即席チーム
「到着したな」
「随分と広そうだね。それに見通しも良くない」
鞄を背負ったフレイの言葉に頷く。目の前に広がる森は、少し先も見通せないほど木々が生い茂っていた。とは言え見える範囲には、藪や灌木といった移動の障害になりそうなものがないだけ恵まれている。
「よぉし、全員いるな」
先頭を歩いていたキース先生が振り向いた。そのすぐ後ろについていた俺も軽く振り返り、後ろの様子を窺う。連なるクラスメイト達の顔、その隙間に一瞬、シルファの顔が覗いた。
皆から少し離れた場所で止まっているシルファは、森を見上げているようだった。すぐに顔は見えなくなり、俺は前に向き直る。
「俺たちのクラスはここから中に入る。この森はかなり深いから、迷わないように気をつけろ。遠足といっても、高等部のものは中等部のそれと同じだと思うなよ」
キース先生の言葉に、力強い返事の声が上がる。
「よし、口うるさいのは終わりだ。あとは事前に決めた通りな。ちょっと待ってろ」
そう言ってキース先生は、懐から握りこぶし大の魔法石を取り出す。
「こちらキース。到着完了。……ああ、分かった」
どうやら俺たちに配られたのと同じ、通信魔法石のようだ。魔法石って本当に便利だなあと感心している間に、キース先生が通信を終える。
「よしお前ら、許可が出たぞ。気をつけて行ってこい!」
キース先生が親指で背後の森を指す。俺たちはもう一度返事をすると、森の中へと駆け出した。走りながら首から提げた魔法石に魔力を注ぎ、薄膜を発現させる。アランの後姿を見ると、靴と同じなのか、薄膜の光は背負い鞄には及んでなかった。
「よし、一旦立ち止まろう」
しばらく走ったところで、先頭を行くアランが停止を呼び掛ける。アランをリーダーとする即席チームの一員である俺たちは、その指示に素直に立ち止まった。
「中も歩きやすくて良かったね!」
「薄膜があるとはいえ、藪を掻き分けていくのは面倒だからな」
なるほど、確かに薄膜があれば細かな傷は防げるな。俺は薄膜の利点に感心しつつ、辺りを警戒する。
「あはは、ユート君、そんなに怖い顔しなくても大丈夫だよ」
フレイが俺に笑いかける。そんなに怖い顔をしていたかな、と顔に触れてみた。
「まあ、ユートにとっては初めての遠足だしな。警戒するのも正しい反応だ」
「もー、アランも堅いんだから。そんなに気を張ってちゃ、無駄に体力使っちゃうよ」
「お前は気を抜きすぎだ。これは高等部初の遠足なんだから、気を引き締めて臨むのが当然だろう」
しっかりとしたアランに、明るいフレイ。こうして見ると二人はいいコンビだと思う。
「少しくらい気を緩めてもいいと思うけどなぁ。ねえシイキ?」
「うんうん。僕に加えてアランやフレイもいるんだし、これ以上はないチームだもんね」
シイキは満面の笑顔で頷いた。二人とチームを組めたことが余程嬉しいみたいだ。
学院内でチームを組む場合は、互いの了承があり、四人までという人数制限さえ守れれば自由に結成できるそうだ。別のクラスの生徒とも、さらには違う学年の生徒とだってチームを組むことができるという。
アランとフレイは他のクラスの生徒二人とチームを組んでいるようだけど、遠足ではクラスごとに別れて行動しなければならない。そのため二人分、その時限りのチームメンバーとして一緒に行動できる枠が空いた。
別に一人で行動してもいいらしいけど、折角ならチームになろうと、昨日あの後フレイが誘ってくれたので、俺は甘えることにしたのだった。
「シルファも一緒に行かない?」
「遠慮するわ。私は一人でも問題ないし」
けれどシルファは首を横に振った。そこにシイキがやってきた。
「なら僕を連れてってよ」
「……あなた、もうユートをチームに誘わないんじゃなかったの?」
「僕はフレイのチームに入れてって頼んでいるだけだよ。ユート君に言っているわけじゃないからね。あ、別にユート君が嫌いってことじゃないよ?」
「あ、ああ。それは分かってる」
「…………そう」
「ね、フレイ、いいよね?」
「う、うん。勿論」
「やった!」
喜ぶシイキと無表情なシルファに挟まれ、俺とフレイは複雑な表情を見合わせたのだった。
結局シルファは誰とも組まなかったようだけど、大丈夫だろうか?
……いや、他人の心配をしている場合じゃなさそうだ。
「静かに」
「どうした? ユート」
説明している時間はなさそうだった。俺は無言のまま人差し指を口の前に置き、アランに沈黙を求める。意図が伝わったのか、アランは口をつぐんだ。フレイとシイキも小さく頷く。
俺の耳が拾った微かな音は、段々と大きくなってきている。俺は口元の人差し指を音のする方向へと向けた。
「あっ」
その直後、指した方角にある木の陰から魔物が現れるのを見てシイキが声を上げた。その一匹に率いられるように、何匹もの魔物が集まってくる。
それは猿のような魔物だった。体の高さは俺たちの半分ほどだが、手足の爪が異様に長く、いかにも鋭そうだ。
魔物は地上にいるものばかりじゃない。木の枝を伝い、あるいは木の幹に己の爪を立て、高いところからこちらを窺う姿もある。
「事前に聞かされていた通りだな。こいつらが今回の討伐対象だ」
「でもでも、かなり多くない? いくらなんでも、私たちだけのところでこの数はおかしいよ」
「ふふん、心配いらないよ。どれだけ多くても、僕の魔法で一網打尽にしてみせるさ」
「お前の魔法が完成するまで、向こうが待ってくれればいいんだがな」
キャアアアア!
