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本当の自分

「どうだった!?」

「はい! やっぱりミリアさんは最高です! すごすぎです!」

「だよねだよね! 歌も踊りも完璧だったし!」

「魔法も、前に見た時よりも上手くなってるみたいでした!」

「そうそれ! 絶対上手くなってた! フルルのお陰だよ!」

「い、いえそんな! 私なんか、ちょっとこうした方がいいって言ったくらいで……」

「でもミリア様喜んでくれてたし、本番でうまくなってたんだから、フルルのお陰でもあるって!」

「そ、そうですかね? そうだと嬉しいです」


 ミリアさんの午前のライブを見終わった私とイデアさんは、席に座ったまま今見たばかりのライブについて感想を言い合いました。

 ミリアさんの歌や踊りは練習の時も少し見ていたのですが、本番はそれとは比べ物にならないくらいすごくて、しばらく言葉を失ったくらいでした。会場にいる人は皆さんとても興奮されていて、声や熱気もすごかったのですが、その中でもマイクという道具で大きくなったミリアさんの声はすぅっと耳に入ってきて、下駄という独特な高い靴を履きながらの踊りは見ていて震えるものでした。

 そしてミリアさんの魔法も、とても上手でした。観客席の上の方に飛んだ光弾が、パン、と弾けて、キラキラした小さな光が降り注いだ時は、私も思わず声を上げてしまいました。大きさはそんなに大きくありませんでしたが、何回かに分けて全部のお客さんの上に光の雨を降らせることもできましたし、大成功でした。


「これでまた差を広げられちゃったな……」

「あ、イデアさんもアイドルを目指している、いえ、ミリアさんを超えようとしているんですものね」

「うん。そうなんだけどね。やっぱりああいうの見ると、ちょっと不安になるんだ」

「………………」


 下を向いたイデアさんが、いきなりほっぺたを両手で叩きました。パチン、と音がします。


「え、え?」

「でも! だからこそ超えるの! あのミリア様を目標にすれば、あたしはもっともっとすごくなれるはずだから!」


 力強く言うイデアさんに、私はすぐに言葉をかけられませんでした。そんな私に気がついたイデアさんが、照れたように笑います。


「ごめん、暑苦しかった?」

「……いえ、すごいと思ったんです。あれだけすごい歌と躍りを見て、それを超えようって思うなんて……」

「まあ、今は口だけだけどね。でも目標は遠ければ遠いほど、自分も遠くまでいけるでしょ? 一度きりの人生だもの。振り返った時、ああ、あたしはこんなに走ってきたんだなぁって思いたいじゃない」

「……そうですね」


 一度きりの人生。言われてみたら、私はこれまで、あまり先のことを考えてきませんでした。ただただ今をどう過ごすか、現実からどう逃げるかばかり考えてきました。

 今なら、考えられるでしょうか? 私は、どう生きたいのか。


「……昨日のこと、考えてる?」

「え? あ、その……」

「すごかったもんね。チーム・ライトだっけ? もうホント、ただでさえとんでもない魔法使いの中でも、圧倒的だったもん」

「……はい」


 本戦出場者には、試合のある日に一名だけ学外の人を招待できるチケットが贈られます。私はそのチケットを、イデアさんに渡したのでした。私たちは二回戦で敗けてしまいましたが、イデアさんはその後も試合を見ていたようです。


「フルルは、ああいうすごい魔法使いになりたいとは思わないの?」

「……なりたいかなりたくないかで言えば、なりたいです。でも、目標にするのは、少し違うというか……」

「違う?」

「はい。なんて言えばいいでしょうか……」


 私は迷いながら、自分の気持ちを言葉にします。


「イデアさん、言ってましたよね? 誰かは他の誰かにはなれないって。私は私にしかなれないって」

「うん、言ったよ」

「それを聞いて、思ったんです。私はどんな私になれるんだろうって。私にしかなれない私って、なんなんだろうって」

「………………」


 話を聞いてくれるイデアさんに、首を振って見せます。


「答えは、まだ出ていません。だけどその答えを出すためには、自分を知らないといけないと思ったんです。本当の、自分を」

「本当の、自分?」

「……私はずっと、自分を隠してきました。怖がられたくなくて、嫌われたくなくて、翼を見せないよう、意見を言わないよう、できるだけ周りと同じになるようにしていました。でもそんなことしなくていいんだって、最近ようやく分かってきて、自分がどうしたいか、考えられるようになってきたんです」


