クラス対抗戦の観戦
疑似的に森を再現した巨大な魔法石、それと半ば一体化したような円形の建物に入る。
「うおっ! シルファじゃん! もう脱落したのかよ」
「こりゃ今回も勝ちか?」
入ってすぐ、中にいた男子二人が勝ち誇ったような顔をした。今日初めて見る顔だ。私の脱落に寄与したわけでもなく、自分たちも早々に脱落しているというのに、随分と機嫌が良いみたいね。
私は彼らを無視すると、魔法石が埋まっている方とは逆、外側の壁に目を向ける。そこには今、審判であるジェンヌ先生たちが見ているものと同じ画面が映し出されていた。
画面は5×5で区切られている。真ん中の映像は、信号によって知らされた参加者の位置が点で表示されているものだ。全部同じ色だけど、これで上から見た全体の様子が分かる。
それ以外は撮影魔法によって撮られた映像だ。右上と左下の四個がそれぞれのオブジェクトの周りを撮っているもの、その他の十六個が不規則に――時に審判の操作で――定められた範囲で動いたり止まったりする撮影魔法によって撮られたものとなる。
相変わらずここの設備はすごいなと感心しつつ、映像に目を走らせる。脱落してしまったことは残念だけど、脱落者なりにできることはある。他の生徒の動きを客観的に見て、今後の戦いの参考にするんだ。
でも、今はどこも戦ってはいないみたいね。参加者の位置的にも、もうすぐ戦いが始まるという感じじゃないし、お互い慎重になっているのかしら?
少し時間があると判断した私は、建物の中を歩きながら脱落者を数える。まだ始まってからそんなに経っていないからか、すぐに数え終わった。
こちらからは三人、相手クラスからは五人か。私たちが脱落するまでは、無傷で四人倒せてたってことよね。どういう流れでそうなったのかを知れたらいいのだけど。
そう考えていた矢先、ふとかつてのクラスメイト、クロードと目が合った。向こうも訊きたいことがあるようで、私の方へと向かってくる。
「シルファ、久しぶりだな」
「ええ。久しぶりね、クロード」
中等部にいた頃同じクラスだったクロードは、私を疎まなかった数少ない生徒の一人だ。リュード先生のクラスとの合同授業は、丁度私たちが依頼を受けていた時にあったそうなので、最後にこうして向かい合ったのは、ユートが編入してくる前まで遡る。
「誰にやられたんだ?」
「キーラよ。光弾にあんな動きをさせることができるようになってただなんて、驚いたわ」
「……その言葉、キーラに聞かせたら喜ぶんじゃないか?」
「冗談はやめて。私が褒めても、どうせ気分を害するだけよ」
同じく、元クラスメイトのキーラを話に挙げられ、私はため息をつく。未だにあの子たちは、私のことを許していないようだった。下手に言葉を向けても、悪いものとしてしか受け止めてくれないだろう。
「それで、あなたは誰に?」
「ユートだ。戦いにすらならなかった」
「へえ」
素直に驚きを口にする。なんとなく予想はできていたけれど、クロードもそれなりに実力はある方なのに、戦いにすらならなかっただなんて。
「油断していたわけじゃないんだがな。一度戦ったこともあってか、近づかれなければ問題ないという認識でいたのが失敗だった」
「ああ、投石にやられたのね。あれは正直、分かっていても対処が難しいと思うわ」
私も練習の時は相手側だったから、その厄介さは実感していた。ユートの投石は、魔法で言えば中規模の魔術式によって発現されたものと同程度の速度と威力がある。それを彼は小さな強化魔法を発現させるだけで実現できるのだ。投石という形である以上、ある程度場所は選ぶし、次弾の準備にも時間がかかるけど、それを差し引いても脅威的と言っていい。何せ事前に魔術式の形成をしておかなければ防御が間に合わない程なのだから。
そして舞台は森の中だ。『弾』の確保には事欠かないし、身を潜められる場所も多い。攻撃手段を維持したまま移動することが難しい魔法と違い、即座に移動と攻撃の準備ができるユートにとっては絶好の場所だろう。
とは言え、本人曰く命中率に難があるとのことだったから、そこまで活躍できるとは思っていなかったのだけれど。
「クラス内での紅白戦でも披露したのか?」
「ええ。随分と苦しめられたわ」
「だろうな。む、丁度その戦いが見れそうだぞ」
クロードの視線の先、左上の映像にその様子が映される。上から撮られた、少し歪んだ映像の中にいるのは、相手クラスの生徒たちだ。三人、いや、四人の生徒が、魔術式を構えつつ、周りを警戒しながら進んでいく様子が見て取れた。ユートは映っていないようだけど。
「あの辺りでやられたの?」
「ああ」
となると、一つ浮いているあの信号がユートか。遊撃係なのだし、機動力を活かして縦横無尽に動き回っているかと思っていたけれど、左側からあまり動いてないみたいね。彼も慎重になっているのかしら?
