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物理重視の魔法使い  作者: 東赤月
出会い
17/105

ケージとの対峙

 落下の勢いも利用した踵での蹴りを、外套を着た相手は当たる直前に左腕で防ぐ。

「むうっ!?」

「はぁあああっ!」

 けれど衝撃を受けきれなかったのか、外套の男はそのまま吹っ飛んでいった。

 僅かに早く着地した俺は、崩れ落ちるシルファの体を支える。

「大丈夫か!?」

 シルファは激しく咳き込んだ。意識を失っているようだけど、まだ息があることに安心する。

「はははははは!」

 声のしたほうを振り向くと、外套の男が立ち上がっていたところだった。腕に防がれたとはいえ、もっと遠くにいると思っていたのに。

「まさか俺が動かされるなんてな。そこそこやるとは思っていたが、まだお前のことを見くびっていたようだ、ユート」

「……やっぱりお前だったか、ケージ」

 そうは思いたくなかった。だけどもう誤魔化せない。俺は覚悟を決めてケージと向かい合った。

「どうしてこんなことをしたんだ?」

「大人しくついてこなかったのでな。少しの間眠っていてもらうつもりだった」

「シルファをどこに連れていくつもりだったんだ?」

「なに、ついてくれば分かるさ。お前も招待してやろう」

「っ!」

 俺はシルファの背中と膝裏に手を回して抱えると、思い切り跳び退いた。ケージは笑みを浮かべたままこちらに歩み寄ってくる。

「何をそんなに怯える? 魔術式を形成したわけでもあるまい」

「とぼけるな」

 確かに魔術式を形成したわけではない。けれど確実に何かをしたはずだ。思い出すのは面接試験の時、リュード先生から感じた得体の知れない何かだった。

 いや、それよりももっと、禍々しい。

「くく、やはりお前は面白いな。ここで楽しんでいってもいいが、生憎その時間もない」

 残念そうに言うケージは、その手の先に魔術式を形成した。俺は即座に逃走を開始する。

「死んだら諦めるか」

 逃げる俺の背後から、光弾が飛んでくる。俺は木を盾にしながら走り続けた。

 多分、ケージは俺なんかよりもずっと強い。不意打ちした時だって、完全に死角からの攻撃だったっていうのに防いで見せた。まさかじいさん以外にあんなことできる奴がいるなんて。

 シルファのことも心配だし、ここは逃げるに限る。幸いここは森の中だし、身を隠しながら移動できる。魔法じゃ敵わなくても、走る速さなら――

「『ニードル』」

 ズドッ!

 それは、木を貫通して飛んできた、光の槍のような魔法だった。俺は咄嗟に横に動いて回避する。俺を追い越した魔法は、太い木の幹に深く突き刺さって消えた。

「よく避けた。しかし今度はよけきれるかな?」

 わずかに見えたケージとの間には、三本の木が立っている。ケージの魔法は、それを全部貫通してきたのか。

「ごめん、シルファ!」

 できるだけ負担をかけたくなかったけれど、俺はシルファを肩に担ぐようにし、片手を自由にする。そうしている間に、ケージの魔術式が、その一部を木の陰から覗かせる。

 あの大きさの魔術式を、もう……!

「『ニードル・スウォーム』」

 そして木々を貫通して、光の槍が大量に飛来した。俺は防御魔法による防御と強化魔法による回避でどうにかやり過ごそうとするも、あまりの数に一つ食らってしまう。薄膜のおかげで事なきを得たが、代わりに薄膜が消失してしまった。もう次はない。

 くそ、せめて少しでも時間を稼げたら……。

「ほう、防御魔法か。ならもう少し強めでもよさそうだな」

 まだ距離があるのにケージの声が聞こえる。それはまるで、次の手を教えてやるから死んでくれるな、と言ってきているようだった。

 こうなったらやむを得ない。俺は素早くシルファを地面に横たえた。少し荒くなってしまったけど、許してほしい。

「『ニードル・スウォーム』」

 その直後に第二波がやってくる。俺は振り向きながら、両手の先に楕円形魔術式を形成した。

 ガガガガガガガガガガガガッ!

 体を低くして、飛んでくる槍一つ一つを防御魔法で防ぐ。防御魔法は楕円形にすることで強度を増しただけでなく、攻撃に対して正面からは受けずに、斜めに構えることで弾くようにした。

 やがて攻撃が止む。俺の逃げ道をなくそうと広範に放った分、小さい範囲だけなら防ぎきることができた。

 バキバキバキバキ!

「しまった!」

 俺が逸らした魔法により蜂の巣にされた背後の木々が、折り重なるようにしてこちらに倒れてくる。俺はシルファを両手で抱えると、急いでその場を離れる。

「……っく、うぅ、ユート?」

 その衝撃で気づいたのか、シルファがうっすらと目を開ける。

「シルファ!良かった。気がつ――っ!」

 その時にはもう、目の前まで光弾が迫っていて。

 これはもう間に合わないな、とどこか俯瞰しているように思って。

 そして――

 ボォン!