 話しながら、私は昨日の試合を思い出します。私にアドバイスをくれた、私よりもすごい魔法を使いこなしていたフローラさんを頭に思い浮かべます。

 そして改めて、違うと感じました。


「どうしたいか、初めて自分にそう訊いたときは、シルファさんの力になりたいって思いました。その思いは今も変わってません。でも、じゃあ他の皆さんよりも強くなりたいかと言われると、心からそうとは答えられませんでした。誰かよりもすごくなるとか、一番になるとか、多分、そういう考えは私には合ってないんだと思います」

「成程。だから目標にするのは違うと」

「そうです。結果的に誰かより強くなったとしても、それは別の目標のためじゃなきゃいけないというか、その、と、とにかく、私のなりたい私は強い私じゃないなって思ったんです!」

「ふんふん。フルルは強くなりたいわけじゃないと。じゃあどうなりたいの?」

「そ、それは、まだ分かりません……」

「ああいや、フルルにしかなれないフルルだとか、そんな深く考えないでさ。なんとなくこんな人になりたいっていうのなら、いくつかあるんじゃない?」

「えっと、そうですね……」


 私は目を閉じると、今まで会った人たちのことを考えます。会場はいつの間にか静かになっていて、集中するのに困りませんでした。

 この人みたいになりたい。そう思えた人はどんな人だったでしょうか? 私はどうしてそう思ったんでしょうか?

 考えて、考えて、口を開きました。


「優しい人に、なりたいです」

「優しい、人」

「はい。私はずっと、この翼のことで悩んできました。そういう悩みを持っている人に、大丈夫だって、悩まなくていいんだって、そう教えてあげられるような人に、なりたいです」

「………………」


 私の答えに、イデアさんは黙っていました。……もしかして、何か気に障るようなことを言ってしまったでしょうか? 私は恐る恐るイデアさんの方を見て、


「いい!」

「え?」

「すっごくいいよ、フルル! 悩みを持っている人の力になる。うん、それだよ! あたしも先ずは、そこを目指すべきだったのに!」

「は、はぁ……」


 ライブを見た後と同じくらい興奮したイデアさんに、キラキラした目で覗きこまれてしまいました。私はどう返していいか分からず、曖昧な相槌しか打てません。イデアさんはそんな私の肩を叩いて、にっこりと笑いました。