などと考えているうちに、ユートの信号と四人の信号の距離が縮まる。映像には、比較的開けた空間が映し出された。
「ああっ!」
映像の中で一人の薄膜が破られたのと同時、入口近くで声が上がった。クロードと一緒に行動していた、調子の良さそうな男子のどちらかだろう。画面では残った三人がそろって体の向きを変える。
「今、少し注意が別の方に向いたようだけど」
「映像からじゃ分からないが、恐らく茂みの音でも聞いたんだろう。ユートの投げた石が鳴らした音をな」
「そういうことね」
より相手が潜んでいそうな中央の方向に注意を逸らしてから、その逆側からの攻撃か。いくら防御魔法の魔術式を構えていても、あれは防げないわね。
「前だ前! ほらっ!」
今度は先頭を歩いていた生徒の薄膜が破られる。その直前、画面の奥から石が飛んできたのが辛うじて見えた。木を背にして、初めに攻撃が来た方へと防御魔法を構えていた生徒は、混乱しているのか、地面に伏せるまでに間があった。
「撤退はダメだ!」
「近づいてくるぞ! あ……」
防御魔法を発現させたままで足の遅くなった二人は、強化魔法で速くなったユートに背後を取られ、それぞれ三発の光弾を受けて倒れた。戦闘というにはあまりに一方的な攻撃が始まってから一分足らず。鮮やかすぎる勝利だった。
「あなたたちもああやって倒されたの?」
「そうだ。ほぼ同じ流れだった」
映像から目を離さないまま、クロードは冷静な口調で答えた。きっと頭の中では対策を練っているのだろう。
けれど、成程ね。どうしてユートが動かなかったのか気になっていたけれど、恐らくあの場所はユートにとって理想的なんでしょうね。開けた空間とそれを囲む茂みや木々、その配置が狩場として適していたから、無暗に動かず獲物を待っていたというところかしら。実際にこれで、彼は単騎で八人もの相手を倒したことになるし、作戦は大成功を収めたと言っていいわ。
「参考までに教えてほしいんだが、お前たちはどうやってユートに対処した?」
「教えてあげてもいいけど、先にあなたの考えを聞かせてくれるかしら?」
「そうだな……。探知魔法で先に居場所を把握して、攻撃される前に倒す、くらいしか思いつかん」
「正解よ。ユートの場所の把握を第一に優先するようにしたわ」
居場所さえ分かれば、攻撃を防ぐこともできるし、弾幕を張って逃げ道を塞いでから倒すことだってできる。
「ただ、練習試合をしたところは森じゃなくて丘陵地帯よ。ここよりも見通しが良くて狭い場所だったから、彼の捕捉も難しくなかったのよね」
「ということは、お前たちもユートがあそこまでやるとは思ってなかったってことか」
「ええ。いつもよりは戦いやすくなるとは考えていたけれど、ここまでだなんて思ってなかったわ」
環境が良かったというのもあるでしょうけど、これほどの実力を発揮できるならもっと色々作戦を立てられたかもしれない。今後の対抗戦であの動きが活かすとしたら、どこがいいかしら?