当然、そんなことはなかった。アランが言い終わるかどうかといったところで、魔物は甲高い声を発すると、一斉に俺たちとの距離を詰めてくる。
「上からの敵は任せた」
言うが早いか、俺は魔物の群れへと突っ込んだ。
「おっけ、任せて!」
「地上の奴らは頼んだぞ」
「もう、折角魔法を試したかったのに」
三人の声を背に、俺は跳びかかってくる魔物と対峙する。
お前たちに恨みはないけど、悪いな。
「ふっ」
ゴッ!
まずは正面の敵を蹴り上げる。魔物の体は軽く、魔法なしの蹴りでもその体は宙を舞った。
わずかに遅れて足元を狙う魔物に、振り上げた足を落とす。踏まれた魔物は甲高い断末魔を上げると、淡い光を発して消えていく。息絶えた魔物の消滅現象だ。結晶を残さないことからも、その実力は大したことがないと確信する。
今度は二体同時に跳びかかってきた。俺は攻撃が届かないよう小さく距離をとると、空中で満足に動けないそいつらをまとめて蹴り飛ばす。
その隙に脇を抜けようとした二体は、一方を戻した足で蹴り、もう一方には手先の魔術式から放った光弾をぶつける。威力は大したことないが、動きを鈍くするには十分だ。怯んだ魔物を群れの方へと蹴飛ばした。
後ろからは三人の光弾が飛んできて、木の上にいる魔物を撃ち落としていく。戦闘は順調だった。
やがて、その数を半分ほどに減らした魔物たちは、元来た方へと逃げていった。
「終わったな」
「ふう、何とかなったねー」
「ま、数が多いだけだったね」
後ろの三人の声を聞いて振り返る。
「上だ!」
「えっ?」
シイキが顔を上げた時には、猿の魔物はすでに木の上から飛び降りてきていた。アランとフレイも気づき、魔術式を形成しようとするも、間に合わない。
ドゴッ! バン!
魔物が爪を振り下ろす直前、頭を庇おうとするシイキの上で、強化魔法が付与された俺の足が先に届いた。魔物は木の幹にたたきつけられ、間もなく淡い光を残して消滅した。
シイキの頭上を飛び越えた俺は、着地すると改めて辺りを警戒する。
「……もう大丈夫かな」
肩の力を抜いた俺を、三人がぽかんとした顔で見ていることに気づいた。
「どうしたんだ?」
「いや……。話には聞いていたんだが、想像以上だな」
「すごいすごい! 何今の? もっかいやって!」
「さすがは僕のライバル。助かったよ」
三者三様の褒め言葉に、なんだか照れ臭くなって頭を掻く。というか俺はいつの間にシイキのライバルになったんだろう?
「大きな魔法を使うことに比べれば、そんなに大したことじゃないさ」
「いや、謙遜する必要はないぞ。作戦を立てていた時は、正直大丈夫かと不安になったんだが、これなら安心だな」
「本当に薄膜を残したまま、ほとんど魔法も使わないで、靴の部分だけで倒しちゃうなんて、十分すごいよ!」
「それにあの魔法の発現の早さは、自慢してもいいと思うよ」
やめてくれぇ、体がくすぐったくなる! 俺はどうにか褒め殺しから逃れようと、別の話題を探す。
「ところで、さっきフレイも言ってたけど、あの数はおかしくなかったか?」
「……そうだな。クラスの中じゃ、どのチームよりも先に入った俺たちは一番奥にいるはずだが、そこまで時間も経ってない。まだ入り口付近なのに、あそこまでの集団に鉢合わせるのは、少し変だな」
「うんうん。私もそう思う。キース先生の話じゃ、かなり広く分布しているって言ってたし、あの規模の集団が広く分布していたら森中魔物だらけってことになるもん。そんなことにならないように、私たちや魔導士さんたちが頑張ってるのに」
「うーん、元いた場所に別の魔物が住み着いて、住める範囲が狭くなったとかかな? ほら、討伐対象の魔物は他にもいたし」
そう、討伐対象はあの猿のような魔物だけじゃない。結晶を落とすという鹿のような魔物もいるらしい。もっとも、シルファと倒した猪魔物には及ばないようだが。
「その魔物が増えたから、住む場所がなくなったってことか」
「考えられるな」
「ならここから先、そいつらと会うことが多くなるかもね」
「むしろ好都合だね。僕たちが他のクラスより先に行って、沢山結晶を集めよう!」
「ああ。お前ら、警戒を緩めず早足で進むぞ。もしかしたら本当に他のクラスに勝てるかもしれない」
「何言ってんの。勝てるかも、じゃなくて、勝つのよ!」
「そうそう。僕たちなら余裕さ!」
意気揚々と進む三人の後ろにつきながら、俺はチームの存在を頼もしく思うと同時に、一人で挑むことの大変さを想像した。
シルファ、大丈夫かな?