 俺の額に、光弾が炸裂した。


「ユート!」

 目を覚ました私が最初に目にしたのは、ユートの顔に光弾が当たるところだった。ユートの体は飛ばされ、支えを失った私の体は地面に落ちる。

「ユート、うっ……!」

 ユートに駆け寄ろうとするも、体が思ったように動かず、立ち上がることさえままならない。

「多少は楽しめたな」

 背後からの声に振り向くと、消耗している気配すらないケージが立っていた。その威圧感に、歯が震えそうになる。

「……っ! よくも、ユートを!」

 それでも、私は強く歯を食い縛りケージを見据えた。ケージは口だけで笑う。

「この状況でなお強がって見せるか。やはりお前はいいな。俺の后にしてやろうか?」

「な、なにを、んむっ!?」

 突然口を何かに塞がれると、私の体が空中に持ち上がる。まただ。こいつは魔術式も形成していないのに、どうやって……。

 疑問が顔に出ていたのか、ケージはふむ、と顎に手を添える。

「どうやらお前はまだ、魔界を知らないようだな」

 マカイ? それがこの現象を引き起こしているものの正体?

「まあどうでもいいか。起きて早々だが、また眠ってもらうぞ」

「んん、んーっ!」

 ケージの手が迫る。どうにか抵抗しようとするも、こんな状態じゃなにもできないに等しい。

 誰か助けて、と考えたところでハッとする。

 どの口が助けを呼べるというのだろう。

 一人で強がって、一人じゃどうしようもない事態に陥って、結局誰かを頼って、助けに来てくれたユートも巻き添えにして。

 こうなったのも全部、自業自得じゃないか。

 そう悟った私は、自分が急速に冷めていくのを感じる。

 ……なら、もう仕方ない。全部自分で招いたことなら、自分は報いを受けるべきだ。助けなんていらない。これ以上、私のせいで誰かが傷つくのなんて見たくない。

 感情の消えた私の目から、涙が流れた。それは自分の中に残った、最後の熱のようだった。

 歪む視界の中、ケージの手が喉元へと伸びて――

「むっ!」

 突然距離をとったケージと私の間を、何かが高速で通過した。私は地面に落ちると、そのままへたりこむ。

 今のは何? と思う間もなくもう一つ飛んでくる。それは穴だらけになった木にぶつかると跳ね返ってきた。

 木が倒れる音を聞きながら、目の前に落ちたそれを見る。

「靴?」

 それは学院指定の靴だった。それなりに重さがあるこの靴が、あの速さで飛んでくるなんて。

 ドガッ!

「ほう……!」

 鈍い音に、反射的に顔を上げた。

「ユート……!」

 ケージに攻撃しているのは、紛れもなくユートだった。さっきの攻撃で切れたのか、額から血を流しながらも、ユートはケージに打撃を加えていく。しかしケージは防御魔法を発現させ、ユートの攻撃を防いでいた。

 まだ生きていた。そのことに安心するのも一瞬で、私はすぐに声を張り上げる。

「何してるのよ! 無事だったのなら、私を置いて逃げなさい!」

 私の言葉に、けれどユートは動きを止めなかった。ケージの防御魔法で防がれつつも、攻撃の手を緩めない。

「さっき攻撃を受けたでしょ? 勝てる見込みが薄いなら、一旦退いて助けを呼んでくればいいのに、どうしてわざわざ共倒れしに戻ってくるのよ!?」

「ふっ。ああ言われているぞ? ユート」

「………………」

 それでもユートは、淡々と攻撃を続ける。拳で防御魔法を破壊するも、すぐに次の防御が現れた。ユートの拳からは血が出ている。

「止めなさい! 私なんかのために、なんでそこまでするのよ!?」

「……なんかじゃないさ」

 至近距離から放たれたケージの光弾を避けながら、ユートはようやく口を開いた。

「シルファは俺よりすごい魔法が使えるし、俺に優しくしてくれたしな」

「それは、下心があったから……」

 言い切ってから、ハッとする。つい本心を漏らしてしまった。けれどユートは首を横に振る。

「仮にそうだとしても、俺は嬉しかった」

 ユートは息を弾ませながら、戦っている最中なのに、私に話しかけてくれる。

「それに俺は、どんな敵からでも、困っている人を助けたくて、最強の魔法使いになるって目標を立てたんだ」

「ははは、随分と分不相応な夢だな」

「だからシルファ!」

 ケージの攻撃を飛び退いてかわしたユートは、背後の私に振り向いて笑った。

「お前は俺が守る!」

「あ…………っ!」

 もう出ないと思っていた涙が、熱が、私の中から溢れだした。

「いい気迫だ。なら実現して見せるがいい」

 ケージが魔術式を形成しようとして、

 ドッドッ!

「えっ……?」

 何が起きたのか分からなかった。

 いつの間にか、目の前にいたユートが消え、ケージの前に立っていた。ケージにとっても予想外だったのか、驚いたように口を開けている。

 ドッ! と地面を踏み込む音がここまで届き、ユートはその拳をケージへと打ち込んだ。

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