考えを巡らせているうちに、ユートの信号が動き始める。どうやら自陣に戻って情報共有をするつもりらしい。
「そういう意味じゃ、俺も似たようなものかもな」
「え?」
「キーラのことだ」
見ると、右下の映像にキーラが戦う姿が映った。戦闘が始まって少し時間が経っているようで、虹色の薄膜を纏った生徒が何人か倒れている。
お互いに立っているのは二人ずつ。こちら側の生徒は二人とも、片手に防御魔法を構え、もう片方の手から光弾を飛ばしている。対する相手側は、キーラが両方の手それぞれで光弾を発現させ、前にいる一人が大きめの防御魔法で自分とキーラを守っていた。キーラの光弾は防御魔法の横から飛び出すと、軌道を変えて標的へと向かう。
「元々、光弾の操作は得意だったからな。遮蔽物の多い森の中なら活躍できるんじゃないかとは思っていたが、予想以上の働きだ」
「こちらは二人倒れてて、そちらの脱落者は一人。確かに悪くない試合運びね」
今もキーラ一人の攻撃で二人を押しているように見える。魔術式の大きさもキーラの方が大きい。けれど軌道の変化に魔力を割いているためか、防御を破るには至っていない。
膠着状態かしら。そう思った時だった。
「なっ!?」
「むっ!?」
魔術式の改変が行われたことは分かった。魔術式の光が心なしか強まったことも。だけど左右同時に放たれた光弾は、さっきよりも少し小さくて、ほとんど同じ道筋を辿っていったから、大した改変じゃないと思っていた。
その光弾が、私を倒した時と同じように、防御魔法に当たる直前に再び動きを変えるまでは。
「うおお!?」
「やっべぇ!」
興奮したような声を耳にしながら、私はポツリと呟いた。
「三段変化……」
「……の、ようだな。まさかあんな芸当までして見せるとは……」
三段変化。その言葉の通り、光弾の進む方向が大きく三度、変化することだ。実現するためには魔術式に相応の複雑さが求められる。何より難しいのは、変化するタイミングを、魔法が発現してから何秒後であるのか、予め定めておくことだ。
普通のものとは違う、推進力を生み出す付属物が三つもある光弾は、進む速さの想定も普通とは変えなきゃならない。それも軌道を変える度に速さもまた再計算する必要がある。少しでも計算が狂えば、光弾はあらぬ方向へと飛んでいくことになる。
だけどキーラは、それら全てを計算しつくして、相手の防御魔法を迂回する光弾を、左右の手で同時に発現させた。それはまさしく神業だった。
「キーラ……」
思い出すのは、かつて同じチームにいた頃に、キーラと交わした会話だった。
「キーラ、二段変化の練習は?」
「さっきした」
「そうだけど、もう終わりなの?」
「うん。普通の変化の練習、したいから」
「それも大事だけど、今の魔力放出量でできることはほとんどできているじゃない。だったら惰性的に練習を続けるよりも、新しいことに挑戦した方がいいわ」
「……いいでしょ、別に」
「なっ……!」
「一回曲げるだけで十分。二回も曲げるなんて、無駄に魔力を使うし、そんな魔法が必要になることなんてない」
「そんなことないわよ! 一度の変化じゃ相手の死角を突くのは難しいし、迎撃だってされやすくなる。絶対にいつか必要になるわ!」
「なら、必要になったときに覚える」
「だからそれじゃ遅いって」
「……うるさい。練習の邪魔しないで」
「キーラ……」
あんなことを言っていたキーラが、三段変化まで習得しているだなんて。必要になったから仕方なく? それとも、練習しなくてもこの程度できるっていう私への当てつけ?
「被害一に対して撃破四か。これはまだどうなるか分からないな」
クロードの言葉に試合へと意識を戻す。そうだ。これでこっちは被害七の撃破十になった。人数的には有利だけど、クロードの言う通り試合の行方は分からない。
特にキーラがいる内は油断できない状況だ。あれだけ光弾の動きを変化させられるのなら、防御魔法をすり抜けてオブジェクトに攻撃することも容易いだろう。一度の攻撃ではオブジェクトの薄膜は破れないけど、脅威であることには変わりない。
どうにかキーラを押し留めておけるといいのだけれど。私は中央の防衛を任されているシイキの顔を思い浮かべた。




