暴発した。怯むケージの右肩に蹴りを入れると、ケージは倒れる。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 息を切らす俺の前で、ケージが立ち上がった。

「見事だ! あの一瞬で俺の魔術式の前に魔法を発現させるとはな。俺が魔法を暴発させるなんて、二度とないと思っていたぞ」

 懐かしむようなケージは、まだ余裕を見せていた。俺は奥歯を噛み締める。

 攻撃は当たっている。感触も確かにある。けどケージの代わりに、別の何かが衝撃の大半を吸収しているみたいだ。吹っ飛びはするものの、ケージ自身はほとんど無傷でいるのが何よりの証拠だった。

 あの外套の下に何かあるのかと思い、顔面を狙ってみたりもしたけれど、結果は同じだった。攻撃を続けているうちにいつかは、とも思ったけれど、そんな様子もない。

 このままじゃ俺が消耗していくだけだ。もう一度冷静に相手を観察しないと……。

「どうした? 踊るのはもう終わりか?」

「………………」

 俺が無言でいると、ケージは笑みを消した。

「ふむ、まあいいか。随分と楽しませてもらったが、そろそろ時間切れだ」

 時間切れ? その理由を考えている間に、ケージが両手を後ろに回す。

「続きは招待した後にしよう」

「くっ!」

 体で隠して魔術式を形成しているケージを止めようと、手と足の魔術式で同時に強化魔法を発現させた。

 二重強化魔法。効果がそのまま二倍になるというわけではないけれど、より一層身体能力が増す。シルファの前からケージとの距離を詰めるのにも使ったものだ。ただし体にかかる負荷はかなりのもので、多用はできない。

 俺は強化した足でケージに肉薄すると、胸に右拳を叩き込んだ。

「がっ……!」

 ケージは防御もせずに攻撃を食らうも、一歩後ずさっただけだ。益々攻撃が効かなくなっている。

 ならば魔術式を壊そうと、後ろに回って蹴りを放つ。

「おっと」

 しかしケージは自ら蹴りに当たりにいき、魔術式を守った。今の蹴りだって強化魔法をかけているのに、ケージは涼しい顔で受けていた。

 そして、魔術式が完成した。俺はやむなく距離を取る。

「『コクーン』」

 ケージがそう口にすると同時に、その背後から光の糸のようなものが無数に現れ、ケージの体を包んでいく。

 防御魔法か! 身を隠したケージがさらに大規模な魔法を形成しだしたら手に負えなくなる。そう考えて駆け出すも、拳が届く前にケージの体は完全に隠れてしまう。

 俺は光の繭に左手で突きを放つ。

「くうっ!」

 すると手が繭の中に沈んだ。硬い感触を予想していた俺は慌てて手を引き戻そうとするも、今度は逆に強い力で押さえられ、抜くことができない。

「『ニードル』」

 手間取る俺の目の前で、光の槍が繭を破って出てきた。

「ぐっ、ぁああ!」

 顔への攻撃はどうにか避けたが、続けて放たれた槍が、自由に動かせない左腕の上腕を襲った。右手で防御魔法を発現させるも、槍は防御を貫き腕を抉る。

 痛む左腕に無理矢理力を入れて、どうにか引き抜くことに成功した。しかし余計に傷が開き、血が腕を流れる。

「ユート!」

 シルファが叫んだ。俺は脂汗を浮かべながら笑う。

「このくらい、平気だ」

 嘘だった。ここにきての出血はかなりまずい。疲労も相まって、意識が遠ざかっていくのを感じる。

 しかしケージはそんなことお構い無しに、繭の中から光の槍を飛ばしてくる。俺はどうにか回避と防御を試みるも、右の太ももと左の脛に槍が突き刺さる。

「くぅっ! はぁ、はぁ……」

 右膝をつく俺の前に、ケージが繭の魔法を消して姿を現した。

「さすがにここまでやれば、ろくに抵抗もできまい」

「っ…………!」

 俺はケージを睨むも、なにも言い返せなかった。ケージの言葉は正しい。無傷の状態でさえ有功打を与えられなかったんだ。こんなに負傷しているんじゃ、無駄な悪足掻きくらいしかできない。

 槍が消えた傷口から真っ赤な血が溢れる。もう一度でも激しい動きをしたら、出血多量で倒れるだろう。

 勝ち誇った笑みを浮かべたケージが近づいてくる。俺は痛みで動けない体を装いながら、どうにか勝機を見出だそうと頭を動かす。

 なにか、なにかないか?

 禍々しい何かが体にまとわりつく感覚が襲う。何もできないまま俺の体が浮かび上がる――

「繋がった!」

 その直前、シルファの声が響いた。

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