「もしかしたら、あたしよりもフルルの方がアイドルに向いてるかもね」

「え、そ、そんな……」

『お客様にお知らせいたします』


 その時、会場に声が響きました。


『只今より、会場の点検を行います。会場にお残りのお客様は、ご退出いただきますようお願い申し上げます。繰り返します』

「あ、もうこんな時間! ごめん、これからボランティアも裏で働かなくちゃいけないんだ。悪いけど、外で待っててくれる?」

「あ、いえ、私も手伝います」

「ありがと。でも大丈夫。すぐに終わるから」


 早口でそう言うと、イデアさんは急いで出口へと向かっていきました。私はそれを見送ってから、出ないといけないことを思い出して、慌てて外に出ます。


「……えへへ」


 歩きながら、アイドルに向いていると言われたことを思い返して、自然と笑顔になりました。



 ◇ ◇ ◇



「あたしに話?」


 仕事がひと段落した頃、フィルマンさんから声をかけられた。


「ええ。運営の方から、こちらの控室に来るようにと」

「ふうん? 分かったわ」

「同志イデア殿が控室に呼ばれたとなると……」

「むむ、ついに公式に運営に加わるということですかな」

「誇らしいんだな」

「ちょっとやめてよ。あたしは独立するんだからさ」


 仲間の憶測に冗談っぽく笑って返すと、指定された控室へと向かう。


「……ここか」


 運営スタッフが行き交う廊下を通り抜け、ある部屋の前に立つと、深呼吸してからドアをノックする。


「どうぞ」

「失礼します」


 この声は、ミリア様のマネージャーをしている一角族の男の人のものだ。一声かけて扉を開ける。

 部屋の中には、予想通りマネージャーの姿があった。ミリア様は勿論、他のスタッフの姿もない。

 部屋の中を探っているうちに、背後で扉が閉まっていき、外の音が遠ざかっていく。


 バタン


 扉が閉まってしばらくの間、沈黙が続いた。やがて、機を窺っていたマネージャーが口を開く。


「お疲れさまでした。ミリア様」

「ホントよ、もー。なんであたしが、こんな承認欲求しかないバカに変装しなきゃいけないのー?」


 文句を言いながら、懐から紙の束を取り出してマネージャーに受け渡す。昨日この目で見たグリマール魔法学院の生徒、対抗戦? とかの本戦に出場していた生徒の顔と名前、その他特徴や使う魔法なんかをあたしが自分で書いたものだった。


「ミリア様の代役として、彼女以外の適任は居ないからですよ。この件については、ミリア様も納得されていたはずですが」

「それはそうだけどさー……」


 相変わらずつまんない顔をしたマネージャーの言葉に口を尖らせる。このミリア様と二人きりでいるんだから、少しくらい嬉しそうな顔をすればいーのに。いっそ暗示でもかけちゃおっかな?


「まあ良いではありませんか。結果的に、グリマール魔法学院の生徒に暗示をかけるなどという、リスクの高い手段を取らずに済んだのですから」

「……まーそうね」


 最初は適当な生徒に暗示をかけて情報を聞きだすつもりだったけど、それだと教師の誰かに気づかれる恐れがあったのよねー。ミリア・プリズムの名前でバカみたいに高い一般席を買ってもよかったけど、ただでさえ急なライブをしているのにそれ以上目立つことは避けたかったし、余計な金を使うと宰相に怒られるし……。だから仕方なくバレてもいいやって気持ちで魔法を使おうとしたけれど、ふふ、思わぬ成果が得られた。

 やっぱりあたし、持ってるのよねー。これでまず怪しまれることはないし、帝様にもちゃんとこの目で見てきたって言えるし。何より――


「ね、マネージャー。あの子どう?」

「やはり目をつけていましたか。ええ、容姿、才能、生い立ちと、これ以上の逸材は早々お目にかかれない、掘り出し物と言えるでしょう」

「やっぱりー? だよねー。うん、決めたわ。アイドルとしてのあたしの後継は、あの子よ!」


 何より、フルルっていう最高の素材を見つけられたし、ね。


「では早速スカウトしますか?」

「ううん、それはダメ。あの子まだ学院に未練があるっぽいし。だからね、もっとアイドルのことを知ってもらうの。魔導士なんかになるより、アイドルになった方が絶対いいんだって思わせて、あの子から頭を下げさせるのよ」


 その光景を想像して、あたしは体を震わせる。


「ミリア様」

「あっと」


 ウソの会話をしているよう偽装するために展開していた魔界が乱れちゃった。音を遮断するだけなら楽なんだけどなー。ポケットの中に右手を入れながら、そんなことを考える。


「そーいうわけだから、スカウトは無し。この後もあの子に会うから、そこでアイドルの素晴らしさをたっぷり教えてくるわ」

「暗示を使うのは程々にしてくださいね」

「分かってるわよ。それはアイドルになった後のお楽しみなんだから」


 あー、今から楽しみ。あの子、どんな偶像にしようかしら?

 あたしはアイドルになったフルルの姿を思い描いて、ペロっと唇を舐めた。

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